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#4 公安第六課

手記予備


 日が落ちてめっきり肌寒くなった頃、伊月パン上空にはステルス状態の覆面パトカーがホバリングしていた。光を湾曲させてつくられるステルスは空を背景にした状態では肉眼ですら捉えることができないものだ。それは交通の場となっている空中ではとても危険なものだが、全方位を観測し他の交通を妨げることの無いよう自動で回避行動が出来るようになっている。

 車内にはシートを倒し、ハンドルに足を乗せて寛ぐ鷹司舞杏たかつかさまいあんが一人。

「伊月パンっすね」

 本部で情報を整理し舞杏にデータを送っているのは西園寺双連さいおんじそうれん

「知ってるお店かい?」

「はい、知っているというか、そこの一人娘のホルスと校区が一緒で飛び級進学するまではたまに遊んでましたね」

 舞杏のデバイスでは昼間に真夏が帰宅した時の動画と、その後daysonで帰宅した時の動画が交互に繰り返し再生されている。

「そう、それじゃあ、この子がそのホルス?」

 舞杏の視線が真夏を注視する。

「ホルスは掃除機の後ろの子、金髪の癖っ毛の方です。黒髪の子、私は初見です」

「…怪人警報、誤報トラブルの参考人。空飛ぶ掃除機に乗ってご帰宅、か。ホルス君のお友達かな?」

 異常を検知した場所の近くに居た真夏を街の各所に設置された防犯、監視カメラを追って伊月パンに辿り着いた舞杏と双連。共に行動していた二人だが、双連は本部に戻り既に帰宅の準備を済ませている。

「あんな小型のエアドライブ見たことないですけどねー。あのサイズで二人を乗せて飛ぶだけの馬力が出せるとは思えません」

「そうだね。小型化においてはバイクサイズが理論値とされていたはずだ」

 舞杏は鳥人型の怪人を撮影した防衛省の動画を見る。一般報道に流されていないその映像には真夏がdaysonで飛び回る姿がしっかりと映されていた。

「この速度も異常だよ。ドラッグレース並みの速度をこんな小さな掃除機で出すなんてね。生身で乗ってるこの子は何者だい?」

「どこかのエンジニアでしょうか?河川で何かしら実験をしてた、とかですかね?」

「河川敷から上がってきたこの子は手ぶら、いや、持っていたのは猫くらい。現場付近に怪しいものもなかったし、彼女がコンビニを出た後河川に戻った映像はない。…もっと前の映像を探せば掃除機を持ってる映像があるかもしれないね」

「あ、少々お待ちを…」

 本部の双連は新たな支持を受ける。

「主任、黒髪の少女を重要参考人に指定。危険物所持の疑いあり、これより監視対象になるとのことです」

「ん、了ー解。警察に引継ぎして帰還するよ」

「いえ、監視任務も公安で遂行せよとの命令です。主任にはこのまま黒髪の少女の監視をお願いします」

「ま、待ちたまえ。我々に監視をさせるということは上層部はこの幼気な少女をテロリストだとでも思っているのかい…?」

「もしくは先端科学技術者、怪人発生の源、という可能性もありますね。どちらにせよ公安で対応する案件になりそうですし、主任の方で監視よろしくお願いしまーす」

 とっくに定時を過ぎていて早く帰りたい双連は上司への態度が冷たくなる。

「いやおかしいだろう?先端科学なら文部科学省で囲うべきだし、怪人関連なら防衛省だろう」

「文部科学省に危険人物の対応はできません。そもそも防衛省に押し付けられた任務です、防衛省にも返せないでしょう」

「くっ…。お泊りだなんて、聞いてないぞ!課長め~!」

「それじゃあ、私はこれで。お疲れ様でした~」

「ちょっ、帰っちゃうの?西園寺君。こっちに来て一緒に監視じゃないの?」

「いいえ、未成年ですし。これ以上の残業は国家が許してくれません」

「そ…。こんなところで独りで何時間もじっとしていろって言うのかい?」

 情に訴える舞杏。

「良いじゃないですか。基本はAIが監視してくれますし、何かあった時だけ対処すればいいんだし、手当もついて美味しい業務でしょう?」

 立ち上がりPCの電源を落とそうとする双連。

「ば、晩酌くらいはさせてもらうからね!」

「勤務中ですよ?却下ですよ!却下!!」

 ぷつんと通信が途絶える。

 せめてもの抵抗は誰にも届かず、独り寂しく伊月パンを見つめる舞杏。

「…はぁ……」

 大きなため息。窓を開けてタバコに火をつける。

(…猫を従えた空飛ぶ謎の少女…。科学か、あるいは…)

