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三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~  作者: 斉宮 柴野


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第十六話:連環の計(不発)と、爆誕! 筋肉貂蝉~(後編)

連環の計は失敗した。


呂布は誘惑されず。

曹操は在庫扱いし。

董卓はコンプライアンスを守った。


そして貂蝉は決意した。


――筋トレである。

「あーあ……完全に終わりましたね。我々の国家救済プロジェクトが、まさかこんな形で不発に終わるなんて」


李粛が、力なく天井を仰いでいる。


「だから言ったでしょう、王允殿。あの李司様が裏で糸を引いている限り、色仕掛け程度の古典的な作戦じゃ、彼らの張った強固な価値観の書き換えは絶対に突破できないって。董相国なんて、完全にコンプライアンスの鬼になってましたよ。あんなの、もうただのクリーンで真面目な政治家じゃないですか。反乱を起こす大義名分すら失いかけてますよ」


「分かっておる……分かっておるのだ李粛殿……。だが、他に方法がなかったのだ……。まさか、あの色ボケの董卓が『外戚の禍』などという高度な政治用語を使って私の提案を拒絶してくるとは……夢にも思わなかったのだ……」


王允が、自慢の白い髭をブチブチとむしりながら、この世の終わりみたいな顔で床に突っ伏している。


「お義父様!!」


そこに現れたのは、先ほどまでしおらしくお酌をしていた絶世の美女、貂蝉である。

しかし、彼女の現在の姿は、先ほどまでの深窓の令嬢とは全く異なっていた。


豪華な絹の着物は脱ぎ捨てられ、代わりに極めて動きやすい、装飾の一切ない簡素な服に着替えている。


髪も後ろでキッチリと結い上げ、気合を示すように額にはハチマキまで巻いている。

そして何より、彼女のその大きく美しい瞳には、男を惑わすような色気は一ミリもなく、代わりにメラメラと燃え盛る、地獄のような修羅の炎が宿っていた。


「お義父様。もう我慢なりませんわ!」


「こうなれば、私が直接打って出ます!『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ですわ!」


「ど、どうするのだ?貂蝉」


突然のスポ根キャラへと豹変した養女の姿に完全にビビりながら尋ねる。


「奴らが私の完璧な美貌に全く靡かないのは、あの女――李司という存在が、彼らの価値観の根底にデカデカと居座っているからですわ!彼女の恐怖と暴力と経済力が、男たちの正常な判断力(下半身)を完全にバグらせているのです!」


「ならば!私が直接、あの女の懐に入り込みますわ!侍女として、アシスタントとして、内側からあの女の組織(家庭)を攻略します!」


貂蝉の恐るべき潜入計画の宣言に、王允と李粛がポカンと口を開ける。


「あの女の側で働き、あの女の弱点を見つけ出し、最終的には『美貌』と『格』、そして『女としての価値』で、完全に打ち負かしてやるのです!!私がナンバーワンだと、あの憎き李司の口から直接言わせてやりますわ!!」


国を救うためとか、暴君を倒すためといった当初の高尚な大義名分は、彼女の脳内から完全にデリートされているようだ。


「……あれ?」


「貂蝉殿。連環の計って、そういう趣旨でしたっけ?確か、『絶世の美女を使って、董卓と呂布、曹操の間を嫉妬で引き裂き、男たちを仲違いさせて同士討ちを狙う』のが当初の目的では?いつの間に『李司様への個人的なマウントの取り合い(美の対決)』にすり替わったんですか?」


しかし、プライドを傷つけられて暴走状態に入っている貂蝉は、そんな正論など一切聞く耳を持たない。


「うるさいですわ!!」


凄まじいスピードで李粛に詰め寄り、彼の胸倉を両手でガシッと掴み上げて怒鳴りつける。


「ひっ!?」


「今は『女のプライド』の話をしていますの!!天下国家の行く末なんて知ったことではありませんわ!私の!この洛陽一の美貌が!ただの筋肉と金に負けたという事実が絶対に許せないのですわ!!」


