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#5 変身



 伊月パン休日の午後、真夏は自室で浅見晶あさみしょうを待っていた。

 女将が店の配達車を引き取りに出かける時に連絡が入り、真夏にお願いがあるということで出かけることなく自室でスカーレットの魔法講座を受けることにした。

《つまりにゃ、魔法においての属性、地水火風とは相性を表すものじゃなくてマナをどう変化させるか、どう扱うのか、ってことなのにゃ》

「ふむふむ…」

 先日の怪人騒動以来、真夏に対する態度を柔らかくしたスカーレットは優しく丁寧に講義を行っている。

《地属性は魔力をマナに流し込み、マナを固体物質化させる属性だにゃ。固体を維持するには魔力を流し続ける必要がある、技術的、魔力量的にも上位の属性にゃ。さらに特殊な術式を組んで永続的に固体として安定させる術を錬金術というにゃ》

「錬金術、聞いたことあります。魔法よりも上位のモノだったんですね」

《錬金術が上位という訳じゃにゃいにゃ、派生、親戚みたいなものにゃ》

「ふむふむ…」

《次いでややこしくなるのが水属性、マナを流体に変化させる属性だにゃ。流体、つまり液体と気体のことで、空気をつくることもこの属性なんだにゃ。地属性と共に上位の属性だにゃ》

「うん?風属性じゃなくて、空気をつくるのが水属性、ですか?」

《そうなるにゃ。火属性を飛ばして風属性を説明するとにゃ、流体を操作する能力。マナを使ってその場にある水や空気を自在に操る能力が風属性に分類されるんだにゃ》

「魔力でマナを操作して流体を操る…?作るのではなく操作するのが風属性?なるほど…?地と水とはなんだか系統が違いますね」

《火と風の属性は下位の属性に分類されて、比較的簡単に扱える属性だにゃ。習得難易度も地水火風の順番で上位二つとは違う傾向にあるにゃ。枝を揺らす練習も風属性で十分な魔法なんだにゃ》

「空を飛ぶ魔法も風属性、ですか?」

 真夏は昨日の出来事を思い出す。自由、とは言い難いが空を飛ぶことには成功している。

《前にも言った通り魔法と科学は遠い親戚、ご主人が空を飛んだのは火属性の魔法だにゃ》

「火属性?火なんて使ってないですよ?」

《火属性とはマナをエネルギーに変換する属性。熱、光、電気、磁力などのエネルギーだにゃ。ご主人はこの内から磁力を作りだすことで空を飛んだにゃ》

「…確かに、磁石で掃除機を引っ張ることをイメージしてました」

《そう、結局のところ魔法の属性なんて気にすることないのにゃ。魔法という結果までの過程を大雑把に仕分けしただけなんだにゃ》

「ほへ~…。行使した魔法そのものに属性をつけた方が分かりやすいですよね」

《確かにそうだけどにゃ、魔法の種類なんて数え切れないほどあるのにゃ。一説にはイメージ出来ることは魔法で実現できると言われていて、それを四つや五つに分類するにゃんてとても無理だにゃ~。魔法で大事なのは結果までの工程、ゴールだけ見えててもそこに辿り着けなきゃ意味ないみゃ。ゴールまでのルートをイメージしやすくするもの、それが魔法属性分類なのにゃ~》

 話し疲れたのか猫のさがか、スカーレットは大きなあくびをする。

「イメージ出来ることは実現できる…?」

 首をひねり考え込む真夏。

「そもそも私は魔法で何をすればいいんでしょうか…?」

(リェン様にもらった転生特典、この世界を救うために役に立つモノのはずですが…。この世界の問題は科学で解決できています…。私は何をすれば…。これからどうやって生きていけばいいのでしょう…)