 真夏に対する考察をしながら、舞杏はデバイスで競馬の情報番組を再生させた。



 翌朝5時。水曜定休の伊月パンに明かりはなく、店主の鼻歌も流れない。

 ホルス生還後の夕食は祝宴のように騒がしく、試作品のケーキが食卓に華を添えた。

 一連の体験を熱く語るホルスとおだて褒められる真夏。そんな宴会の中で態度を一変させたのはスカーレットだった。スカーレットは真夏をご主人と呼び、付き従う使い魔のように親愛の情を示した。真夏は従順に慕うスカーレットに困惑しながらも状況を受け入れた。

 いつも通りに早起きした真夏は丸くなって眠るスカーレットを起こさないようにそっと部屋を出る。

 前日から残る高揚感もあり、ぱっちり目が覚めた真夏は早朝の散歩をすることにしたのだ。

(あまり早く母屋に行っても皆さんを起こしてしまいます…。ホルスちゃんは学校があるから、6時半の朝食は変わらない、はず?20分…。いや、6時15分くらいにお手伝いに行きましょう)

 母屋に背を向けて歩き出す。

 店舗の駐車場から通りに出て南へ進む。

 一つ目の角を左に曲がるだけでそこから先はまだ行ったことのない場所だ。

 そのまま薄暗い早朝の道を進むと商店街を見つけた。

 小さな商店が直線状に並び、通路には屋根が設置されて雨の日でも快適に買い物ができるようになっている。屋根の上にはエアドライブの駐車場があり、そこから降りてくる為の階段が等間隔に設けられている。

 この時間空いている店舗は無いが、街灯が灯る商店街に真夏は引き寄せられた。

「シャッター通り…。って、営業時間外だから当たり前か…」

 清潔感があり寂れた様子は見られない商店街。閉まっているシャッターは大きな看板の役割を果たし、店の宣伝を大々的に行っている。

「ふふっ」

 多くの店ではオリジナルのマスコットキャラクターが居るようで、真夏が足を止めた場所では並び建つ肉屋と魚屋のシャッターにいがみ合う様な構図でキャラクターが描かれている。

「これは、逆にお店同士の仲が良いんでしょうね」

(伊月パンにもキャラス君が居ますけど、この国の人達はこういったキャラクターが好きなんでしょうね。紙幣にもキャラクターを使うくらいですし)

 この時間ならではの景観を楽しむ。

(そういえば五千円札のキャラクターってどんなのかな?急に気になってきました…)

 まだ見ぬ紙幣に思いを馳せながら交差点に差し掛かる。

 四つ角で店を構えるシーナ国料理の店。店舗名と美味しそうな料理の絵、大きくパンダのキャラクターが描かれているシャッター。道に置きっぱなしの大きなパンダのキャラクター像。どこか擬人化されたそのパンダがギロリと真夏を睨みつけた。

「へ?動いて…」

「バフッ!!」

 突然犬のような鳴き声で真夏を威嚇し姿勢を低く構えるパンダ。

「か、怪人っ!?」

 驚いて尻餅をつく真夏。パンダのような怪人と目が合う。そのまま後退り、離れようとするが怪人が再び吼える。

「ひ!ひえぇーーっ!!」

 立ち上がり、来た道を全速力で走る真夏。一瞬遅れて真夏を追いかけ始める怪人。商店街に怪人警報のアラームが鳴る。

「き、昨日出たばかりじゃないですか!怪人出過ぎですよぉ!」

 文句を言いながら走るがすぐに距離を詰められる。

 怪人に捕まりそうになった時、真夏の目の前の空間がぼやける。

「えっ!?なに!?空間が歪んでる!?」

 ギイィーーーと超音波のような音が真夏と怪人を襲う。

「はひーーーっ!?」

 耳を押さえて立ち止まる真夏。突然の音響兵器、怪人も一瞬怯ませる。空間の歪みから車型のエアドライブが現れて赤色灯を回す。

 エアドライブから飛び出した舞杏は運転席に真夏を放り投げる。

「暫くそこで大人しくしてな」

 真夏を指差してクールに決めた舞杏だが、耳鳴りが強く何を言っているか分かっていない真夏。

「な!なんなんですか!?パトカー!?警察!?あ、危ない!」

 自分を指差す女性に指を差し返して後ろの危険を知らせる。

 襲い掛かる怪人。舞杏は冷静にステップして距離を取り拳銃を全弾撃ち尽くす。しかし、怯みはしたものの怪人を倒せるほどの火力ではなく、その攻撃はむしろ怪人に余裕の表情を出させた。

