#19 作為的なインタープリター
部屋の中央に配置されたデスクにドンっとカツ丼が勢いよく置かれると、その圧に拘束された真夏の肩が小さく震える。
「シュープリーム島駆逐艦撃破事件、お前がやったってことは分かってるんだ。いい加減、白状してくれないか?」
取調室で横柄な態度をとる捜査官は真夏の前にカツ丼をスッと差し出す。
「わ、私はやってません!」
カツ丼から目を背けて言い放つがお腹がぐぅ、と鳴る。
『私、怒ってます…!』
取調室の隅に居る落ち着いた捜査官が通信記録に残る一節を再生させる。
「これはあなたの発言ですよね?あなたは怒りをあらわにし、国防に携わる駆逐艦を破壊した」
「ち、違います!あれは勝手に爆発して…」
『私、怒ってます…!』
『私、怒ってます…!』
『私、怒ってます…!』
落ち着いた捜査官は何度もその部分を再生させる。
「現場には豆鉄砲を装備したバトルフレーム1機と、とんでもない魔法を扱う魔女がひとり。他に軍艦と戦えるような設備はあの島にはない…。お前がやったんだろうっ!?」
横柄な捜査官はデスクをダンッと強く叩いて真夏を威圧する。
その振動にデスク上で薄味付きのステーキを頬張っていたスカーレットはステーキを一切れ皿の外に落としてしまう。
《食事中にゃ!大人しくできにゃーのかおみゃー!?》
「おおぅ、すまない猫君。…そろそろ私達も食べようか」
横柄な態度をとっていた舞杏は真夏の向かいに座り箸をとる。
『私、怒ってます…!』
『私、怒ってます…!』
落ち着いた風を装う双連はその言葉が気に入ったのか真夏をからかうように何度も再生させている。
「いただきます。」
カツ丼を前に手を合わせる舞杏。
「待ってくださいよぉ!手錠されたままじゃ食べらないじゃないですか!」
拘束された手を差し出し解放を求める真夏。
「まったく、このくらいで音を上げていたら本番は乗り切れないぞ?」
「本番って何ですか?私本当にやってないんですけどぉ」
『…あれは…。あれは、手加減しなくていいんでしょう…?』
「やめてください!」
別の一節を再生させた双連を止める真夏。
「にひひっ、まぁこの件については一色軍曹の戦闘記録にも残ってるし大丈夫だと思うけど、あちらさんは事実を捻じ曲げるのが得意なようだし、対策しといて損はないよ」
一色の操縦するバトルフレーム主観の映像付き戦闘記録はシュープリーム島を離れる前にコピーして保存してある。
《対策?…ただ、からかわれているだけのような気がします…》
《ご主人、こいつ等は適当にあしらうくらいで丁度いいにゃ。ご主人もカツ丼冷める前に食べるにゃ》
「それではワタシも補給をさせていただきます」
解放された真夏からスーッと飛び出したこけさんは壁のコンセントに自力でコードを伸ばして差し込み充電を開始する。
「…?…そうですね、いただきます」
少しの違和感を覚えた真夏だが空腹状態のカツ丼に掻き消されて箸を持ち食事を始める。
「真夏君が防衛省の駆逐艦と敵対したのは事実。事件から三日、捜索中だの調査中だの政府はこの件について言及を避けてはいるが、気付けば悪役に仕立てられてるってことも有り得る。最悪の事態を想定しておかないとね」
最悪の事態を想定している舞杏は勢い良くカツ丼を口に入れていく。
怪人群発事件から三日が経った。事件当日は駆け付けた公安六課と機動隊の応援と共に島の消火や島民の救護、何者かに破壊された通信設備の復旧等を手伝っているうちにあっという間に時間は過ぎた。一夜明けてエールに戻った真夏だが、世間は驚くほどに平穏な日常を送っていた。シュープリーム島での怪人群発事件を報じているメディアは無く、意図的に情報は隠匿されていた。
「さすがにあの大爆発じゃあ駆逐艦の行動記録なんて残ってないよね」
上品に食事をする双連。
「サルベージしているようだが見つからないだろう。課長の話だと乗組員の死体もバラバラで原形をとどめていないらしい」
