第二十話:支店長たちの旅立ちと、次なる生贄
英雄が覇を競う乱世。
血と策と野心が渦巻くこの時代にあって、
ある女は出産直後の産室から、そのまま天下の人事を動かした。
袁紹は冀州へ、曹操は兗州へ。
そして中央には、なお彼女が座る。
これは後漢末、もっとも恐るべき「本社機能」の話である。
「オギャアアアアアッ」と、肺の奥から世界征服でも宣言するかのような凄まじい勢いの産声が響き渡った。
鼓膜を劈くその音響に、思わず眉をひそめる。
元気なのは結構なことだが、この狭い産室の反響率まで計算に入れて、あと一割ほど声量を落としてくれた方が、私の繊細な聴覚器官にはずっと優しいというものだ。
とはいえ、出力としては上々の数値を叩き出している。
産湯の準備など後回しだ。
血の匂いが立ち込める中、新たな生命体の四肢の欠損の有無、呼吸の深さ、皮膚の色つや、握力の強さ、そして原始反射の確実性を一つ一つ確認していく。
母体である私自身の損耗も、事前のシミュレーション通り極めて軽微。
出血量も許容範囲内に収まり、子宮の収縮リズムも順調そのものだ。
うん、今回も投資に対する収支は完璧な黒字である。
「生産、完了です」
「予定より三分遅れましたが、母子ともに健全です。男児。呼吸、循環、反応、すべて正常値。極めて優良な初期ロットですね」
取り上げ役を務めた女官たちが、顔を見合わせている。
いい加減、私のこの仕様に慣れていただきたいものだ。
私とて、好き好んで痛みに耐え、平然を装っているわけではない。
出産のたびにいちいち泡を吹いて寝込んでいては、山積する業務の進行に致命的な遅れが生じてしまうから、やむを得ず精神を肉体から切り離しているだけなのだ。
唐突に、産室の襖が吹き飛ぶかのような勢いで乱暴に開け放たれた。
室内に転がり込んできたのは本初だ。
その両目は、獲物を見つけた猛禽類のように完全にギラついている。
ああ、はいはい。
自分が父親になったという事実を、今すぐ全力で噛み締めたいのだろう。
その単純な思考回路は手に取るように分かる。
「李司!無事か!子は!子はどうだ!」
「騒がしいですよ、本初。ここは産室です。市場でも戦場でもありません」
「そんなことはどうでもいい!いや、どうでもよくはないが!俺の子は!?」
「どうぞ、ご覧になりますか」
腕の中の小さな質量を、彼に誇示するように少しだけ持ち上げてみせる。
本初は食い入るように顔を近づけ、まるで名剣の刃文でも鑑定するような尋常ならざる真剣さで赤子の顔を見つめた。
そして一拍の後、顔中の筋肉という筋肉を緩ませて、わかりやすく表情を綻ばせたのである。
「おお……!おおお!こ、これは……!」
「どうしました。そこまで驚愕されるほど、私の製品精度は低くないはずですが」
「違う!そうじゃない!いや、精度が高いのはいつものことなんだが……!」
本初の言語機能は完全に崩壊の危機に瀕しているらしい。
突然の父性という感情が爆発的に膨れ上がりすぎて、脳の処理能力がまったく追いついていないのだろう。
実に面倒な状態だ。
もう少し論理的に情報を整理してから発言してほしい。
「で、結局のところ何が言いたいのですか」
「目だ!目がいい!くりっとしている!この聡明そうな額の形、鼻筋、耳のつき方!うむ、これは間違いない!俺に一番似ている!」
「……そうですか」
その主張には、やや科学的な異論を挟みたいところだ。
DNAの塩基配列を直接解析できるわけではないので絶対的な断定は避けるが、現時点の表現型を見る限り、むしろ私の方の造形バランスが色濃く反映されているように見受けられる。
ただし、今この場でそれを指摘するのは致命的に面倒なので、静かに呑み込んでおくことにした。
命がけの出産直後に、興奮状態にある夫の肥大化した自己愛までケアしてやるほど、私の体力ゲージは無限ではないのだ。
「名前はどうしますか?」
「決まっている!」
即答だった。
どうやら、はなから聞くまでもなかったらしい。
「袁尚だ!尚ぶと書いて、袁尚!いい名だろう!?この子は袁家の宝だ!一番可愛がってやる!」
「可愛がるのは一向に構いませんが、無自覚に甘やかしすぎると、後々致命的な後継者争いの種を蒔くことになりますよ」
浮かかれきった脳髄へ冷水を浴びせるように、即座に鋭い釘を刺し込んだ。
本初の顔面から、さっきまでの満開の笑みが一瞬にして剥がれ落ち、どんよりと曇る。
大層良い傾向だ。
父性愛という感情そのものは尊い現象かもしれないが、組織経営において感情的な投資は、大抵の場合ろくな結果を生み出さない。