「やはり対人用じゃあ無理か…」

 銃をホルスターに戻して軽くストレッチをする舞杏。

 怪人が攻撃態勢を取り、雄叫びと共に襲い掛かる。

 舞杏は引き下がることなく一歩踏み込み怪人の顎に拳を突き上げた。脳が揺れ怪人の動きが止まる。怪人右足に下段蹴り、回し蹴りを組み合わせて入れる。怪人がよろめいたのを見逃さずに右腕を取り懐に潜り込む。

「えぇーっ!?」

 覆面パトカー内部で驚く真夏。自身の倍、3メートルを超える怪人を舞杏は華麗に投げ飛ばして見せたのだ。

「す、凄い!あの人は何者なんでしょう…。…?っていうかこのパトカーなんか臭い!?」

 真夏は後部座席にビールの空き缶など舞杏の晩酌の残骸を見つける。

「お酒とタバコの臭い?ニンニク臭まで…。あの人酔っぱらってます?」

 悪臭を放つパトカーが自動で後退して少し距離を空ける。タイヤ付きのこの陸空両用のエアドライブから4本のタイヤがすべて外れると、それは姿を変形させて銃を取り付けたタイヤロボになる。ロボは各々に動き怪人を取り囲み舞杏の合図で一斉射撃を始めた。

「ウガァアアアアッ!」

 悲鳴を上げる怪人。だが、この攻撃も怪人は耐え抜いた。

「困ったなぁ、これ以上の火力は持ってないぞ」

 そう言う舞杏は余裕の表情を崩さない。

 舞杏と怪人の格闘が始まる。体格と力で勝る怪人を速さと技でいなす舞杏。距離が開くとロボが補助的な射撃を行う。それを嫌がる怪人が攻撃の対象をロボに変更すると舞杏が距離を詰める。

 攻防が数分続き決定打に欠ける舞杏の息が上がり始める。心配そうに戦況を見守る真夏。しかし舞杏の狙いは怪人を倒すことではなかった。

 商店街に防衛省のバトルフレームが到着する。

「ははっ、少し遅いんじゃないかい?」

「ご協力、感謝します」

 バトルフレームのスピーカーから若い男の声。

「おや、防衛省のエースじゃないか」

 駆け付けたバトルフレーム3機の内先頭に立つのは赤い機体、一色軍曹。一色は舞杏と怪人の間に割って入ると怪人の攻撃にカウンターを合わせて怪人を転ばせ、そのまま高火力の銃火器で怪人をあっという間に撃破した。

「いや~、圧巻だね~。それ、公安ウチにも配備してほしいものだ」

 舞杏はバトルフレームに装備された14mmガトリング砲を羨望の眼差しで見つめる。

「あはは、刑事さんが戦わないで済むように我々が努力しますので…」

 警察機関には度が過ぎる装備を欲しがる舞杏を軽く躱す一色。

「それより、民間人は無事ですか?」

「ああ、パトカーで保護しているよ」

 怪人が倒されたことを確認した真夏は外へ出ようとドアを開けるが、舞杏がドアを押し返して真夏を閉じ込める。

「私は民間人を送っていこうと思うが、ここは任せても?」

 舞杏は血まみれで横たわる怪人を哀れむような表情を一瞬だけ見せた。

「はい、元より怪人の処理はこちらの仕事ですので。ご協力、ありがとうございました」

 一色はバトルフレームで挙手の敬礼をして感謝する一方、舞杏は堅苦しいことなどせずに手をひらひらとさせる。

「んじゃ、あとよろしく~」

 パトカーに乗り込みその場で180度回転させる間にタイヤロボが元の位置に戻る。タイヤの装着が完了するとパトカーは着地して地面をゆっくりと走り出す。

 運転席には真夏。

「あ、あのぅ…。助けていただき、とてもありがたいのですが、私、無免許なんですけどぉ…」

「ははは、気にすることはないさ。ほとんど自動だからね。どこへ行くんだい?送っていくからそのまま座ってなさい」

「も、もう帰ろうかと…。すぐ近くなのでお気になさらず…」

(あぁ、やっぱりこの人、お酒臭ぁい…)

