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#1 魔法使いですが?



 リェンがボタンをポチッとした瞬間、眩い光に包まれた真夏はほんの一瞬で異世界へと飛ばされた。

「へっ!?なに!?女神様!?こ、ここはどこ!!?」

 焦る真夏。体を取り戻し、視線の先にはまぶしい光、太陽のような恒星が一つ。手足の感覚も戻り、自由に動かすことが出来る。青い空、怖いくらいに青く染まるその空間で真夏はジタバタしながら只々落ちる。

「落ちてる!?落ちてるぅーーー!!!」

 背中から落ちていた真夏はジタバタしている内にニュートラルなポジションになり腹から落下する。

「あばばばばばばっ」

 大気に身体を打たれて頬の肉が震える。

 地上は見えない。真夏は遥か雲の上から落下しているのだ。

「たじゅけて女神しゃまーー!」

 助けを求めるがおっとりとした女神は現れない。女神のことを考えた真夏は自分に与えられた転生特典を思い出す。

(……!魔法!今の私は魔法で空を飛べるはず!?)

 真夏はこの状況を自力で打破するべく気合を入れる。

「ーーーッ!!!」

 が、一瞬で諦めて涙を浮かべる。

「使い方だけでも教えてくれませんかーー!?」

 飛ぶことも、速度を緩めることも出来ずに真夏は雲の中に突入した。

(ああ、女神様!第二の人生はあっという間に終わってしまいそうです。魔王の姿も見ることなく、何のお役にも立てませんでした。このまま地面に衝突して、私…)

「また死んじゃうんですかーー!!?」

 迫り来る死に恐怖する。一度体験したからといって慣れるようなものではない。

「っていうかこれ!女神しゃまの責任ですよねー!?さっさとポチッて転生させる場所間違えたんじゃないんですかーーー!?」

 その場にいないリェンにクレームを入れる真夏。

「女神しゃまのドジ!おっちょこちょい!あん!!ぽん!!!たーーーーんっ!!!!!」

 声の限りに叫んだ真夏は身体を丸め、目を閉じて襲い来る衝撃を怯えて待つ。しかし、雲を抜けた真夏に近づくものがある。この世界でエアドライブと呼ばれるマシン、空飛ぶバイクのようなものに乗った少女はマシンを巧みに操り、真夏の進行方向と速度に合わせて飛ぶ。

「ねえ!もしかしてアンパラ無いのー!?」

「ひぇーーー!?」

 突然現れた謎の人物に驚く真夏。ヘルメットにゴーグルとマスクをしていて顔は見えないが、華奢な体躯とその声で少女だということは分かった。

「だ、誰ですか!??」

「悠長におしゃべりしてる暇ないじゃんね!?アンパラ!安全パラシュートはどーしたのー!?」

「持ってないですぅー!」

 その言葉を聞いて真夏を掴んでエアドライブに乗せる少女。

「あぅ!」

 真夏はマシンと操縦する少女に挟まれ、干された布団のような体勢になる。少女はエアドライブの速度を落としてゆっくりと下降していく。

「あ、あなたはもしかして、女神様…?」

「あはは、女神じゃねえよ。ただのパン屋の娘だよ」

(え?空飛ぶパン屋さん?)

「にしてもキミさぁ、アンパラ着用は義務だろ?ルール守んないと、また規制が厳しくなっちゃうじゃんさ」

「ず、ずびばぜん、ルールとか、使い方とかよくわからなくて…」

「…まぁいいけどね、とりあえず降ろしてあげるけどさ、大丈夫?怪我とか、他に一緒に落ちた人とかいない?」

「か、かたじけない、です。大丈夫です。おかげさまで無傷で蘇ることが出来ました…」

「あははっ、ゾンビかよ」

 エアドライブにしがみつきながらも安心して余裕がでてきた真夏は眼下に広がる光景を目にして口をポカンと開ける。

「はへ~?」

 そこには現代日本、東京の街並みを遥かに超えるほどの大都市が広がり、無数の空飛ぶバイクや車が飛び交っていた。

 1000メートル級の巨大なビルが乱立する都市の姿は前世の世界を超える技術レベルであることが一目で見て取れる。

「あ、あの~。つかぬ事をお聞きしますが…。この世界に魔王様とか、いらっしゃったりします…?」

「魔王様?…ん~、先月倒しちゃったな~」

「(パン屋さんが)倒しちゃったんですか!!?」

「あははっ、私も好きだよ、ゲーム」

(な、なんだゲームの話か…)

「憧れるよね、ファンタジーな世界って。現実にそんな魔王が居たらミサイルとかでブッ飛ばされちゃううだろーけどさ」

「あ、あはは…。そうですよねー…」

(そ、そういう世界ですか…。女神様。転生場所どころか転生する世界間違っちゃってますよぉ?)