「譚もおりますし、煕もおります。そこへこの尚です。長子・次子・三子の序列と権限が曖昧なまま、トップである貴方が『この子が一番可愛い』などというえこひいきを露骨に行えば、袁家内部の組織力学は高確率で腐敗します。私は当家のブランド価値を維持・向上させるために戦略的に子供を生産しているのであって、無益なお家騒動の火種を量産しているわけではありません」
「うっ……」
「まあ、帝王学を含めた初期教育はこちらで一括して引き受けますので、致命的な問題にはなりませんが」
「その『こちら』って言い方が一番怖いんだよ……」
「客観的な事実を述べているまでです。私の教育方針を怖がるくらいなら、最初からすべての子供に平等なリソースを割きなさい」
尚の小さな体を、もう一度しっかりと抱き直す。
この新しい個体は、さっきまでの大音声が嘘であったかのように、すでに静かに丸まっている。
しかし、時折動く指先の力強さだけを見ると、どうやら気性はかなり強そうだ。
本初の厄介な血も、確かに数パーセントは混入しているのだろう。
まあ、それならそれで構わない。
使い道はいくらでも見出せる。
本初はまだ、魔法にでもかかったように赤子に見惚れている。
その姿だけを切り取れば、ただの幸福な新米父親の情景だ。
これが平和な時代であれば、心温まる微笑ましい一コマとして消費されたのだろうが、残念ながら現在我が陣営が置かれている状況において、平時という甘っちょろい概念は極めて薄弱なのである。
「本初」
「うん?」
「もう見学会は終了です。私はこれより二刻以内に体調の各種数値を平常域へと戻し、その後に予定されている戦略会議に出席します。貴方は直ちに大広間へ向かい、最新の広域地図と各州の収支報告資料を卓上に並べておきなさい」
「……は?」
「え、いや、待て待て待て。今、出産直後だぞ?」
「ええ。事実としてそうです。それが何か?」
「ですから、じゃない!普通は寝るだろう!せめて今日一日くらいは休め!」
「寝ません。私が心地よく眠っている間に、冀州も兗州も、誰か有能な見えない妖精さんが勝手に外貨を稼いでくれるというのであれば別ですが」
「そんなの無理に決まってるだろ!」
「なら、働きます。極めてシンプルで分かりやすい論理です」
本初は明らかに納得がいかない様子で何かを言い淀んでいたが、これ以上の非生産的な問答に付き合う気はない。
代わりに、腕の中で眠る尚の柔らかな額を、軽く指先で弾いてみた。
小さな顔が、不快そうに小さく眉をしかめる。
外部刺激に対する反応速度は極めて良好だ。
将来の有望なアセットとして期待が持てる。
その日のうちに、産室の生温かい空気を振り払い、完全装備を身に纏って冷え冷えとした大広間へと歩を進めた。
産後数時間で甲冑を着込むなど正気の沙汰ではないと、周囲の人間は毎度のように顔を引きつらせる。
だが、そんな凡人の常識的ペースに合わせていては、現在のこの強固な地位は到底築けなかったはずだ。
甲冑は限界まで軽量化を施してあるし、デリケートな腹部への物理的負荷も最低限に抑えるよう緻密に調整済みである。
要は、すべて設計とシステムの問題に過ぎない。
大広間には、指示通りすでに巨大な地図と大量の木簡がうず高く並べられ、当陣営の主要メンバーが顔を揃えていた。
董相国は上座でドカリとふんぞり返りつつも、最近はこちらのプレゼンを真面目に聞く姿勢を見せるようになっている。
学習能力の向上、見事な成長ぶりだ。
奉先はといえば、部屋の隅でひたすら筋力トレーニングに励みながら待機している。
会議中くらいは無駄な動きを止めなさいと注意したいところだが、あの男の場合、身体の動きを止めると脳の処理速度まで著しく低下するため、もはや環境音の一部として放置するのが正解だ。
孟徳と本初は、私が本当に会議の場へ現れたという事実に対し、未だに脳の処理が追いつかず、微妙に納得しきれていない顔を晒している。
「さて」
広げられた巨大な地図の前に立ち塞がり、居並ぶ面々を見下ろした。
「当陣営の今後の事業拡大計画について、詳細なフェーズを説明します」
「産後数時間で『事業拡大計画』なんて単語を口にする女、天下広しといえどやっぱりお前しかいないよな……」
孟徳が呆れたように呟く声が耳に届く。
聞こえているが、本会議の主目的から著しく逸脱する雑音であるため、完全に無視して話を続ける。
「現在、我が陣営は長安と洛陽という二大拠点に中枢機能を過剰に集中させています。これはトップダウンの管理上は非常に便利ですが、同時にリスクマネジメントの観点からは極めて脆弱です。もしどちらか一方で大規模な火災、反乱、疫病の蔓延、あるいは兵站の断絶が起きた場合、組織全体の収益が致命的に落ち込みます。よって、リスク分散のための地方への支店展開が急務です」
「支店……」
本初と孟徳が、揃いも揃って胡散臭そうな顔を作る。
はいはい、よく分かっている。
自分たちが中央の安全地帯から地方の最前線へ飛ばされるのではないかと、ようやく危機感を抱き始めたのだろう。
