第四話:ママは戦場へ稼ぎに行く
西暦一八四年。
漢王朝が揺らぎ、世界が燃え始めた年。
多くの人にとって、それは災厄だった。
だが、
ある女にとっては違う。
混乱は価格変動。
破壊は投資機会。
戦争は、最大規模の収穫祭。
これは、
乱世を市場として見た女と、
その女に管理される英雄たちの物語である。
西暦一八四年。光和七年。干支は甲子。
この年、漢王朝の株価は大暴落を記録する。原因は、太平道とかいう怪しげな新興宗教団体だ。教祖の張角なる男が、「蒼天已に死す、黄天當に立つべし」などという、中二病全開のキャッチコピーを掲げて蜂起したからだ。彼らは目印として黄色い頭巾を巻いている。ファッションセンスは皆無だが、動員数は桁外れだ。数十万規模の暴徒が、イナゴのように全土を食い荒らしている。世に言う『黄巾の乱』である。
一般市民にとっては悪夢だろう。だが、私、李司にとっては違う。私の網膜には、燃え上がる村々も、逃げ惑う人々も、すべて「数字」に見える。
混乱=物価の変動。 破壊=復興特需。 戦争=軍需産業の活性化。 そして何より、賊の討伐=功績ポイントの乱獲キャンペーン。
私の脳内電卓が、桁溢れを起こしそうな勢いで弾かれる。チャンスだ。ビッグチャンスだ。これは百年の一度の「巨大なビジネスチャンス(商機)」の到来である。乱世こそが、私が最も輝く市場なのだから。
◆
視界前方、一人の男が立っている。孟徳。私の「第一号管理資産」であり、戸籍上の夫(仮)でもある男。彼は今、真新しい軍装に身を包んでいる。役職は『騎都尉』。政府軍の騎兵隊長だ。黒塗りの鎧。赤いマント。腰には装飾過多な剣。彼は鏡の代わりに水桶の水面を覗き込み、自分の姿に酔いしれている。
「ふっ、決まったな。俺こそが乱世の奸雄……」
などと呟いているのが聞こえる。ナルシストめ。その鎧の請求書、まだ決済が済んでいないことを忘れたか。
足音高く、彼に歩み寄る。カシャン、カシャン。金属音が中庭に響く。孟徳が振り返る。
「おお、司か。見送りか?安心しろ、俺は……って、んん?」
彼の目が点になる。無理もない。今の私の姿は、彼の想像の斜め上を行っているはずだ。
私は現在、完全武装状態にある。ただし、そこらの量産型の鎧ではない。私の身体的特徴に合わせて特注した、フルオーダーメイドの逸品だ。素材は最新鋭の強化鋼。表面には金メッキ加工(防錆および威圧用)。肩当てには私のパーソナルマークである「銭」の意匠。スカート部分は可動域を確保しつつ、防御力を最大化したスリット入りの装甲。総重量、二十五キログラム。製作費、金貨三百枚。曹家の経費で落とした。
「装備チェック開始」
各部の動作確認を行う。
「右腕、関節可動域よし。油圧(筋肉)正常」
ブンッ!右腕を振り回す。風を切る音が鋭い。
「左腕、装甲強度よし。接合部にガタつきなし」
ガンッ!自分の胸当てを拳で叩く。鈍く、重い音が響く。完璧だ。
「脚部、サスペンション(膝)よし。瞬発力、百二十パーセント」
その場で軽くジャンプする。着地音、ズドン。地面が少し窪む。素晴らしい重量感だ。
「孟徳、行きますよ。準備は完了です」
遠足に行く前の子供のような、しかし目は完全に狩人のそれだ。
「この乱は貴方の功績を稼ぐ、絶好のボーナスステージです。経験値倍増キャンペーン期間中につき、取りこぼしは許されません」
孟徳が口をパクパクさせている。金魚か。酸素が足りていないのか。
「え?お前も……行くのか?」
彼がようやく言葉を絞り出す。
「戦場だぞ?女が出るなんて聞いたことがない!ここは戦乙女の伝説がある北欧じゃなくて、儒教道徳が支配する後漢だぞ!?」
「常識に囚われるのは非効率です」