 真夏は目を丸くして都市を観察している。

 空飛ぶマシン達、エアドライブは高度が高いほど速度が速く、低いほど遅く飛んでいる。地上に近づくほどその数は多くなり、空中を移動しているとはいえ皆ルールに則って流れるように飛んでいる。

 巨大なビルはもちろん、低層施設にまでエアドライブの発着場が整備されていて壁一面にエアドライブが駐車されているビルもある。

「ねぇキミもしかしてエールは初めて?」

「え、えーる?」

「やっぱり初めてだ。エールも知らないなんて外国の人ー?」

 都会に出てきた田舎っぺのような気分になる。

「そうですね…。初めて訪れる国ですかね…。今来たばかりというか、第二の人生始まったというか…」

「へー、異国の地で第二の人生?若いのにアグレッシブじゃんね!それじゃあ、とりあえず。エルドランド、首都エールへようこそ!ってね!」

 二人が乗るエアドライブはビル群の高さまで下降し、周りに合わせてゆっくりと飛ぶ。

 少女はゴーグルとマスクを外して素顔を見せる。

「あたしはホルス、伊月帆流栖。伊月パンの看板娘さ」

 明るい笑顔で自己紹介をするホルス。

「あ、すみません。助けていただいた身で自己紹介もせずに…。私は幸谷真夏と申します」

「まなっちゃんかー、よろしくねー!」

 握手をしようと手を伸ばすが干された真夏とは手が届かない。ホルスは近場にあった真夏の尻をぺしんと叩いて親愛の情を示した。

「へうっ!?」

「あははっ!」



 商業ビルの屋上の駐車場、ホルスは慣れた運転で空いたスペースに着陸する。

「ありがとうございました。ほんっとうに助かりました!」

 地に足がついた真夏は少しふらついている。

「困った時はお互い様じゃんね。配達帰りだし、このまま警察とか交通局まで送ってこーか?」

 ふらつく真夏を心配するホルス。

「け、警察…!?とかそういうのはちょっと…。何というか、困るというか…」

「ん?大丈夫?事故なんでしょ?あんな高高度からアンパラ無しで落ちてくるなんてよっぽどじゃん?旅客機から落っこちるなんてね…?」

 ホルスはヘルメットを外しながら思案する。

「旅客機から落ちる…?そんなこと……!まさか事故じゃなくて事件!?誰かに落とされたってこと!?事故に見せかけた殺人未遂事件じゃんね!?」

「あ、違いますぅ…」

「違うのー?」

「は、はいぃ。なんというか、神の思し召しとでも言うのでしょうか…?導かれたことに間違いはないというか…。と、とにかく事件性なんてありませんので、ご心配なく」

「ふ~ん…それはそれは…」

 心配するような表情から真夏を怪しむ顔に変わる。

「…怪しいじゃんね」

(ひぇっ!?怪しまれてる!通報されたりしたら困る!…でも、行くところもないし、ここで何をしたらいいのかも分からない…。警察のお世話になるのも仕方ないのかな…?別の世界で死んで、女神様に転生させられたって信じてくれるかな?頭のおかしな人だと思われて、クサい飯を食べさせられるんですか?…いきなりハード過ぎますよ女神様ぁ…。はぁ、辛いや…)

