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三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~  作者: 斉宮 柴野


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第十九話:連環の計(物理)と、王允の誤算

これは恋の物語ではない。

これは成果報告書である。

長安から洛陽へ戻る道を、私はひたすら走る。


走るというか、ほとんど飛ぶ。地面を蹴るたびに風が鳴って、背中の風呂敷が揺れる。


中身は山賊の首だ。そこそこ重い。でも、今の私にとっては大した負荷じゃない。岩を背負ってスクワットを一日一万回やらされた後だと、生首なんて誤差よ。誤差。


嫌な方向に成長したなとは自分でも思うけど、今はそんなことを気にしている余裕はない。


だって今日は、お義父様に報告する日だから。


報告内容は簡単。私は生きている。私は相国府の中枢に食い込んでいる。そして私は、当初の計画とは違う意味で、とんでもない成果を上げている。


……うん。書類にしたら完全に炎上案件ね。でも事実だから仕方ない。


お義父様の屋敷に着くころには、空はすっかり深夜の色になっている。


「お、お嬢様……?」


「静かに。お義父様はお部屋でしょう?今すぐ通して」


声を低くして言うと、兵は条件反射みたいに背筋を伸ばして道を開ける。


便利よね、この感じ。昔は男が女に道を譲る時って、だいたい色目か礼儀のどっちかだったのに、今は純粋な恐怖で道が開く。李司イズム、恐るべしだわ。


夜の屋敷は静かで、足音だけがやけに響く。昔の私なら、この静けさの中で裾をなびかせて、もっと優雅に歩いていたはずなのに、今の私は無駄に体幹が強いせいで足音まで無機質。しなやかな美女というより、潜入してきた特殊部隊みたい。ほんと、誰のせいよ。


密室の前まで来ると、中からぶつぶつと聞こえる。ああ、いるわね。


「ただいま戻りました、お父様」


自分でもちょっとびっくりするくらい声が落ち着いている。体は疲れているのに、妙な高揚感があるのよね。試験で満点を取った直後みたいな感じ。満点の種類が完全におかしいけど。


「ちょ、貂蝉!?お、おお、無事であったか!」


お義父様は立ち上がる。立ち上がるけど、目は私の顔より先に鎧と風呂敷に行っている。でしょうね。養女が実家に帰ってくる格好じゃないもの。


「無事ですわ。おかげさまで」


「お、おかげさまで、ではない!その格好はなんだ!いや、それよりもだ!いったいどうなっておる!相国府に潜り込んでから何の音沙汰もないではないか!儂がどれほど心配したと――」


「その件も含めて、すべてご報告いたしますわ」


私は部屋の真ん中まで進んで、背中の風呂敷を机の上にどさっと置く。机が嫌な音を立てる。李粛の肩がびくっと跳ねる。


「まず結論から申し上げます。私は、ついに李司様の侍女となることに成功しました」


「……は?」


お義父様の目がまばたきを忘れる。李粛も「え?」って顔のまま固まる。ええ、わかる。私も最初は侍女って何よと思ったもの。でも実際にあの職位を経験すると、侍女という単語に対する認識が完全に破壊されるのよ。


「正式採用ですわ。仮採用でも見習いでもなく、相国府の正社員です。実務権限も一部移譲されています」


「せ、正社員……?」


李粛がぼそっと繰り返す。そこ引っかかるところ?でもわかる。私も最近、相国府では官位とか役職より、そっちの言葉のほうが現実味ある気がしてきて嫌になる。


お義父様は咳払いして、どうにか話を本線へ戻そうとする。


「よ、よし。そこは良い。信頼を得たのは確かに成果だ。だが本題はそこではない。董卓と呂布、曹操らの間に亀裂は入ったのか?連環の計はどうなった?男どもはお前を巡って争い始めたのか?」


「ええ。相国府の内部は、以前にも増して非常に活気に満ちていますわ」


「おお!やはり!」


「全員が、李司様を中心に、恐ろしくよくまとまっています」


「…………ん?」


お義父様の笑顔が止まる。その顔、好きよ。期待に満ちた人間が、数字の一桁目を見た瞬間に今年度赤字確定だと悟った時の顔。


「どういうことだ」


「言葉通りですわ。董卓様、曹操様、袁紹様、呂布様、全員がきれいに組織化され、各自の役割を完璧に果たしています。以前よりも明らかに業務効率が上がっていますし、家庭内の連携も円滑です」