ご名答だ。
「具体的には、本初は冀州へ」
「えっ」
さすが名門の当主だけあって、自身の身に降りかかる危険を察知する反射神経だけは異常に研ぎ澄まされている。
「冀州は豊かな穀倉地帯です。農産物の安定的な回収、強固な兵站基盤の確保、そして何より『四世三公の袁家』というブランドの地盤強化において、最も相乗効果が高い。貴方のその見栄えのする顔と血筋の良さを、最大限に換金できる極上の市場です」
「お、おお……?いや、待て。つまり俺が、冀州へ赴くということか……?」
「ええ。栄えある赴任です」
「ていのいい左遷ではなく?」
「誰が左遷などという後ろ向きな言葉を口にしましたか」
「だ、だってお前、今まで俺たちを自分の目の届く範囲に置きたがっていただろう!?それが急に地方へ出ろなんて、俺が何か致命的に怒らせるような真似をしたかと……」
「もし私が本気で怒っていれば、もっと物理的かつ直接的な手段で処理しています。これは徹底したデータに基づく合理的な人事異動です。むしろ、栄転と捉えなさい。貴方は今日から冀州支店長です」
「……支店長」
「響きが妙に現実的で嫌な役職だな」
孟徳が横から口を挟んでくる。
ならば、次は貴方の番だ。
「そして孟徳、貴方は兗州へ向かいます」
「俺もか!」
「当然でしょう。黄巾の残党が未だ散在し、未整理の人的資源が大量に埋もれている兗州というカオスは、貴方のようなタイプにこそ最も向いています。荒れ果てた土地の再編、狡猾な人心掌握、敗残兵の再利用、そして厳格な法整備。これらを並行して冷徹に推進できるのは、我が陣営において貴方しかいません」
「……ある程度、俺の好きにやっていいのか?」
ほう。そこに食いつくか。
本当に男という生き物は、ある程度の権限を委譲された途端に、これほどまで分かりやすく目を輝かせるものなのか。
まるで窮屈な鳥籠から大空へ放たれた小鳥のようだ。
まあ、その鳥籠の絶対的なマスターキーを、最終的に誰が握っているかはまったく別の問題なのだが。
「基本的には構いません。現地での大幅な裁量を与えます」
その言葉を放った瞬間、本初と孟徳がちらっと視線を交わせた。
実に分かりやすい反応だ。
自然と吊り上がりそうになる口角を、必死の思いで引き下げようとしている。
彼らの頭の中で渦巻く下世話な心の声が、読心術など使わずともうるさいくらいに聞こえてくる。
自由だ。羽を大いに伸ばせる。美味い酒だ。美しい女だ。鬱陶しい李司の監視から解放される。……まったく、どこまでも単純な思考回路である。
董相国が、腹の底から響くような声で豪快に笑い声を上げた。
「ガハハハ!良いではないか!李司殿、今日も冴え渡っておるぞ!それぞれの得意分野を活かす、適材適所というやつだな!」
「ええ。そして私は、董相国、奉先と共に、この中央で本社機能を強固に維持します」
「うむ!本社!」
董相国は最近、この手の近代的なビジネス用語を妙に気に入っている節がある。
その言葉の真の定義をすべて正確に理解しているかは極めて怪しいが、本人が機嫌よく手足として動いてくれるのであれば、さして重大な問題ではない。
奉先は腕を組んだまま、筋トレのペースを少しだけ落とし、不満と落胆の混じった表情を浮かべた。
「つまり、あいつら二人は外の世界で好き勝手に暴れ回れて、俺はこの閉鎖空間に残ってお前の専属護衛と筋トレ要員ってわけか?」
「その配置に何か不満でも?」
「いや、不満じゃねえ。なんだかんだ言って、お前の傍にいるのが一番退屈しねえからな。ただ、あいつらが監視の目の届かない外で勝手に酒や女に溺れて、使い物にならなくなる自堕落な未来が鮮明に見えるだけだ」
「完全に同感です」
「だからこそ、厳格な監査システムを導入します」
緩みきっていた本初と孟徳の背筋が、まるで見えない糸で引かれたように、ぴしっと音を立てて伸びる。
素晴らしい反射速度だ。
「まず本初。冀州は極めて豊かな土地です。歴史上、豊かな土地では高確率で横領、着服、経費の私的流用、愛人の囲い込み、無生産な宴会、そして『ブランド力向上』を言い訳にした放漫な散財が発生します。つまり、貴方という存在は、我が陣営の財務において極めて危険なリスク要因なのです」
「面と向かってそこまで酷いことを言う!?」
「過去のデータに基づいた客観的事実ですので」
「俺の基本的人権は!?」
「冀州支店での事業成功の方が、貴方の人権より優先順位が高いです」
「血も涙もない!」
「よって、貴方には専属の監査役を一名同行させます」
視線を静かに横へと流す。
そこに控えているのは、完全武装を施した貂蝉だ。
「貂蝉。行きなさい」
「はっ!」
凛とした見事な返事とともに、貂蝉が一歩前へ進み出る。