 考えても正解を見つけられない真夏の目には涙が浮かぶ。

「うぅ~…弁護士は、呼んでいただけるのでしょうか…?」

「え!?ホントに?まなっちゃんが加害者的なカンジ!?やっばぁ~、大人しそうな顔して世間に背を向ける反逆者じゃんさ!?軍隊に通報だー!」

「軍隊が相手するほどの者ではありませんよぉ!?私ほどの小者、モデルガン相手に裸足で逃げ出す自信があります!」

 何故か堂々と言い切る真夏にホルスは笑ってしまう。

「あははっ!冗談だよ、まなっちゃん悪いヤツには見えないじゃん?言いたくないことは言わなくたっていいよ~」

 ホルスは金髪の癖っ毛を整えてヘルメットを被り直す。

「そんじゃ、ここでサヨナラでいいかい?」

「え?あ、はい、助かります…。どうも、お世話になりました…」

 見逃されたことで安心して気が抜けたのか、頭を下げてお礼をするのと同時に真夏のお腹がぐぅっと音を鳴らす。

「はわっ!?」

(そういえば昨日から…?死ぬ前から半日くらい何も食べてませんでしたぁ)

「あははっ」

 赤面する真夏をよそにホルスは親指を立てて荷台を指す。

「乗ってくかい?」

「へ?」

「ウチはぁ、パン屋だぜぃ?」

 二ッと笑うホルスに釣られて荷台を見るが伊月パンのロゴと鳥を擬人化したキャラクターが描かれた配達用の荷箱が取り付けられていてそこに乗ることはできない。

「あ、えっと、ありがたい申し出なのですが後ろには先客がいらっしゃるようで…」

「あ…」

 ホルスは振り向いて一瞬固まるが姿勢を戻すと、ここにおいでと真夏が元居た場所をトントン叩く。

「結局ここが一番安定するじゃんね」

「かたじけないです…」

 躊躇したものの何の当てもない真夏はホルスの好意を受け取り干された形で飛んで行くのだった。



 数分飛行したところで年齢の話になった。

「え!?まなっちゃん年上だったの?」

「そうなんですか?ホルスさんはおいくつで?」

「14」

(14?中学生!?空飛ぶ乗り物運転してるのに中学生!?)

「随分とお若いんですね…。年下かもとは感じてましたが、これに乗ってたからもう少し上だと思ってました」

 真夏はエアドライブをトントンする。

「うん?エアドライブ?免許取得は12才からじゃん?」

「12!?それは流石に危険なんじゃ…」

「まなっちゃん…。古代人みたいなこと言うじゃんか。エアドライブなんてイマドキ自転車よりも安全じゃん」

「そうなんですか?」

「そうじゃん?アンパラ着用義務を無視する誰かさんにとっては自転車の方が安全じゃんね」

「その節はどうも…」

「あははっ。とは言え年上にタメ口はまずかった?」

「いえ、そのままでいいですよ」

 干された姿の真夏はなんの威厳もなく年下のタメ口を受け入れる。

「そう?じゃあこのままで。なんかまなっちゃんて守りたくなるタイプで年上って感じしないじゃんね」

「それは、初めて言われました…。最近原付の免許をとって少し大人になれたと思ってたんですけど、この世界では中学生が空を飛ぶんですね…」

「げんつき…?」

 ホルスは首を傾げる。

「原付バイクです。…原動機付自転車?だったかな?ガソリンで走るちっちゃなバイクですね」

「ガソリン!?ガソリンってあの、すぐに爆発しちゃうヤツ!?そんなのまだ売ってる国があるんだね」

「確かに、危険物ですけど…。そういえばこのエアドライブ?ってどうやって飛んでるんですか?」

 真夏は不思議に思ったことを口にする。プロペラもジェットエンジンもないこのエアドライブは原付ほどの音すら出さずに高速で飛んでいる。

「電磁力じゃん。水を入れて電磁力で飛ぶって習ったじゃんね」

(電磁力で飛ぶ?…水が電磁力に…?あぁ、もう完全にSFの世界じゃないですか…。こんな世界に魔法使いになって転生しちゃうなんて…。女神様、転生特典のクーリングオフってできませんかぁ?)