《食事中に相応しくない会話だにゃ》
《そ、そうですね…。でも、なんだか刑事、って感じがします》
「マスターも立派な刑事になられてワタシも誇らしく思います」
《…?》
「…うん?そうだね、真夏君大活躍の事件だったがこけさんだって素晴らしい活躍だったよ」
《ボクだっていっぱい活躍したにゃ~》
《はい、スーちゃんがいなきゃとても乗り切れませんでした。かっこよかったですよ、スーちゃん》
「まさに猫の手も借りたいという状況で…」
《おみゃー!ちょいちょいこっちの会話に口を挟むのなんなんにゃ!?》
こけさんの言葉を遮りニャーッと声を荒らげるスカーレット。
「ワタシはマスターと先輩の会話に参加しているだけですが」
《おみゃー魔力もない機械の棒ちくりんのくせにマナが読めるのにゃ!?》
「はて?猫君とこけさんが何やら言い合っているように見えるが…」
首を傾げる舞杏。
「マナを読む、ということかはわかりませんが、ワタシに搭載された17のセンサーがお二人の間に行き来する微弱な波動のような揺らぎを感知していました。これを解析し、お二人の会話を把握することが可能となりました」
《にゃ、んだと…!?》
驚くスカーレット。
《へ…?こけさん、この声が聞こえてるんです?》
「イエス、マスター」
「ほう、さすがこけさん。猫君の言葉を理解するか」
感心する舞杏。
「応用できれば私達とネコちゃんが直接意思疎通することが可能かも。今までネコちゃんとの通信は一方通行だったけど、こけさんが解析したその揺らぎを読み取って通訳すれば…」
思案する双連。
「…うん、いけるよこれは。こけさん、その解析データを技研に送っといて。通訳機を作ってもらおう。魔力を理解することにも繋がるかもしれないしね」
「了解、レディ。提携する技術研究所へデータを送信します」
「任務中、猫君と連絡ができるようになるのは大きいね。でかした、お手柄だよこけさん」
「ありがとうございます。これからも精進してまいります」
キリッとした表情を見せるこけさん。
「うん、では早速何か猫君の言葉を通訳してくれるかい?」
「了解しました。…先輩、何かお言葉をお願いします」
《にゃ?お言葉…?…そうだにゃ~、それじゃあ…。おみゃーら、ご主人に頼りすぎだにゃ!》
「おみゃーら、ご主人に頼りすぎだにゃ!…と、言われております」
スカーレットの言葉を真似るこけさん。
「おぉ…猫のような喋り方だ」
《魔力砲は魔力の消費が多すぎるにゃ。本来あんなに連発するようなものじゃないのにゃ!》
「魔力砲は魔力の消費が多すぎるにゃ。本来あんなに連発するようなものじゃないのにゃ!」
「そうなのかい?真夏君?」
「え?あ、はい。私は全然大丈夫なんですけど…。魔力の使い過ぎは危険らしいです」
《ご主人の魔力量が半端ないから良かったけどにゃ、普通の魔法使いにゃらとっくに死んでるにゃ》
「ご主人の魔力量が半端ないから良かったけどにゃ、普通の魔法使いにゃらとっくに死んでるにゃ」
「それは聞き捨てならないな。真夏君、我々にとってキミは最も重要な存在だ。キミが生き残ること、私達や国民を見捨てることになったとしても、それが結果的により多くの人を救うことになる。真夏君には自分の命を最優先する義務がある。シュープリーム島での命令無視も看過できないな」
ジトっとした目で真夏を見つめて説教する舞杏。
「で、でも。結果で言うなら命だけは助けることができました」
「そう、結果論だ。もしキミがミサイルを撃ち落とせなかったら?もしその途中で力尽きたら?キミを失えば怪人事件を解決することができなくなってしまうかもしれないんだ」
「でも…」
舞杏が言っていることは理解できる。だが真夏は自分の為に誰かが犠牲になることに納得がいかない。
「私はこの世界の人を助ける為に転生してきたんです。転生特典だって…」
