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追放者、温泉でスローライフしてたら王都が大変でした  作者: キンキンタロー


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秩序の裂け目

防衛線は、もはや崩壊寸前だった。

熱が空間を歪め、兵士たちの呼吸を奪う。

戦列は軋み、足は地面に縫い止められたように動かない。

誰もが「次の瞬間に焼かれる」と悟っていた。


リィアは鍋を次々と地面に並べ、術式を重ねる。

「一つじゃ足りない……二つでも……!」

彼女の声は震え、鍋の縁を叩く手が汗で滑る。

結界の膜は赤く波打ち、今にも破れそうだった。

鍋を増やすことで必死に熱を分散させようとしていたが、追いつかない。


エリスは矢を捨て、負傷兵のもとへ駆け寄っていた。

「動かないで!これを噛んで……血を止めなきゃ!」

彼女は薬包を押し込み、裂けた傷口を布で縛る。

次の兵へ走り、倒れかけた者の肩を支える。

思考する余裕はなく、ただ命を繋ぐことに全力を注いでいた。


ヴェルデは前線を見渡し、静かに言葉を落とした。

「崩壊、そうだ。……君たちの戦列は、もう形を保てない」

その声は淡々としていたが、兵士たちの心臓を冷たく締め付けた。


グラウスは剣を構え直し、前へ踏み出す。

「まだだ。まだこの城は落ちておらんよ」

その声に応じるように、ミラが駆け寄った。

「一人じゃ無理だ。私も前に出る!」


彼女はグラウスの隣に並び、刃を低く構える。

二人の影が重なり、眼前の脅威と対峙した。


ヴェルデが指を鳴らす。

熱が爆ぜ、衝撃が二人を襲う。

グラウスは剣で受け止め、ミラは横から斬り込む。

だが、刃は熱の膜に逸らされる。


「くっ……!」

ミラが歯を食いしばる。

「押し返せ!」

グラウスが声を張る。


二人は息を合わせ、斬撃と防御を繰り返す。

ヴェルデの周囲には見えない壁があり、近づくたびに熱が弾き返す。

それでも二人は退かない。

焦土の縁で、命を削りながら必死に立ち続けていた。

それでも、防衛線は、今まさに崩れ落ちようとしていた。


ヴェルデの掌がゆっくりと持ち上がった。

次の瞬間、空気が悲鳴を上げる。

熱が一点に収束し、刃のような衝撃波となってグラウスとミラを正面から切り裂こうとしていた。

大剣も結界も、それを受け止められるものではないことは、誰の目にも明らかだった。


「――来る!」

グラウスは剣を構え、後方のミラだけでも守ろうとする。

だが、二人の動きは遅すぎ、無意味であった。

兵士たちが息を呑み、次に訪れる崩壊を祈るような気持ちで拒絶していた。


「止まれ――!」

悠斗だった。

彼は崩れかけた城門から駆け出しながら、掌を突き出す。

その瞬間、彼の能力はヴェルデの熱に「適応」した。

空気の震えに同調し、秩序の流れを模倣する。

だが完全な模倣ではなく、ほんの僅かなズレを意図的に生じさせる。

熱の秩序が乱れ、衝撃波は軌道を失った。

刃のような熱は散り散りに砕け、グラウスとミラの前に隙間が生まれる。


「……今だ!」

グラウスとミラが同時に刃を振るう。

交差する斬撃は軌道を逸らされることなく、ヴェルデの膜を裂いた。

火花のような光が散り、兵士たちが歓声を上げる。


リィアの鍋も呼応するように震え、膜が安定を取り戻す。

「持ち直した……!」

彼女の声に、戦列に秩序が戻る。

エリスは血に濡れた手で負傷兵を支えながら、悠斗の背を見つめた。

「……間に合った」

その言葉は誰に向けたものでもなく、ただ安堵の吐息だった。

戦場に、再び呼吸が戻った。

崩れかけていた防衛線は、悠斗の「適応」によって立ち直ろうとしていた。


グラウスとミラの息つかぬ連撃に、ヴェルデは押されているように見えた。

ヴェルデは初めて、観測者ではなく防御者として立たされた。

彼の周囲の「秩序」が揺らぎ、熱の流れが思うように整わない。


「……不可解だ」

ヴェルデの目が細められる。

少なくとも術式は見破られていない。

眼前の二人も、その奥にの有象無象も、原理も作用機序も理解できていなかったではないか。

「だが、あの者は知らずとも乱した……」

