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追放者、温泉でスローライフしてたら王都が大変でした  作者: キンキンタロー


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17/20

庇護すべき存在

日はすでに高く昇っていたが、冬の空に浮かぶ太陽は頼りなく、

淡い光を地上に投げかけるばかりだった。

照り付けているはずなのに、肌を刺す冷気は少しも和らぐことない。

寒風吹きすさぶ城内の広場に、完全武装の城兵たちが整列していた。

手には武器を携え、視線は一様に前方に注がれる。


視線の先には一人の少女が立っていた。

肩までの銀灰色の髪。

彼女が纏う深紅と墨黒を基調とした軍装風の外套には、襟元と袖口に銀糸の刺繍で裂律座の紋章が施されていた。

淡い琥珀色の瞳は眼前の兵士を捉えてはいるが、視線には些かの興味も浮かんでこない。

あるいは目に映る城兵達を、生物としてさえ認識していないのかもしれない。


ヘンリエッタが一歩前に進み出る。

「私は裂律座第六席、“愚直”のヘンリエッタ。」

彼女の声は澄んでいて、柔らかく、それでいて自身の声以外の音が存在することを拒絶する威厳を含んでいた。

「さぁ、選択して。おとなしく服従するか、それとも……」

赤と黒の光で構成される術式の文様が、地面一帯に浮かび上がった。

連鎖式・火蓮陣――最短距離での破壊をもたらす、最も合理的な脅威の形。

「この城ごと地図から消え去るか」


兵士たちは狼狽し、武器を地面に放り捨てて降伏の意志を示した。

ヘンリエッタは冷たく微笑む。


「めいけんですね。あっ……」

「ストップ。賢明よ。なんでいきなり犬が出てくるのよ……」

セレネがあきれながら制止する。

地面の文様も同時に消える。

“愚直”の力はヘンリエッタを拘束した際に失われていた。

先ほどまで現れていた文様は、セレネが光学魔法で再現した、形だけの術式だった。


だが先ほどまで怯えていた兵士たちの反応は違った。

「えらいぞヘンリエッタ!」「最高に可愛かった!」「本物の魔族みたいだったぞ!」

周囲で見守っていた兵士たちも同調し、広場は熱気に包まれた。

ヘンリエッタは笑顔で周りに手を振り、その様子を見たセレネはため息を吐いた。


城兵たちは、いつの間にか「ヘンリエッタを見守る会」と呼ばれる集まりを結成していた。

一見ファンクラブのようだが、実態は保護者会のようなものだった。

兵士たちはヘンリエッタを「我らの妹、我らの娘」とし、人間の生活様式に馴染みがない彼女を、陰に日向に支え、見守っていた。

グラウスは、いくら好意的な相手とは言え、魔族に熱狂する部下たちを快く思ってはいなかった。

だが、過度な緊張の連続は兵士を摩耗させる。

適度な弛緩が士気の維持に必要であることを理解している彼は、渋々ではあるが黙認することにした。


軽微な失敗はあったが、何とか間に合いそうだ、と悠斗は思った。

数日の間に、ヘンリエッタは“愚直”としての振る舞いを身に着けていた。

彼女の言う「地獄のような特訓」とやらで、いったいどのような目にあったのか想像もしたくないが、セレネの貢献は大きいと言えるだろう。

明日の出発まで、残された時間はあまりなかった。


悠斗は一人昼下がりの城内を歩く。

瓦礫の類が幾らか残置されているものの、復旧作業は工程よりも早く進んでいる。

兵たちの高い士気によるものだが、ヘンリエッタの貢献もあるのだろうか。

そのようなことを考えながら、訓練場の脇を通る。


カン カン ガッ ガン カッ

木剣が標的を叩く音が聞こえる。

音の主はミラだった。


「……あの子に強く当たりすぎた」

彼女は誰にともなく呟き、剣を振る音でその言葉をかき消す。


悠斗は敢えて声をかけなかった。

ヘンリエッタと素直に接することができないその不器用さが、ミラらしかった。


次に悠斗は城の一角にある小さな小屋に向かう。

かつて納屋として用いられていたものだろうか、今はだれも利用していないその小屋を、エリスは自身の調合室としていた。

戸を開けると、薬草の香りが鼻腔をくすぐる。

新しい家主は、僅か数日で空っぽだった棚を薬草で埋め尽くしていた。


「あ、ゆうとくん。」

棚の奥からエリスの声がする。

悠斗は少し驚きながら返事をする。

「見えないのによく気付いたな。」


「えへへ、ゆうとくんの香りがしたから。」

エリスは照れたように笑った。