「転生特典。女神様に賜った最強の魔法使いの力。…。随分アバウトな特典をもらってきたね」
「す、すみません…」
「いや、責めてないよ。ただ、その最強ってのは何を基準に最強なんだろうと思ってね」
「基準、ですか?」
「この現代にまともな【魔法使い】は真夏君以外確認されていない。つまり、ある程度の魔法が使えれば、それはもうこの世界で最強の魔法使いってことになるだろう?」
「そう、ですね」
「真夏ちゃんの魔法は素人目にもとんでもないってことはわかる。その力に等しい存在が現代に居る可能性は低い、かな?」
食事を終えた双連が口を拭う。
「確認されてはいないからね、無くはない。が、歴史上の魔法使いを参考にしたと考えるのが一般的かな?」
「魔法史の魔法使い…。最強かどうかはわからないけど、有名なのは三大魔法使いですね」
双連の言葉に頷く舞杏。
「天災、ファルファンファ・ファンファ・ファアン。至高の聖女、ミトリ・ベルク・アスター。そして、魔将、八幡太郎」
「ふぁ、ふぁる…?」
「3人とも歴史に名を残した偉人だよ。義務教育で教わる最低限の魔法史にも登場する3人。約1100年前、魔法史黎明期、魔法文化の発展に大きく貢献した天災、ファルファンファ・ファンファ・ファアン。生み出した魔法は千を超えると言われている人物で、新しい魔法の研究に人生を捧げた魔女」
「生み出した魔法で人々の生活を豊かにしたと言われる一方、一説では魔法で一国を滅ぼしたとか…。中々の危険人物だよ」
「ふぁるふぁんふぁあん…」
わかったように深く頷く真夏。
「そして約1000年前、魔法史全盛期に当時の魔法使いを束ねて突如出現したモンスターと戦ったとされる至高の聖女、ミトリ・ベルク・アスター…。まあこの人の場合は、この人が強かったというか、この人が束ねていた人たちが強かったとか、そういったお話だったような…」
自分の持つ情報に自信がないようで首を傾げる双連。
「ミトリ姫は実在したアスタークの姫君だが、御伽噺の登場人物としての方が有名だからね。人に害をなすモンスターをやっつける、よくある昔話のモデルの人物だ」
舞杏の補足を聞いて真夏はふと思い出す。
「あ、そういえば…。浅見晶さんのお姉さん、皛さんのお話で、そのモンスターって現代で言うところの怪人だったんじゃないかって」
「うん、確かに。一部ではそう言われているらしいね。だが決定的な証拠は無いし、1000年間も姿を消していた説明がつかない…。可能性は否定しないけどね」
「はい、では三人目の八幡太郎魔将軍。約900年前の魔法史衰退期、卓越した魔法で戦場を駆け巡り、将軍の座に上り詰めた魔将。エルドランドの偉人で、この国で一番の魔法使いと言えば八幡魔将じゃないかな?」
「衰退期…?」
「そう、魔将が活躍した時代を境に魔法文化は衰退していく。…八幡魔将は戦で命を落とすんだが、なんでも八幡魔将を殺したのは魔法使いでも武将でもなく、たんなる一兵卒が放った一発の弾丸だったって話だ」
「モンスターも出てこなくなって、銃火器の登場で魔法は徐々に淘汰されてしまったみたいだね」
「へぇ~、科学の時代ってやつですね」
《誰が最強だったかはどうでもいいのにゃ、ご主人の魔法に頼りきった戦いはダメって言ってるにゃ》
「誰が最強だったかはどうでもいいのにゃ、ご主人の魔法に頼りきった戦いはダメって言ってるにゃ」
舞杏と双連にはスカーレットがニャーニャー言ってるように聞こえるが、こけさんがすかさず通訳する。
「あぁ、すまない。それは本当に申し訳ないと思って…」
話を途中で止めた舞杏は真夏、スカーレット、こけさんを順に見てとある疑問を抱く。
「…科学の時代…?」
それは真夏が言った言葉。
「どうかしたんすか?」
久しぶりに魔法史の話題に触れて学生時代を思い出したのか、双連はデバイスで魔法史年表を閲覧している。
