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三国志異伝~演算する剣鬼(守銭奴)~最強の秘書官・李司が通る道には死体と領収書しか残らない~  作者: 斉宮 柴野


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第十四話:三英戦李司、そして髭は散る

三国志の英雄には、それぞれ象徴がある。

劉備には仁義。

張飛には豪胆。

そして関羽には――立派な髭。

この物語では、その髭が大変なことになる。

舞い上がる砂煙の向こうから、一人の大男が凄まじい勢いで突撃してくる。


彼の乗る馬の蹄が、大地を一定のリズムで叩き、振動が私の足元まで伝わってくる。

その男は、全身を鮮やかな緑色の戦袍で包み、手には巨大な青龍偃月刀を構えている。


そして何より目を引くのは、彼の顎から胸元まで垂れ下がる、やたらと長く立派な髭だ。

風になびくその髭は、遠目から見れば確かに迫力がある。


「関羽推参!!」


メガホンもマイクもない時代に、見事な声量だ。腹式呼吸が完璧にできている。

彼自身のポテンシャルは悪くない。労働力としての市場価値は高そうだ。


「我が青龍刀の錆にしてくれる!覚悟せよ、女狐ぇぇ!!」


女狐。ずいぶんと古典的なヘイトスピーチだ。

だが、私はそんな安い挑発には乗らない。


「……分析完了」


「骨格の歪みなし、筋肉量も申し分ありません。持っている武器の質量と、馬のスピードから計算される物理的破壊力……うん、戦闘力は極めて高いですね。我が陣営の武将たちと比較しても、上位に食い込む好成績スコアです」


「ですが、貴方の衛生スコアは最悪のEランクです」


「……は?」


彼の脳みそは、私の言葉の意図を全く処理できていないようだ。


「食事の残りカス、空気中のほこり、そして汗と皮脂が混ざり合った雑菌の温床……」


「その髭、不潔!!圧倒的に不衛生です!!今のこの洛陽近郊の乾燥した気候と、戦場の砂埃が舞う環境下において、そんなモップのようなものを顔からぶら下げて走り回るなど、公衆衛生に対する重大なテロ行為ですよ!」


「な、なんだと!?」


「菌が飛散して我が陣営の兵士たちに感染症を引き起こす前に、速やかに死すべし!!もしくは今すぐその場で髭をすべて剃り落として消毒液に顔を突っ込みなさい!!」


「な、なんと無礼な!貴様、我がアイデンティティになんという暴言を!」


彼は青龍刀をプルプルと震わせながら、顔を真っ赤にして激怒している。


「これはただの毛ではない!武人の魂だ!我が美髭を『不潔』と侮辱するとは、万死に値するぞ!!」


「魂だの美髭だの、スピリチュアルな言葉でごまかさないでください!現実のバクテリアの繁殖率データを見て話をしなさい!どう見ても油汚れでギトギトじゃないですか!」


緑の男の後方から、彼と同じ陣営に属するであろう二人の男が近づいてくる。


一人は耳たぶがやたらと長く、腕も長い、全体的に間延びした印象の男。存在感だけは無駄にある。


もう一人は、髪を振り乱し、蛇のようにうねる矛を担いだ、インテリヤンキーのような風貌の男だ。


「……まあ、確かに」


耳たぶの長い男が、緑の男の背中を見つめながら、ボソリと非常に率直な感想を漏らしている。


「雲長の髭、夏場は時々結構なレベルで臭うんだよなあ。なんていうか、発酵しすぎた納豆みたいな、鼻の奥をツンと突く独特の匂いが……」


「兄者!?今なんと言った!?」


「いや、事実だから仕方ないだろ。お前、ちゃんと櫛で手入れはしてるみたいだけどよお」


「石鹸とかシャンプー(洗浄)を使ってガッツリ洗ったりはしてねえからなあ。毎日の食事の油汚れとか、戦場の汗とかが毛根に蓄積して完全に酸化してるんだよ。たまに風下にいると、俺でもウッてなる時があるぜ」