「違う違う違う!儂が聞きたいのはそこではない!なぜ家庭内連携が円滑になっているのだ!どうして悪化ではなく改善している!」


「それはもちろん、李司様の統率と私の努力の賜物ですわ」


李粛が両手で顔を覆う。お義父様は天を仰ぐ。なんでそんなに絶望するのよ。努力は大事でしょうが。


「……待て。話が全く見えん。もっとわかりやすく説明しろ」


「はい。では成果物をご覧ください」


風呂敷の結び目を解く。部屋の空気が一瞬で冷える。中からごろりと転がり出た生首が、机の上でわずかに向きを変える。


「ひっ……!」


「山賊の首魁の首ですわ。長安近郊の治安悪化に伴う外部リスク要因を排除してまいりました」


「なんでそんなものを手土産にするのだァァァ!?」


「え?成果報告には現物添付が基本では?」


「基本ではない!絶対に違う!恋文とか、密書とか、そういうものだ普通は!」


「恋文はまだですわ。ですが、山賊の頭なら確実に刈れました」


自分でも惚れ惚れするくらいきれいなのよね。李司様直伝の回転斬り、本当に切れ味がえげつない。


「ご覧ください、この切断面。骨まで一発で入っていますでしょう?しかも刃筋が一切ぶれていません。李司様からも『筋がいい。貴女なら呂布と三十合は打ち合える』と評価を頂いています」


「呂布と……?」


「はい、実戦レベルで」


お義父様の顔から血の気が引いていく。なんでよ。強くなるのはいいことでしょうに。


「貂蝉よ……儂が頼んだのは色仕掛けだぞ?」


「承知しておりますわ」


「では、なぜお前は山賊の首を持ち帰ってきておるのだ!」


「最終的に相国府を乗っ取るためには、あの組織のヒエラルキーを正しく理解する必要がありますの。で、理解した結果、結論が出ました」


「李司様を物理で倒せば、全部片付きますわ」


沈黙。すごく良い沈黙ね。人が言葉を失う瞬間って、たいてい見ていて気持ちいい。


お義父様が口をぱくぱくさせる。


「ぶ、物理で……?」


「はい。あの方こそが全ての中心ですもの。董卓様も呂布様も曹操様も袁紹様も、誰一人として李司様の許可なく自由には動きません。つまり、男たちを個別に誘惑して仲違いさせるなんて、正直すごく非効率なんですの」


「ひ、非効率……」


「ええ。株主総会を一人ずつ口説き落とすより、CEOを更迭した方が早いでしょう?」


「例えがわからん!」


「つまり、李司様が落ちれば全体が落ちます。ですから私の目標は変わりました。打倒・李司。これ一択です」


「違う……儂が欲しかったのは、男どもが貂蝉を巡って争い、互いに疑心暗鬼になり、やがて同士討ちしてくれる未来だ……」


「そういう旧世代の恋愛資本主義は、相国府ではもう通用しませんわ」


「なんだその恋愛資本主義は!」


「今は筋肉と資産の時代です」


言い切ると、李粛が「やっぱり染まってる……」って小さく呟く。失礼ね。染まったんじゃなくて、理解したのよ。勝者のルールを。


「では、その……夜間管理の方はどうなっておる?そこはまだ、こう、色仕掛けの余地があるのではないか?お前は美しい。そこは変わらんはずだ。男どもも多少は――」


「全員です」


「は?」


「四人とも、私が静かに管理しております」


「…………何を?」


「夜の対応を、ですわ」


お義父様の顔が今度は真っ白になる。李粛はゆっくりと壁際にずり下がる。ああ、やっぱりそこが一番わかりやすい成果なのね。


「李司様が産休に入られてから、四人とも無駄に精力を持て余して業務効率が落ちる懸念がありましたので。曜日ごとのローテーションを組み、きっちり管理しています。月曜は曹操様、火曜は袁紹様、水曜は呂布様、木曜は董卓様。金曜以降は体調と稟議の進捗に応じて、全員が暴れないよう調整です」