 この世界に来て何度も思う疑問。深く考えてため息をつく真夏をよそにどこかのコンビニの入店音のようなチャイムが鳴る。

《うにゃ?地味メガネが来たにゃ?》

「んもう、そんな言い方しないでください。それに晶さんは皛さんの妹で別の方です。メガネはかけてなかったはずですよ」

 先日パン屋で会った晶を思い出しながら玄関へ向かう。

《ギャルかにゃ?》

 興味を持ったスカーレットも真夏の後を追う。

「こんにちは~」

「こんにちは、ごめんね急に」

 ドアを開けて晶を招き入れる真夏。

《地味子だにゃ》

 興味を失ったスカーレットは踵を返して自身の定位置へと戻って行った。その後ろ姿を真夏はムッとして睨むがすぐに笑顔をつくる。

「いえ、何か私がお手伝いできると聞いて、少し楽しみにしてました」

 大きなバッグと紙袋を両手に持った晶。

「ホントに?そう言ってくれると助かるんだけど…。実はちょっと困ったことになってね」

「困った、ですか?」

「そう、銀婚式のサプライズのことでね、ウエディングドレスは曽祖母から代々受け継がれてきたものを着る予定で、昨日おばあちゃんちに貰いに行って確認したんだけどさ…」

 晶は持っていたバッグを広げて中のウエディングドレスを見せる。

「これ、ちょっとちっちゃいんだよ~」

「わっ!?ウエディングドレス、素敵ですね」

「でょ!?全然古臭くないし、バリバリ現役なドレスなんだけどね、サイズがねぇ…。ウチの女たちは代々一回りずつ大きくなってってるからサイズ直しが必要になっちゃってさ」

「サイズ直し…。そんなことができるんですね」

 真夏をジッと見つめる晶。

「やっぱり、幸谷さんはウチの母と同じサイズ感だね」

 ニヤッと笑う晶。自分の役割を察する真夏。

「つまり、モデルをしろということですね?」

「やってくれる?」

「もちろん!袖を通すことが失礼でなければ是非やらせてください!」

「失礼だなんてとんでもないよ!すっごく助かるよ~」

 嬉しそうな晶。

《結婚前にウエディングドレスを着ると婚期が遅れるにゃ》

《そんな迷信まで知ってるんですか?》

《迷信、俗信とは単に非合理的なものではなく文化人類学的な観点からは必ずしも誤っているとは言えないものにゃ。火のない所に煙は立たぬっていうにゃ》

《う……。でも何でしょう…。ウエディングドレス、着てみたいという誘惑が…》

 真夏には目の前のドレスが輝いて見える。

《でも大丈夫だにゃ。ご主人がいつまでも寂しい独り身でもボクがずっと一緒だにゃ》

《それって、プロポーズですかぁ?》

《契約だにゃ~》

(契約…。私が魔法を使えたから、使い魔としての契約…?)