本初の顔面が、みるみるうちに絶望の土気色へと染まり抜いていく。
いい表情だ。
まさにこの瞬間を見るためだけに、産後の痛みを堪えて会議を開いたようなものである。
「袁紹様」
「うわ」
「これより、わたくしが冀州支店の監査・内部統制・資産保全・風紀粛正・不正検知、および貴方の私生活の24時間監視を担当いたします」
「担当項目が異常に多い!」
「なお、帳簿の改ざん、愛人の囲い込み、予算の私的流用、飲酒による判断能力の著しい低下、業務の怠慢、無断での外泊、そして侍女への『不要接触』が確認された場合は、当方の判断によりその場で即時制裁を実行いたします」
「その不要接触ってなんだよ!」
「業務上、まったく必要性の認められない肉体的接触のすべてです」
「言葉遊びみたいに恐ろしいことを言うな!」
反論を封じるように、貂蝉が手にした鞭を軽く鳴らす。
ぱしり、と空気を切り裂く乾いた音が大広間に響き、本初が情けない悲鳴を上げて首をすくめた。
見事な牽制だ。
まだ実際に打撃を与えてもいないのに、これだけの精神的ダメージを与えられるとは。
「な、なんで貂蝉なんだ!お前は、李司の専属侍女だろうが!」
「はい。ですから、わたくしは愛敬ある李司様の正式な代理人として、貴方の首輪のリードをしっかりと握らせていただきます」
貂蝉が、完璧な角度でにっこりと微笑む。
しかし、その手で弄ばれている棘付きの鞭は、決して威嚇用の象徴などではなく、皮を引き裂くための実用品だ。
冀州の弛んだ空気の中で、大いに役立ってくれるだろう。
本初の目には、うっすらと涙すら浮かんでいる。
「嫌だァァァ!こんなの俺が思い描いていた自由じゃない!これじゃあ、移動式の李司を背中に背負って地方へ左遷されるのと同じじゃないか!」
「まったくもってその通りです。的確な比喩表現ですね」
「認めるなよ!」
「冷酷な現実から目を背けないでください、本初。自由と裁量の裏には、必ず厳格な監査がセットでついて回る。これは現代経営の基本中の基本です」
「俺の、夢にまで見た甘美な単身赴任ライフが……!」
「そもそも、単身赴任先で一体どのような夢を実現するおつもりだったのですか?」
「そ、それは……地域住民との深い交流とか……」
「要するに、女遊びですね」
「ぐっ」
本初は今にも膝から崩れ落ちそうなほどダメージを受けている。
論理で図星を突かれると、人間はここまで弱くなる生き物なのだ。
「孟徳。貴方も、対岸の火事だと安心していては駄目ですよ」
「まだ一言も何も言ってないだろ俺は!」
「口に出さずとも、そのニヤけた顔面にすべてが印字されています」
「……で、俺のところには一体誰が来るんだ。まさか、貂蝉のクローンみたいな恐ろしい女がもう一人控えているのか」
「いいえ。ある意味では、もっと厄介な代物です」
「え?」
「荀彧を送り込みます」
その名を口にした瞬間、孟徳の顔色が、健康な成人男性とは思えないほどの凄まじい速度で青ざめていった。
「げっ」
「文若です。彼、最近私と文通友達になりましてね」
「俺にとって世界一いらない情報だよ!」
「彼からは、『曹操殿の行政運営・財務処理・そして女性関係に関する詳細レポート』を、月次でキッチリと提出してもらう約束を取り付けています」
「なんで女性関係まで監査項目に入ってるんだよ!?」
「当然の措置でしょう。貴方の過去のトラッキングデータによれば、そこが最も重大な損失とトラブルを発生させる要因ですから」
「終わった……」
孟徳が、糸が切れた操り人形のように机に突っ伏した。
はい、お疲れ様です。
貴方の輝かしい赴任生活は、まだ始まってすらいませんが。
「文若の奴は真面目すぎるんだ!あいつは、こちらが『まあ、これくらいは経費で落としてもバレないだろう』と微かに思ったその瞬間に、寸分の狂いもない正論の刃で喉元を深く刺してくる男だぞ!しかも無駄に仕事が有能だ!俺の思い描いていた楽園計画が、始まる前に全部潰える!」
「貴方の頭の中にある『楽園計画』が具体的に何を指しているのかはあえて問い詰めませんが、それが潰れるというのであれば、我が陣営にとっては願ったり叶ったりです」
「頼むから少しは俺の言い分を聞けよ!いや、やっぱり聞かなくていい!でも、俺にだって息を抜く人権というものがあるだろう!」
「ええ、もちろん用意してありますよ。兗州支店長として、泥水に塗れながら死に物狂いで成果を出す権利が」
「俺が欲しいのはそういうのじゃなくて、自由なんだよ!」
「では、その自由な発想をフル活用して、黄巾残党を効率よく再利用しなさい」
「なんで方向性が戦と内政しかないんだよ!」
董相国は腹を抱えて楽しそうに笑い転げ、奉先は「あの荀彧って男は、そんなに物理的に強いのか?」と本気で不思議そうな顔をしている。