「ちょ、ちょっと待て」


「はい」


「お前は今、何の報告をしておる?」


「家庭内安定化プロジェクトの進捗ですわ」


「儂が聞きたいのは連環の計の進捗だ!!」


「ですから、連環の計は形を変えて成功しています」


「どこがだ!」


「男たちが皆、私の管理下でよく眠るようになりました」


「それ家庭円満になってるだけではないか!!」


家庭円満の何が悪いのよ。あの人たち、放っておくと仕事中に余計なことばっかり考えるんだから、適切に疲れさせて寝かせるのは立派な組織運営でしょうに。


「ご安心ください。業務は極めて効率的です。たとえば曹操様の場合、あの方は放っておくと前戯代わりにポエムを朗読し始めますので、手刀だと時間がかかると判断し、最近は最初にバックドロップで気絶させてから寝かせています」


「処理!?」


「袁紹様は妙に上から目線で喋ってくるので、延髄への打撃が最も早いですわ。呂布様は面倒ですが、三角絞めと関節技の複合で落とせば静かになります。董卓様は重量があるので、天井の梁を使ったかかと落としが有効でした」


お義父様が口元を押さえる。李粛が「もうだめだ……」と遠くを見る。なんでよ。すごく役に立つ実務ノウハウじゃない。


「その結果、皆様翌朝には『よく眠れた』『貂蝉のおかげで体が軽い』と感謝してくださっています」


「それは感謝しているのではない!気絶しているだけだ!!」


「細かい定義はどうでも良いでしょう。結果として業務効率は改善しています」


お義父様はしばらく何も言えないでいる。目の前の生首と、私と、李粛を交互に見て、それからうなだれる。


「……漢王朝は、もう駄目かもしれん」


「いえ、組織としてはむしろ安定してきていますわ」


「そこが一番駄目なのだ!!」


叫ばれても困る。私は現場の成果を正直に報告しているだけなんだから。


少しだけ気の毒になってきたので、私は声を和らげる。


「お父様。そんなに落ち込まないでください。私、今すごく充実していますのよ」


「何も良くないわ!!」


「だって、毎日が明確な目標に満ちていますもの。武力、知力、経理、兵站、育児、社交。全部鍛えられるんですもの」


「お前はもう少し女としての幸せとかを考えぬのか!」


「考えていますわ」


「何をだ!」


「李司様を踏み越えて、あの女を私の侍女にする日のことを」


「で、今後はどうするおつもりで?」


「戻ります」


「戻る?」


「朝のトレーニングがありますもの。長安城壁一周ランニング。遅れると明日のスクワットが二千回増えるんです」


「お前、今ここへ長安から走って帰ってきたのでは……」


「ええ。ですから、そのまま戻ります」


お義父様ががばっと顔を上げる。


「待て!こんな時間からまた長安へ走って戻るのか!?」


「はい」


「人のやることではない!」


「でも李司様、妊娠中でも城壁三周していましたわよ」


「比較対象がおかしいのだ!!」


ふふ、と笑ってしまう。笑うと昔の私に少しだけ戻れる気がする。まあ、気のせいなんでしょうけど。


「ではお父様、報告は以上です。この首は記念に置いていきますので、床の間にでも飾ってください。来客への牽制になります」


「飾るかァ!!」


私は軽く一礼して、窓辺に足をかける。


「次に戻る頃には、もっと成果をお見せできますわ。たとえば呂布様から一本取るとか、曹操様の行政処理速度を二割上げるとか、袁紹様の育児ストレスを減らすとか」


「もう報告しなくてよい!!」


「そんなこと言わないでくださいまし。家族でしょう?」


「どの口が!」


そのまま私は窓から飛び出す。夜風が気持ちいい。地面に着地した瞬間、足の裏に力が戻る。ああ、やっぱり走ると落ち着く。私、もう完全に末期だわ。


背後でお義父様の「漢王朝は、もう駄目かもしれん……」って声が聞こえる。でも、その声には前みたいな悲壮感だけじゃなくて、ちょっとだけ諦めも混じっている。順応ね。人間って、どんな地獄にも慣れる生き物なのよ。