「それに俺は騎都尉だぞ、指揮官だぞ。皇甫嵩将軍の部下として出陣するんだ。妻が横にいて戦えるか!部下の手前、格好がつかん!」
「格好?それで敵が死にますか?」
彼に詰め寄る。私の身長は彼より低いが、圧迫感の質量は彼を圧倒している。
「懸念事項はありません。論理的に説明しましょう」
「第一に、個人の戦闘能力(DPS)において、私は貴方より上です。先日のスパーリング結果、貴方の勝率はゼロ割二分(三勝九七敗)でしたね。戦力外通告を出さないだけ温情だと思ってください」
「ぐっ……あれは俺が手加減を……!」
「第二に、部隊指揮に関しても、私の演算処理能力のほうが戦死者を三割減らせます。貴方は感情で動くタイプ(直感型)ですが、私は確率で動くタイプ(論理型)です。兵站管理、進軍ルートの最適化、敵の行動予測。すべて私の脳内でシミュレーション済みです」
「第三に、私が近くにいないと、貴方は戦場のドサクサに紛れて現地の女に手を出す可能性があります。その監視コストを考えれば、同行するのが最も安上がりです」
「……信用なさすぎだろ!」
「実績に基づいた評価です。……何か論理的な反論は?」
彼を見下ろす(精神的に)。孟徳は唸る。「ぐぬぬ……」彼は必死に脳を回転させている。私を論破するための材料を探している。だが、見つかるはずがない。私の論理は、金剛石よりも硬いのだから。
「ひ、否定できる要素がないのが苦しい……っ!お前の言う通りだ、能力的にはお前がいたほうが百倍助かる!」
彼は認める。素直なところは美徳だ。だが、彼はまだ諦めていない。最後の切り札を切ってくる。
「だがな!家庭の問題があるだろ!」
彼はビシッと屋敷の奥を指差す。
「子供の世話はどうするつもりだ!俺たちには子供がいるんだぞ!」
そう。この数年の間に、私たち(正確には私と孟徳、そして私と袁紹の間には)、「次世代の資産」が誕生している。生物学的な繁殖活動の成果物だ。
「子供?ああ、個体名『譚』と『昂』のことですね」
淡々と答える。個体識別は重要だ。
「自分の息子(と袁紹の息子)を個体名で呼ぶな!愛情がないのか、愛情が!」
「愛情?投資と言い換えてください」
「昂。曹昂。一七七年生まれ。現在七歳。貴方との間に生まれた長男です」
「譚。袁譚。一七六年生まれ。現在八歳。袁紹との間に生まれた長男です。あの日、あばら屋で生産活動を行った成果です」
孟徳が頭を抱える。複雑な家庭環境だ。一妻多夫制(非公式)の弊害とも言えるが、私はこれを「リスク分散ポートフォリオ」と呼んでいる。曹家と袁家、両方の次期当主の母親となることで、私の老後は盤石となる。
「問題ありません。この時代の高貴な女性が直接養育するケースは稀です。乳母や教育係に任せるのが一般的です」
「それはそうだが!戦場に行く間、完全に親が不在になるのはまずいだろ!教育上良くない!」
「教育?心配無用です」
親バカな孟徳に、冷静な分析結果を提示する。
「昂(曹昂)は私と貴方に似て聡明(スペックが高い)なので、環境適応能力があります。すでに私の算盤を玩具代わりにし、複利計算の基礎を理解しつつあります。将来有望な銭ゲバです」
「銭ゲバにするな!英雄にしろ!」
「譚(袁譚)も立派な顔立ちをしていて要領が良い。袁紹譲りのプライドの高さと、私譲りの図太さを兼ね備えています。生き残る術を持っています。彼なら、どんな環境でも『俺は袁家の長男だぞ!』と叫んで餌を確保するでしょう」
「それ、ただの我儘なガキじゃねーか!」
孟徳がツッコミを入れる。的確だ。
「だからって、屋敷に放置していくわけにはいかんだろ!使用人たちだけじゃ、あの悪ガキ二人の制御は不可能だ!家が燃やされるぞ!」