物理的な腕力などなくても、十分に恐ろしいのだ。
私からすれば、筋肉で解決しようとする単純なタイプより、法と論理で相手を縛り上げる有能な頭脳の方が、敵に回した時にはよほど厄介な存在である。
「以上が、今回の第一期人事異動の概要です。論理的な反論があるなら一応は聞きますが、私の中での決裁はすでに完全に下りています」
「決裁権者、どう考えてもお前一人だろうが!」
この二人は、追いつめられた時の統一感だけは本当に素晴らしい。
やはり、セットで扱うと極上のエンターテインメントを提供してくれる。
「はい。ですので、この決定が覆る確率はゼロパーセントです」
「ひどすぎる!」
「なお、現地での初期運転資金、当面の兵站予算、予備の兵力、優秀な書記官、そして容赦のない監査役の手配は、すべてこちらで完璧に整えてあります。支店長である貴方たちに求めるのは、過程ではなく結果だけです。冀州からは莫大な穀物と資金を、兗州からは強固な兵力と秩序を。自らの価値を、冷酷な数字で示しなさい」
「……もし、要求以上の成果を叩き出したら?」
孟徳が、口調の端に少しだけ真面目な響きを混ぜて問いかけてきた。
モチベーションの確認か。良い質問だ。
「次のプロジェクトにおける、貴方の裁量権が増大します」
「女は?」
「遊ぶ時間が減ります」
「なんでだよ!」
「圧倒的な成果を出す優秀な人材ほど、この乱世においては希少価値が高い。当然、無駄なトラブルという余計なリスクから徹底的に保護する必要があります」
「そんな過保護、一切頼んでねえよ!」
「じゃあ、俺の場合はどうだ!?冀州を完全に掌握し、莫大な利益を上げたら、俺には何がもたらされる!」
「強固になった袁家ブランドのさらなる強化と、地方に建設される無駄に広い屋敷です」
「美女の追加は!?」
「監査役の人数が追加されます」
「地獄じゃないか!」
「本当に、貴方たちの脳内はどうなっているのですか。一体何を究極の報酬として欲しがっているというのか。強大な権力、揺るぎない地盤、精強な兵、莫大な金、そして歴史に残る名声。本来なら誰もが渇望するすべてが手に入る完璧な配置を用意しているというのに」
「男には色々あるだろうが!そういう堅苦しいものじゃなくて、もっと本能的で一番分かりやすい楽しみってものが!」
「あいにくですが、私の合理的な思考回路ではまったく理解の範疇を超えていますね」
「その徹底した理解のなさが一番怖いんだよ!」
まあ、いいだろう。
この男たちの下半身に直結した低俗な欲求まで一々真面目に分析・理解していたら、私の貴重な脳のメモリ容量が無駄に圧迫されてしまう。
会議の終了を宣言すると、各自が慌ただしく立ち上がり、準備へと動き出した。
本初は今生の別れを惜しむかのように泣きそうな顔で尚の顔を見に行き、孟徳は「文若だけは本当に勘弁してくれ……」と呪文のようにぶつぶつ呟きながら荷造りへ向かう。
◆
出立の日の朝は、皮肉なほどによく晴れ渡っていた。
こういう日は、人間の隠しきれない本音が如実に顔に表れるので、観察対象としては非常に助かる。
顔の作りや纏っている空気だけを見れば、いざ天下へ向けて出征する威風堂々たる将軍なのだが、その内心は、保護者の目から離れる遠足前の小学生そのものである。
感情のコントロールが甘すぎる。
「いやあ孟徳、今日は一段と天気がいいな!」
「全くだ本初。肺を満たす空気まで、いつもより甘くうまく感じるぞ」
「李司の厳しい視線がない世界って、こんなにも色彩豊かで自由だったんだな……」
「残念なお知らせですが、まだ貴方たちの目の前に存在していますよ」
私が冷ややかな声をかけると、二人の肩がびくっと大きく跳ね上がった。
素晴らしい反射神経だ。
ぜひ、その無駄のない反応速度を、戦場で敵の矢を避ける際にも活かしてほしいものだ。
「ずいぶんと楽しそうですね、お二人とも」
「い、いや!これは、大任を任された武者震いというやつだ!」
「そうそう!決して、中央の重圧からの解放感に満ち溢れているわけではなく!」
「二人の顔面に、特大のフォントで『自由!』と書き殴ってありますが」
「書いてない!」
「断じて書いてない!」
二人揃って必死に否定するその姿が、すでに何よりの自白である。
「では、本初。冀州赴任の件、出発前にもう一度だけ明確に伝達しておきます。貂蝉が全行程に同行します」
「嫌というほど知ってる!その絶望的な情報だけで、昨夜は一睡もできなかった!」
「それは大変結構なことです。無駄な油断や隙が減りますからね」
「減るのは俺の寿命と精神力だよ!」
「袁紹様」
「うわ、来た」
「これより、わたくしが冀州支店の監査・内部統制・資産保全・風紀粛正・不正検知、および貴方の私生活の24時間監視を担当いたします」
「それ、昨日も同じこと聞いた!」