「翼徳まで!?お前たち、義兄弟の契りを結んだ仲ではないのか!?」


「義兄弟だからこそ、健康や衛生状態には気を遣うべきだろうが。あのねーちゃんが言ってること、割と理にかなってるぞ」


翼徳と呼ばれたヤンキー男が、私を顎でしゃくって同意を示している。

彼は見た目に反して、意外と論理的思考ができるタイプのようだ。


「兄者たち!?味方を背後から刺すな!!敵の前で私の最大の急所プライドを抉るんじゃない!!」


見事なまでの内輪揉めだ。組織としての統制が全く取れていない。

これでは、反董卓連合軍の指揮系統がどれほど脆弱か一目瞭然である。


「仲間割れは後にしなさい!不潔な菌をこれ以上撒き散らされる前に、私が物理的な消毒(切断)を行ってあげます!」


「ヒャッハー!!除菌のお時間ですよぉぉ!!」


「おのれ女狐!我が青龍偃月刀で、その減らず口ごと真っ二つにしてくれるわ!!」


互いの距離が急速に縮まり、秒速でゼロになる。


二つの巨大な武器が激突し、互いの刃がガッチリと噛み合ったまま、激しい鍔迫り合いの力比べに移行する。


「ふむ……!重い一撃ですね」


「体重の乗せ方、腕の振り抜きの速度、どれをとっても一級品です。なかなか強い!」


「私の脳内に蓄積された戦闘データベースと比較して……そうですね、我が家の愛すべき脳筋夫、奉先の八割くらいの出力は確実にありそうです!これほどの逸材が野に埋もれていたとは、人材発掘市場の怠慢ですね!」


「ぐぬぬ……!」


彼の太い腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張しているが、私の双頭戟は一歩も後ろに下がらない。


「女性がここまで剛力とは……!なんという常識外れの腕力だ!この関雲長が、真正面からの力比べで押し負けるだと!?」


「押し負けるのは当然です!貴方の力は無駄が多い!力学的なベクトルの方向が若干ブレていますよ!もっと一直線に力を伝達しなさい!」


双頭戟の角度をわずかに変えて相手の力を逃がし、逆にこちらから押し込もうとしたその時だ。


「雲長が押されている!?」


背後で様子を見ていた張飛が、信じられないものを見るように叫んでいる。


「あの天下無双の兄貴が、女の細腕相手に力負けしてるだと!?ええい、じれったい!こうしちゃいられねえ!加勢するぜ兄者!!」


蛇のようにうねる矛(蛇矛)を頭上で振り回しながら、ものすごいスピードでこちらへ突っ込んでくる。


「俺の蛇矛の餌食になりな、オラァァ!!」


「俺もだ!!」


さらにその後ろから、耳たぶの長い男、劉備も剣を引き抜いて馬を走らせてくる。


「義兄弟の契り、今こそ見せる時!我ら三人、同じ日、同じ時に死すことを願わん!雌雄一対の剣、抜刀!!」


右から張飛、左から劉備、そして正面には関羽。


見事なまでの包囲陣形だ。


普通の武将なら、この「三英戦」と呼ばれる伝説級のフォーメーションを組まれた時点で、恐怖で身がすくんで降伏するか、逃げ出すかの二択だろう。


「三人相手!」


「敵が増えるということは、それだけ経験値とドロップアイテムが増加するということ!オッズは一気に三倍に跳ね上がりました!これは心躍るビッグボーナスですね!!」


「遅い!遅すぎますよ、貴方たち!」


双頭戟の片方の刃で関羽の青龍刀を弾き飛ばし、その反動を利用してもう片方の刃で張飛の蛇矛を叩き落とす。さらに馬を巧みに操り、劉備の双剣の間合いからスッと抜け出す。


「一秒の遅れが命取りになる市場競争(戦場)で、そんなモタモタした動きでは確実に倒産しますよ!!」


私が敵の武器を次々と弾き返し、逆にカウンターの連撃を叩き込んでいると、その後方で、ずっと出番を待たされてウズウズしていた我が陣営の筋肉たちが、ついに我慢の限界を迎えている。


