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追放者、温泉でスローライフしてたら王都が大変でした  作者: キンキンタロー


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20/20

客人として

マルクス――そう呼ばれた副官に案内され、悠斗たちは司令官室の扉を抜ける。

部屋の中は落ち着いた調度品に囲まれており、軍事施設の一室というよりは王都の学者の書斎に近い雰囲気であった。

部屋の奥には部屋の主のものと思われるデスクがあった。

幅広のデスクの上には下階で見たものより一回り大きな表示装置があり、その横には書類が大量に、しかし整然と置かれていた。


「どうぞ」

マルクスに促され、一同は応接用のソファに腰かける。

セレネは相変わらず飄々としているが、それ以外のメンバーは落ち着きがない。

ヘンリエッタは居心地が悪そうにしきりに袖口を撫でまわしている。


少しの間をおいて、白いスーツの男が入ってきた。

「お待たせして申し訳ありません。」

そう言いながら視線を机の上に向け、その後マルクスの方を一瞥する。

マルクスはその意図を察したのか、少しバツの悪そうな表情を浮かべる。

「さて、本題に入る前に紅茶でも淹れさせましょう。客人をもてなすのは私の趣味なのでね。」

マルクスが一礼してその場を離れようとするより先に、ミラが口を開いた。

「不要だ。」

一瞬で空気が凍りついた。

ミラの不躾な返礼にマルクスが反応するのを左手で制しながら、白いスーツの男は応えた。

「客人としての対応を希望されないということであれば、こちらは構いませんが。」

穏やかな笑みではあったが、モノクルの奥の瞳は笑っていなかった。

悠斗は腰に手を伸ばすが、自らが丸腰であることを再確認するだけに終わった。


「いただきましょう。のどが渇いて仕方ないわ。」

セレネの一言で、ひとまずその場は収まった。


沈黙の中で、マルクスが全員の前にソーサーを並べ、その上に紅茶が注がれたカップを置く。

取手に金色の細工が施されており、上質なものであることが見て取れる。

「さて」

紅茶の匂いを一嗅ぎしながら、白いスーツの男が口を開く。

「申し遅れました。私はテレンティウス=ウァロと申します。この大管区の軍事統括監を務めています。」

テレンティウスはモノクルについた湯気を布で拭いながら、簡潔に自己紹介をする。

「私は――」

ヘンリエッタが上ずった声で名乗りを上げるのを、テレンティウスは左手で制した。

「結構。貴方が”愚直”のヘンリエッタを”名乗って”いることは存じ上げています。ですが――」

テレンティウスは視線をセレネに向ける。

「この状況の説明はあなたがすべきでしょうね。セレネ様。」

セレネは手にしていたカップを口元へ運び、一口飲んでからこともなげに応えた。

「驚いた。しばらく会っていないから気づかれないと思ったのだけれど。」

「気づかないわけがないでしょう。なぜなら――」

テレンティウスは穏やかな笑みを向ける。

「貴女は大恩ある御方のご息女なのですから。」

モノクルの奥の瞳が、今度は笑っていた。


「つい先日、魔族側が人類領に対し侵攻したの。ここにいる“愚直”と、”焔喰”の二人でね。

150年の均衡が唐突に破られた。

中央は、王はいったい何を考えているのかを確かめに来たのよ。」

セレネは一息で言うと続けた。

「人類領で発生したクーデター未遂と時を同じくして、魔族側でもクーデターがあったという情報がある。

それに、人類領へ進行してきていた裂律座、少なくともこのヘンリエッタは何者かに“操作”されていた形跡があった。」

テレンティウスは静かに聞いている。

「何があったの?今何が起きているの?知っていることを答えなさい。テレンティウス。」

いつもどおり冷静なセレネの声の裏に、悠斗は異なる感情の気配を感じた。


「実を言うと、何もわからないのです。」

テレンティウスは指で合図すると、マルクスはうなずき、何かを操作した。

――ブゥン

ノイズのような音とともに、壁に何かが表示される。

地図のようなものが表示され、大小のアイコンと、それをつなぐ無数の線が明滅する。

「ちょうど一週間前に、中央政庁との回線が途絶しました。」

地図上の線の上に、無数の×が表示される。

「現在通信可能なのは隣のオストマルク・スペリオール大管区のみとなっており、その他の大管区とも回線による通信ができない状態となっています。」

説明を終えると、マルクスは頭を下げ、部屋の隅へと戻った。

「我々には何の情報も来ていません。

