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追放者、温泉でスローライフしてたら王都が大変でした  作者: キンキンタロー


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追放された英雄は温泉で目を覚ます

「――ここが終わりか」


衝撃と痛みの代わりに、俺が得たのは白文字で縦に並んだ謎の項目だった。

画面でもない。脳内でもない。世界の隙間から降ってきた“説明文”だ。


スキル名:適応(Adaptive)

ランク:S(ただし説明文は作者補正で曖昧化)

特性:環境と役割に“最適化”する。効果は常識の範囲外に拡張される可能性あり。


「うん、説明が雑だ」

前世の俺はIT屋のデバッグ担当だった。

現世では唐突に剣で殴られて死ぬタイプの展開を望んだ覚えはない。

だがここは異世界。転生は強制イベントだ。

抵抗しても作者の手がページをめくる音がするだけだ。


「転生者が出たぞ!」

叫び声とともに俺は森の中に立っていた。手には重い革の剣。

胸にはなぜか『冒険者ランク:C』という見出し。

周囲を見ると、近くに一人の男性が血相を変えてこちらを見ている。


「よう、新人! 実戦経験あるか?」

その男は、いかにも作者の手で作られたようなステレオタイプの先輩冒険者だった。

名前はルド。台詞回しもテンプレで、守護者ポジション兼解説要員に最適化されている。

だが妙に動きがぎこちない。会話の合間に意味のないバグが出る。


「いや、さっきまで会社の椅子に座ってたんで……」

俺が言うと、ルドは困った顔を作り、作者の都合で生まれた存在特有の「無能さ」を露呈する。

戦闘対処も説明もどこか噛み合わない。

斬新だ。違和感が逆に安心を与える。


「今はそんなことより訓練だ! お前は冒険者として立つのだ!」

ルドの叫びで、まずは小手調べのモンスター討伐が始まる。

俺はスキル「適応」を試すつもりで軽く一振り。

力は出ないが、目の前の草むらが「討伐に適した地形」へと静かに変わっていく感覚があった。

足場が整い、風向きが変わり、モンスターの注意が逸れる。


「それってチートじゃね?」

隣でルドが驚愕する。俺も驚愕する。

だがそれ以上に驚いたのは、空の端がパリンと割れ、白い文字で別の声が割り込んできたことだ。


「設定調整。少しだけ主人公補正を強めますね。読者受けが良いので」

声は軽やかで、どこか楽しんでいる。

作者っぽい“何か”だ。

俺は無言で首をかしげる。

チート=悪趣味なご褒美、そう決めつける前に、これが今後どう響くかを確かめたかった。


討伐後、評判は思ったより早く広まった。

田舎町の酒場で、幼馴染の薬師見習いエリスが目を丸くして抱きついてきた。


「悠斗! 無事でよかった!」

エリスは現地名で呼ぶときの距離感がまだ残っている。

だが彼女の目には、どこか物語的な“ヒロイン光”が差していた。

俺は咄嗟に距離を取る。


「俺、悠斗って名乗ってたっけ?」

この問いはギリギリで面白く返せた。

エリスは慌てて顔を赤らめる。

幼馴染のツンデレは定番だが、俺はその定番にあえて乗るつもりはない。

ただ温泉で昼寝がしたいだけだ。


「おい、何だこの男は。王国の女剣士ミラ様が来てるぞ」

そこへ現れたのはミラ。

王国でも名の知れた女冒険者で、黒い鎧と冷たい視線がトレードマークだ。

彼女が一瞥すると、酒場の空気が勝手に緊張する。

だがミラもまた、作者の都合で「強くて冷たいが味方には優しい」フォルダに入っている。ギャップ萌え製造機である。


「あなたが街で騒動を起こした人間か」

ミラの言葉は冷たかった。俺は肩をすくめるだけで、ありふれた会話でやり過ごすつもりだった。