「ああっ!李司が囲まれた!」


夫ナンバー3、奉先が、目を血走らせて叫んでいる。


「野郎ども三人掛かりで、俺の大事な妻をいじめやがって!許さん!俺がすぐに助太刀するぞ!赤兎馬、出ろ!俺の方天画戟で、あの三人をまとめてミンチにしてやる!!」


「姐さんが危ねぇ!あの卑怯者どもめ!俺も行きます!俺の鍛え上げた大胸筋で、あいつらを一人残らず押し潰してやりますぜ!!」


最強の援軍。頼もしい味方。

しかし、彼らが参戦すれば、私のこの楽しいレジャー(ストレス発散)が台無しになってしまう。

私の獲物ボーナスを横取りされるなど、絶対に許されない。


「来るなァァッ!!」


「今、めちゃくちゃいいところなんです!!私の貴重なストレス解消の時間を邪魔するな!!手出しをした奴は、給料を半年間全額カットし、さらに毎日徹夜で帳簿の計算をさせますよ!!」


「「はい!!すみませんでした!!」」


奉先と華雄は、ビシッ!と背筋を伸ばし、完全に直立不動の姿勢で謝罪している。

赤兎馬までがピタッと動きを止め、前足を揃えておとなしくしている。


恐るべき家庭内ヒエラルキーの現実である。











さあ、ここからはさらに効率を上げていきますよ。


右手に持った特注の双頭戟を、手首のスナップと遠心力だけを利用して高速回転させる。


それと同時に、空いている左手で腰に帯びた直剣を滑らかに引き抜く。

右手で広範囲の物理的防御と牽制を行い、左手で精密なピンポイント攻撃を仕掛ける。


「なっ……なんて器用な!」


「その細い腕のどこに、そんな非常識な膂力が隠されているのだ!?」


「非常識とは失礼ですね。力学的な重心移動とてこの原理を完璧にマスターすれば、筋肉量などただの飾りです。無駄な力みはエネルギーの浪費ですよ!」


「兄者にばかりいい格好はさせねえぜ!俺の矛で串刺しになりなァァッ!」


張飛の太い腕から繰り出される刺突は、確かに速くて重い。


「ぬんっ!?」


張飛が顔を真っ赤にして矛を押し込もうとするが、私の剣にガッチリと受け止められ、一ミリたりとも前に進まない。


「……う、動かねえ!嘘だろ!?俺の渾身の突きが、片手の剣で止められてるだと!?この細腕のどこにそんな力が……まるで巨大な岩かよ!」


「岩ではありません、ただの効率的なベクトル制御です!貴方の力は矛の先端にうまく伝わっていませんよ。体幹の使い方が素人レベルですね!」


私が張飛のフォームの非効率さを指摘していると、今度は左側の死角から、耳たぶの長い男――劉備が、二本の剣を交差させながらコソコソと接近してくる。


「隙ありぃぃ!ここだ!義兄弟のピンチは俺が救う!くらえ、俺の必殺の双剣……!」


しかし、彼が狙った私の左側面は、私が意図的に作り出した「誘い(罠)」のスペースである。


私は左手の剣で張飛の矛を抑え込んだまま、右手で回転させていた双頭戟の軌道をわずかに変化させる。


高速回転する双頭戟の刃が、劉備が振り下ろしてきた双剣にピンポイントで激突する。


バキンッ!!