孟徳の懸念はもっともだ。あの二人のエネルギー量は、小型の台風並みだ。使用人では太刀打ちできない。プロの管理者が必要だ。
「ですから、手配済みです」
抜かりはない。私は常にプランBを用意している。
「『適切な管理施設』に預けました。二十四時間体制で、厳格な教育と監視が行われる、世界一安全かつ過酷な施設です」
「……どこだ?そんな便利な場所が洛陽にあるのか?」
孟徳が怪訝な顔をする。私は口角を上げる。最高の笑顔で、その場所の名を告げる。
「本初(袁紹)のところです」
「……は?」
孟徳がフリーズする。本日二度目の処理落ち。
「濮陽の県令として赴任している、袁本初様のところです。あそこなら警備も厳重ですし、何より『父親(の一人)』がいますからね。安心でしょう?」
「き、鬼かお前は……」
孟徳が震える。戦慄している。友人の未来を想って。
「本初は今、激務の真っ最中だろ?『清廉な能吏』として名を上げるために、死ぬ気で働いてるって聞いてるぞ?そこに、あの怪獣二匹(昂と譚)を送り込んだのか!?」
「ええ。速達便で」
「彼は以前言っていました。『死ぬほど働いて、お前に会う時間をなくしてやる』と。なら、もっと働かせてあげましょう。労働の喜び(苦しみ)を最大限に提供するのが、妻としての内助の功です」
「それは内助の功じゃねぇ!兵糧攻めだ!いや、焦土作戦だ!」
孟徳が叫ぶが、もう遅い。子供たちは昨日の朝、出発した。今頃は濮陽に着いているころだろう。
◯【イメージ映像:袁紹の執務室(濮陽)】
洛陽から北東へ数百里。濮陽県の県令執務室。書類の山に埋もれる男がいる。袁紹だ。かつての美少年ぶりは健在だが、その顔には疲労の色が濃い。目の下にはクマができている。頬は少しこけている。だが、その目は死んでいない。「李司から逃げるためなら、どんな激務にも耐えてみせる」という執念の炎が燃えている。
「ふぅ……ようやく決済書類の山が片付いたか……。これで少しは休憩が……」
彼がお茶に手を伸ばそうとした、その時だ。
ドガァーン!!
執務室の扉が蹴破られる。小さな影が二つ、ロケットのように飛び込んでくる。
「パパー!」
「おじさーん!」
曹昂(七歳)と袁譚(八歳)だ。彼らは元気いっぱいだ。移動の疲れなど微塵も感じさせない。
「げっ!?た、譚!?それに昂まで!?」
袁紹がお茶をこぼす。熱湯が彼の太腿にかかる。「あちちちっ!」
「パパ―、おなかすいたー!最高級の肉もってこーい!」
袁譚が袁紹の膝の上にジャンプして乗る。ダイナミックな着地。袁紹の急所に膝が入る。
「ぐふっ……!」
「おじさまー、ここの女中さんたち、レベル高いですね!紹介してください!将来の側室候補にします!」
曹昂が袁紹の背中に回り込み、おんぶの体勢で首を絞める(抱きつく)。七歳にしてこの女好き。孟徳の遺伝子は恐ろしい。
「ええい、やめろ!いたずらをするな譚!俺の膝の上で暴れるな!膀胱が圧迫される!」
袁紹が悲鳴を上げる。書類が舞う。墨汁が倒れる。「清廉な執務室」が一瞬で「猿山」に変わる。
「昂も女中をナンパするな!お前はまだ七歳だろ!一〇年早いわ!俺は書類決済をせねばならんのだ!県令の仕事は山ほどあるんだ!」
袁紹は二人の子供を引き剥がそうとするが、彼らはタコの吸盤のように張り付いている。李司の教育を受けていない彼らは、野生児そのものだ。
「なんでだ!?なぜ俺が阿瞞の子まで見ている!?俺の子(譚)だけでも手一杯なのに!」
袁紹が天井を仰ぐ。そこには、李司からの手紙が張り付けられている。
『育児代行サービスのご案内。料金:貴方の寿命。追伸:もし子供に怪我をさせたら、袁家の資産を差し押さえます』
