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エルフに土下座で告白したら振られたけど、なぜか一緒にダンジョン攻略することになった  作者: 紅茶伝


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第29話:帰還報告と、それぞれの価値

 


 ダンジョンの出口を抜けた瞬間、肺の奥に流れ込んでくる空気はそれまでの重さを嘘のように消し去るほど軽く、深層でまとわりついていた圧の記憶が身体の外へと剥がれ落ちていくような感覚とともに、乾いた風が頬を撫でていくことで、ようやく“生きて戻ってきた”という実感が現実のものとしてゆっくりと身体に馴染んでいった


 視界は開け、陽の光は強く、遠くから聞こえてくる街のざわめきや人の声、荷車の軋む音や店先で呼び込みをする声が混ざり合うその雑多な音が、ついさっきまでいた場所とはまるで別の世界であることを否応なく感じさせる


 ミミが大きく息を吸い込み、そのまま思いきり吐き出すことで胸の奥に残っていた緊張を解き放つように肩を落とし、全身を使い切ったあとの軽さと達成感が混ざった声でそのまま言葉を零す


「はぁー……っ、空気軽い……生きて帰ってきたって感じする……!」


 その声にカイルも応じるように首を鳴らしながら肩を回し、戦闘の余韻をまだ体に残したまま低く息を吐くことで、その場の空気を少しだけ落ち着かせるように短く言葉を落とす


「……深層は、やっぱ別物だな」


 それ以上は語らないが、その一言の中にあの場の圧、重さ、危険度のすべてが含まれていることは誰もが分かっていた


 アルトは少し遅れて外の空気を吸い込み、肺の奥に残っていた重さが抜けていく感覚を確かめながら、ゆっくりと視線を上げる


 軽い


 確かに軽い


 だがそれは単に深層を抜けたからではなく、もっと内側から来ているような感覚であり、呼吸のたびに体の動きが滑らかに整っていくことで、自分の状態が“元に戻った”のではなく“変わったまま安定している”ことをはっきりと自覚させられる


 その横で、ニナは変わらずアルトを見ている


 手はもう繋がれていないが、距離は近いまま変わらず、呼吸や視線の揺れを逃さないように観察するその姿勢は、さっきまでと何も変わっていない


「……歩ける?」


 小さく、しかし確実に確認する声


 アルトは軽く肩を回し、足の感覚を確かめてから頷く


「問題ない」


 その言葉を聞いたあとも、ニナはすぐに視線を外さず、わずかな違和感がないかを数秒かけて見極めたあと、ようやくほんの少しだけ息を吐くことで緊張を緩める


 それでも完全に気を抜いたわけではないまま、四人は街へと歩き出す


 石畳を踏む足音が軽く響き、人の流れに混ざりながら自然と日常へと戻っていくその感覚の中で、ダンジョンの中で張り詰めていた空気とは違う“緩やかな時間”がゆっくりと広がっていく