「作戦の趣旨は、たった今、私の中で完全に変更されました!目標は打倒・李司!!あの女の自信満々な鼻っ柱を、へし折ってやりますわ!!見ていなさい!!」


貂蝉は李粛を床に投げ捨てると、「まずは走り込みから始めますわ!」と叫び、フンス!と荒い鼻息を吐きながら部屋から飛び出していく。


後に残されたのは、完全に置いてけぼりにされた二人のオジサンだけである。


「……なんか、とんでもない怪物を生み出してしまったような気がするんだが」


「……同感です。王允殿、我々はもう、この件から完全に手を引きませんか?これ以上関わったら、物理的に命がいくつあっても足りませんよ」


こうして、王允の仕掛けた国家を揺るがすはずの陰謀は、男たちの価値観のバグによって頓挫し、代わりに「打倒・李司」という明後日の方向に向かって猛烈な勢いで突き進む

「バーサーカー貂蝉」を爆誕させるという、全く予想外の結果を生み出したのであった。

歴史の歯車は、誰も予想しなかった方向へと、ギャリギャリと音を立てて回り始めている。










「なるほど」


「貴女が、あの司徒を務める王允様の養女、貂蝉ですか」


「はい、貂蝉と申します」


「名門の令嬢が、わざわざこのような血生臭い相国府ここで働きたいと?それはまた、奇特な志望動機ですね。我が陣営の求人募集に自ら応募してくるとは。……歓迎しますよ!」


「はい!私、以前より李司奥方様の素晴らしい噂を耳にしておりまして、ずっと、ずっと憧れておりましたの!その類まれなる美貌、そして天下の猛将たちを束ねる圧倒的な知略と手腕……!どうか、この未熟な私を、奥方様のお側で働かせ、様々なことを勉強させていただきたく、本日参上した次第でございますわ!」


彼女の言葉は、まるで美辞麗句のカタログから抜粋したかのように滑らかである。


(ふん、まずは徹底的に下に出て、この年増女を良い気分にさせて油断させてやるわ。そして、この陣営の懐の奥深くに潜り込み、お前の弱点と資産のパスワードをすべて握ってから、最後は寝首を掻いてやる……!見ていなさい、私のこの若さと美貌で、お前の築き上げたものをすべて奪い取ってやるんだから!)


本当に分かりやすい、そして極めて真っ直ぐな野心(敵対心)である。

この圧倒的なハングリー精神は、現代のビジネス市場において非常に重宝される要素だ。


透き通るような白い肌、黄金比率で配置された目鼻立ち、そして微かに上気した頬。

うん、確かに素晴らしい。私の脳内データベースと照らし合わせても、一級品の素材アセットであることは間違いない。


「なんと!素晴らしい造形美ですね!」


「恐れ入りますわ。お義父様にも、洛陽一の美貌だと日頃から……」


「ええ。貴女の顔面偏差値は、この巨大な相国府という陣営の中でも、間違いなくトップクラスの数値を叩き出しています。……『私の次に』美しい」


(こ、この女……!初対面の相手に対して、挨拶代わりに美貌のマウントを取ってくるなんて……!絶対に、絶対に許さない……!)


「顔の査定は合格です。私の隣に立つアシスタントとしての見栄え(パッケージング)は十分な基準を満たしています。クライアントへの印象操作にも使えるでしょう。あとは……肝心の『中身』ですね」


「中身、ですか?礼儀作法や書画の教養でしたら、お義父様から厳しく教育されておりますので、いかなる場面でも奥方様の恥にはならない自信がございますわ」


しかし、そんなものはこの乱世の市場においては、一銭の利益も生み出さない無駄なアプリケーションでしかない。


「いいえ。私が求めているのは、そんな生ぬるい文系のスキルではありません」


武器立てから、私が日頃の素振りに使っている、非常に硬くて重い特注の樫の木刀を引き抜く。


「私のアシスタントに必要なもの。それは……『武力』です」


「……はい?」


「ぶ、ぶりょく??私が、ですか?侍女として、奥方様のお側でお仕えするのに、なぜ武力という野蛮なものが必要になるのですか……?」


「当然でしょう?」


「我々の政権は、董卓様を筆頭とする『完全なる武断政権』です。そこら中を、筋肉と暴力で物事を解決しようとする血の気の多い筋肉ダルマたちがうろついているのですよ。ここでは、女といえども、いざという時には最前線で戦えなければいけません!」


木刀の切っ先を、貂蝉の鼻先に突きつける。


「自分の身と、主人の背中は自分で守る。そして敵の首を刎ねて財布を奪う。それがこの組織における絶対の鉄則ルールです!いちいち『きゃあ!助けて!』と悲鳴を上げて男の庇護を求めるような足手まとい(負債)は、私のポートフォリオには一切不要なのです!」