「…いや、義務教育程度の魔法史だが、改めて見ると釈然としない部分があると思ってね」
「うん?どの辺がですか?」
「…魔法は古くからあったとされているが、それを広めたのはファアン嬢。数多くの魔法を開発して、魔法に利便性を求めた結果、習得に時間がかかる魔法が広まったんだろう?」
「そうですね。いつからと明言はされてないけど、ファルファンファ・ファンファ・ファアンよりもずっと前から魔法は存在してたみたいだし、その当時からしてみれば人生の大半を使ってでも習得する価値が魔法にはあったんでしょう」
「それから200年ほど経って、八幡魔将の時代から衰退してしまう…」
舞杏は真夏のカツ丼をじっと見つめながら考えをまとめている。
「銃火器の登場で魔法を学ぶより鉄砲を撃つ練習の方が効率的だったってことですね。モノさえあれば子供でも撃てますし」
「…衰退した魔法文明は今から500年前に飛行魔法を使う魔女を最後にして、その後これといった魔法使いの情報は残っていない」
「その時代にはもうほとんど魔法使いは居なかったみたいですし、最後の飛行魔女も凄い才能があった人かもしれません。…まぁ、その魔女はフェイクの可能性もあるようですが」
「フェイク?偽物だったんですか?」
「500年前に現れた飛行魔女。エルドランドの有名画家が残した一枚の絵、【空を飛ぶ魔女】とそれに付属された説明文だけが存在したとされる根拠になってるんだけど、変な服を着た金髪の女性が描かれてるんだよね。エルドランド人はほぼすべての人が黒髪だし、当時髪を金色に染めてる人なんて居なかったって話もあるから、画家の空想した絵って説があるんだよ」
真夏の質問に答える双連。
「その人が居た証拠も、飛んだ証拠もないんですね」
「時代が時代だからねー。写真でも残ってればよかったんだけど、写真技術が生まれたのってだいたい200年前だっけ?」
「そこだよ!釈然としない部分!」
突然大きな声を出した舞杏。真夏はカツを喉に詰まらせむせてしまった。
「確かに武器の進化は魔法を超えたのかもしれない。だが他はどうだい?1000年前の魔法使いは空を飛べて当たり前、でも500年前の魔法使いは空を飛べたか、居たかどうかも分からない。はっきりしているのは、人類が科学で空を飛んだのは300年ほど前。動力飛行はさらに遅れてその100年後だ。それから目覚ましい進化でこんにちのエアドライブに繋がるが…。人類が魔法を捨てるには早すぎるんじゃないかな」
「あぁ…なるほど…。科学の発展が魔法離れの要因とされる割に、科学技術がまだ発展しているとは言い難い時代…」
「そう、今の時代に手間をかけて空を飛ぶ魔法を習得するより、エアドライブで空を飛ぶってのなら分かる。だが当然その時代にエアドライブは無い。飛行機も熱気球すらない時代だよ。当時の人々は魔法によって手に入れた技能を代替もなく捨てたことになる」
「あ、あのぅ…。ひとついいですか?」
カツが抜けた真夏が小さく手を上げて質問する。
「ん、なんだい?」
「500年前の魔女の記録が曖昧ということは、1000年前のことはもっとあやふやだと思うんですけど、この世界の人は昔魔法使いが居たということを疑わないのはなんでなんですか?」
「あぁ、それはね、現代の暇を持て余したオカルトマニアが稀に魔法を使えるようになるからだよ」
「えっ!?魔法使いって普通に居るんですか!?」
質問に答えた双連に食い気味に言葉を返す。
「と言っても手品よりもしょっぱい魔法だよ。マッチ並みの炎を出したり、零れた水滴を動かしたりするくらいのね。飛ぶことはもちろん、真夏ちゃんみたいに魔法で光ったりもしないよ」
「そ、そう、なんでんすね…。でも、魔法の教本でもあるのなら見てみたいです」
「それがないってのも腑に落ちない。魔法の教本、魔導書と呼べるようなものは存在してないみたいだよ。ファアン嬢は魔法を口頭で伝えて回った訳じゃあないだろうにね」