「それじゃあ早速よろしくね~」

 晶はスカーレットに微笑みの挨拶を済ませて真夏にウエディングドレスを着せていく。

「調整するから、きついとこがあったら言ってね」

「はい」

 少し小さいドレス。晶は慣れた手つきでドレスに薄くマーキングしている。

「晶さん、こういうの得意なんですか?」

「うん?得意というほどじゃないけど、それなりにね。まぁ、ウエディングドレスのサイズ直しは初めてだけど、何とかなるっしょ」

「ふふっ、思い切りがいいんですね」

「まあね。何事も挑戦よ」

 作業を続ける晶。真夏は姿見で自分のドレス姿を見る。

「…?」

 スカートの裾、白地に白で目立たないが何かが描かれているのを見つけた。

「なにか、裾の方、模様ですか…?」

「ああ、これ?」

 真夏に見えやすいように裾を広げる晶。

「これは曽祖母の実家の家紋だね。七宝に花菱紋。曽祖母の父が嫁に出る娘に送ったものらしいよ」

「ドレスに家紋って、珍しいですよね」

「そだね。嫁に行ってもウチの子だよ、みたいな感じでつけたんだろうけど、なかなか見ないかもね」

「なるほど、そんな意味合いがあるんですね…」

「いや、知らんけど、たぶんそんな感じじゃない?」

 晶は器用に口も手も動かして迅速に作業を終わらせる。

「おっけ、ありがとう。これで一度仕上げてみるから、二三日後にまた着てもらえる?」

「はい、いつでも連絡ください…。女将さんに」

「あははっ、幸谷さんって、異世界人なんだってね。お姉ちゃんが楽しそうに話してたよ」

「あ、はい。そのようで、デバイスはお古を頂いたのですが、通信はできないみたいで…」

 晶は片づけを始める。

「そっかぁ、それじゃあ選挙権もないのかな?」

「選挙権?選挙って、大人の人達が行くアレですよね…?」

「エルドランドでは満15才からだよ。ホルスちゃんも夏の選挙からは選挙権があったはず。幸谷さんはホルスちゃんよりは上だよね?」

(そういえば晶さんと皛さんのお母さんは政治家さんでしたね)

「17です。夏には18になります…」

(あれ?でも私の年齢って前世の引継ぎでいいのかな?私が死んだのは冬?だったはずだけど、今はもう春、ですよね…。…少し時間がズレてる感じがしますけど…。場所が変われば気候も変わるし、年齢は引継ぎでいいですよね?)

「17かぁ~、若いねぇ。もし幸谷さんが帰化してエルドランド国籍を取得した時は国政党の浅見三子をよろしくね」

「国政党ですか?」

「そ、少数野党だけどさ、大企業や外国、宗教団体なんかの支援を受けない、国民が政治に参加できるチームを作ろうって、民主主義の原点に返ることを目的とした党でね。国を良くすることを第一に考えてるから、機会があればよろしく」

「民主主義の原点…?」

 真夏は顎に手を当てて考える。

「民主主義って、要するに多数決ですよね?」

「厳密に言うと多数決だけで成り立っている訳じゃないけど、多数決こそ原点にして頂点。その考えが揺らぐことなんて無い。はずなんだけど…。残念ながら今の政治は民主主義とは言えない。民主主義の皮を被った独裁主義になりつつあるんだ」

「それ、正反対じゃないですか」

「うん。三権分立を飛び越えて一省庁が立法、司法にしゃしゃり出る。国会議員のほとんどは企業や団体からの支援を受けてキックバックしてる。外国と仲良くしてる議員なんてこの国を売り飛ばすつもりなんじゃないかってくらい外国贔屓。おかげで今では国会議員にも名前を隠した元外国人が交ざってる。この国はもう少数の権力者たちに支配されてるんだよ」

「そ、そうなんですか…?」

(それは流石に、思想が強いのでは…?)

「そうだよ!自分達の都合のいいように政治をして、自分達が政治家でいられるように仕組みを作ってる。選挙で国民の支持を得られなかった、国民がNOと突き付けた人間が比例復活で議員をやるなんて民意に反してるでしょ?」

「え…?比例?選挙に落ちたら議員にはなれないんじゃ…」

「残念だけど、ゾンビ議員として復活できる制度があるんだ。本当の意味で国民が選ぶ選挙とは言えないね。それどころかこの国では国の代表を決めることさえも国民の意志を無視してる」

 晶の感情が高まって熱く語りだすのを遮るようにのほほんとした部屋のチャイムが鳴る。

「あ、ごめん。お客さんみたいだね」

「は、はい。誰でしょう?」

 玄関に向かう真夏。扉の向こうから女将の声が聞こえてくる。

「真夏ちゃん?ちょっと手がふさがっててね、開けてくれるかい?」

「あ、女将さん。おかえりなさい」

 紙袋と真夏の背丈ほどの細長い杖を持っている女将。

「皐月さん、ケーキ美味しかったです、ごちそうさまでした」

 狭い部屋の奥に居ても玄関の来訪者は誰だか分り、晶が女将に声を掛けた。

「晶ちゃん、サイズ直しは終わったのかい?」

(女将さんウエディングドレスのこと知ってたんですね…)