「詳しいことは分かんないけど、水を入れるタンクで元素分解された水素を使って発電して、ぶつかると磁力を発生させる電磁波を使って飛ぶとか…。詳しく知りたいならウチの常連さんに詳しい人いるから今度紹介してあげるじゃんよ」

「あ、いえ結構です。詳しく説明されてもたぶん理解できません…」

「だよねー、まぁ乗る分には乗り方さえ分かればそれでいいじゃん?」

「ですよねー」

 伊月パンの看板が掛かったログハウス風の店舗が見えてきた。

「ほら、ウチが見えてきた」

「あ、看板にもゆるキャラがいますね」

「キャラス君ね、特に人気がある訳でもないウチの看板キャラじゃんね」

 裏の倉庫との間のスペースに着陸する二人。

「到着~!ささ、焼きたてパンが並ぶ時間じゃん、こっちこっち」

 ホルスは先導して店舗に入る。

 良い匂いがする方向へ真夏もついていく。

(あ、そういえば私お金持ってな…)

 真夏がいつも財布を入れるポケットに手を当てるとそこには財布が入っていた。

(あれ?そういえば私の服…。死んだ時の服装…?……!?)

 慌ててコートの内側を確認する。

(血は…ついてない…か)

 安堵、もしくは寂寥感からくる小さなため息をつく。

(でもお金…。こっちじゃ使えないですよね…)

 次いで絶望のため息。

「はわ~!」

 入店すると焼きたてパンの香りが一段と食欲を湧かせる。

 店内にいる数名のお客が列を作っている。レジは機械化されていて選択した商品がショーケースから自動で集められて渡される仕組みのようだ。ガラスの向こう側の厨房でせっせと働いている二人の男女がホルスの両親である。

 列に並ばずに入り口付近でもじもじしている真夏にホルスが近づく。

「どうしたの?食べたいの無かった?」

「い、いえ、そうではなく…。うぅ~…」

 真夏はダメ元で財布からお札を取出しホルスに見せる。

「このお金って使えますか!?使えませんよね!?両替ってできます!?ていうか見たことないですよねこんなお金!?」

「お~、現金。流石まなっちゃん、イマドキ珍しいけど使えるよ。レジの使い方分からないなら教えてあげるじゃんね」

(え!?使えるんですか!?日本円が?)

 真夏は自分がとりだしたお札をまじまじと見つめる。

 慣れ親しんだ紙質のお札に描かれているのはゲームやアニメで大人気、ペカットモンスターを代表するキャラクター。

(ぺ、ペカチュウ!!?)

 気付いて吹き出してしまう真夏。

(なにこれニセ札!?ホルスちゃん気付いてない?現金が珍しいみたいだし、気付かないのかな?こんなよく出来た子供銀行券で買い物なんてしたら……逮捕まっしぐらですか!?)

「は~い、まなっちゃんの番じゃんね」

 焦って固まる真夏の手からペカチュウをゲットしたホルスはそれをレジに投入する。

「はぅっ!?ち、違うんですこれはっ!……?」

 レジは1000円の表示を出すと商品を選択させる画面に移る。

「…あれ…?…使えた…の?…ペカチュウ…?」

「どれにする~?」

 ホルスの声にぐうぅ、っとお腹の音を鳴らす。

「お、おすすめをお願いします…」

 どこか申し訳なさそうに目を伏せる真夏。

「そう?じゃあ、任せてもらうじゃんね」



 伊月パン二階のイートインコーナーでパンを貪る。

「お、美味しい!」

 ホルスおすすめの数種類のパンが空腹を満たすと真夏は落ち着きを取り戻して財布を広げた。

(ペカチュウ、かと思ったけど少し違うキャラクターですね。千円札がペカチュウもどき、一万円札は未来のカピバラ型ロボットゴザえもんのようなキャラクター…。五千円札は誰が描かれてるんだろう?)

 財布から取り出したお札は一万円札一枚に千円札が七枚。

(これがこの国の通貨…。使った千円を足して一万八千円…。私が前世で持ってた金額と同じですね。つまり女神様が事前に両替を済ませてくれてたってことですか)

 甘いコーヒーでパンを流し込みながら周りを観察する。

(パンのラベルに看板やポスターの文字、私普通に読めてるし、言葉だって通じてる。最低限この世界に適応されてるってことみたい…)