悲鳴のような破砕音が響き渡り、劉備の手の中で二本の剣が根元からポッキリとへし折れる。


「ああっ!俺の剣が!!」


「嘘だろ!?これ、昨日鍛冶屋で三十六回払いのローンを組んで買ったばかりの新品の双剣なのに!!まだ一回も支払いしてないのに折れた!!俺のローン未払いの剣がぁぁぁ!!!」


「ローン未払い?そんな信用情報に傷がつきそうな武器で私に挑むからそうなるのです。自己破産の手続きは戦場の外でやってください」


先ほどは乱戦の土煙のせいでよく見えなかったが、こうして至近距離で刃を交え、動きを止めた状態で見ると、張飛の顔の造作にある明確な特徴が浮かび上がってくる。


「おや……?」


「どうした!?俺の顔に何かついてるか!?」


張飛が警戒して矛を構え直す。


「そっちの虎髭さん。近くで見ると、貴方のその髭、驚くほど毛先が綺麗に整えられていますね」


「ただの無精髭かと思いきや、枝毛や切れ毛が一切ありません。それに、ほのかに高級な香油の匂いも漂ってきます。おそらく、西域から輸入された金貨二枚は下らない上質なオイルですね。肌の保湿状態も完璧ですし、毛穴の詰まりも見当たりません。非常に清潔感があります。あの緑の服を着た不潔な髭男(関羽)とは雲泥の差ですね!」


張飛は一瞬ポカンとした後、急に顔を真っ赤にして照れ始める。

彼は片手で矛を担ぎ直し、もう片方の手で自慢の髭をモジモジといじっている。


「あ?ったりめーよ!よく分かってんじゃねえか、ねーちゃん!」


「俺はこんな荒くれ者の見た目をしてるが、実家は幽州でも有数の金持ちなんだぜ!子供の頃から書や画も嗜んでるし、教養だってあるんだ!士大夫たるもの、戦場での立ち居振る舞いだけじゃなく、日頃の身なりに気をつけねば部下にも敵にも舐められるからな!」


「身だしなみは男の基本だろ?毎晩寝る前のブラッシングと、朝の洗顔後のオイルトリートメントは欠かしたことがねえ!兄者(関羽)みたいに、ただ伸ばしっぱなしで洗わねえような不潔な真似はしねえ主義なんだよ!」


「素晴らしい!実に合理的で素晴らしい心構えです!」


「自己投資を怠らないその姿勢、経営者として高く評価します!それに、貴方のその無駄のない筋肉密度……私の脳内データベースの計測によると、我が家の優秀な武力資産である奉先の九割くらいの高出力が期待できます!」


知性インテリと武力を兼ね備え、さらに衛生観念までしっかりしているヤンキー……。極めて需要の高い人材(素材)ですね!どうですか、今のブラックな義兄弟関係を清算して、私の会社ポートフォリオに転職しませんか?初任給は今の三倍、さらに毎月高級スキンケア用品を経費で支給してあげますよ!」


「あ、あの……俺は……?」


見下ろすと、そこには折れて使い物にならなくなった双剣の柄だけを力なく握りしめ、地面にへたり込んでいる劉備の姿がある。


「俺の評価は……?俺も義兄弟の長兄として、天下の英雄を目指してるんだけど……。俺のポテンシャルはどうなんだ?」


承認欲求の塊のような男だ。


「貴方は……武力に関しては全く使い物にならない雑魚ゴミですね」


「筋肉の付き方もアンバランスですし、反射神経も素人に毛が生えた程度。数値化して言うと、あそこの後方でウロウロしているうちの華雄と同じくらいの低レベルです」


「ぐはぁっ!?」


私と三兄弟の戦いを安全圏から見学していたはずの華雄が、見えない流れ弾(言葉の暴力)を心臓に食らって胸を押さえている。


「お、俺は雑魚……?俺の戦闘力は、あの耳の長いおっさんと同じレベル……?姐さん、いくらなんでもひどすぎるっす……俺、昨日も筋トレ三セットこなしたのに……」


メンタルが弱すぎる。後でさらに過酷なメンタルトレーニングを追加しなければならない。


「ですが……」


「貴方の肉体からは、武力とは全く別の、妙なフェロモンが出ていますね。同情を誘い、他人に『俺が助けてやらなきゃ』と思わせる特殊なオーラです。人身掌握(人心操作)のスキルにおいては、天才的な才能を感じます」