そのまま、持っていた重い木刀を貂蝉に向かって投げ渡す。


「わっ!?」


「重っ……!な、何ですかこの丸太のような木の棒は……?」


「さあ!私の優秀な後継者アシスタントとなりたいなら、まずは基礎体力の測定からです!今すぐその木刀を担いで外に出なさい!そして、この中庭を五〇周、全力で走ってくるのです!」


「え??」


「え、ではありません。迅速な行動こそがビジネスの基本です」


「あ、あの、私は侍女として……お茶を淹れたり、書類の整理を手伝ったり、お部屋のお掃除をしたり……そういう事務的で優雅なお仕事を……」


必死に自分の希望職種(バックオフィス業務)を主張してくる。


「(ギロリ)」


「ひぃっ!?」


「さあ!!走れと言っているのが聞こえませんか!!」


「文句を言ってモタモタしているなら、今すぐ不採用として叩き出しますよ!さもないと……貴女が着ているその無駄にヒラヒラした綺麗な着物、私が今すぐ細切れに裁断して、素っ裸にひん剥いて中庭に放り出しますよ!!」


「ここにあるのは『強さ(利益)』のみです!弱い女、稼げない女に用はありません!走れないなら帰れ!!」


「(カッとなって)……上等じゃないのよ!!」


「やってやるわよ!中庭五〇周でも、一〇〇周でも走ってやるわよ!!あんたみたいな嫌味な年増女に舐められたまま、尻尾を巻いておめおめと逃げ帰って堪るもんですか!!」


「絶対に、絶対に私の方が上だってこと、証明してやるんだからぁぁぁ!!見てなさいよ!!」


「ふふ、良い目です」


怒りをエネルギーに変換できる人材は、成長速度が著しく速い。

彼女のその反骨精神は、極めて優秀な投資案件である。


「採用!では、第一段階の測定を開始します。Go!!」


「うおおおおおお!!」








それから数日後



太陽が容赦なく照りつけ、地面から陽炎が立ち上る灼熱の環境下。

そこに、一人の女が滝のような汗を流しながら、必死の形相で武器を振るっている。


「ハァッ!ハァッ!ゼェ……ゼェ……!」


貂蝉である。


「腰が高い!!もっと重心を落としなさい!!下半身の安定(強固なキャッシュフロー)がなければ、上半身の攻撃(積極的な投資)に力が伝わりませんよ!!」


「痛っ!わ、分かってるわよ!!やってるでしょうが!!」


彼女の動きは数日前とは比べ物にならないほど、少しずつ、しかし確実に良くなっている。


彼女の体幹の良さと、長年の舞の稽古で培われた見事なバランス感覚は、武術においても極めて高い適性ポテンシャルを示している。

私の人材発掘の目に狂いはなかった。


「よし!基礎フォームと足運びは及第点に達しました!さあ、次はいよいよ実践的な技術マルチタスクの習得に入りますよ!」


「さあ、次はこの双頭戟を右手一本で高速回転させて完全な防御壁を作りながら、同時に左手でその剣を素早く抜刀し、正確に周囲のダミー人形の急所を突くのです!脳の左右の機能を完全に独立させて稼働させる、マルチタスク・コンバットです!」


「(ゼェゼェ言いながら)で、できるわけないでしょう!そんな曲芸みたいな真似!!」


「右手と左手で全く違う複雑な動きをするなんて、人間の脳の処理能力スペックを超えてるわよ!!私はただの人間なのよ!あんたみたいな計算機じゃないのよ!!」


「できます!」


ビジネスにおいて「できない」という言葉は、思考停止のサインでしかない。


「見本を見せますから、瞬きせずに一度で目に焼き付けなさい!」


シュパパパパパン!!