 真夏が思案しているとパン屋の女将が声を掛けてきた。

「珍しいね、若いのに現金派かい?」

「へっ!?あ、女将さん…。現金派というか、現金しか持ってないというか…」

 パンを買うときに紹介されたホルスの母はポットを手にしている。

「まなっちゃんは古風じゃんね」

 トレーにサンドウィッチとドリンクを乗せてきたホルスが真夏の対面に座る。

「ふーん、外国じゃあまだ現金が主流なところもあるんだろうね。どこから来たんだい?」

「え、えっとぉ…。日本って国なんですけど…。ご存じないですよね?」

「にほん?聞いたことないねぇ。どのへんにあるの?」

「ひ、東の方ですかね…?」

「アバウトだねぇ。観光かい?エルドランドには何しに?」

 歯切れの悪い答え方をする真夏に少しの不信感を持つ女将。

「何しに…?私、何しに来たんでしょうか…?」

(この発展した世界にどんな脅威があるんでしょうか?この世界の人達に解決できないようなことを私がどうにかすることなんて出来ないですよ…)

「うん?自分で分からないのかい?」

 命の危機が去り、お腹が満たされた真夏は自分が何をすべきか分からず途方に暮れる。

「まなっちゃん、空から落っこちてきたんだよ」

 能天気な声をだしたのはホルスだった。

「ちょっと調べてきたんだけどさ、あの時、あの空域であたしより上を飛んでたものは何もなかったじゃんね」

「そうなのかい?ってかあんたまたそんな高度まで行ってたんか」

 女将の表情が変わる。

「そ、だからさ、まなっちゃんは天界から落ちてきたんじゃん!?」

「天、界?」

「ははっ、御伽噺さね。神々が住まう世界がこの世界の空と繋がってるというね」

「なるほど…?」

(御伽噺…。私の境遇を話したとして、この世界の人はどのくらい信じてくれるんだろう?…転生のこと、話しちゃダメとか言われてないし、相談させてもらおうかな…?)

「あ、あの!」

 重い腰を上げた真夏はパン屋の親子をまじまじと見つめる。

「お食事中に失礼なのですが、この世界で死んだ人間って生き返ったりするのでしょうか?」

「無理じゃんね」

 即答のホルスはサンドウィッチを頬張る。

「これだけ科学が発展しても生物の死は克服できないねぇ」

 女将は真夏の空いたコップにお代わりのコーヒーを注ぐ。

「あ、ありがとうございます。…実は私、一度死んでしまって、女神様に転生させられてこの世界に来たばかりだったんです」

 しれっと境遇を話す真夏。冗談として受け取られてもいいと思っての発言だった。

「女神様に転生?面白いことを言うね」

「転生ってさ、あのまま落ちてたら死んでたじゃん?」

「あ、はいぃ。ホント、女神様って案外ポンコツなのかもしれません」

「失礼な子だねぇ、女神様、名前は聞いたりしたかい?」

「はい、えっと……。り、りお…?…り…りえ…。リオン様、だったと思います」

 初見の相手をなかなか覚えられない真夏はリェンの名前をしっかりと忘れている。

「リオン様か、聞いたことないねぇ」

「一応、転生特典とかで魔法が使えるようにしてもらえたんですけど、ないですよね、魔法」

「魔法は、あるじゃんね」

 バクバクとサンドウィッチを食べていく途中、頬を膨らませながらホルスが答える。 

「あるんですか!?」

「あるって言うか、あった、かな?学校でも魔法の歴史は習うじゃん?非効率だから廃れて失われたって。なんでも才能ある人が何年も訓練してやっと使えるようになるけど、才能があるか無いかは何年もやってみないと分からないって、科学の方が合理的じゃんね」

「そうさね、真夏ちゃんの話、ここで失われた魔法を使ってみてくれたら少しは信じられそうだね」

 親子の視線が真夏に突き刺さる。

「うっ…。ごめんなさい…。魔法、使い方分かりません…」

「あははっ、勿体ないじゃんさ。転生特典」

「ごもっともです…」

 陽気に笑うホルスとがっかり肩を落とす真夏。

「う~ん…。魔法を教えられる人なんてこのご時世……。魔法についてどれだけ知ってるか分からないけど、ウチの常連さんにそういった神秘やオカルトを研究してる子がいるから今度紹介してあげようか」