「李司ーーッ!お前、戦場から帰ったら絶対に追加料金を請求してやるからなーーッ!!慰謝料だ!保育料だ!精神的苦痛だーーッ!!」
袁紹の絶叫が、濮陽の空に虚しく響き渡る。彼の「逃避のための労働」は、いまや「地獄のワンオペ育児&激務」へと進化したのだった。
◆
「……お前……」
孟徳がポツリと呟く。風が彼の赤いマントを揺らす。
「あいつ、過労死するぞ……」
あいつ、とは当然、袁紹本初のことだ。現在、私の二人の息子(生物学的な意味での孟徳の子と袁紹の子)を押し付けられ、激務の中でワンオペ育児を強いられている哀れな県令のことである。
手元の装備リスト(在庫管理表)にチェックを入れながら、さらりと答える。
「死にません。彼には『プライド』という名の無限の再生可能エネルギーが実装されています」
私は知っている。袁紹という男の構造を。彼は「名門袁家の人間は、何事も完璧にこなさなければならない」という強迫観念に近いプライドで駆動している。育児だろうが、行政だろうが、彼は「完璧」を目指して走り続けるだろう。燃料が尽きない限り、エンジン(肉体)は焼き切れるまで動き続ける。実に高性能な労働機械だ。
「それに、私の子供たちの面倒を見ることで、袁家と曹家の結びつきは強固になります」
「考えてもみてください。袁家の次期当主(予定)である本初が、曹家の子(昂)を育てているのです。これは事実上の人質交換……いえ、相互不可侵条約の締結に等しい。さらに、子供たちが兄弟のように育てば、将来的な両家の合併もスムーズに進みます」
「これぞ、一石二鳥の合併買収(M&A)戦略です。育児コストを外部委託しつつ、政治的な地盤も固める。私の采配に、一分の隙もありません」
「……お前の血は何色だ?緑色か?紙幣と同じインクでできてるのか?」
孟徳が呆れたように言う。失礼な。私の血は赤だ。赤字を許さない、情熱の赤だ。
その時だった。
ドカドカドカドカッ!!
地響きのような足音が聞こえてくる。地震ではない。これは、質量の伴った物体が、高速で移動している振動だ。方向は、正門の方角。震源地が急速に接近している。
「なんだ?敵襲か!?」
孟徳が剣に手をかける。反応速度は悪くない。だが、敵ではない。私の頼もしい「資産」たちだ。
中庭の入り口に、二つの巨体が現れる。逆光を背負い、砂埃を巻き上げて立つその姿は、まさに仁王像。
右に立つ男。夏侯惇、字は元譲。岩のような筋肉。鋭い眼光。気性は荒いが、一本気な性格。将来有望な前衛職だ。
左に立つ男。夏侯淵、字は妙才。夏侯惇に負けず劣らずの巨漢だが、こちらは手足が長く、バネがある。弓の名手であり、機動力に優れた遊撃手。
彼らは孟徳の従兄弟であり、挙兵にあたって真っ先に駆けつけた身内だ。本来なら、孟徳の左右を固める腹心となるべき存在である。
彼らはズカズカと中庭に入ってくる。その迫力に、孟徳が少し気圧される。
「おお、元譲、妙才!来てくれたか!準備は……」
孟徳が笑顔で迎える。主君としての威厳を見せようと、胸を張る。
だが。二人の巨漢は、孟徳の横を素通りする。風のように。視線すら合わせない。彼らの瞳は、ただ一点、私の方だけを向いている。
「姐さん!!」
夏侯惇が野太い声を上げる。彼は私の前で直立不動になり、ビシッと敬礼する。その角度、四十五度。完璧だ。
「出陣の準備が整いました!!姐さんの指示通り、兵糧の積載量を調整し、行軍速度を二割上げましたぜ!干し肉の塩分濃度も、姐さんのレシピ通りに再計算済みっす!」
続いて、夏侯淵が一歩前に出る。彼もまた、キラキラした目(猛獣の目だが)で私を見ている。