彼は悠斗を見据える。


「秩序に適応し、整え直す者……そういう存在か」

ヴェルデの声は低く、しかし確信を帯びていた。


次の瞬間、彼の攻撃は悠斗へと集中する。

熱の奔流が一点に収束し、悠斗の周囲を焼き尽くそうと押し寄せる。

悠斗は即座に適応し、流れをずらす。

衝撃は散り、空間の歪みは解けた。

だが――その刹那、ヴェルデの目が光る。


「……見えた。」

僅かだが、術式への介入に遅れがあることをヴェルデは見逃さなかった。

――致命的な隙間だ。


ヴェルデは悠斗を狙いながら、同時にグラウスとミラへも攻撃を放った。

適応の隙間を縫った、的確な一撃。

熱の衝撃波が二人を襲い、グラウスは剣を弾かれ、ミラは地面に叩きつけられる。


挟撃は崩れ、悠斗は孤立した。

ヴェルデの猛攻が適応の隙を突こうと、次々と襲いかかる。

流れをずらすたびに、わずかな遅れが生じ、その遅れをヴェルデは逃さない。

熱の刃が重ねられ、悠斗の防御は限界に近づいていく。


「整える者よ。人の身で秩序を乱す、その代償を払え」


ヴェルデの猛攻は止まらなかった。

孤立した悠斗に、連撃が容赦なく襲いかかる。

適応で流れをずらし続けていた彼だったが、わずかな遅れを突かれ、ついには熱の奔流をまともに受けてしまう。

「――っ!」

悠斗の身体が衝撃に弾かれ、地面に叩きつけられる。

焼けるような痛みが全身を走り、彼は膝をついたまま立ち上がれなかった。

その姿は、誰の目にも戦闘不能と映った。


ヴェルデは掌を掲げ、さらに力を収束させる。

空気が震え、赤黒い光が一点に集まり、炎はただ燃え盛るのではなく形を持ち始めた。

絡み合う炎の柱が螺旋を描き、やがて一本の巨大な槍へと凝縮されていく。

それは神話に語られる「天を貫く矛」のごとき存在だった。

穂先は灼熱の太陽のように輝き、柄は大地の亀裂から生えたかのように重厚で、握られぬまま空に浮かび、世界そのものを突き破ろうとするかのようだった。

炎の奔流は槍の周囲を渦巻き、竜の咆哮のような音を立てていた。

絶望の象徴が悠斗を串刺しにしようと迫る。


「これで終わりだ」

ヴェルデの声は冷たく、神の宣告のように響いた。


「鍋は火なんかに負けない!」


リィアが叫び、大鍋を抱えて前へ飛び出す。

恐怖に足は震えていたが、悠斗を守るという思いが彼女を突き動かしていた。

鍋は戦場の光を反射し、炎の槍に真正面から向き合う。

轟音が響き、金属が悲鳴を上げる。

鍋の縁は瞬く間に赤く焼け、表面には亀裂が走る。

それでもリィアは歯を食いしばり、両腕に力を込めて押し返した。


「負けない……! 絶対に!」


彼女の叫びは炎に呑まれそうになりながらも、戦場に響いた。

炎の槍は鍋を貫き切れず、勢いを削がれて霧散していく。

悠斗の身体を覆っていた死の影は、リィアの鍋によって押し返されたのだ。


その瞬間、戦場に新たな声が重なる。


「退きなさい、ヴェルデ」

セレネが姿を現した。

その歩みは静かだが、リィアの必死の抵抗を継ぐように、炎の残滓を一瞬で鎮める力を帯びていた。


「あなたでは、私には敵わない。わかっているでしょう?」

彼女の言葉は冷静でありながら、絶対的な確信を含んでいた。


ヴェルデは目を細め、セレネを見据える。

「セレネ=ヴァル=ネブラ……」

静謐のセレネ。

かつては魔族の王女であり、今や魔族の敵となった女。


「……なるほど。ヘンリエッタは破れたか」

セレネがここにいることが何よりの証拠だった。

ヘンリエッタという囮がいない以上、これ以上の作戦続行は無意味か。


「いいだろう。かつての王族に敬意を示し、ここは退くとしよう。」

ヴェルデは掌を下ろし、撤退の合図をした。

威力偵察の予定だったが、リュドミラは既にその防衛機能を喪失している。

ここは退いて、戦果を美酒で流し込むべきだ。


「秩序は既に崩れた。整え直すのは次の機会に」

その言葉を残し、ヴェルデは後退した。

兵士たちは歓声を上げる。

だが、グラウスは静かに告げた。

「勝ったのではない。辛うじて猶予を得ただけだ」


焦土と化した平原を、いつの間にか昇った朝日が照らしていた。



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