「そのようなお方が…?是非よろしくお願いします」

「ホルス、真夏ちゃんと連絡先を交換しておきな」

「おっけ~、まなっちゃん、連絡先ちょーだい」

 ホルスは左手首につけたブレスレットのような装置をタッチして空間に画面を浮かび上がらせた。

「ひぇっ!す、すごい…。モニター?が浮かんでます…」

「…まなっちゃん?デバイスは?」

「すぅ…」

 真夏はポケット探って前世で使っていた端末を取出してホルスに差し出す。

「こちらのガラケーと連絡先の交換はできますでしょうか…?」

「…?ガラ、ケー…?」

 ホルスは母親にこれ何?といった顔をしてみせる。

「これは通信端末なのかい?」

「はい…。日本独自の進化を遂げた携帯型の電話となっております」

 女将は真夏の端末を手に取り二つ折りのそれをパカッと開く。

「こ、これは…。百年以上昔のモノじゃないかい?」

「そこまで古いものですか…?まあ、私の世界でもほぼほぼ死滅したモノなんですけど…。一番安いプラン使ってまして…」

「……。うん、分からん。使えそうな感じはしないねぇ」

 少し触ってみて、諦めて真夏に端末を返す女将。

「ですよねぇ。そもそもこの世界にドコポの電波届いてないですよね~」

 真夏も自分で端末の画面を見て圏外の表示を確認する。

(女神様でもドコポのサポートまではしてくれませんか…)

「まなっちゃん、使えるデバイスもない、お金も一万ちょっと。そんな状態で第二の人生はハードモードじゃんね。今回は諦めて、またしっかり準備してエルドランドにおいでよ」

(はぅっ、中学生に諭されてます!?…やっぱり転生なんて信じてもらえないんだ…)

「そのガラケーでご両親と連絡はとれるのかい?家まで送っていってあげたいけど、外国なんだろう?外国となると今からはねぇ…」

 女将の視線の先にある壁掛けのデジタル時計は13時を示していた。

「ちゃんと帰るって約束できるならウチに一泊ぐらいしていっても構わないよ」

(はぁ…。家出と思われてます…。でも泊めてもらえるのはありがたいです)

「あ、でも私親とかいないので…」

「…え?」

(どうしましょう…。親がいないなんて話しても、家出って思ってるならなら嘘だと取られるかも)

「両親ともいないの?」

 ホルスが悲しそうな顔をする。

「はい、私、生まれてすぐに親に捨てられたみたいで…。生後数日から施設で育ててもらったんです。施設では良くしていただいたのですが、15才になった時に父親を名乗る人が現れて…。病気で余命宣告されて最後に、って。でもDNA鑑定とか、親子関係を証明する手続きしてる間に亡くなっちゃったんですけどね」

「うぅ…。お母さんは…?」

「分かりません。父親とも話せてませんし、音沙汰なしです」

「第一の人生からハードモードじゃんね…」

「施設は?頼れる人はいないのかい?」

「いました、けど都市開発とか施設移転とかがあって、父親の遺産を受け継いじゃった私は15才で施設を出されちゃいました。遺産と言っても父が残したのは古くて小さな家とほんの少しのお金だけ。決まっていた高校に進学することも出来ずに父の家がある他県の田舎に引っ越しました。それからはボロボロの家とバイト先を行き来する毎日です…」

「まなっちゃんはもう働いて、一人で生活してたんだね。偉いじゃん」

 真夏の話に薄く涙を浮かべるホルス。

「はい、接客のアルバイトは三日でクビになったので、新聞配達とスーパーの品出しに落ち着きました」

「三日でクビって、なにしたじゃんね」

 あははと小さく笑うホルスの目から涙がこぼれる。

 その一方でボロボロと涙が溢れ出ているのは女将だった。

「あんた…!苦労したんだねぇ!」

 真夏の肩をガシッと掴む女将。

「私はねぇ!行き場をなくして途方に暮れる子どもを見捨てるなんて出来やしないんだよ!裏の倉庫の二階に空き部屋がある。この国でどう生きるか決まるまで使えばいいさ!」

 上を向いて涙を止めようとするその意思に反して涙は流れ続ける。

「職がないならウチを手伝いな。小遣い程度しか出してやれないけどねぇ、三食くらいつけてやるよ!」

「い、いいんですか!?そんな破格な待遇!?う、嬉しいです!私、近所のパン屋さんで貰えるパンの耳を揚げて砂糖をまぶして食べるのが大好きなんです」

「わびしいねぇ!パンの耳くらいいくらでも食わせてやるよ!」

 

 幸谷真夏はパン屋でお世話になることになった。



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