「それこそオカルトマニアの空想作品みたいなグリモワールばっかりみたいですね」
「あぁ、それもあって現代の自称魔法使いはみんなしょっぱい止まりなんだろう…。私はね、この魔法使いの衰退は意図的なものじゃないかという気がするんだ」
「意図的に…?」
「誰がそんなことを?」
「そう…。例えば、1000年前のモンスターが現代の怪人と同じものだったとして、それを裏で操っていた奴等かな?」
「現代で言うと私達の敵ですね」
「うん…だとしたら、私達の敵は1000年続く悪の組織なのかもしれない。魔法文化を駆逐しきったところで怪人化事件を再び蘇らせて、暴利を貪る…」
「あるあ…いや、ないでしょ。そんなことの為に1000年も労するなんて、非効率的です」
「駄目かぁ~。いい推察だと思ったんだがね…」
「はぁ…。とにかく、私達の敵はとても強大。真夏ちゃんの負担を軽減したいのは山々なんだけど、頼らざるを得ないんだよね」
軽くため息をついた双連は舞杏の推論をあしらい現状の問題点に話を戻す。
「わ、私なら大丈夫ですよ。公安に拾ってもらった身です、できることならなんだってやります!」
「そう言ってもらえるのはありがたいね」
「えぇ、私達も真夏ちゃんの力の底を調べて限界を超えないように見守りましょう」
「あぁ、もちろんだ」
舞杏は頷いて微笑み、双連はポンと手を叩く。
「そうだ、なんだかんだ有耶無耶になってた真夏ちゃんとネコちゃんの歓迎会もやっちゃいましょうよ。真夏ちゃんのことをもっと知る為にも親睦を深めることは重要なことです」
《美味しい肉はいくらでも食べれるにゃ》
「美味しい肉はいくらでも食べれるにゃ、と」
「ふむ…。なるほど、そうだね…」
舞杏は両肘をついて顔の前で手を組み真面目な表情で言う。
「西園寺君。その件についてはもちろん賛成なんだが…。金を…金を貸してくれないか…!」
「はぁ?何でそうなるんですか」
「給料日前で金が無いんだよぅ!このような会は上司が出してこそ威厳が保たれるってもんだろう?だが生活費ももうすっからかんだよ!エルドランド杯が…。年に一度のエルドランド杯が悪いんだ…!」
悔しそうに涙を浮かべる舞杏。
「競馬ですか…」
「西園寺家の財力で、私の威厳を保たせてもらえないか」
「安心してください。主任に威厳なんてありませんから」
「んなっ、んだと…!?」
「給料日まで実家に養ってもらってくださいよ。真夏ちゃんは、どうかな?今日あたり歓迎会、やっちゃう?」
自分達を歓迎するための会。だが浮かない顔の真夏。
「あの…。いいんでしょうか…。そんなに浮かれてしまって」
真夏の脳裏にシュープリーム島での惨劇がよみがえる。
駆逐艦が爆発して数分後に公安六課課長の清水が応援を引き連れてやって来た。しかしミサイル攻撃の被害は大きく、シュープリーム島は人が住める環境ではなくなってしまった。着弾したミサイルは集落と山地を焼き、山林火災は島の設備で消すことができずに燃え広がった。本土からの消防が到着した時には既に手遅れとなり、消防は集落への延焼を抑えることで精一杯だった。結果、シュープリーム島の島民は全員本土への避難が余儀なくされて避難民となっていた。
それから三日。火災は鎮火したものの、住民の帰島は島の復興調査が終了してからになることが決まり、未だ島民は家に帰ることができていない。
「私は…。シュープリーム島の人達を助けることができませんでした…」
「いや、我々はやれるだけのことはやったさ」
俯く真夏を舞杏は真っ直ぐに見つめる。
「我々、特にキミが居なければ、島民は皆殺しになっていただろう」
島民と観光客のおよそ2割が犠牲になった怪人群発事件。悔いが残る事件だった。