「近くならなおさら送らせてくれ。市民を守るのが私の務めだからね」

 流し目でやはりクールに決めようとする舞杏だが、その言葉はただ酒臭かった。

「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、伊月パンまでよろしくお願いします」

 任せたまえ、とひとこと言う舞杏は特に何の操作もしないでパトカーは自動で動き続ける。

 沈黙する車内。真夏はこの空気に耐えられない。

「あ、あの。とてもお強いんですね。スラッとしてるのにあんな大きな怪人を投げ飛ばすなんて、凄かったです」

「うん?そうかい?ドーピングと強化スーツのおかげだけどね」

 一見普通のスーツに見えるが舞杏のそれは身体の動きをサポートすると共に高い防護機能を備えた特殊スーツだ。

「ドーピングって、大丈夫なんですか?」

「まぁ、スポーツ競技には参加できないけど、こういう職業だから用心してね」

 当たり前のことのように答える。

「そうですね、危険ですもんね。刑事さん、ですし…?」

 酒臭い舞杏に疑念を抱く。

「市民を守るヒーローだからね。困ったことがあったら頼ってくれていい」

 優しい舞杏の表情に少し思うところはあるものの悪い人ではないと思う真夏。

「はい、その時は、よろしくお願いします」

 散歩で来た道を車で走るとあっという間に伊月パンに到着した。

「さて、到着だ。怪人に襲われたこと、私の方から親御さんに説明させてもらおう」

「あ、え?そ、それは…その…。お、親御さんはいらっしゃらない言いますか…」

 伊月家に迷惑をかけてしまわないかと焦る真夏。何とかこのままお引き取り願えないか言葉を探すが、時刻は6時半。朝食の時間に真夏を起こしに母屋を出た女将に見つかってしまった。

「……。朝帰りで補導とはどういう了見だい?」

 サイレンや赤色灯を回してはいないが、格納されていない赤色灯が警察関係のエアドライブだと周囲に示していた。

 隣から小さな声で、あ、出しっぱなし、と聞こえたが、真夏は急いでエアドライブから降りて釈明する。

「す、すみません。早くに目が覚めて、ちょっとお散歩してたんですけど…」

「奥さん。補導ではありませんのでご安心ください」

 舞杏は警察手帳を呈示して真夏の代わりに説明する。

「先程の怪人警報、こちらにも届いていると思いますが、娘さんがその怪人と遭遇してしまいこちらで保護させていただきました」

「さっきのアレかい?怪我なんてしてないだろうね」

「あ、はい。このとおりピンピンしてます」

 真夏は一回転して無傷をアピールする。

「まったく…。あんたって子は…」

 心配しながらも少し呆れた様子の女将。

「すみません…、昨日の今日で怪人騒動に巻き込まれるなんて…」

「昨日の怪人と言えば、超小型のエアドライブで空を飛ぶ少女が噂になっているのはご存じで?」

「超、小型?お店のエアドライブよりも小さいモノがあるんですか…?」

 いまいちピンと来ない真夏を女将が肘で小突く。

「さあ、どうだろうね。そういった最新機器みたいなモノには疎くてねぇ。見ての通り、ウチは古臭い街のパン屋さんだからね」

「そうですか。ところで昨日の怪人に襲われた少女、このお店の配達車に乗っていたようですが、お知り合いでしょうか?」

「…ふふっ、詰め寄るねぇ」

 警察が何かを探っている。そう感じた女将は不敵な笑みを浮かべる。 

「そう、それはウチの子で間違いないけど。配達車の方、安全装置が働いてどこかに着陸してると思うんだけど、警察の方で調べられないかい?ちょうど今日届け出を出しに行こうと思っていてね」

 話題をそらそうとする女将。

「ああ、それなら少々お待ちを」

 舞杏はデバイスを操作して遺失物リストを調べる。

 その隙を見て女将は真夏に小声で話す。

「真夏ちゃん、あんた身分証も何も無いんだから、警察に突っ込まれるようなこと言うんじゃないよ。今は不法入国者みたいなものなんだから、最悪、逮捕ってこともあるからね」

「た、たたた逮捕ぉ…!?」

 女将の後ろに隠れるようにそっと動く真夏。

「奥さん、ありましたよ。スタンドプレイスの商業施設の駐車場に着陸しています」

「お、ホントかい?ありがとう。助かったよ」

 女将は舞杏のデバイスを見せてもらい場所を確認する。

「それで、話は変わるのですが…」

 舞杏が何かを話そうとした時、新たにパトカーが一台現れる。

 赤色灯を回し、数秒サイレンを鳴らして注目を引く。伊月家の敷地中央、中庭で話す三人の近くまで下りてくるが着陸するスペースは無く、ホバリングした状態でパトカーから飛び降りてきたのは舞杏の部下、奇抜なアシンメトリーファッションをした西園寺双連だった。