「極めて重要なコンプライアンス事項ですので、記憶に定着させるため二度申し上げます」
「やめてくれよ!」
「なお、不適切な女性関係の兆候が僅かでも認められた場合」
「即座に去勢だろ!?知ってるよ、もう!」
「ええ。リスクへの理解が早くて大変助かります」
一方、孟徳はその無様な横顔を見ながら、ほんの少しだけ精神的な余裕を取り戻しているようだった。
心理はよく理解できる。
他人の圧倒的な不幸は、自分自身の不幸を相対的に、一瞬だけ軽く見せてくれる麻薬のような効果があるからだ。
「ははは!孟徳、お前のところはまだ口うるさいだけの文官の監視だろう!こっちは物理的なダメージを伴う棘付き鞭だぞ!」
「どんぐりの背比べで勝った気になるな」
「孟徳」
「……はい」
「貴方の監査役である荀彧は、すでに手ぐすね引いて待機していますよ」
私の言葉と呼応するように、城門の影からすっと一人の男が姿を現した。
孟徳の顔色が、今度は本気で死刑宣告を受けた直後の罪人のような土気色へと変わる。
「曹操殿。これより、よろしくお願い申し上げます」
「うわああああ、本当に来やがった!」
「当然の責務です。兗州における行政運営、厳密な法整備、兵站管理、民政対応、財務処理、すべての書簡の整理・検閲、ならびに貴方の『私的交遊における節度』について、私が誠心誠意、徹底的に補佐・管理いたします」
「私的交遊って、なんでわざわざみんなの前でそこまで明言するんだよ!?」
「当陣営において、最も重大なリスク管理項目と設定されておりますので」
「文若、お前は本当に、少しばかり優秀で真面目すぎるんだよ!」
この男の真の恐ろしさは、どれほど感情的に怒鳴り散らされようが、己のペースと論理を一切崩さない点にある。
物理的な暴力で殴りかかってくる脳筋タイプより、よほど精神を削り取ってくるのだ。
「なお、李司殿との事前の厳密な取り決めにより、『曹操殿の女性関係に関する詳細レポート』を月次で漏れなく提出させていただきます」
「なんでお前が淡々と読み上げると、ここまで絶望感が何倍にも増幅されるんだよ!」
「これも重要な職務の一環ですので」
誠に残念であった。
自由競争市場というものは、貴方が夢想するほど甘くは作られていないのだ。
「ははは!孟徳も、俺と同じでこれで完全に終わりだな!」
「お前も全く同じ穴の狢だろうが!」
「いや、俺の方の監査役はまだ貂蝉だから、長年の付き合いによる情ってもんがある!」
「一切ございませんわ」
貂蝉の、氷のように冷たい即答。
本初の顔が再び絶望の淵へと沈み込む。
見事な連携プレイだ。
実に良い流れである。
「では、両支店長諸君。現地での事業展開は、貴方たちの才覚で好きにやって構いません。ただし」
「ただし?」
「月次の収支報告と具体的な成果は、必ず正確なデータとして本社へ提出しなさい。万が一にも不正や粉飾が発覚した場合、即座に直接介入を行います」
「直接介入って、一体どうやって?」
「必要と判断すれば、私が自ら軍を率いて赴きます」
「頼むから来ないでくれ!」
「それはすべて、貴方たちの今後の働き次第です」
自らの城と決断の自由を与えられると、やはりこの時代の男という生き物は、底知れぬ強さとエネルギーを発揮するのだ。
だからこそ、厳重に管理し、制御する価値がある。
「では、行きなさい。健闘を祈ります」
「……はい」
「承知した」
二人は、なんだかんだと腹を括ったような力強い声で返事をし、それぞれの任地へ向けて馬を進め始めた。
◆
「ガハハ!これで中央も少しは静かになるな!」
「ええ。厄介な騒音源が二つ、完全に排除されましたから」
「おい、俺の存在を忘れるなよ」
「貴方は確かに物理的にうるさいですが、それを補って余りある戦力としての実用性があるので残留を許可しました」
「おいおい、それって手放しで褒めてるのか、それとも遠回しに貶してるのか、どっちか分からねえな」
「役に立つと評価している時点で、最大限の賛辞です」
奉先はしばらく考え込んでから、「まあ、ならいいか」とあっさり納得した。
この単純明快な思考回路は、管理する側からすれば本当に助かる。
主要メンバーを見送り本社へ戻ると、ようやく空気が少しだけ本来の軽さを取り戻した。
大人数を掌握し管理すること自体は嫌いではないが、個性の強すぎる主要メンバーが一箇所に固まっていると、どうしても意見調整のコミュニケーションコストが莫大になる。
彼らを地方の支店へ分散配置したことで、今後の意思決定プロセスは飛躍的にスピードアップするはずだ。
それは、産後の回復期にある私の肉体にも優しい処置である。
たぶん。
いや、そもそも産後数時間で立って指示を出している現状を「優しい」と表現していい基準なのかは、少し疑問が残るが。