長安へ戻る道の途中で、私は少しだけ考える。


最初は本当に、ただ男たちを手玉に取って、李司って女に一泡吹かせてやるつもりだった。美貌なら負けない、若さなら負けるはずがない、そう思っていた。


でも相国府に入って、全部ひっくり返った。


あの女、顔が綺麗とか若いとか、そんな土俵のずっと外にいるんですもの。武力で勝てない。知力でも勝てない。家事でも育児でも経理でも負ける。なのに妊娠してもなお前線に出ようとして、四人の化け物みたいな夫を完全に掌で転がして、ついでに私まで働かせている。


正直、腹が立つ。腹が立ちすぎて、毎日叫びたい。でも同時に、追いかけ甲斐がありすぎるのよ。


悔しいことに。


夜道を走りながら、私は自分の手を見る。豆だらけで、傷だらけで、でも前よりずっと強い手。琴の弦をつまんでいた頃の指とはもう全然違う。あの頃の私が今の私を見たら、卒倒するんじゃないかしら。


それでもいいわ。


どうせもう、引き返せないんだから。


相国府の門が見えてくる。東の空がほんの少しだけ白んでいる。まずい、ぎりぎりだわ。あと三分以内に中庭へ着かないと、李司様に「遅刻ですね」って涼しい顔で言われる。あれ、剣で斬られるより傷つくのよ。


門番が私を見て敬礼する。最初は嫌味にしか聞こえなかった「お帰りなさいませ、貂蝉様」が、最近はだいぶ自然に聞こえる。いや、慣れたら駄目なんでしょうけど。


中庭手前の回廊を曲がると、ちょうど灯りが一つ揺れている。誰かと思えば李儒だ。あの人、相変わらず死にかけた顔をしてるわね。


「……お帰りなさいませ、貂蝉様」


「まだ起きていたの?」


「起きていたも何も、相国府の会計締めと明日の訓練計画の調整と、奥方様の食事管理表の更新が終わっておりませんので」


「ああ、なるほど。地獄ね」


「ええ、地獄です」


珍しく即答だわ。ちょっと笑いそうになる。


李儒は私の風呂敷を見て、露骨に目をそらす。


「また、持ち帰られたのですか」


「報告用の現物ですもの」


「現物主義が過ぎます」


「でも切断面の美しさって、文章だけじゃ伝わらないでしょう?」


「伝える必要がないのです」


それもそうね。私は肩をすくめる。


「お義父様は元気だったわよ。元気というより瀕死だったけど」


「でしょうね……」


李儒は一瞬だけ空を仰ぐ。それから、紙束を抱え直して私を見る。


「奥方様はすでにお待ちです。今日の報告と、明日の追加カリキュラムの件で」


「追加?」


「ええ。奥方様が、『王允の屋敷まで往復で走れるなら、下半身のスタミナは想定以上ですね』と」


嫌な予感しかしない。というか、もう嫌な予感という段階は終わってる。確信よ。


「……何が増えたの?」


「朝の走り込みが一周追加で、夜の実務テストに法令暗記の口頭試問が二百問ほど」


「二百」


「はい」


「笑えないわね」


「私は日々笑っておりません」


ほんと、この人、相国府の中で一番乾いたユーモアを持ってるわ。もっと評価されていいと思う。でも本人は絶対に評価されたくないでしょうね。仕事が増えるから。


「じゃあ、行くわ」


「ご武運を」


「戦場じゃないのよ」


「今の貴女には、大差ないでしょう」


……否定できないのが悔しい。


回廊を抜けると、灯りの下にあの人がいる。巻物を片手に、こちらを一瞥して、それだけで私の疲労度まで把握していそうな目をしている。


「おかえりなさい、貂蝉。王允の反応は?」


「想定通りですわ。半分絶望して、半分現実逃避していました」


「そう。では次の段階に進みましょう」


「即次の段階なの?」


「当然でしょう。組織改革に待ったはありません」


本当に、この女は。


私は大きく息を吐く。


「……はいはい。何でも来なさいよ」


「良い返事です」


ほんの少し口元を上げる。私、その笑い方が好きじゃない。こっちがボロボロになってるほど、嬉しそうなんだもの。


でも、その笑い方を見るたびに、私はまた思う。


絶対に、いつか、この余裕を崩してやるって。


走りながら、ついでに頭の中で翌週の夜勤表も組み直す。あれ、意外と大事なのよ。


曹操様は月曜固定が一番効率がいい。週明けは行政の仕事が山積みで、本人のストレスが高いぶん、最初に一回沈めておくとその後の稟議処理がやたら速いの。ついでに気絶する直前まで「いやあ貂蝉殿、君のその目元はまるで――」とか甘ったるいことを言い出すから、話が本格的に気色悪くなる前に投げて終わらせるのが正解。