「姐さん!!武器の手入れも完璧です!姐さんに教えてもらった研磨術、あれ凄いです!剣の斬れ味が三割増しになりました!この夏侯淵、姐さんの背中を守って一番槍を決めますよ!邪魔する敵は、姐さんの財布の肥やしにしてやります!」
二人の熱気が凄い。サウナか、ここは。だが、悪い気はしない。優秀な部下(下僕)を持つことは、管理者の喜びだからだ。
一方、孟徳は取り残されている。ポカーン、と口を開けている。彼は自分の従兄弟たちの背中と、私を交互に見ている。状況が理解できていないようだ。
「……おい」
孟徳が恐る恐る声をかける。
「元譲、妙才。……お前ら、俺の親族だよな?子供の頃から一緒に遊んだ仲だよな?俺が主君だよな?」
孟徳の声が震えている。哀れだ。存在感が希薄化している。
「なんで李司を『姐さん』と呼んで、俺を空気扱いしてるんだ?俺、ここにいるぞ?見えてるか?俺のマント、赤くて目立つはずなんだが?」
夏侯惇が振り返る。面倒くさそうな顔だ。「ああ、いたんすか」という顔だ。
「何言ってんすか孟徳。今は作戦前の重要な報告中っすよ」
「いや、俺に報告しろよ!俺が指揮官だぞ!」
「指揮官?書類上はそうかもしれんが、実質的な現場監督は姐さんだろ?」
夏侯惇が鼻で笑う。そして、熱っぽく語り出す。
「姐さんはな、先日の模擬戦で、俺たち二人を同時にボコボコにしたんだぞ!」
そう。数日前、彼らが合流した時のことだ。血気盛んな彼らは、「女が戦場に出るなんて」と私を侮った。またそのパターンか、と私は思った。説明するのも面倒だったので、私は「実技指導」を行うことにした。所要時間、三分。結果、夏侯兄弟は地面に埋まり、私は無傷。彼らの鼻っ柱とプライドを、物理的に粉砕したのだ。
「あの時の姐さんの動き……神がかってたぜ。俺の全力の突きを、最小限の動きでかわして、『筋肉の使い方が非効率です。乳酸が溜まるだけの無駄な動きですね』って指導してくれたんだ!」
夏侯惇が頬を染める。マゾヒストの素質があるかもしれない。
夏侯淵も頷く。ブンブンと首を振る。
「そうだぞ。俺の弓も、『弦の張力が適正値から五分ずれています。これでは初速が出ません』って、一瞬で見抜かれた。姐さんについていけば、死なずに勝てる。俺たち、一生ついていくって決めたんす!姐さんは俺たちの師匠であり、女神だ!」
「女神じゃありません。監査役です」
訂正を入れるが、彼らの耳には届いていないようだ。完全に信者化している。恐怖と実利による支配。これが最も強固な組織運営術だ。
「うむ、ご苦労!」
「教育の成果が出ていますね。貴方たちは『筋肉バカ』でしたが、今は『学習する筋肉』に進化しました。その調子で、私の指示に従いなさい」
「「へいっ!姐さん!!」」
二人の巨漢が、忠犬のように尻尾を振る(幻覚が見える)。よし。掌握完了。
彼はまだショックを受けている。「俺の威厳が……」と呟いている。気にするな。威厳で飯は食えない。
「いいですか、今回のターゲットは黄巾賊」
中庭に集まっていた兵士たち(曹家の私兵と、募集に応じた義勇兵たち)も、私の声に注目する。彼らもまた、私の「給与体系の明確化」と「福利厚生(略奪品の公平分配)」に魅力を感じて集まった者たちだ。
「彼らは宗教的熱狂で動いていますが、装備は貧弱です。頭には黄色い布。体には粗末な服。武器は農具か、錆びた剣。防御力は紙同然です」
分析結果を公表する。
「対して、我々の装備は最新鋭。兵糧も十分。そして何より、指揮系統(私)が優秀です。負ける要素はゼロに等しい」
「首一つにつき、報奨金および略奪品の取り分を査定します。一般兵の首、銅銭百枚。小隊長クラス、金貨一枚。将軍クラス、金貨五十枚。さらに、敵の物資を無傷で確保した場合、その評価額の三割をボーナスとして支給します!」
おおおおおおおおっ!!