「ほ、本当か!?俺にそんな才能が!?」


「ええ。その能力を活かせば、間違いなく詐欺師として大成するでしょう。武将などという割に合わない職業はさっさと辞めて、今すぐ高額な壺や情報商材を売りつけるビジネスを立ち上げたらどうですか?貴方のその情けない泣き顔と口八丁があれば、高齢者から年金を全額巻き上げるくらいの業績は簡単に出せるはずです。もし起業するなら、私がエンジェル投資家として出資してあげてもいいですよ?」


「さ、詐欺師……」


これで厄介な敵のリーダー格と、面倒な槍使いは無力化(戦意喪失)した。


残るは、不潔な髭をぶら下げた最大のバグ(害虫)のみだ。


「さあ、無駄な人材査定の時間は終わりです」


「貴方は衛生面での基準値を大幅に下回っているため、私の会社には採用できません。その不潔な髭と共に、地獄へ落ちなさい!!覚悟ォォォォォォ!!!!!!!」


「なっ!?」


関羽が慌てて青龍偃月刀で防御しようとするが、遅い。

私の剣の軌道はすでに確定している。

狙うは、彼の太い首筋ただ一点。


「……不覚ッ!!」


関羽は自分の防御が間に合わないことを悟り、ギュッと目を強くつぶる。


(ここまでか……さらば、兄者、翼徳……!我が志、ここで潰えるとは……!)


ザンッ!!!!


空気を鋭く切り裂く音。

そして、何かがバッサリと切断される手応え。

一瞬の静寂が戦場を包み込み、冷たい風が私たちの間を通り抜ける。


「………………」


関羽は目を閉じたまま、首が地面に落ちる感覚を待っている。


「………………ん?」


だが、数秒待っても、痛みが全く来ない。

意識もはっきりしているし、視界も暗転しない。


(痛くない……?拙者は、死んでいないのか……?)


関羽は恐る恐る、右目だけを薄く開ける。

見下ろすと、自分の首はしっかりと胴体に繋がっている。手足も動く。五体満足だ。


「あ、兄者…………」


「う、雲長……………」


「お、お前の顔が…………。とんでもないことに…………」


「………………ん?」


関羽は二人の様子がおかしいことに気づく。


何だ、どうした二人とも?

なぜそんな、毛を刈られた珍獣を見るような、憐れみと驚愕が入り混じった目で拙者の顔を見つめているのだ?


拙者は無傷だぞ?


不思議に思いながら、何気なく自分の顎に手をやる。

いつもなら、そこに豊かな手触りの、自慢の「美髭」があるはずだ。


ジョリッ。


「…………へ?」


関羽の指先が触れたのは、絹のような毛並みではなく、無精髭のように短く刈り込まれた、ジョリジョリとした硬い感触だった。


首元まで垂れ下がっていたはずの長さが、全くない。

関羽は顔を青ざめさせ、ゆっくりと視線を自分の足元へと落とす。


そこには。

戦場の乾いた土の上に。

バッサリと綺麗に切り落とされた、大量の黒い毛の束が無残に散らばっていた。


「…………あああ…………」


関羽の喉の奥から、声にならない空気が漏れる。

そして、自分が何を失ったのかを完全に理解した瞬間。


「拙者の髭がァァァァァァァ!!!!!」


「拙者の魂が!!拙者のアイデンティティが!!拙者が何年もかけて育て上げてきた美髭がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


戦場の誰もが、そのあまりにも可哀想な叫びに同情の涙を禁じ得ないだろう。私以外は。


「顎下二ミリで綺麗にトリミングしてあげましたよ」


「これで厄介なバクテリアや細菌の温床は完全に除去されました。シャンプーの節約にもなりますし、食事の時に汁が飛んで汚れる心配もありません。何より、衛生面に気を遣わずに思う存分戦えますね!パフォーマンスの向上が期待できます!」