袁紹様は火曜か水曜。あの人、月曜は妙に本気で仕事するのに、火曜あたりから「俺は名門だぞ」っていう無駄な自己主張が再発する。だからそこで一回床に沈めて、自分の立場を思い出させる必要があるのよ。人は定期的に現実を確認しないとすぐ増長するから。


呂布様は木曜以降が望ましい。理由は単純。前半で私の体力が残っていないと、あの筋肉ダルマの相手は本当に危険だから。でも逆に、一週間の終盤で私の苛立ちが溜まっている時にはちょうどいいサンドバッグにもなる。殴っても絞めても折れないって、実務上すごく便利よね。便利という感想がまず終わってるのは認めるわ。


董卓様は、できれば金曜。あの人は喜怒哀楽が全部大きいから、週の最後に処理した方が後腐れが少ない。しかも最近、妙に健康志向になってるせいで「今日は糖質を控えた」とか「この胸筋どうだ」とか、寝室でまで健康管理の話を始めるのよ。正気じゃないわ。でも一番扱いが簡単でもある。話が長くなる前に、頭頂部に一発。これで終わる。


……と、こういうことを考えている時点で、私の人生の方向性はかなり危ない。でも仕方ないでしょう。現場を回しているのは私なんだから。


相国府に向かう途中、川の近くで少しだけ減速する。水面に映った自分の顔が目に入る。汗と埃でひどい有様。頬はこけてないけど、以前みたいな「守ってあげたい美少女」感は完全に消えている。その代わり、目つきだけは妙に良い。良すぎる。獲物を探してる夜鷹みたいな顔だわ。


「最低ね、私」


思わず口に出す。でも不思議と嫌じゃない。だって、この顔は今の私の戦歴そのものなんだもの。泣いてるだけの美女より、首の一本でも取って帰れる女の方が、相国府ではずっと高く売れる。そういう世界に私はもう足首までじゃなく、頭頂部まで浸かっている。


川沿いの風が冷たい。少しだけ頭が冴える。


そもそも、何がここまで私を変えたのかって言われたら、答えは一つしかない。


李司様よ。


あの人は、私を褒める時も貶す時も、全部まっすぐなの。美貌なら美貌で数値化するし、武力なら武力で比較するし、知力なら一問一答で叩き潰す。普通の男たちみたいに、綺麗だの可愛いだの、ふわっとした言葉で誤魔化さない。だから腹が立つ。腹が立つけど、同時に逃げ道がない。


たとえば最初の面接。


「顔は合格です。私の次に美しい」


あの一言、たぶん私は一生忘れない。あんなに自然に、当然みたいに上から顔面の順位を宣告されたの、人生で初めてだったもの。普通の女ならそこで怒って帰るか泣くかでしょうけど、私はその場で決めたのよね。絶対にこの女を引きずり下ろすって。


なのに、いざ食らいついていくと、相手はさらに上にいる。剣を覚えたらその上で計算しているし、計算を覚えたらその上で子供を抱いているし、子供を抱きながら夜には男どもを完全に管理している。なんなの、本当に。神様が盛りすぎなのよ。


でも、だから面白い。


追いかける価値がある敵って、たぶんそうそういない。


門が近づくと、交代前の見張りが私に気づいて慌てて姿勢を正す。


「ご、ご苦労様です!」


「ええ」


短く返すだけで、向こうはそれ以上何も言わない。この反応、昔なら寂しいと思ったかもしれない。でも今は楽だわ。無駄話に使う一分があるなら、そのぶん腕立てでもしたいもの。


絶対に、いつか、この余裕を崩してやるって。


その日のためなら、あと五千回でも、一万回でも、私は走れる。悔しいけど、それが今の私の、いちばん正直な本音だ。

もしあなたが王允の立場なら、

この貂蝉の報告をどう評価しますか。


成功でしょうか。

それとも完全な失敗でしょうか。


また

「李司を倒すには何が必要か」

ご意見をぜひ教えてください。

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