1週間前に全土に対し非常通信が発出されましたが、その直後に誤報である旨の通知と、回線の緊急メンテナンスを実施するとの通達が出たきり、音沙汰がない状態なのです。」

テレンティウスは頭を掻きながら続ける。

「正規の符丁でなされた通信だったのと、ここ数年国土ネットワークにおける障害が頻発していたことから疑いもしませんでしたが・・・まさかそのような・・・」

壁に投影されていた地図が消え、一瞬の沈黙が部屋を支配する。


「なるほど、そのような経過でしたか。」

セレネはテレンティウスにこれまでの出来事を簡潔に説明した。

悠斗たちが何者で、なぜセレネとともに魔族領にいるのか。

「整える者・・・“焔喰”がそのように言ったと?」

「ええそうよ、何か心当たりが?」

テレンティウスがまた指で合図すると、マルクスは一冊のファイルを手渡す。

「確か・・・そう、“神託”にそのような一説があったような・・・」

テレンティウスはファイルをめくりながら応える。


「神託・・?」

悠斗が小声でセレネに問いかける。

「卜占官――人間でいうところの神官みたいなものね――によるお告げみたいなものよ。

特に政治的な影響力は持たないけど、昔の名残で時々神託を発布しているわ。」

「魔族が崇める神って・・・?」

セレネが答えようとした瞬間に、テレンティウスが口を開いた。

「ありました。」


『整える者の意思が、創造の軛を砕く唯一の解である』


「どういう意味かしら。」

セレネはぽつりとつぶやく。

「さて。私は最高神祇官ではありませんから。」

「140年前に廃止された役職じゃない。面白い冗談だけど、人間には通じないわよ。」

セレネとテレンティウス、それにマルクスは笑っているが、悠斗たちは笑いどころがわからず、困惑する。


「これからどうなさるおつもりですか。セレネ様。」

テレンティウスがまじめな表情で問う。

「そうね。馬鹿正直に中央に行ってもよいのだけれど。」

テレンティウスの表情が険しくなる。

「わかっているわ。現状それは得策じゃない。貴方たちも連絡線を確保できてはいないのでしょう?」

セレネの問いに、マルクスが答える。

「伝令による状況確認を試みていますが、中央政庁とは依然連絡がついておりません。」

「でしょうね。だから私たちはオストマルク・スペリオールに向かうことにするわ。」

テレンティウスは呟く。

「“牢名主”・・・ですか・・・?」

「ラビエヌスも随分とひどい二つ名をつけられたものね。」

セレネは軽く笑い、続ける。

「もっとも、用があるのは牢名主としての彼じゃないわ。

全てを識る者、“賢者<ゲーニウス>”としての彼なら、この状況も既に“分かっていた”はずよ。」


テレンティウスは何か言いたげに口を動かした後、諦めた様に呟いた。

「・・・わかりました。ガビニウスに連絡を取り、手配いたします。ただし・・・」

モノクルを触りながら、悠斗たちを一瞥する。

「私も付いていきます。その方が何かと都合が良いでしょうからね。

マルクス!」

驚いた表情の副官に、テレンティウスは指示を与える。

「オストマルク・スペリオール大管区へ連絡。

ノヴェンヴェルのイデス<9番目の月の13日>に軍事統括官との会談を設定。

会談名目は現状認識の共有と次善策の協議とでもしておこう。

軍事港の利用申請、随護官7名並びにその他随員6名の滞在及び領域内往来自由権を申請すること。

私が不在の間の雑事の処理と指揮権は卿に引き継ぐ。

それからセレネ様達の今夜の宿を手配すること、部屋割りは・・・」

マルクスは怒涛のような指示の全てを聞き終えると、整然と敬礼をした後、去っていった。


悠斗は深く息を吐く。

よくわからないうちに終わってしまったが、どうやら次の目的地が決まったらしきことだけはわかった。

不明点は早めに消化しておくに限る。

悠斗がセレネに声をかけようとするより早く、セレネがエリスに言った。

「さて、会談も終わりよ。エリス、そろそろミラを起こしてちょうだい。」

ミラは目を開けたまま、完全に意識を手放していた。


「ミラさーん、起きてくださーい!」

エリスが肩を揺らすと、ミラが跳ねるように立ち上がる。

「魔族と呑気に茶など飲んでいられ・・・?」

状況を飲み込めないミラは困惑した表情で固まった。


「寝てたのか・・・」

悠斗がつぶやくと、セレネが悪戯っぽく笑う。

「邪魔になりそうだったから寝てもらったわ。

あとで説明しておくから、静かなうちにここからお暇しましょう。」

混乱するミラをリィアとエリスが両脇を支え、悠斗たちは部屋を後にした。


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