白き司令官
扉の外に出ると、そこにはアスファルトのようなもので舗装された広大な地面が広がっていた。
半円形の建物が並び、その中に先ほどまで乗っていた乗り物が整然と並んでいる。
その奥にはフェンスが見え、敷地を囲んでいるようだった
――空港の滑走路だ
悠斗は元いた世界の記憶と、眼前の光景を重ねる。
魔族領というからには、ある程度人類側と異なることは覚悟していた。
だが、かつて見慣れた景色をこの世界で目にすることは想定外だった。
エリスやミラも眼前の光景に戸惑いを見せていることから、少なくともこの世界の人類にとって未知の光景であることは間違いないようだ。
兵士に促されるままに歩を進め、ほどなく別々に護送されていたリィアたちと合流する。
リィアはしきりに周囲を見回し、状況を理解しようと努めているようだった。
ただ一人、セレネだけはいつもと変わらない余裕の表情を浮かべていた。
「ここは一体・・・」
悠斗は小声でセレネに問いかける。
「ここはプラエシディウム・インフェリオリス。オストマルク・インフェリオールの大管区都よ。」
セレネは事も無げに簡潔に答えた。
更なる問いは兵士の「進め」という指示に遮られた。
悠斗は歩きながら周囲の兵士を観察する。
全身カーキ色のウェットスーツのような服装で、胸や股間など急所となる部分にはプロテクターを着けている。
胸には剣と竜を模したエンブレムが刻まれ、まるで部隊徽章であるように見えた。
手には銃のようなものを持っているが、それが何であるか判別することはできなかった。
頭にはフルフェイスのヘルメットのようなものを装着しているため、その表情を伺うことはできない。
ただ、整然とした身のこなしは、彼らが高度に訓練されていることを示していた。
――隙が無い
ここで行動を起こす愚を悟り、悠斗はおとなしく歩き続けた。
格納庫の脇を抜けた先に、灰色の建物があった。
正面には兵士たちの胸にあるのと同じ、竜と剣の紋章が掲げられている。
コンクリートのような材質の外壁に、悠斗は再び既視感に襲われる。
ガラスのドアを抜けた内部も、やはり近代的なビルの空間が広がっていた。
白い壁、均一な照明、廊下に並ぶ扉、壁にかかれた案内表示。
開いている部屋を横目で除くと、魔力で稼働する端末が壁際に設置され、兵士たちが淡々と操作している様子が見えた。
その光景に、悠斗は再び胸の奥がざわめいた。
――まるで元いた世界のオフィスだ。
兵士たちに囲まれながら、悠斗たちは廊下を進んだ。
足音が反響し、どこか無機質な空気が漂っている。
壁に設置された魔力端末は、淡い光を放ちながら情報を流し続けていた。
その光景は、悠斗の記憶の奥底にある“オフィス”のイメージと重なり、胸の奥がざわつく。
やがて兵士の一人が立ち止まり、無言で扉を開いた。
中は簡素だが、やはり近代的だった。
金属製の机と椅子が置かれ、机の上には魔力で映像を映し出す薄型の表示装置が設置されていた。
壁際には監視用の魔力端末が並び、淡い光が脈打つように点滅している。
「座れ」
短い命令に従い、悠斗たちは椅子に腰を下ろした。
兵士たちは壁際に控え、無言で監視を続ける。
その視線はヘルメット越しでも鋭さを感じさせ、肌を刺すような緊張が襲う。
エリスは不安げに指先を握りしめ、ミラは周囲を警戒するように目を細めている。
ヘンリエッタは落ち着かない様子で足を揺らし、リィアは彼女の肩にそっと手を置いていた。
セレネだけが、まるでこの状況を予期していたかのように静かに座っている。
数秒の静寂の後、扉が再び開いた。
軍服姿の男が一歩踏み入る。
階級を示しているのだろうか、肩章には二つの星が刻まれていた。
鋭い目つきと無駄のない動作が、彼が上位の階級であることを物語っていた。
「私はオストマルク・インフェリオール大管区国境警備隊所属の領域侵犯担当官、アンティノウス中尉だ。」
低く、尊大で、事務的な声が室内に響く。
「これより、貴公らの身元と行動目的について確認を行う」
表示装置が淡く光り、地図らしきものと文字が浮かび上がる。
小隊長は椅子を引き、悠斗たちの正面に座った。
「裂律座第六席とその随伴者とのことだが、進入禁止エリアで何をしていたか説明してもらおう」
その問いに、セレネが静かに答える。
「特務よ。それ以上の説明は拒否するわ」
その表情には、微塵の迷いもなかった。
アンティノウス中尉の眉がわずかに動いた。
「特務、だと?」
その声音には、明らかな不快と警戒が混じっていた。
セレネは微動だにせず、淡々と続ける。
「そう。中央政庁の特務よ。内容は秘匿指定。あなたに説明する義務はないわ」