 それでも四人の間には、言葉にしない共有されたものが残っていて、誰もそれを口に出さないまま、それぞれが内側で整理しているような静かな空白が続いていた


 やがて、冒険者ギルドの建物が視界に入る


 厚い木の扉、擦り減った取っ手、出入りする人々の動き、そのすべてがここが“基準となる場所”であることを強く示していた


 扉を押し開ける


 その瞬間、酒と紙とインク、鉄の匂いが混ざった独特の空気が流れ込み、同時に中のざわめきが一瞬だけ止まる


 視線が集まる


 四人に向けて


 深層から戻ったと一目で分かる空気をまとった存在に向けられる、明確な評価の目だった


 小さなざわめきが広がる


 アルトたちはそのままカウンターへと向かう


 そこにいたのは、ゴースト族の受付――キャシーだった


 ふわりと宙に浮きながら帳簿を整えていた彼女は、顔を上げた瞬間に四人を認識し、その動きを一瞬だけ止める


「……あら~?」


 柔らかい声が漏れるが、その奥にある驚きは隠しきれていない


 視線が四人をなぞる


 装備、空気、持ち帰った袋の重さ、そのすべてを一瞬で把握する


 そして


「……おかえりなさい~」


 いつもと同じ言葉を、少しだけ丁寧に言う


 その一言だけで、この帰還が普通ではないことが伝わる


 アルトは軽く頷く


「ただいま」


 短く返す


 キャシーはすぐに表情を整え、仕事の顔へと戻る


「報告、お願いしてもいいかしら~」


 声は落ち着いているが、わずかに慎重さが混ざっている


 アルトは迷わず言う


「深層、到達とボス討伐」


 短いが、十分すぎる報告だった


 空気が変わる


 ざわめきが一段階上がる


 キャシーの目がわずかに開く


 ほんの一瞬だけ言葉を失うが、すぐに整える


「……確認を取るわね」


 奥へと声をかける


 数秒後、奥の扉が開く


 ギルドマスターが姿を現す


 空気がさらに引き締まる


 彼は一歩前に出ると、何も言わずに四人を見渡すことで、怪我の有無、魔力の流れ、疲労の度合いを一瞬で確認する


「……やったか」


 低く言う


 アルトが頷く


「なんとか」


 それ以上は語らない


 ギルドマスターも深くは聞かない


 ただ一度息を吐き


「……上出来だ」


 そう言い切る


 その評価は、この場にいる全員にとって明確な意味を持っていた


「素材は?」


 カイルが袋をカウンターに置く


 重い音が響く


 中には核、深層の鉱石、魔物素材が詰まっている


 キャシーが確認し、わずかに目を細める


「これは、すごいわね~」


 素直な感想だった


 ミミもすぐに袋を取り出す


「あとこれも!」


 取り出されたのは深層の魔法道具


 圧縮された力を一点に叩き込む構造を持つそれは、見ただけで“ただの装備ではない”と分かる重みを放っている


 キャシーが少し身を乗り出す


「……新規の遺物ね」


 ギルドマスターも横から見る


「……深層報酬か」


 ミミは嬉しそうに頷く


「たぶんそう!」


 その反応に周囲がざわつく


 キャシーは手際よく処理を進め、計算を終えたあと、報酬を提示する


 その金額は明らかに通常を超えており、周囲の空気に再び波が広がる


 キャシーが差し出した報酬の袋をミミが受け取った瞬間、その重みが腕にずしりと乗ることで今回の成果が数字以上の“実感”として伝わり、思わず表情が崩れるほどの喜びがそのまま声に出る


「やば……これ、ほんとにこんなに……?」


 その言葉に周囲の視線がさらに集まり、深層という言葉だけで理解される危険度と、それに見合った対価の大きさが場の空気を一段濃くする中で、カイルも横から袋の中身を一瞥し、派手に感情は出さないまま喉の奥で短く息を吐く


「……悪くねえな、これだけあればしばらくは困らねえ」


 ミミは袋を抱えたまま笑みを抑えきれず、ニナは何も言わないままアルトの横に立ち続ける


 そのとき、ギルドマスターの視線がアルトへと向く


 ただの確認ではない


 見抜く視線


「……お前」


 アルトが顔を上げる


「……変わったな」


 それだけ言う


 だが、その一言には確信があった


 アルトは答えない


 答えられない


 ただ、わずかに視線を外す


 ギルドマスターはそれ以上追及しない


「……まぁいい、戻ってきたならそれで十分だ」


 その言葉は距離を保ったままの許容だった


 キャシーが静かに微笑む


「今回は本当にお疲れさま、全員無事で戻ってきたのが一番よ」


 その言葉が、場の空気を少しだけ和らげる


 四人はギルドを後にする


 扉を開けると、光と風が流れ込み、街の音が再び広がる


 日常の中へと戻る


 だが――


 アルトの内側だけは、確実に変わっていた


 軽いままの体


 整いすぎた流れ


 そして、増えている何か


 それが何かはまだ分からない


 それでも、もう元には戻らないことだけははっきりしていた


 四人は並んで歩く


 同じ方向へ


 同じ速度で


 その中で、わずかに変わった関係と距離を抱えたまま、次へと続く流れの中へと自然に足を進めていくのだった



ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!

もしよかったら感想などいただけると、とっても嬉しいです…!

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