「皆さま、おはようございます」

 双連は上司を一瞥した後女将に向き直る。

「女将さん、お久しぶりです」

「双連、警察に入っても相変わらず独創的な格好だね」

「ポリシーっすから」

 朝から騒がしくなる我が家の庭の様子を見に来るホルス。

「ねーなにー?怪人警報は引っ込んだんじゃないのー?」

「ホルス!オハ!」

 双連はホルスを見つけるとシンメトリーな両手挙手の敬礼をビシッと決める。

「パイセン!?ち~っす!」

 ホルスも同じように敬礼を返す。

(なんでしょう、このほんわかした空気…)

 真夏は女将の後ろで二人のおかしな敬礼を見つめる。

「それで?西園寺君はこんな朝早くにどうしたんだい?」

 半分遊び気分だった双連は思い出したように仕事モードに切り替わる。双連は真夏の姿を確認して一瞬だけ目を合わせ、舞杏の隣に並ぶ。

「実は、タレコミがありまして…。ここに罪人が居ると…」

 双連の目つきが鋭くなる。

(ひぃ!?)

 怯えて震える真夏。

(た、逮捕ですかぁ!?)

 手錠を取出してカチカチ鳴らす。

 青ざめる真夏。

 焦る女将。

 状況が把握できていないホルス。

 ゆったりとした動きで罪人に手錠をかける双連。

「……え?」

「飲酒運転で逮捕します!」

 両手を拘束された舞杏。

「ちょ、ちょいとお待ち、西園寺君。キミは私を逮捕しようというのかい?」

「はい、先程パトカーの手動運転時にアルコールが検知されました」

「あ、いや、それは、緊急事態で…」

 ほぼ自動化された公安のエアドライブだが緊急走行には手動運転が必要な場合もある。

「緊急であれば許されるというものではありませんので。しょっぴきます!」

「ひ、酷いじゃないか!頑張った上司を逮捕するなんて!」

 舞杏を舞杏が乗って来たパトカーの後部座席に押し込む双連。

 散乱するビールの空き缶がカラカラと音を立てる。

「証拠品を発見!」

「勘弁してくれよぉ」

「話は署で聞く!大人しくしていなさい!」

「か、カツ丼くらい出してくれるんだろうね!?」

「出しませんよ!」

 バタンとドアを閉める。

 上司でも容赦なくしょっぴける女、西園寺双連はくるっと反回転して伊月家の面々を見る。

「ご協力、感謝します!」

 ビシィッと両手挙手の敬礼を決める。

 その敬礼に応えたのはホルスだけだった。

「それでは、本官はこれで」

 バイバイと手を振るホルス。

 双連は舞杏のパトカーに乗り込みゆっくり飛び立つともう一台もその後に続いていく。

「ふぅ…。何とかなったね、双連が相変わらずマイペースで助かったよ」

 安堵する女将と真夏。

「は、はい…。あの刑事さんは大丈夫でしょうか…?私を助けるために無茶をさせてしまったみたいです…」

「身内だからうまいことやるだろうさ」

「身内…ですか…?」

(身内が逮捕してたんですけど…)

「双連はああ見えて天才でね。飛び級して最年少で警察の若手エリート部隊に配属されたとか。あの刑事さんは上司みたいだし、組織が崩れるようなことはしないだろうさ」

「天才…。確かにすごく若い人でしたね」

「真夏ちゃんと同じくらいかね」

「へ、へぇ…凄いですね、若手のエリート部隊ですか…」

 飛び去るパトカーを見送る。

「若手エリート部隊。またの名をエール警察の問題児集団、らしいじゃんね」

 笑顔のホルス。

「そ、それは…。相反する名称ですね」

「さあ!朝ご飯の時間だ。ホルスは急ぎな!遅刻するよ」

 三人は朝食を取りに母屋に入った。



 公安本部に向かう上空、舞杏を護送する双連はハンドルを握る。その後ろで横になって寛ぐ舞杏は晩酌の残りのおつまみをもぐもぐと食べていた。

「それにしても、西園寺君がこんな早朝に出てくるなんて珍しいじゃないか」

「……。やっぱり、見てないんですね…」

 双連はデバイスで資料を開く。

「昨日、伊月パンから飛んで行ったアレ。破壊されたものが深夜に発見され技術部が解析したところ、単なるスティック型掃除機だということが判明しました」

「ふむ…」

 舞杏は横になったままタバコをくわえる。

「……掃除機で自由に空を飛ぶ少女…。500年ぶりに現れた飛行魔法の使い手か…」

「ちょっと!同乗してるときにタバコは吸わない約束ですよ!」

 双連は上下左右に荒く操作し舞杏を車内でシェイクする。

「ぎゃ!ぎゃふん!?」

 公安六課は本日も通常運転で始まる。



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