「とりあえずマーキングだけです。帰ってから本格的に直し作業ですね」

 荷物をまとめた晶が玄関まで出てくる。

「帰るのかい?」

「はい。ここからが大変なので、頑張ります!」

 女将と入替り外へ出る晶。

「幸谷さん、今日はありがとう。またよろしくね」

「はい、お待ちしてます」

 一礼して伊月家を後にした晶。真夏は小さく手を振って見送った。

「それで、真夏ちゃん」

 女将は持っていた杖を真夏に持たせる。

「え?これは…?」

「真夏ちゃん、言っていただろう?魔法を使うにはイメージが大事だって。形から入ることでイメージしやすくできるんじゃないかと思ってね」

 背丈ほどある木製の杖。先の方がギザギザになっている。

「お、大きいタイプの、魔法使いの杖ですね…」

「そうさね。箒の役割も兼ねてと思ってね。掃除機で飛べるんだからそのくらいの杖でも飛べるんじゃないかい?」

「なるほど、確かに箒の替わりに使えそうです」

「だろう?それに箒や掃除機よりも持ち歩きしやすいさね」

 続いて女将は紙袋から濃紺色のローブと黒く鍔の広い三角帽子を真夏にかぶせる。

「これはローブと帽子だね。それからこっちは昔バイトさんが着ていた店の制服だけど、似合うと思うから着替えてみなよ」

「へ?は、はい、ありがとうございます」

 真夏は受け取った衣装に着替える為に部屋の奥へ戻る。

《女将かにゃ?》

「はい、女将さんが衣装を用意してくれたみたいで」

 定位置で丸くなるスカーレットの前で着替えを済ませる。

《はにゃっ!?魔女様だにゃー!》

「えへへ…なんだかコスプレしてるみたいですね」

 スカーレットは真夏の周りをぐるぐる回っていろんな角度から真夏を見る。

《やっぱりご主人がボクのご主人様なんだにゃ~!》

 興奮して足にすり寄るスカーレット。

「スーちゃん?待ってくださいね。女将さんにも見てもらいます」

 仕上げに杖を持って玄関へ。

「お、お待たせしました」

 真夏の肩にスカーレットがよじ登る。

 白のシャツに黒いハイウエストのジャンパースカート。白黒で落ち着いた雰囲気のパン屋の制服に首元の赤い紐リボンがワンポイントになっている。濃紺色のローブ、杖と三角帽子を装着した真夏はいかにもな魔女姿となっていた。

「うん、いいじゃないか。スカーもセットで、立派な魔女さね」

 肩の上でふふんと胸を張るスカーレット。

「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?こんなに貰っちゃって…?」

「ああ、もちろんさ。真夏ちゃんはホルスの命の恩人だからね。恩人が魔法使いとして何かを成そうとするなら、それを応援するのは当然のことさね」

「えへへ…。私もホルスちゃんに命を救われてますけど…」

「あの子が助けたからあの子も救われたんだ。見返りを求めることなく助け合えるならそれはもう家族さね。真夏ちゃんはもうウチの子だからね。変な遠慮なんてするんじゃないよ」

「へ?は、はひ!ありがとうございます!遠慮なく頂きます!」

 真夏が勢いよく頭を下げるとスカーレットが落っこちそうになって襟元にしがみつく。

《ボクだってご主人の家族だにゃー!あ!女将!ボクもご主人とおそろのリボンが欲しいにゃ~!》

「え?リボンですか?」

「うん?スカーが何か言ってるのかい?」

 スカーレットの言葉は女将には届かない。

「あ、はい。お揃いのリボンが欲しいとおっしゃっていまして…」

「ああ、余ってるから持ってくるよ。真夏ちゃんの予備も、また持ってくるさね」

 スカーレットのおねだりを女将は笑顔で快諾した。



 エルドランド、国家の中枢エールヘイスポイント。

 国会議事堂まで徒歩五分の所にエルドランドの国会与党、自由人民党は本部を構えている。10階建ての質素な外観。その最上階、関係者以外立ち入ることを許されないエリアの一室。贅の限りを尽くした煌びやかな会議室に十数名の党員と数名の官僚や秘書が集まっている。