室内の空気が一段と冷たくなる。
兵士たちの視線が一斉にセレネへと向けられた。
アンティノウス中尉は机の上の表示装置に視線を落とし、何かを確認するように指を滑らせる。
「……貴公らは正規の指令書も通行証も所持していない。それに、我々には何らの通達も受け取っていない。」
「あら、肩書の割に頭は回らないのね」
セレネは肩をすくめ、挑発するような口調で答えた。
「人類領に浸透するのに中央政庁の指令書や通行証を所持するなんて、捕まえてくれと言っているようなものだと思わない?」
アンティノウス中尉のこめかみがぴくりと動いた。
「少なくとも、現時点において貴公らの言い分を裏付ける証拠はない。第六席であるという自己申告のみで放免するわけにはいかない。」
「ならすぐに確認なさい。目の前にいるのが裂律座の第六席かどうか、中央政庁に照会すればすぐわかることだわ」
アンティノウス中尉の憮然とした言葉にセレネは挑発で応える。
「一週間ほど前から中央政庁との通信に問題が生じている。通信が回復するまでは貴公らを拘禁する。以上だ。」
アンティノウスは必要以上の音を立てて立ち上がり、部下へ拘束を指示する。
セレネはわざとらしくため息を吐き、声のトーンを落として告げる。
「正当な理由もなく特務を妨害したとなれば、あなたもその部下もただでは済まないわよ」
その言葉に兵士は一瞬動きを止め、アンティノウス中尉も視線をセレネに向ける。
「脅しているつもりか?」
「事実を述べているだけよ」
セレネは一歩も引かない。
その冷静さは、悠斗でさえ息を呑むほどだった。
中尉はしばらく沈黙し、やがて深く息を吐いた。
「……先ほども言ったが、中央への照会には時間がかかる。それまでは――ここで拘束させてもらう。これは領域侵犯への対応としての正当な手続きであり、不当な妨害には当たらない」
セレネは右手を背中の方へ回す。
指先から微かに光を放つ魔力が線のように伸び、文字の形をとる。
“今よ”
悠斗が意図を図りかねていると、ヘンリエッタがびくりと肩を震わせ、慌てて立ち上がった。
「ちゅ、中央への照会なんか必要ないわ。今この場で証明してあげる!」
声が裏返り、足元がふらつく。
だが彼女の周囲には、確かに術式の紋様が展開し始めていた。
青白い光が走り、空気が震える。
ヘンリエッタが展開した術式は――実際にはセレネが展開しているものではあるのだが――室内の魔力灯を明滅させるほどの圧を放っていた。
「この建物ごと、いいえ、街ごと地図から消せば証明になるかしら?」
ヘンリエッタは笑みを浮かべている。
悠斗の目には引きつった笑みにしか見えないが、兵士たちは違った感情を読み取ったらしい。
兵士も、アンティノウス中尉も、皆が恐怖に竦んでいた。
「いけませんな。地位と能力のあるお方がその様に振舞われては」
突然背後から聞こえた声に、悠斗は思わず振り返る。
白一色の仕立ての良いスーツのような衣服を身にまとい、白髪交じりではあるが短く整えられた黒髪で、モノクルを着けた男が、状況に不釣り合いな穏やかな表情でそこに立っていた。
悠斗は思いもかけず驚愕していた。
男が音もなく現れたからではない。
モノクルの奥の鋭い眼光を見た瞬間、悠斗は自分の手が震えていることを自覚する。
――途轍もなく強い
ミラも同じことを感じたのだろうか、エリスを庇うような位置に立ち、警戒の眼差しを向けている。
兵士たちが一斉に姿勢を正し、アンティノウス中尉でさえわずかに背筋を伸ばした。
「司令……!」
言葉に僅かに遅れて、兵士たちは一斉に敬礼した。
男は軽く手を上げ、敬礼を制した。
司令はゆっくりと室内を見渡す。
セレネを視界に収めた一瞬、わずかに瞼が動いたように見えたが、すぐに元の柔和な表情に戻る。
「まずは――部下の無礼をお詫びします」
アンティノウス中尉が息を呑み、目に見えて委縮する。
床に投射されていた術式が消え、それを見たヘンリエッタは慌てて力を抜いたような演技をする。
セレネは微笑を浮かべ、軽く首を振った。
「お気になさらず。状況が状況ですもの」
司令はその返答にわずかに目を細めた。
まるで“やはり”とでも言いたげに。
「これ以上の尋問は不要だ。通常業務に戻れ」
アンティノウス中尉は敬礼で応え、兵士とともに退出する。
「さて、ゆっくりと話を伺いたいところですが・・・」
モノクルを外し、布で拭きながら男は続ける。
「ここは話をするにはあまり良い場所ではないですね。場所を変えましょう。マルクス、案内を」
白いスーツの男――司令はそう言うと、悠斗たちを促した。




