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第30話:静かな余白と、近づいていく距離

 

 ギルドを出たあと、昼の光はまだ街を明るく照らしているにもかかわらず、四人の間に流れる空気だけはどこか一段落したあとの静けさを帯びていて、さっきまで向けられていた視線や評価、報酬の重みといった現実的な要素とは別に、深層から戻ってきた者だけが共有する“言葉にしない何か”が、ゆっくりと体の奥に沈み込んでいくような感覚が残り続けていた


 通りには人が行き交い、荷を運ぶ声や商人の呼び込み、遠くで笑う子供の声が重なり合いながら街はいつも通りに動いているのに、その中を歩く四人だけがほんのわずかにその流れから浮いているような、現実に戻ってきているはずなのにまだ完全には戻りきっていないような、不思議な距離感が続いていた


 ミミが抱えた袋の重みを何度か確かめるように持ち直しながら、抑えきれないような笑みを浮かべることで、その場の空気に少しだけ軽さを戻す


「……これ、ほんとすごいよね……まだ信じられないんだけど……」


 袋の中で硬質なもの同士が触れ合う鈍い音が小さく鳴り、その一つ一つが今回の成果を現実として突きつけてくる


 カイルも横から一瞥し、短く息を吐く


「深層の対価だ、軽いわけがねえ」


 それだけ言うが、その声にはわずかに満足が混ざっている


 ニナは何も言わないまま歩いているが、その位置は自然とアルトの隣に固定されていて、歩幅も速度もぴたりと揃っていることにアルト自身が遅れて気づく


(……近いな)


 意識すると、少しだけ気になる


 だが、嫌ではない


 むしろ、さっきまでの流れをそのまま引き継いでいるような自然さがある


 アルトは視線を少しだけ前へ向ける


 街の景色はいつも通りなのに、自分の中だけがわずかに違っていることを、歩くたびに感じる


(……変わった、か)


 ギルドマスターの言葉が頭をよぎる


 確かに、変わっている


 魔力の流れは滑らかで、呼吸に合わせて無理なく巡り、体の動きとずれることがないどころか、むしろ先回りするように自然に噛み合っているその感覚は、これまでとは明確に違う“調和”を持っていた


(……悪くない)


 むしろ、良い


 そう思える自分がいる


 そのとき、ミミが振り返る


「ねえ、このあとどうする?」


 突然の問いかけに、アルトは少しだけ思考を戻す


「今日は休むのがいいと思うよ」


 カイルも同意するように頷く


「消耗は抜くべきだ、深層は蓄積が残る」


 ミミが少し考えてから頷く


「たしかに……今日はゆっくりしよっか!」


 その一言で、空気が少しだけ緩む


 戦闘の緊張から完全に離れるという選択が、ようやく全員に共有される


 宿の前まで戻るころには、陽は少し傾き始めていて、昼の強さがやわらぎ、影がまた長くなり始めていた


 足を止める


 自然と四人が向き合う形になる


 ミミが言う


「じゃあまた夜とか?」


 カイルは首を横に振る


「今日は完全に休む、動かない」


 その言葉に迷いはない


 ミミは少しだけ残念そうにしながらもすぐに笑う


「そっか!じゃあ明日だね!」


 そのままニナの方を見る


「ニナは?」


 ニナは少しだけ視線をアルトへ向けてから、静かに答える


「……休む」


 短いが、十分な意思表示だった


 アルトは軽く頷く


「それがいいと思う」


 その流れで自然に解散になる


 ミミが手を振る


「また明日ね!」


 カイルも短く言う


「遅れるなよ」


 そのまま二人は宿へ入っていく


 残るのはアルトとニナだけになる


 ほんの一瞬だけ、静けさが落ちる


 街の音はあるのに、この場だけ少しだけ切り取られたような感覚になる


 アルトが軽く言う


「じゃあ……僕も戻るよ」


 ニナは小さく頷く


 だが、そのまま動かない


 ほんの少しだけ間ができる


 その沈黙が不自然ではなく、むしろ自然に感じられることに、アルトは少しだけ意識を向ける


 ニナが言う


「……大丈夫?」


 短い言葉


 だが、その中に含まれているものははっきりしている


 アルトは少しだけ笑う


「大丈夫だよ」


 一度言葉を切る


「むしろ、調子いいくらい」


 その言葉は嘘ではない


 ニナは数秒だけアルトを見つめる


 呼吸のリズム、視線の揺れ、立ち方、そのすべてを確かめるように見たあと、ようやくほんの少しだけ力を抜く


「……ならいい」


 それでも、完全に安心しているわけではないことは伝わる


 アルトはそれを感じ取りながら、軽く肩をすくめる


「そんなに心配しなくても平気だって」


 ニナは少しだけ視線を逸らす


「……心配する」


 小さく言う


 その言葉は、ほとんど無意識に出たものだった


 アルトは一瞬だけ言葉に詰まる


(……ずるいな、それ)


 そう思う


 心の中だけで


 口には出さない


 その代わり、少しだけ笑う


「ありがとう」


 短く言う


 ニナは何も返さない


 ただ、ほんの少しだけ頷く


 それだけで十分だった


 しばらくして、ニナが一歩下がる


「……また明日」


 アルトも頷く


「うん、また明日」


 ニナはそのまま宿へと戻っていく


 アルトはその背中を見送る


 昨日と同じなのに、少し違う


 距離は変わっていないはずなのに、何かが確実に近づいている感覚だけが残る


 アルトはゆっくりと息を吐く


 空を見上げる


 光はまだ残っている


 それでも、今日という時間が確実に一区切りついたことを感じる


(……いい流れだな)


 そう思う


 戦闘でもなく


 結果でもなく


 その“間”にある時間が、これほど自然に心に残ることが少しだけ意外で、同時に悪くないと感じている自分がいる


 アルトはそのまま踵を返し、自分の帰る道へと足を向ける


 石畳を踏む音が、さっきよりも軽く響く


 体は軽い


 感覚は澄んでいる


 そして何より――


 明日が、はっきりと楽しみだと思えている


 その感覚をそのまま抱えながら、アルトはゆっくりと歩き出す


 日常の中へ


 そして、次へ流れの中へ

一つの区切りとして終わらせることができました!

これからも見てもらえるとたすかります!


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