 総裁を除く副総裁や幹事長など党トップクラスの議員の他、前回の選挙で初当選したばかりの新人まで居るが、皆一様にソファに座りふんぞり返っている。

「それで?結局あの空飛ぶ少女は何者だったんだ?防衛省は接近したんだろ?」

 低い円卓を囲む者達の中でも特に高齢の男が問う。

「防衛省単体での調査は難しいとのことで、現在公安に捜索させているようです」

 起立したままの官僚が答える。

「どこのメーカーの新型でしょうねぇ、あのような高性能の機体。従来のエアドライブとは根本的に異なる機構をしてるかもしれないわ。世に出回る前に利権を押さえる必要があるわね、イヒャヒャヒャヒャッ」

 短髪の女性議員が目をギラつかせながら卑しく笑う。

展鵬てんほうさん、今更新型のエアドライブが出たところで大した金にはならんだろう。それよりも国政党だ。夏の選挙が近づいてるのにあいつ等勢いづいてるだろ。弱小と放置してればこれだよ、どうしてくれるんだよ!」

 がっちりとした体格の初老の男が情けない顔を晒して嘆く。

「まあまあよねちゃん落ち着きなよ。確かにすべての選挙区で候補者を擁立するなんて厄介なことまでしだしたけどさぁ、結局は中身のない連中よ。我々の積み上げてきた政治、利権の創出と分配。これに群がる者共の組織票で成り立つ我等の支配構造は揺るがんよ」

 中肉中背、黒縁メガネが特徴的な男がニタニタと気味悪く笑っている。

「それで言うと建設業界からのキックバックが年々減ってきてるわね。キックバックの金額は求心力をそのまま表すものよ。また何かの餌をばら撒く必要がありそうね、イヒャヒャッ」

「怪人を理由に建築基準の改定をして補助金をばら撒いて、商業施設へも避難者の保護義務を理由に設備を拡充させた。建設業界に対して段階的に行ってきた優遇策もネタ切れじゃないか?」

「選挙に勝つために必要なのは組織票だけじゃないだろう。今回は他の候補者を削ることも必要かもしれんな」

 高齢の男はデバイスで他党の候補者リストを円卓の上に表示させる。

「異議なし。僕の選挙区のクソ婆、こいつを消せば国政党も少しは大人しくなるだろう」

 初老の男は憎しみを込めた表情で流れていくリストを止めた。

「そうだね、異議はないよ。米ちゃんトコの選挙区の、浅見だっけ?私はアイツが初めて立候補した時に潰すべきだと言っていたからね」

 メガネの男の賛同にニヤつく初老。

「うむ。ではそのように…。次に総裁選だが、総理大臣をやりたい者は居るか?」

 国政選挙後すぐに始まる予定の総裁選、高齢な男の問いかけに場が静かになる。

「…う~ん。さすがに総理は面倒だなぁ…」

「これまで通り御し易い者を挿げましょうよ。大泉のせがれは最近知名度も上がって適任じゃないかな?」

「あれは能力に問題がある。用意された答弁はできても矢面に立つことの多い総理大臣ではすぐにボロが出るよ。それにまだ若い。世襲議員への風当たりも強くなってきている、あれでは務まらん」