自室に戻り、用意させた温かい茶をすすりながら、ようやく一息つく。
董相国が、先ほどから妙に機嫌の良さそうな顔をして私の近くをうろついている。
奉先も定位置でダンベルを上げ下げしている。
二人とも、面倒な同僚の数が減ったぶん、自分たちが私の関与できるリソース(時間)をより多く確保できるようになったと、動物的な勘で理解しているのだろう。
本当に分かりやすい男たちだ。
「李司殿」
董相国がにこにこと、愛想の良い笑顔を向けてくる。
少しばかり不気味だ。
これほどの筋肉の塊が手放しで幸福そうに笑うと、それはそれで別のベクトルの物理的な圧迫感がある。
「なんでしょうか」
「これで、ここには儂と奉先、そしてお主の三人……いや、新しく生まれた子らもいるから、今まで以上に賑やかではあるが……まあ、なんというか、水入らずの家族に近い感覚だな!」
「まったく近くありません。別個体である子供が存在している時点で、定義からして完全に異なります」
「そこをなんとか、主観的な気分だけでも補ってくれぬか」
「一切補いません。事実誤認です」
「冷たい!」
「でもまあ、俺も少しばかり得した気分ではあるぞ。あいつら二人が外に出たぶん、お前と手合わせする順番が早く回ってきそうだしな」
「夜のスパーリングの予約枠のことでしたら、貴方の割り当ては現状維持です。増えません」
「なんだよ、せっかく空きができたのに増えねえのか」
「貴方の要求に合わせて枠を増やしたら、私の翌日の業務遂行能力に重大な支障が出ます」
「お前、ほんとそういう計算高いところだよな……」
もちろん、当然のことだ。
一時的な感情やノリに流されてリソースの枠を安易に増やしていては、組織全体の運用効率が致命的に落ちてしまう。
さて、厄介者が減って静かになったのは結構なことだが、直面している経営課題が一つある。
本初の監視役として貂蝉を外へ出向させたため、手元で動かせる実務担当の人材が一人減ってしまったのだ。
あの娘は口が減らず生意気で、反骨心の塊のような厄介な性格だが、実務能力が極めて高いのは揺るぎない事実である。
有能なコマを外の盤面へ出せば、その抜けた穴には当然、新たな補充が必要となる。
これもまた、組織運営における当然の真理だ。
「少し、手元のリソースが寂しくなりましたね」
私がそう呟くと、董相国が不思議そうに首を傾げた。
「寂しい、だと?」
「ええ。膨大な書類の整理、会議の記録、複雑な法令の確認、音楽や文物の専門知識、過去事例のデータベース化、そして各種文献の迅速な検索。今後、私が物理的に抱え込む子供の数も増大していきますし、私の脳の『外部ストレージ』として即座に機能する、優秀な人材が手元に欲しいのです」
「また、どっかから腕の立つ強い奴を探してくるのか?」
「いいえ。今回求める要件は物理的な武力ではありません。圧倒的な知性と記憶力です」
「記憶力?」
「ええ。膨大なテキストデータを正確に頭にインストールしておける人材ですね。私の横で一を聞いて十を正確に理解し、必要な時に即座にデータを引き出せるタイプ。理想を言えば、巨大な書庫と人間を高度に融合させたような存在です」
「なんか、聞いてるだけで頭が痛くなりそうな奴だな」
「人材の要求スペックを正確に言語化すると、こうなります」
私は傍らに積まれていた書物の山から、一冊の竹簡を手に取った。
最近、密かに情報網を使って集めさせていた、特待採用候補者の人物資料の束だ。
悲劇の才女。高名な学者の血を引く娘。異常なまでの記憶力。音楽の造詣も文章力も一級品。現在は未亡人として実家に戻り、持て余している。
うん、非常にいい。
我が陣営のニーズに完璧に合致している。
「蔡邕の娘、蔡琰」
董相国と奉先が、見事に同時に「誰だそれ?」という顔を作った。
武力を信奉する筋肉勢には、文化人や知識人との接点が極端に薄いのだろう。
「一度耳にした曲の旋律を決して忘れず、一度目を通した文章も一言一句違わずに丸ごと記憶しているという特殊能力の持ち主らしいです。楽器の演奏技術も極めて高く、文才にも恵まれ、家柄のブランド力も申し分ない。現在は未亡人として実家に出戻っているそうです」
董相国が、太い顎を撫でながら納得したように言う。
「つまり、とびきり賢い女、ということか」
「端的に言えば、そうです」
「で、お主はその賢い女を一体どうする腹積もりだ?」
「どうするも何も」
「我が社へスカウトします」
「そんな都合よく、普通に来てくれるもんか?」
奉先の至極もっともな疑問だ。
だが、そんなものは些末な問題に過ぎない。
自発的に来ないというのであれば、来ざるを得ない状況を作り出せばいいだけのことだ。
