追放者、学院で名探偵を演る
王立学院の春は、花弁と噂と謎で満ちていた。
学園祭の準備が進む中、演劇部の稽古場で小さな事件が起きる。
大道具が切り裂かれ、台本の頁が抜かれ、部室の鍵が外側から掛けられていた。
誰かが「妨害」を仕掛けたらしい。
だが被害は物理よりも――誰もが信じていた予定と関係性のほうがズタズタにされたことのほうが大きかった。
「これは……現代流に言えば、犯人は内部にいる可能性が高い」
演劇部の部長が震えながら言った。
彼女は目を赤くし、演技のための台詞以上に真剣だった。
悠斗は寮の縁側で朝茶を啜りながら、その騒ぎを半分くらい聞いていた。
面倒ごとは最小限にしたいが、器具が壊れると温泉用の薪に使えなくなるので放置もできない。
「探偵ごっこ、やってみるか」
ミラが冗談めかして提案する。
だが誰かが「悠斗なら冷静に見える」と本気で期待している顔をしていた。
噂は瞬く間に広がり、翌昼には「学園名探偵・結城悠斗」扱いで依頼が舞い込む。
依頼は簡潔だ――犯人を見つけ、学祭の演目を守ってくれ。
調査は自然発生的に四段階で始まった。
聞き込み、現場検証、推理会議、そして尾行。
悠斗は「適応」がどこまで推理に役立つかを試すつもりで、腰を上げた。
出席は相変わらず適当だった。
第一段階 聞き込み
演劇部員たちの顔は青ざめ、言葉は細かった。
部長は稽古中に別の役者と口論したことを認め、ある舞台裏の大道具係は夜遅くまで残っていたと証言する。
ある新入りの女は「誰かの脚本を読んでしまった」と泣きながら告白する。
誰もが何かを隠している。
しかし、隠す理由は多くが「恥ずかしさ」や「誤解」だった。
悠斗はメモを取りつつ、エリスの差し入れのクッキーを一つつまむ。
匂いは良い。
人間の匂いは、時に真実より雄弁だ。
第二段階 現場検証
稽古場は古い倉庫を改装したような空間だ。
床には細かい繊維屑、舞台装置の端材、そして黒い線のように乾いた液体の痕跡があった。
鍵は外側から掛けられていたが、ヒンジの擦れ方が不自然で、内側から割り箸を使って閉じたような跡が見つかる。
悠斗はそこに触れ、スキル「適応」の感触を探る。
適応は世界を「最適状態」に導く性質を持つが、ここでは「改変の痕跡」を嗅ぎ分けた。
誰かがわざと痕跡を残している――あるいは誰かが失敗した。
第三段階 推理会議
夕刻、温泉研究部の部室で即席の推理会議が開かれる。
部員はエリス、リィア、ミラ、セレネ、そして部長の小さな一団。
ホワイトボードには「犯行動機」「アリバイ」「手段」が並ぶ。
悠斗は黒板に三つの仮説を書き出した。
- 仮説A:内部の嫉妬。目立つ役を奪えない者の仕返し。
- 仮説B:外部の妨害。演劇を潰して学園祭の混乱に乗じる者。
- 仮説C:作者的改変。物語上の都合で「スリル」を作るための外的介入。
その三つを並べた瞬間、セレネが小さく笑った。
「Cは戯言に聞こえるが、私たちは不思議なことに慣れている」
部屋の空気が一瞬冷え、それはただの冗談ではなく、現実的な可能性として部員たちに受け止められた。
第四段階 尾行と小さな暴露
悠斗は夜、稽古場の周囲を静かに歩いた。
学園の路地は薄暗く、窓から洩れる練習の声が断片的に届く。
物陰で待つと、小柄な影が倉庫に近づくのが見えた。
影は鍵をじっと見つめ、そして紙を取り出して何かを書き付ける。
悠斗は音を立てないように近づき、その男に声をかけた。
「こんばんは。遅いね」
影は驚き、筆を落とす。
男は顔を伏せて、すぐに言い訳を始めた。
「俺は……大道具のアルバイトで、夜に直しに来ただけだ。誰かが戸締りをして行ったんだ」――だが男の目が泳ぎ、言葉は矛盾している。