「だったら明智君はどう?人気も知名度も申し分ない」

 イヒャヒャと笑う女。

「ふん…。明智か…。あまり好きじゃないが、総裁を他に取られるくらいなら明智でも良いよ、僕は」

 エルドランドを牛耳る者達の会議は不気味な雰囲気で続けられた。



「たっだいま~っ!まなっちゃん、いる~?」

 学校帰りのホルスが真夏の返事を待たずに部屋の扉を開ける。

「ホルスちゃん?おかえりなさい」

 玄関へ出迎える真夏は魔女姿のままだ。

「おっ!?服がそれっぽくなってるじゃんね」

 真夏の肩に登り胸を張るスカーレット。その首には真夏とお揃いの赤い紐リボンが結んである。

「女将さんが色々そろえてくれて、形から魔法使いになってみました」

 真夏は傘立てに立ててあった杖を取って見せる。

「ふ~ん、古臭い魔女のイメージね」

 ホルスの後ろから二人の少女が姿を現す。

 金髪のロングヘアー、前髪をぱっつんした小柄な少女は辛辣な批評をする。

《にゃ!?失礼な奴にゃ!この正装の良さが分からないにゃんてクソガキもいいとこにゃ!》

《や、やめて下さい。ホルスちゃんのお友達ですよ》

 ホルスを含めた三人は同じ制服を着ている。

「こ、こんにちは」

 もう一人の少女は控えめに真夏を見ている。

「この二人学校の友達じゃんね、まなっちゃんのこと話したら会ってみたいって言うから連れてきたじゃんさ」

「会ってみたいというより、魔法が使えるっていう人間に興味があっただけね。幸谷真夏、思ったよりも普通でつまらないわぁ」

《こ、こんガキャァ!ちょーしにノリやがって!その前髪!いい感じにひっかいてやろうかにゃ!?》

 にゃーにゃーと自分を睨みつけて鳴くスカーレットを不思議に思うぱっつん少女。

「落ち着きのないバカネコねぇ?人に媚びるしかできない下等生物がこの私に敵意を見せるわけぇ?身の程をわからせてあげようかぁ?」

 真夏の肩に座るスカーレットに手を伸ばそうとするが…。

「まぁまぁ二人ともケンカしないの」

 ホルスはぱっつん少女よりも先にスカーレットを抱き取る。

《ホルスおかえりだにゃ~》

 抱かれたスカーレットは落ち着きを取り戻す。

「はい、こっちの毒舌が平子っちね」

「…竹中平子、ホルスの同級生よ。よろしくね」

 スカーレットを無視して真夏に小さく手を振る平子。

「はい、よろしくお願いします」

「で、こっちの大人しいのがマイマイ」

「あ、錘利つむりかざりと申します。よろしくお願いします」

 丁寧だがどこかおどおどしたお辞儀をする飾。

「あ、はい、こちらこそ、よろしくお願いします」

 真夏も丁寧にお辞儀を返す。

(つむりかざりちゃん…?マイマイ…?)