「まずは、ビジネスの基本として穏便に声をかけます。破格の待遇提示、業務における広範な裁量権、研究に没頭できる環境の提供、我が陣営が保有するすべての秘蔵資料へのアクセス権。そして、必要とあれば専属の武装護衛。知識人というものは、金銭よりも知的好奇心を満たす報酬の形が最も効果的ですから」
「それでもし、首を縦に振らなかったら?」
「拉致監禁してでも連れてきます」
「清々しいくらい言い切ったな」
「超一流の優秀な人材というものは、この乱世において最も希少な資源ですから。手段を選んでいる余裕はありません」
「ガハハハ!良い!実に良いではないか!貂蝉が『武と法』を司る侍女なら、次は『知と情報』を司る侍女を据えるというわけだな!」
「その通りです。組織における明確な役割分担は、何よりも大事ですから」
「お前、ほんと息を吐くように次から次へとタスクを増やしていくよな」
ええ、当然のことでしょう。
人材の層というものは、厚ければ厚いほど不測の事態に対するレジリエンスが高まる。
たった一人のキーマンが欠けただけで機能不全に陥るような組織は、構造として脆すぎるのだ。
「貂蝉は現在、外のフィールドで本初の首根っこを締め上げています。ならば、内側のフィールドでは、それに代わる別の軸を早急に育てる必要がある。蔡琰を、私の直属の書記官兼参謀として徹底的に育成します。文書の管理、記録の保持、的確な助言、そして必要であれば、将来の子供たちの高度な教育係も兼務させる。彼女がシステムとして定着すれば、私の可処分時間はさらに増大します」
「そして、その空いた時間を利用してまた新たな子を産み、領土をさらに広げ、人材を根こそぎ増やしていくと」
理解が早くて大変よろしい。
さすがにこの私と一緒にいるだけあって、私の思考回路の基本骨格くらいは、ある程度予測できるレベルに達してきたようだ。
「ええ。組織の持続的成長です」
「なんだかひどく怖い言葉に聞こえるな……」
怖かろうが何だろうが、それが生き残るための冷酷な現実だ。
私は、手元の人物資料をパタンと閉じた。
脳内のバックグラウンド処理では、すでに次のプロジェクトの工程表が緻密に組み上がりつつある。
蔡琰の性格分析パラメータ、家族構成の弱点、有効な説得材料のリストアップ、必要な予算配分、拉致作戦を想定した場合の護衛の適正人数、連れ出す際の最短逃走ルート、そして、もし本人が頑なに就労を拒否した場合の非人道的な代替案。
考慮すべき変数は山のように多いが、こういう複雑なパズルを解いている時の私の脳は、最高に効率よく回る。
たぶん、私という人間にとって最も健全でドーパミンが出る娯楽は、この「完璧な計画立案」なのだろう。
ふと、別の部屋から尚の元気な泣き声が聞こえてきた。
ああ、新しい資産が私を呼んでいる。
メンテナンスの手間はかかるが、それもまた悪くない投資だ。
「では、私はこれより、次の採用活動のフェーズに入ります」
「今からか!?」
反応が遅い。
さっきからずっと、その採用活動の話を展開していただろうに。
「産後の体力が回復するまでの期間は、有限のコストです。そのタイムリミットの間に並行して処理できるタスクは、すべて前倒しでやっておくべきです」
「お前、本当にマグロみたいに止まらねえな……休むって概念を知らねえのか」
「私がのんびりと休んでいる間に、誰か奇篤な人間が勝手にこの帝国を拡大し、盤石にしてくれるというのであれば、喜んで休暇を取りますよ」
「そんな都合のいい奴、この世にいるわけねえだろ」
「だから、私が働くのです」
「うむ!やはり、我が陣営を率いる李司殿は、そうでなくてはな!」
「おだてられても、貴方のボーナス査定は上がりませんよ」
「いや、単に心から褒めたいだけなのだ!」
「ならば、私の代わりに子供をあやして泣き止ませておいてください」
「お、おう!任せておけ!」
即座に育児タスクを引き受けるあたり、最近の董相国は本当に人間が丸くなり、マネジメントしやすくなった。
昔の彼であれば、こんな雑用は迷わず下っ端の部下に丸投げしていただろうに。
日々の教育の成果が、確実に出ている。
こういう小さな行動様式の改善の積み重ねが、最終的に組織の強大な長期利益へと結びついていくのだ。
蔡琰。
貴女がどれほど優秀な外部メモリとして機能してくれるのか、実証テストの日を心待ちにしていますよ。
できれば、双方合意のもと穏便に。
交渉決裂なら、多少の物理的強制力を用いてでも。
どちらのルートを辿るにせよ、私の構築する巨大企業は、常に優秀な人材を飢えたように求めているのですから。
お読みいただきありがとうございました。
もしあなたがこの陣営の一員なら、
冀州に行きたいですか。
兗州に行きたいですか。
それとも本社に残りたいですか。
そして蔡琰は、果たして穏便に採用できるのでしょうか。
感想や予想をいただけると嬉しいです。