「さあ、除菌も完了したことですし、清々しい気持ちで戦いの続きをやりましょうか、『元・美髭公』さん!これからは『ジョリジョリ公』とでも名乗ればいいのではないですか?」


「……き、貴様……」


「貴様ぁぁぁ……!よくも……よくも拙者の誇りを……!!」


彼は怒りで青龍刀を握り直すが、その手には全く力が入っていない。


「武士の情けというものが分からんのか……!!こんな姿で生き恥を晒すくらいなら……首を斬られるより……何万倍も恥ずかしいわぁぁぁぁ!!」


「…………ロ」


関羽が、ギリギリと歯を食いしばりながら、低く唸るような声を出す。


「??ろ?」


「覚えていろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「この屈辱、絶対に忘れんぞ!!末代まで呪ってやるぅぅぅぅ!!次に会う時は、必ず髭を元の長さに戻してから貴様を討つ!!それまでは絶対に人前に出ん!!」


関羽は顔を隠したまま、脱兎のごとく背を向けて猛烈なダッシュを開始する。

その逃げ足の速さは、隣にいる名馬・赤兎馬の最高速度にも匹敵する、まさに人間離れした逃走劇だった。


「あ、待て雲長!どこへ行くんだ!」


「ヒゲくらいまた生えるって!命があっただけでも儲けもんだろ!気にするな!」


「兄者ー!待ってくれー!育毛剤なら俺が西域の商人にツテがあるから、良いやつを安く仕入れてやるってー!!」


あの威勢の良かった英雄たちは、たった一つの髭の喪失によって、蜘蛛の子を散らすように敗走していったのだ。


「………………はっ!」


「ふふふ……私の完全勝利ですね。無駄な体力を使うことなく、相手の精神的支柱(髭)を破壊するだけで敵軍を瓦解させるとは。私のコンサルティング能力(物理)は今日も絶好調です」


「おい、そこの戦力外の筋肉バカ二人(奉先・華雄)!いつまでボーッとしているのですか!」


「は、はいっ!!」


「なんでさっきから俺たち怒られてるの!?」


「勝ち鬨だ!すぐに勝ち鬨をあげなさい!!」


私は両腕を天に向かって高く掲げ、勝利の宣言を行う。


「不潔な敵は完全に消毒されました!!我が軍の衛生管理と圧倒的武力による大勝利です!!さあ、声を上げなさい!」


命令に、奉先と華雄は顔を見合わせ、よく意味が分からないまま、とりあえずありったけの声量で叫び始める。


「う、うおおおおおおおおお!!!!!」


「李司様万歳!最強の奥様万歳!!」


「よくわかんねえけど、衛生管理万歳!!除菌最高ォォォ!!」


こうして、「汜水関の戦い」と呼ばれる後の世に語り継がれる大激戦は、関羽の自慢の美髭というあまりにも尊い(そして面白い)犠牲のもと、私、李司の完全なる圧勝に終わったのである。

私が投資(出撃)した戦場において、負けという二文字は存在しないのだ。


ちなみに、関羽雲長はこの日以降、精神的トラウマにより、私の姿を戦場の遠くに見かけるだけで、無意識に両手で顎を隠して物陰に隠れるようになったという。彼の美髭が元の長さに戻るまでには、さらに数年の歳月と莫大な育毛剤のコストがかかったことは言うまでもない。

今回の章では

・関羽との初対決

・三兄弟の連携

・そして「美髭事件」

を書きました。


三国志では関羽の髭は象徴的な存在ですが、この作品では少し違う形で活躍(?)してもらいました。


皆さんは今回の話で

・関羽の登場

・張飛の衛生意識

・劉備のローン双剣

・美髭トリミング事件


どのシーンが一番印象に残りましたか?


また、この世界の三国志で

「一番まともそうな人物」

は誰だと思うかもぜひ教えてください。


感想をいただけると、次の戦乱を書く大きな励みになります。

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