「それで?空を飛ぶ以外に何かできることはあるの?」

「あぁ、いえ、まだそれ以外は…」

「そう、やっぱりつまらないわね。空を自由に飛びたいな、な~んて数世紀前の人類じゃないんだから。魔法でしかできないことをやってもらわないとねぇ」

「魔法でしかできないことって、なんでしょうか…?」

「それは自分で考えなさいよぉ」

「ちょっ!平子ちゃん!?年上のお姉さんだよ!?」

 大きな態度の級友を注意する飾。

「お姉さん?ふ~ん」

 平子は不服そうな顔で真夏の胸に触れるとぷにっと一揉みする。

「はひっ!?」

「ぜーんぜん、お姉さんって感じしないのよねぇ。飾の方がお姉さんしてるわよ」

 小柄な自分を棚に上げ、物理的に下からの上から目線で真夏を貶める平子。

《こ、こいつ!ボクこいつ嫌いだにゃー!》

 ホルスに抱かれたままシャーっと牙を見せるスカーレット。

「平子っちやめなー、スーさんも怒ってるじゃんね」

「何で猫が怒るのよ?」

「スーさんは人の言葉を理解する高貴な猫さんでまなっちゃんの師匠であり使い魔でもあるじゃんね」

「言葉を理解?この猫が?ふ~ん…」

 顎に指を当てて考える平子。

「あなた、もしかして宇宙人かしら?」

《にゃ~に言ってるんだこいつ?宇宙人なんて居るわけないにゃ!》

 にゃーにゃー言ってるだけに聞こえるホルス。

「先生!スーさんはなんと!?」

「え?私…?えぇと、宇宙人なんて居るわけないって言ってます」

「ごもっともです。宇宙人なんて現代でも確認されてないものです!さすがスーさん、博識じゃん」

「そう、じゃあ、ただの珍獣ね」

《こいつはここで仕留めるにゃ!》

 平子に向かって飛びかかろうとしたところを真夏に捕獲されるスカーレット。

「まぁまぁ皆さん。立ち話もなんですので座って話しませんか?」

 自室へ招き入れようとする真夏だったがホルスが首を横に振る。

「んー、今日は挨拶だけってことだから。これから私の部屋で春休みの宿題やるじゃんね」

「春休みって明後日からでは?」

「先に出されてるのをやるのよ。春は量が少ないから分担すればすぐに終わるでしょ?真夏も暇なら手伝いなさい」

(いきなり呼び捨て?…それはまぁ良いとして、私の学力はこの世界で通用するのでしょうか…?)

「そ、そんな迷惑かけられないでしょ。ほら、もう出ましょう」

 飾は平子の腕を引いて外へ連れ出す。

「き、今日はありがとうございました」

 礼儀正しくお辞儀をする。

「いえいえ、何のお構いもできませんで」

 お辞儀を返す真夏と目が合いくすりと笑う飾。何か近しいものを感じたようだ。

「まなっちゃんごめんねー。平子っちも根っこが腐ってるだけで悪い子じゃないんだよね。面白い子だからまた遊んであげてねー」

 手を振ってから友人二人の背中を押して母屋へ向かうホルス。

「根っこが腐ってるってどういう意味よぉ?」

 押される平子は不貞腐れて頬を膨らませる。

 その光景を後ろから見送る真夏は微笑ましく思うと共にホルスの器の大きさに感心するのだった。

《塩!ご主人!塩撒くにゃ塩!》



 二日後、春休みに入ったホルスは怠けることはなく、朝からお小遣い稼ぎのパンの配送で空を飛んでいた。

「まなっちゃんももう慣れたじゃんね」

 伊月パンのエアドライブの隣を杖に跨って飛ぶ真夏。先端にはスカーレットがちょこんと座る。

「はい、おかげさまで、飛ぶだけならだいぶ慣れました」

 飛行魔法の練習と空の交通ルールの勉強を兼ねた配送のお手伝いをしている真夏。

《うん、筋がいいにゃ。ご主人はきっと世界一の魔法使いだにゃ》

 真夏の成長に満足気なスカーレット。

「え、えへへ…」

(それはチートかもしれませんが…)

 和やかに飛ぶ二人と一匹のずっと下、薄暗い路地裏で悶え苦しむ一人の女がいる。

「う……うぅっ!……ぉおううぅぅ………」

 女の視線はその場から離れていく男を捉えて睨みつけている。

 ジタバタともがき地面に頭をぶつけて自傷行為まで行う女。口からは胃の内容物が吐き出され、のたうち回る自身の衣服を汚してしまっている。

「ああぁぁあぁああっ!」

 雄叫びにも似た悲鳴に男は振り向くこともなく、ただニヤついて姿を消していった。

 その場に独り取り残された女の体が徐々に変化し始める。

 身体が一回り、二回りと大きく膨らんで衣服を破り捨て、それと同時に全身に三色の体毛が生えていく。爪が大きく鋭くなり、牙が伸びる。

「あぁぁぁ!うぅ……ウガァアアアアッ!!!」

 その顔立ちは虎のように変化し、女は怪人と成った。



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