「はっきり言えるのは、真夏ちゃんがしょんぼりしてても何も変わらないってことだよ。助けられる命は助けることができた。それが一番大事なことじゃない?」
双連はしょんぼりしている真夏の鼻をつまんで顔を上げさせる。
「ふぐぅ」
「英気を養うのも仕事のうちってね!」
「よしっ!鍋だ!今夜は鍋パーティーだ!」
ドン、と立ち上がり鍋パーティーを宣言する舞杏。その時スッと部屋の扉が開いた。
「…君達…。取調室でランチしないでくれるかな」
顔を出した清水は呆れた表情をしていた。
「みんな、課長室に来てくれるかい…?」
清水の静かな声に真夏の肩がビクッと震えた。
エール駐屯地内女子寮の屋上。円は一色から預かった彼のデバイスを持っている。
命令違反、無断出撃の責を問われて一色は営倉に収容されていた。
一色がシュープリーム島へ出撃する前、彼は上官の西田からの命令を断り単独でシュープリーム島へ向かう事を決断した。それはすべての責任を自分一人で背負うという事であった。
(一色軍曹は責任を一人で被った。…首都怪人群発に備えた判断…。でも、軍の暴走に対して動ける人間を残したという事でもある…)
『このデバイスに公安六課課長の連絡先が入ってます』
そう言われて預かったデバイス、セキュリティ解除コードまで教えられている。
(お人好しがすぎるでしょ…)
何かあった時の為、公安六課と繋がるデバイスを託されていた。
帰還した一色は即座に連行されて話すことすらできなかったが、帰還直前円に戦闘記録を送っていた。
(結局、首都で怪人は発生せず、シュープリーム島では駆逐艦による島民虐殺未遂…。公式声明は出されていないけど、西田准尉は『怪人群発災害を処理する為やむを得ない措置だった』と説明されたらしい。その後の爆発については、不明、調査中と…。調査が終わり次第公式発表するみたいだけど、いつになるのか…。そもそも発表する気が無いのかもしれない。いつものやり方じゃないか…)
一色の戦闘記録には明らかに駆逐艦と戦った映像が残されている。
(このデータを公表すれば防衛省の主張に矛盾があることを指摘できる。…でも、今はまだ公表すべきじゃない…。公安も同じデータを持ってるなら、下手に動く必要はないから。私が動くとしたら、一色軍曹が不利な状況に陥った時、かな)
円は深く息をついき、周囲に人が居ないことを確認して自分のデバイスでどこかへ連絡する。
(…でも…)
『…はい』
音声通信に応えたのは男の声。
「…タングス…。報告しておきたいことが…」
(ふぅ…よかったです。怒られる訳じゃないみたいですね)
課長室に呼び出された一同が着席すると清水はデバイスでシュープリーム島の画像を浮かび上がらせ、十数枚の資料をそれぞれ真夏と双連に渡した。
「うん?それは?」
資料を渡されなかった舞杏は向かい合う席の2人を覗き込もうとするが、清水が咳払いをして話し始めたのでそちらを向いた。
「…君達にも伝えておくべき情報だ。幸谷さんが来てから状況は大きく変わった。その文書についてもだ」
「…これは…」
真夏が1ページ目を読み始めた頃には既に全てに目を通した双連が難しい顔をする。
「浅見文書。15年前、浅見信三が残した調査資料だ。怪人事件にも関係する部分もあるが、今まで君達に伏せていたのは…」
「ちょっとちょっと、そーゆー大事なことは私にも見せるべきじゃないのかい?」
割って入る舞杏。
「あー…。鷹司主任…。君には既に見せている資料だよ」
「へ?」
舞杏は首を伸ばして真夏の手元を覗き込む。
「伏せていたのはまあ、こういうことだ…」
「とても、信頼できる資料じゃありませんね」
「そう…。証拠もなく見せられても鷹司主任のように頭の片隅に置き忘れてしまうだけだろうと思ってたんだ。まあ西園寺はその辺うまく記憶してくれるかもしれないが…」
「ん…あぁ、あれか」
資料を見て思い出した舞杏は首を戻す。
「え、ちょっ…もう読み終わったんですか…?」