しかし、その夜、王国の使節が城からやってきた。


「結城悠斗、国家秩序を乱したため、領地より追放する」

理由は曖昧だ。派閥の思惑だ。ルドが誰かの機嫌を損ねたらしい。

ここで作者が咳払いをして、やや誇張した音で「政治は詳しく書かない」と一行を滑らせる。

追放の宣告は、ドラマ性を生むためだけに用意された。俺は荷車に放り込まれる。


見知らぬ辺境の村。小屋は古臭く、風呂も小さい。

追放という烙印は痛いが、俺の心は妙に軽かった。

会社のデスマーチを思えば、追放はむしろ休職だ。


「ここで温泉でも掘るか」


最初にすることは単純だ。飯を炊き、風呂を沸かす。

スローライフの初日は暖かい湯と米の匂いで始まる。

だが、スキル「適応」は手を抜かない。

井戸の水が効率良く湧き、薪が乾きやすくなる。村人たちは不思議そうに俺を見つめる。


「ねえ、あなた……何者なの?」

村長の娘リィアは真っ直ぐな目で俺を見つめ、手に鍋を抱えて近づく。

台詞に嘘がない。

彼女は素朴で、見ているだけで心が緩むタイプだ。

俺はただ微笑んで鍋を預ける。


そんな穏やかな夜。ふと、空気が凍りつくような気配がした。

遠くの森が黒くざわめき、月が歪む。

誰かが唇を噛む音が酒場に響いた。

「魔族の使者だ」

その一言で場が一変する。

村人の息が止まり、俺の脳裏に別の表示が浮かんだ。


クエスト:魔族の調査

報酬:不明(作者調整の可能性大)


「俺は戦うつもりはない」

本心だ。

だが「適応」はまたしても反応する。

布の裂ける音、土の匂い、星の瞬きまでが微妙にずれる。

気づくと、ミラが俺の隣に立ち、剣を構えていた。エリスは薬箱を抱え、リィアは村の子供をかばった。

そして、空の裂け目から現れたのは、意外な顔ぶれだった。

黒い羽をまとい、眉目秀麗でありながら不敵に笑う一人の女性。

セレネ、魔族の王女。

彼女の瞳は、どこか物語の中心を嗅ぎ分ける犬のようだった。


「追放者、面白い。あなたの匂いは特別ね」

セレネは俺の名前すら知らないのに、なぜか興味を示す。

作者の余興か、世界の必然か。どちらにしろ、これで話が動き出すのは明らかだった。

背後から、ふいに低く囁く声がする。あの“作者”だ。


「ちなみにここで一度、主人公を危機に晒します。読者が盛り上がるので」

声は冷たくも楽しげだ。

俺は湯気の立つ鍋を見つめながら、無表情で肩をすくめる。

「いいよ。温泉の予定は崩したくないけど、風呂場で説明会をやる時間くらいは作れる」


その瞬間、世界が静止する感覚があり、ページの端が震えた。

魔族の王女は笑い、ミラは剣先を固め、エリスは薬を握りしめる。

ルドはどこかで無能さを炸裂させつつ、俺の名前を叫んだ。


「結城悠斗――ここで何を選ぶ?」


選択肢は二つ。世界に介入して英雄になるか、辺境で温泉と飯を守るか。

だが選択肢の外から、もう一つの声が届く。


「読者はハーレムを好む。ゆっくり育ててくださいね」


ページをめくる指が笑う。

俺は軽く息を吐き、温泉の湯気に顔をうずめた。

スローライフは、こうして最大の混乱に巻き込まれながら始まるらしい。


次回予告は誰も出さない。

作者が勝手に告げるだけだ。

だがここまで来れば、もう一つだけ確かなことがある。

俺の隣に、すでに三人の女の影が密やかに寄り添っている。


終幕の直前、ページの端で小さく光った文字が一つ。

「人気タグ:追放、チート、ハーレム、スローライフ、作者メタ」

白い声が囁く。

次の行で、物語はもっと厄介で、もっと甘く、もっと面倒になるだろう。


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