兵士たちの目の色が変わる。欲望の色だ。ギラギラとした、野獣の色だ。「正義」や「忠義」なんて曖昧な言葉よりも、現金の約束こそが、人を最も強く動かす。
「ただし!」
釘を刺す。
「無駄な負傷は減給対象です。治療費は高いのです。自分の体は重要な『資産』だと思いなさい。死んだら金は使えませんよ?生きて、稼いで、持ち帰る。それがこの軍の唯一の規律です!」
腰の剣を抜く。ジャキッ!特注の剣が、太陽の光を反射して輝く。私はそれを高々と掲げる。
「これより我々は、皇甫嵩・朱儁将軍の配下に入り、潁川での討伐に向かう!」
潁川。黄巾賊の主力が集結している激戦区だ。つまり、宝の山だ。
「目的は『正義』ではない!『利益』だ!!」
私は断言する。綺麗事は言わない。ここは戦場であり、市場だ。
「最小のコストで、最大の戦果を刈り取れ!!時は金なり!命も金なり!全ての敵を、我々の資産に変えろ!!」
「「「オーーーーーーーーッ!!!!!」」」
野太い歓声が轟く。夏侯兄弟が拳を突き上げる。兵士たちが槍を叩き鳴らす。大地が震える。素晴らしい士気だ。彼らは今、世界で最も貪欲なイナゴの大群と化した。
剣を収める。カチン。美しい音だ。
「…………」
その喧騒の中で、一人だけ静かな男がいる。孟徳だ。彼はポツンと立ち尽くしている。手には、上質な絹に書かれた巻物を持っている。あれは確か、彼が徹夜で書いていた「出陣の演説原稿」だ。
「……俺の出番が……」
孟徳が蚊の鳴くような声で呟く。
「俺の、『漢王朝のために!逆賊を討ち果たし、天下に安寧を!』っていう、超カッコイイ演説の原稿が……。漢詩のリズムを取り入れた、渾身の名文が……」
彼は巻物をギュッと握りしめる。可哀想に。発表の場を奪われてしまった。だが、今の兵士たちに「漢王朝のために」なんて言っても響かない。彼らが欲しいのは、明日の飯と、故郷に送る金だ。孟徳の演説は、文学的価値はあるかもしれないが、経済的効果は薄い。
「何をしているのですか?グズグズしていると、美味しいところ(敵将の首)は全部私が換金しますよ?」
「……くそっ!」
「行くよ!行けばいいんだろ!見てろよ、俺だって騎都尉だ!正規の指揮官だ!お前より稼いでやる!稼いで、稼いで、お前をギャフンと言わせてやる!」
孟徳が剣を抜く。ヤケクソ気味だが、勢いはある。
「全軍、出撃!!俺に続けぇぇ!!遅れた奴は置いていくぞ!!」
孟徳が叫び、馬に飛び乗る。そして、猛スピードで駆け出す。夏侯兄弟が慌てて追いかける。
「おっ、孟徳が走ったぞ!」
「姐さん、行きますぜ!」
兵士たちも動き出す。雪崩のような進軍が始まる。
愛馬(もちろん、市場で安く買い叩いたが性能は良い馬だ)に跨る。手綱を握る。その感触は、勝利の手応えに似ている。
「ふふ……。いい走り出しです」
孟徳の背中を見ながら微笑む。彼はまだ未熟だ。青い。だが、その青さが、金色の輝きに変わる可能性を秘めている。私は彼を育て、そして彼から搾取する。この共生関係は、乱世が終わるまで……いや、終わっても続くだろう。
さあ、稼ぎ時だ。黄巾の乱。それは私にとっての「収穫祭」だ。
「総員、前進!一歩進めば一歩分の利益だと思え!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
黄巾の乱は、
正義の反乱でも、
悪の暴動でもありません。
この物語では、
巨大なビジネスチャンスとして描かれています。
李司の考え方を、
「恐ろしい」と感じたでしょうか。
それとも
「合理的だ」と感じたでしょうか。
・李司という主人公をどう思ったか
・孟徳や袁紹の立ち位置はどう見えたか
・この乱世を、もう少し見てみたいか
よろしければ、
あなたの率直な感想を聞かせてください。




