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第21話:終わったはずの場所

 


 崩れ落ちた岩の蛇が完全に形を失い、連なっていた塊がさらさらと砂へと崩れて地面に吸い込まれていくその過程を、誰もがしばらく言葉を発することなく見つめていたが、戦闘の余韻として残っていた振動だけが遅れて足元からじわじわと伝わり続けているせいで、この静寂が本当に安全なものなのか、それともただ嵐のあとに訪れた一時的な空白なのかを判断できないまま、四人の呼吸だけがやけに大きく空間に残っていた


 やがてその振動も徐々に弱まり、地面の奥から伝わっていた鼓動が完全に途切れたことで、今度こそ戦闘が終わったのだと理解できるだけの静けさが戻ると同時に、空気に混じっていた重さがわずかに軽くなり、肺に入ってくる空気がほんの少しだけ吸いやすくなったことにアルトは遅れて気づく


 ミミがその場に座り込んだまま大きく息を吐き、肩を落としながらも手に入れたばかりの武器を抱え直すように持ち上げて、その重さを確かめるように軽く揺らすと、内部に詰まっている魔力がわずかに震えて鈍い振動として手のひらに返ってくる感覚に目を細める


「これ、やっぱりすごいかも……」


 声は弾んでいるが、まだ呼吸が整っていないせいで少しだけ掠れている


 カイルはその様子を横目で見ながらゆっくりと肩を回し、獣化していた体が元の形へ戻っていくにつれて筋肉の張りが落ちていくのを確かめるように拳を握っては開き、最後に一度だけ深く息を吐き出す


「深層の守護者を落とした」


 低く、確かめるように言う


「これでこの層は終わりだ」


 それはこの世界において疑う余地のない“常識”だった


 一定以上の個体を倒せば、その周囲の魔物は縄張りを失い、短い間だけ完全な空白が生まれることで安全が保証される、そのわずかな時間こそが冒険者にとって唯一気を抜ける瞬間であり、だからこそ誰もが深層を攻略したあとには一度足を止める


 ニナはその常識を理解していながらも、どこかそれをそのまま受け入れていないような視線で周囲を見渡し、空気の流れや地面の状態を確かめるようにゆっくりと歩きながら結界の名残のように残っている魔力の歪みを指先でなぞるようにして整えていく


 アルトはその場に立ったまま、呼吸を整えながらゆっくりと視線を落とす


 軽くなったはずの空気


 それでも残る違和感


 ズキッ


 頭の奥に、さっきよりもはっきりとした痛みが走る


 一瞬だけ視界が白く滲み、思考が途切れかけるが、それでも倒れずに立っていられるのは、体がまだ“戦闘の延長”にあるからなのか、それとも単純に慣れてきているからなのか、自分でも判断がつかない


(……終わってる、はずだろ)


 そう思う


 そう理解している


 それでも


 視線が、自然と下へ向く


 さっき核があった場所


 その、さらに奥


 何も見えないはずの地面の一点が、ほんのわずかに沈んでいるように見える


 距離感が狂う


 近いはずなのに遠い


 遠いはずなのに、手を伸ばせば触れそうな位置にある


「……なに」


 気づけば、声が漏れていた


 ミミが顔を上げる


「え?」


 カイルも振り向く


 ニナだけが、すぐにアルトの視線の先を見る


 そして、足を止める


「……そこ」


 小さく呟く


 アルトは一歩だけ近づく


 足裏に伝わる感触は同じはずなのに、その一点だけがわずかに沈むような違和感を持っていて、踏み込んだときの反発がほんの少しだけ遅れる


 ズキッ


 痛みが強くなる


(……ある)


 確信に変わる


 カイルが眉をひそめる


「何もねぇぞ」


 ミミも覗き込むが、首をかしげる


「普通の地面だけど……」


 ニナはしゃがみ込む


 ゆっくりと手を伸ばす


 何もない空間へ


 指先が触れた瞬間


 ビリ、と微かな震えが走る


 空気ではない


 固体でもない


 だが確かに“そこにある”


 ニナは手を引かない


 そのまま、なぞるように動かす


 歪みを整えるように


 乱れを均すように


 ほんのわずかに


 空間が揺れる


 見えなかったものが、薄く浮かび上がる


 水面のように


 底の見えない歪み


 ミミが息を呑む


「……え、なにそれ」


 カイルも黙る


 さっきまでなかったものが、そこにある


 ニナが言う


「……終わってない」


 短い言葉


 だが、その意味は重い


 アルトは目を離せない


 引き込まれるような感覚


 呼ばれているような違和感


 ズキッ


 頭の奥が強く痛む


(……行ける)


 その感覚だけが、はっきりとある


 カイルがゆっくり息を吐く


「……帰る場所は、あっちだ」


 視線を大きな揺らぎへ向ける


 安定している


 明らかに出口だと分かる形


 それでも


 アルトは動かない


 ニナが立ち上がる


 アルトの横に並ぶ


「……こっち」


 はっきりと言う


 ミミが困ったように笑う


「え、ちょっと待って……まだ行くの?」


 カイルは少しだけ考え、そして小さく笑う


「……だろうな」


 止めない


 誰も止めない


 それが分かる空気


 アルトはゆっくりと一歩踏み出す


 見えない揺らぎの前へ


 終わったはずの場所の、さらに奥へ


 四人は、まだ知らない


 ここから先が“深層の先”であり、このダンジョンの本質へと繋がっていることを


 ただ一つだけ分かっていることがある


 ここで引き返すという選択だけは


 もう、誰の中にも残っていなかった

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