資料を置く双連に慌ててページをめくる真夏。
「要するにこれは、人の体を乗っ取ることができる精神生命体の存在を示唆する資料」
「ふぇっ?」
「そうだ、これまで憶測の域を出ないものだったが、これを裏付けるような事案も発生している」
「…と言うと…。堀田ラインの件に、浅見三子…そもそも、浅見信三の事故も…!?」
資料に関係する例を思い浮かべる双連。清水はゆっくりと頷く。
「更に今回、証拠になり得る写真を手に入れたが…。鷹司主任。シュープリーム島での駆逐艦の行動、これをどう思う?」
「駆逐艦の…。あれは…権力でどうこう操れるものじゃないだろうね。駆逐艦の乗組員がシュープリーム島を攻撃する理由がない」
「オフレコだが、防衛省は怪人被害で壊滅したシュープリーム島から怪人を駆除する為に駆逐艦で総攻撃を仕掛けた、と言う説明をしているらしいが、少なくとも一色軍曹が立ち塞がった時点で乗組員は島が壊滅状況にあるか否か、再考する必要があったはずだね」
舞杏の意見を補足する清水。
「その後の自爆がなければ、【命令されて】の言い訳も通じただろうけどね」
「命懸けで…。ハイジャックの人達みたいですね…」
真夏は会話を邪魔しないようにぽつりと言ったが舞杏はしっかりと聞き取った。
「理想なき革命家とは違うかな。人を守る為に防衛省に入った人間が、人を殺すために力を振るったんだ。立場が危うくなって自爆、なんて話は通らないだろう。この行動に信念なんて無い」
「人質が居た可能性はありますね。仕方なく命懸けの命令を受ける理由にはなりそうです。それに、爆発は遠隔の可能性もあります」
「うん、人質が居たら自分の命を差し出す人もいるだろうが…同時に数十人の人質となると、反乱される可能性もあるだろうし、現実的じゃないかもしれないよ。同じ状況下にある人間達が海上で結託すれば離反するのは容易だ」
「確かに、難しい問題ですね…。でもこれが、人の体を乗っ取る精神生命体が居れば簡単な話になるってことですか?」
清水は双連の質問にデバイスで表示している画像を切り替える。
その画像は駆逐艦の爆発でバラバラになった死体の写真。
「うぇっ…!」
口からカツ丼が出てきそうになる真夏。
「この写真、無惨な死体だが、死因は恐らく頭部に受けた弾丸」
「自爆が原因じゃない?」
「見つかっている死体の半数は自爆される前に銃殺された可能性がある」
「!?」
「…よくそんな写真持ってこれましたね」
「サルベージに従事しているダイバーに個人的に謝礼をして手に入れたものだ」
「ふふっ、流石ですね、生活費までギャンブルにつぎ込む誰かさんとは大違いです」
「今それどうでもよくなぁい?」
「ともあれ、駆逐艦内部で何かが起こっていたことは確かだ。そして駆逐艦のバトルフレームで死んでいた人物は、バトルフレームの操縦士ではなく一等航海士だったらしい…」
「駆逐艦の異変に逃げ込んだのかい?」
「いや、操縦士用のスーツを着ていたみたいだからね、状況に応じて出撃する予定だったんだろう。それからもう一つ。シュープリーム島に到着する直前、島の方から本土へ向かう1台の透明化したエアドライブを発見した。警戒していたからこそ見つけられたものだ。確認に向かわせ、十人以上乗っていたようで、追跡に向かわせた人員ではすべてを追えなかったが、その内の1人が堀田ラインの住居へ入っていくのを確認した」
「へぇ…急に人格が変わった堀田君のお友達か…」
「…島民虐殺未遂、駆逐艦内での殺し合い、奇妙な人員配置と人間関係、複雑に入り組んだ事件だが、精神生命体の存在が関与している可能性もある、と心に留めておいてくれ」
一同は静かに頷いた。
《座ってるだけのハゲじゃなかったのにゃ~》
裏で仕事をしていた清水に感心するスカーレットの言葉をすかさず通訳するモノが居た。
「座ってるだけのハゲじゃなかったのにゃ~」