右手で双頭戟をヘリコプターのプロペラのように凄まじい速度で回転させ、風の壁を作り出しながら、左手の剣で周囲に設置された五つのダミー人形の首の急所を、コンマ数秒の間に流れるような動作で正確に斬り裂いてみせる。

斬撃の残像だけが空中に残る。


「ほら、簡単でしょう?」


「人体構造上、そして脳のシナプスの伝達速度上、十分に可能な動作であるというエビデンス(証拠)です。できないというのは、ただの甘えであり、努力不足です。反復練習によってマッスルメモリに刻み込みなさい!」


「(涙目で)くっそおおお!!ムカつく!死ぬほどムカつくわあの余裕顔!!」


「やってやるわ!絶対にやってやるわよ!!」


当然、最初は上手くいくはずもない。


手のひらの皮が剥け、血が滲んでいる。

しかし、彼女は決して武器を手放そうとはしない。立ち上がり、また挑む。


「あんたなんかに……悪魔に……絶対に負けないんだからぁぁぁ!!」


彼女の原動力は、もはや私への個人的な憎悪とプライドのみで構成されている。


「素晴らしい根性ガッツです!」


「貴女、武の才能が爆発していますよ!その調子で、私の『歩く災害』の称号を受け継ぐ、立派なサイコ兵器アセットに育ちなさい!この陣営の戦力アップに貢献するのです!」



「……董相国。見たか」


孟徳が、柱の陰から顔を半分だけ出し、自分の頬をほんのりと赤く染めながら、熱を帯びた声で呟いている。


「あの貂蝉という娘。数日前に王允の屋敷で俺の前で舞を踊っていた時は、ただの『綺麗なだけのお人形』『面倒くさいプライドの塊』だとしか思っていなかったが……」


孟徳は生唾をゴクリと飲み込み、獲物を見つけた鷹のような目つきになる。


「今のあの勝ち気な目。泥と汗にまみれながらも、必死に食らいついてくるあの野性味。汗ばんだ肌が太陽に照らされてキラキラと光っているあの姿……。たまらん。男の征服欲を異常に刺激してくるぞ」


天下の女好きのスイッチが、完全に別のベクトル(スポ根路線)でカチリと入ってしまったようだ。


「やっぱり……あんな素晴らしい娘を、一八番目の側室という低いランクでただの在庫にしておくのは勿体ない。もっと上位の、できれば一桁台で、特別扱いで味見したいかも……。あの負けん気の強さを、夜のベッドで完全に屈服させて、泣かせてみたい……」


「うむ……美しい……」


その孟徳の横で、太い腕を組み、極めて真剣な、まるで仏像を拝むような顔で見つめているのは奉先だ。


「あの細い体のどこに、あんな無尽蔵のスタミナと反骨精神が隠されているんだ。最初はただのひ弱で態度のデカい女だと思っていたが、あれだけの根性があれば、間違いなく立派な戦士に育つぞ。李司のしごきに耐え抜いているだけでも賞賛に値する」


「李司の厳しい指導を完遂して、一端の武将に成長した暁には、俺の側室に迎えてもいいな。もちろん、夜の相手じゃない。毎晩の俺の過酷なスパーリング相手サンドバッグとしてだ。あいつのあのガッツなら、俺のフルスイングにも数発は耐えて、良い練習台になるかもしれん」


奉先の頭の中では、側室=自分と戦うためのスパーリング用サンドバッグという方程式が完全に出来上がっている。

相変わらずの、ブレることのない純度一〇〇パーセントの筋肉至上主義だ。

彼にとっての愛とは、拳で語り合うことなのである。


「うむ。二人とも、なかなか見る目があるではないか」


最後に、一番後ろで立派な顎髭を撫でながら、鷹揚に頷いているのは董卓である。


「李司殿のあの非人道的なシゴキに耐える、あの凄まじい根性。そしてあの見事な肉体の躍動とバランス感覚。李司殿の妹分、あるいは直弟子として成長するならば、我が陣営の血統的(戦力増強的)にも全く悪くない素材だ。素晴らしい投資案件になり得るぞ」


「あの娘が一人前の武将として完成したら、張遼あたりにポンと下げ渡すのは……少しもったいないかもしれんな。将来、我が軍の重要な中核を担う幹部候補生として、儂直属の親衛隊長に任命するのも検討に値するぞ。うむ、子供を産ませて、さらに強力な遺伝子を残すのも悪くない計画だ」


李司帝国(相国府)は、ますます私の計算通りに、そして外部から見れば完全に狂気に満ちたカオスと筋肉のるつぼに包まれて、その圧倒的な勢力を拡大していくのだった。

皆さんは


・修行する貂蝉

・観察する三人


どちらのシーンが好きでしたか?


感想などいただけると嬉しいです。

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