机の上には種々の薬草と、調合に用いる器具が所狭しと並んでいる。

「相変わらずすごい量だな。」

悠斗が感想を漏らすと、エリスはつぶやいた。

「魔族領の植生が分からないからね。今のうちに用意できるだけ用意しておこうと思って。」

「そうか。頼りにしてる。」

悠斗がそう言うと、エリスは満足そうに微笑んだ。


西日が差し込む食堂で、リィアは保存食の用意をしていた。

乾燥肉、干し野菜、香辛料……食材を選び、布袋に詰めていく。

「あ、悠斗だ。つまみ食いに来たの?」

リィアは鍋の縁を撫でながら、いたずらっぽく笑う。

「そんなとこかな」と悠斗も冗談を返す。


「それにしても、随分とりんごが多いな」

机の上には他の食材に比べて明らかにりんごが多かった。

「ヘンリエッタが好きだからね。できるだけ食べさせてあげたくて」

リィアは優しく微笑みながらりんごを一つ取り、撫でながら言った。

「すっかりお母さんが板についてきたな」

悠斗がそう言うと、リィアは頬をりんごのように赤く染めた。

「もう!悠斗ったら!」

小さい身体を精一杯伸ばし、誇張された怒りを表現しようと手を振り上げる姿を見ると、思わず笑みがこぼれる。

リィアと話していると心が落ち着く。

そんな彼女だからこそ、ヘンリエッタもあれだけ懐いているのだろう。

準備の邪魔にならないよう、悠斗は食堂を後にした。


書庫の一角に置かれたテーブルには、堆く積み上げられた書物の山が形成されていた。

その山の麓で、書物と格闘するヘンリエッタと、それを見据えるセレネの姿があった。

出発前にできるだけ知識を詰め込もうとしているのだろうか。


「あ、お兄ちゃんだ!」

悠斗を見つけて駆け寄ろうとするヘンリエッタを、セレネが片手で制圧する。

「まだ講義の途中よ。座りなさい。」

ヘンリエッタは不承不承といった様子で席に着く。


「最後の仕上げって感じか?」と悠斗は問う。

「そうね。」

セレネは古い書物を悠斗に手渡しながら応える。


「魔族にとっての常識を教え込んでいたところよ。割と最近の情報が記載してある本があってよかったわ。」

悠斗は「異聞探訪記」と書かれた表紙をめくり、中を確認する。

「……これって、50年以上前の本じゃないか?」

「ええ、たかが50年ではそれほど大きな変化もないもの。すべて口で説明するのは面倒だから、手間が省けたわ。」

事も無げに言うセレネを見ながら、悠斗は人間と魔族の時間に対する感覚の差異を思い知る。


「さて、そろそろお暇して頂戴。この子が集中できないもの」

セレネは手を小さく払う。出ていけという合図だ。

「えー、もう行っちゃうの?せっかく来たのに?もっとお話ししたい。セレネのケチ!」

ヘンリエッタが可愛らしくダダを捏ねる。

「ヘンリエッタ?」

ヘンリエッタを見つめるセレネの笑顔。

それを見た瞬間、なぜか悠斗は背筋が凍り付いたような感覚を覚えた。

ヘンリエッタも何かを察したように押し黙る。

「さて、悠斗。あなたは自分で扉の外に出られるわよね?」


セレネに促され、俺は書庫を出た。

「あっ、たすけっ……お兄ちゃっ……」

扉が音を立てて閉まる。

中の音はもう聞こえない。

「すまない、ヘンリエッタ…」

悠斗は呟き、その場を後にした。


夕刻、一同の姿は城の食堂にあった。

城兵が主催する、悠斗たちの壮行会が行われることになっていた。


食堂の長机には城兵の手による料理が並び、蝋燭の灯りに照らされて湯気が立ち上っていた。

「ささ、こちらへどうぞ!」

案内役の城兵が声をかける。

この催しが自分たちのために開かれたものであることを知り、ヘンリエッタは少し照れながら席に着いた。


「わぁ……すごいご馳走!」

彼女の目は輝き、城兵は満足げな笑みを浮かべた。

「これも食べてみてくれ」「おかわりもあるぞ」

城兵たちは我先にと、次々と皿を差し出す。

ヘンリエッタは差し出された料理を嬉しそうに頬張り、口の周りをソースで汚す。

「おいしい! みんなお料理上手なんだね!」

その無邪気な声に、宴は温かな空気に包まれた。


ヘンリエッタに群がる城兵達を見て、セレネが呆れたように呟く。

「まるで、というより、まさにあの子がお目当てだったようね。」

悪意のない皮肉であったが、それは紛れもない真実でもあった。

実際にグラウスのもとに提出された申請書は、“ヘンリエッタを見守る会”からのものであり、食堂の使用用途は“ヘンリエッタの送別会”となっていた。

グラウスは嘆息し、申請者を“城兵有志”、使用用途を“壮行会”と変更することを条件に食堂の利用を承認した。

