第25話:代償
風が貫いた直後、巨人の体は外側から砕けるのではなく、支えを失った構造物のように内側からゆっくりと崩れ始め、繋ぎ止めていた力が消えたことで岩と土の塊がその場に沈むように落ちていき、重さを伴ったはずの音さえもどこか鈍く響く中で、やがてその動きは完全に止まり、巨大だったはずの存在はただの“積み重なった残骸”へと変わっていった
その中心で――
核が、露出している
ひび割れた岩の隙間から覗くそれは、これまで見てきたどの核とも違い、外殻を失ったことでむき出しになった“本体”そのものが脈打つように揺れており、光とも影ともつかない歪んだ輝きが内側から滲み出るたびに、周囲の空間がわずかに引き伸ばされては戻るという不安定な振動を繰り返していた
音が、遠い
空気が、重いのに軽い
存在しているはずの距離感が曖昧になる
ニナが小さく息を呑む
「……止まった」
確かに、動いていない
さっきまで圧として降りかかってきていた質量の気配が、嘘のように消えている
それでも――
何かが終わった感じは、しない
むしろ逆に
“残っている”
ニナはその違和感を言葉にする前に、視線を横へ向ける
アルトを見る
その動きが、遅い
いや、違う
“引かれている”
「……アルト」
呼ぶ
だが返事はない
アルトの視線は、核に固定されている
瞬きすら少ない
呼吸も浅い
ゆっくりと、一歩踏み出す
まるで自分で動いているのではなく、見えない糸で引かれているような不自然な動きで距離を詰めていくその姿に、ニナの中で警戒が一気に強まる
「待って」
声をかける
だが止まらない
もう一歩
核の鼓動が強くなる
ドクンッ
ドクンッ
それに呼応するように、アルトの胸の奥でも何かが鳴る
(……これ)
思考が薄れる
代わりに、感覚だけが強くなる
(……取り込める)
理由はない
理屈もない
それでも確信だけがある
ニナが一気に踏み込む
「ダメ!」
腕を掴もうとする
その瞬間――
アルトの手が、核に触れる
止まる
時間が、止まったように感じる
触れたはずのそれは固体ではなく、液体でもなく、空気でもない“流れ”として掌から侵入してくることで、抵抗も拒絶もないまま腕を通って一気に内側へと流れ込み、そのまま胸の奥へと吸い込まれていく感覚がはっきりと分かる
(……っ!?)
遅れて、理解が追いつく
吸収している
無意識に
ニナが強く腕を引く
「離して!!」
だが、遅い
核の光が一度だけ大きく脈打つ
ドクンッ――!!
その瞬間
全てが、止まる
核の輝きが消える
完全に、沈黙する
残骸のゴーレムは、もう一切動かない
ただの土と岩の塊に戻る
だが――
終わっていない
アルトの体が、揺れる
一歩、後ろに下がる
呼吸が乱れる
視界が大きく歪む
「……っ……!!」
声にならない音が漏れる
頭の奥が焼けるように痛む
さっきまでとは比べ物にならない“質”の痛みが、内側から膨れ上がるように広がり、思考を押し潰すように意識の中心を揺さぶることで、立っているだけで精一杯になる
ニナの表情が変わる
すぐに支えるように距離を詰める
「アルト!」
体に触れる
だが――
熱い
皮膚の上からでも分かるほど、内側の魔力が暴れている
均衡が、崩れている
「……これ……」
ニナが言葉を失う
アルトの呼吸が荒くなる
肩が上下する
目の焦点が合わない
それでも立っている
いや
立ってしまっている
(……多い)
内側に流れ込んできたものが、収まりきっていない
溢れている
流れが暴れている
ズキッ
ズキッ
ズキッ
痛みが波のように押し寄せるたびに、視界が白く飛び、足元の感覚が一瞬ずつ消えていくことで、今自分がどこに立っているのかさえ曖昧になっていく
「……アルト、聞いて」
ニナが低く言う
必死に落ち着かせようとする声
「そのままだと、崩れる」
だが――
届かない
アルトの意識は、すでに“内側”へ引き込まれている
外の音が遠い
自分の中だけが、うるさい
流れが、暴れている
収束しない
抑えられない
(……止まらない)
その瞬間
空気が、揺れる
アルトの周囲で魔力が溢れる
目に見えないはずの流れが歪みとして現れ、地面の砂がわずかに浮き上がり、周囲の空間が引き裂かれる前触れのように軋み始める
ニナが一歩下がる
直感で理解する
「……暴走してる」
アルトが顔を上げる
焦点の合わない目
だがその奥で、何かが“変わっている”
呼吸が乱れたまま、ゆっくりと手を上げる
止められていない
流れが、外へ出ようとしている
「……っ……やば……」
ニナが歯を食いしばる
このままじゃ――
ここが壊れる
ダンジョンごと
それを、止めなければならない
目の前のアルトを
壊す前に
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