簡単に流せる嘘ではない。
悠斗は冷静に訊ねた。
「ここに来た理由は? 誰かと口論してないか?」
男は答えに窮し、とうとう俯いた。
すると背後から足音がして、ミラが灯りを持って来た。
男は慌てて逃げ出し、翌日には「急な親の事情で辞める」と学園の掲示板に張り出される。
男たちの退場は速い。
学園はいつもそうだ。
だが悠斗はそこで妙な違和感を覚えた。
男が残した紙切れには、台本の一部と、丸い印が押されていた――あの地下で見た図形に似ている。
意味は不明だが、パターンの反復は何かを示唆する。
推理会議は続いた。
仮説Aは、脚本を盗まれた者の感情的犯行として十分にあり得る。
だが被害は巧妙で、「見せしめ」に近い。
仮説Bは学園の外からの妨害として可能だが、証拠は薄い。
残るC、作者的改変は馬鹿げているようで、ここでは検討外とはできなかった。
なぜなら、紙に押された印、地下の図形、そして「夢落ち」の余韻が微かに結びついているからだ。
翌朝、演劇部の部長が涙ながらに告白した。
夜中に誰かが訪れ、彼女の台本の最後の頁だけを抜き取り、台詞を少し変えて戻していったという。
台本が違うことで演目の意味は微妙に変わる。
部長は誰かに操られているような感覚を訴えた。
その言葉に、会議室の空気が重くなる。
物語の「意味」が外部で書き換えられるという想像は、演劇を愛する者にとって最大の冒涜だ。
悠斗はある決断をする。
犯人が物理的に誰かを傷つける意図は薄い。
彼が狙うのは「意味」と「関係」だ。
ならば、犯行の次は「意味の再生」に抗う行動――逆に作り変えてやればいい。
悠斗は提案する。
「次の稽古で、皆で『最後の頁』を即興で演じよう。想定外に対応する練習をすれば、犯人の狙いは通らない」
提案は賭けだった。
だが部員たちは賛同し、学祭当日の公開リハは想像以上に熱を帯びた。
演劇は、予定の台本を越えて、「共同創作」の場へと変化していく。
観客の期待は裏切られ、演目は深みを増す。
犯人の策略は効果を失った。
幕が下りると、舞台袖の空気は一変した。
演劇部員たちの表情が輝き、観客は拍手を送る。
悠斗は裏方で笑っていた。
だがその笑いは、読者的な視線のようにどこか乾いている。
舞台裏で、セレネがぽつりと言った。
「重要なのは、誰が台本を書き換えたかではなく、誰が物語を取り戻したか、ね」
悠斗は静かに頷く。
事件は一応の決着を見た。
犯人は姿を消し、外部の影は薄まった。
だが最後の最後、学園新聞に小さなコラムが載る。「匿名寄稿:演劇とは何か」。
その寄稿文の末尾には、見覚えのある丸い印が薄く押されていた――地下の図形と同じものだ。
悠斗はその印を見て、スキルの感触を確かめるように掌をこすった。
適応は世界を整えるが、時に世界は「破られること」自体を欲するのかもしれない。
彼は思う――学園に平穏が戻ったのは事実だが、物語の裏側にはまだ語られぬ糸が残っている。
夜、寮の温泉で女たちと湯に浸かりながら、悠斗は照れ笑いを浮かべた。
ミラは無言で湯を掬い、エリスは薬の匂いを漂わせ、リィアは笑い話を続け、セレネは遠くを見ている。学園の灯りが揺れるたびに、誰かがページをめくる音がしている気がした。
「探偵って意外と面倒だな」
悠斗が言うと、エリスが呟くように答えた。
「でも、あなたといると、事件も悪くないね」
結論は簡潔だった。
学園に探偵は似合う。
物語は小さな謎を食べて膨らみ、周囲の人間関係を炙り出す。
だが悠斗はまだ決めない。
次に来るのは、学園祭の夜に鳴る鐘の音か、あるいは地下の図形が示すもっと大きな動きかもしれない。ページの端に残された印は、次の章の合図に見えた。