また、申請者を口頭で注意をしたのち、壮行会の支援として、グラウスが私費で酒保を開放する旨を伝えていた。


城兵達が「次はだれの料理をヘンリエッタに食べてもらうか」で小競り合いをしている間に、悠斗の席にヘンリエッタがやってくる。

「お兄ちゃん、これなに?」

好奇心に駆られた彼女は、問いかけるより早くグラスを手に取り、口をつけてしまった。

「……ん? ちょっと苦い……でも、あったかい」

芳醇な香りが立ち上るそれは、グラウスが差し入れた希少な酒だった。


頬がほんのり赤く染まり、彼女はふらりと身を揺らす。

「おい、ヘンリエッタ!」

悠斗が慌ててグラスを取り返す。


リィアが駆け寄り、水を差し出した。

「大丈夫?! ほら、これ飲んで!」

ヘンリエッタが水を飲み干すのを見届けると、悠斗を睨みつけ叱責する。

「子どもの手の届く所にお酒を置いておくなんて、信じられない!」

ヘンリエッタはリィアの腕の中で「えへへ……ちょっと大人になった気がする」と笑っていた。


悠斗は視線を感じ、顔を上げる。

城兵が、いや、“見守る会”が、保護者のような厳しい眼差しをこちらに向けていた。

「リィア嬢の言うとおりだ。悪いが今日はこれ以上酒を飲ませられない」

そう言うと、悠斗の眼前からグラスは撤去され、会場内から全ての酒類が撤去された。


――あの子は見た目こそ幼いが、実際には誰よりも年上だ。

抗議しようとした悠斗は、リィアと”見守る会”の鋭い視線に射抜かれ、黙って下を向くしかなかった。

結局、この場では誰よりも年下扱いなのだ、と苦笑するしかなかった。


宴がひと段落すると、女性陣は「次いつ入れるかわからないから」と浴場へ向かう。

「悠斗、ヘンリエッタを頼んだわよ」

セレネは言外に悠斗の責任を問うているようだった。

ヘンリエッタは結局あのまま眠ってしまっていた。

不可抗力とはいえ、ヘンリエッタが酔いつぶれてしまった責任の一端は悠斗にあった。

「任せてくれ」

悠斗は短く答え、酔いの影響で頬を赤くしているヘンリエッタを担ぎ上げた。

腕の中の少女は、拍子抜けするほどに軽かった。


客間のベッドにヘンリエッタを下ろし、毛布を掛けてやる。

少女は安心できる位置を探すかのように数度寝がえりを打ち、やがて満足したのか、静かな寝息を立て始める。


ヘンリエッタの寝顔を眺めながら、今後のことを考える。

敵地である魔族領深くに浸透し、情報を探る。

うまく浸透できるのか。

仮に浸透できたとして、有益な情報は得られるのか。

打開策が見つからなかったら、既に何もかも手遅れだとしたら。

……不安は形を成し、胸の奥を冷たい手で締め付けるように迫ってくる。


「……お兄ちゃん、あったかいね」

夢を見ているのだろうか。

小さな声が漏れ、悠斗は苦笑した。

銀灰色の髪と、透けるように白い横顔を眺めながら思う。

事情はどうあれ、この子は庇護すべき存在だ。


少女の寝息が客間を満たしていく。

二人だけの静かな時間が流れていた。

せめて女たちが戻るまでは、この静けさを胸に刻んでおこうと思った。


東の空が白み始め、城内に冷たい朝の空気が流れ込んでいた。

蝋燭の灯は消え、代わりに窓から差し込む淡い光が床を照らす。

客間で眠っていたヘンリエッタは、悠斗に肩を揺すられて目を覚ました。


「……もう朝?」

まだ酒の余韻が残る頬を赤らめながら、彼女は小さく呟いた。

リィアが微笑み、頭を撫でてやる。

「そうだよ。いよいよ出発だね」


城門ではグラウスが待っていた。

「ここから先は正真正銘、敵地となる。我らとて容易には助力できない。無事の再会を祈っている。」

言葉は簡潔だが、思いがこもっていた。

悠斗は頷き、グラウスと握手を交わす。


城兵達も見送りに来ていた。

主にヘンリエッタに向けてではあったが、グラウス同様に各々が気持ちを込めて言葉を叫んでいた。


ヘンリエッタは照れ笑いを浮かべ、リィアの袖を掴んで小さく囁いた。

「……なんだか、みんなが私を応援してくれてるみたい」

リィアは頷き、彼女の肩を抱いた。

「そうだよ。だから頑張れるんだ」


城門が軋む音を立てて開かれる。

夜明けの光が差し込み、冷たい風が一行を包む。

悠斗は剣の柄を握りしめ、心の奥で呟いた。

――この一歩が、すべてを変える。


セレネが外套を翻し、短く告げる。

「行くわよ。夜明けはすぐそこ」

兵士たちの視線と声援を背に、一行は朝の光へと歩みを進めた



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