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#16 開演



「魔女めっ!」

 ドン、とテーブルを叩きつけてタバコの火を雑に消す。

 EFS331便の翼が衝突し一部が破壊、焼失した自由人民党本部。被害を免れた下層階の会議室に竹中派の議員が数名集まっている。その中でも一番老いた議員は消したタバコを灰皿に捨てるとまたすぐに新しいタバコに火をつけた。

「まあまあ、六階さん。そう、かっかしないで。プチンと逝っちゃうよ~」

 禿げた老人をからかうように宮沢屋洋一郎は椅子にふんぞり返る。

「ふん!我等の資産が焼かれたんだぞ!落ち着いていられるか!」

「一部だよ、一部。ここに置いた資産のほんの一部だ。慌てるほどじゃない」

「しかし魔女はどうする!?またしても我等の邪魔を…!」

「きっちり借りは返すよ。この件については、米ちゃん。抜かりないね?」

 老人2人と比べるとまだ若い男が答える。

「ああ、任せてよ。きっと六階さんも満足するはずだよ。魔女の処理と同時に、失った資産の回収もできるからね。次のショーを楽しみにしててよ」

 がっちりとした体格の男はニヤニヤと卑しく笑った。



 EFS331便ハイジャック事件。

 警察と防衛省はハイジャックされた機体に少数精鋭の部隊を送り込み、ハイジャック犯の制圧を試みた。その一方で墜落予告された自由人民党本部周辺にバトルフレームを配置、突入班が失敗した際にメイン推進機を破壊しバトルフレームによる機体の制御を行う。不測の事態に備え公安所属の魔女を補佐に就けることとした。

 結果として突入班の制圧は失敗。メイン推進機の破壊もハイジャック犯の妨害により失敗、右翼を失うことになった。しかし、補助として置いていた魔女が成果を挙げ民間人の死者を出さずに事件を解決することができた。

 事実は捻じ曲げられて報道された。

 エルドランドにおいて稀に見る事件であったが、このハイジャック事件が大きく取り上げられることはなかった。

 各報道機関がこぞって報じたニュース。ハイジャック事件の裏でエルドランドの元総理大臣、大泉鈍次郎が殺害された事件だった。

 各メディアで特集が組まれ、ハイジャック事件を忘れさせるかのように大泉が取り上げられた。

 犯行声明が無かったこともあり世間一般にはハイジャック事件とは関係ない事件として報じられ、理想なき革命家のEFS331便ハイジャック事件は意図的に隠されることになった。

 その中で有耶無耶になる防衛省の狙撃。公安六課の抗議にも予備作戦の不測の事態として言葉を濁された。不十分な連携による連絡の不足、それによって生じた齟齬であると。

「自由人民党本部に墜落予告をしたからこそ大泉元総理は警護された病室からの避難を余儀なくされた…。ハイジャックと元総理暗殺事件に繋がりがあることは明白…」

 公安六課の課長室で舞杏と双連は報告書を提出している。

「裏で動いていたタングスと呼ばれる人物。そいつの仕業だろうね」

 舞杏の頭の中ではハイジャック犯クロムが自害する前に言った『タングスがやってくれた』という言葉が思い出される。

「そして、西園寺君が見つけた共通点…」

「すみません。私がもっと早く共通点に気付いていれば…」

 その後の捜査で公安六課はハイジャック犯達の共通点がエルドランド生命保険金不払い事件の被害者であることを突き止めていた。

「大泉元総理を保護することができていたかもしれません…」

「いや、あの時点でそれを突き止めるのは無理だろう。ハイジャック犯6人の内死亡した5人には余命宣告が出されていた。だがその宣告はデータバンクには反映されない。過去の保険記録から繋がりを見つけてくれただけでお手柄だよ」

 清水はコーヒーを飲みながら報告書に目を通す。

「しかし、生き残ったブラス、水口副操縦士の身柄は三課に取られ、捜査も三課が主体となる。その上機体への射撃、爆発も有耶無耶に流された。骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだ」

「元々これは私達の事件じゃないだろう?三課が引き取るってんなら引き取ってもらえばいい。私達は怪人事件に専念できるってもんだよ」

 やれやれと肩をすくめる清水に舞杏は気楽に言う。

「いいのかい?君が一番苦労した事件だろう?」

「…思うところはあるさ、真夏君ありきの作戦で始まり真夏君頼みの結果になった。自分の無力を痛感したが、魔女の力を実感した事件でもある。もう魔女の存在を隠すことはできないだろうし、怪人事件の解決も急がなければならない」

 ネット上ではハイジャック事件よりも、大泉元総理暗殺事件よりも盛り上がりを見せているニュースがある。

 コンコンコン、と激しく課長室のドアがノックされ勢い良くドアが開く。

「たっ!たたつかささん!?」

 慌てて飛び込んできた真夏は自分のデバイスでネットに上げられた自分の画像を表示している。

「こっ!これどーゆーことですか!?」

「うん?よく撮れているだろう?良いのを選んだんだよ」

 EFS331便の上で魔法を使う真夏を写した画像。

「そっ、それは…べつに良いんですけど…。こっち!こっちですよぉ!」

 画像をスクロールすると短い記事が掲載されている。

『ハイジャック事件から三日が経つ。公安所属の魔女、幸谷真夏は未だにお腹がピーピーでトイレから出られず、心配する者達に低く唸るような声で”近寄るな”と殺気を放っているという。~上司Tの証言~』

「あぁ~…。テレビ出演を断った時の話か…。テレビで放送されたのがネットにも上がったんだろうね。ネットニュースの記事ってテレビで見聞きしたものをそのまま載せちゃうんだから、楽な仕事だよ」

 ハイジャック事件を目立たなくしている要因がもう一つ。現代に蘇った魔女の存在。公式に魔女の存在を認め、公安に所属していることも明らかにされた。主にネット上で盛り上がり、魔女の存在と目撃例が日夜熱く語り合われている。

 街中を杖に乗って飛び回る姿、怪人と戦う姿など防衛省から提供された動画まで出回っている。

「お、お腹ピーピーて!なんてことをテレビに!?私の知らないところで伊月家の皆さんに心配されちゃってましたよ~!」

「真夏君を守る為の苦肉の策だよ」

「私!ピーピーじゃありませんよ!」

「嘘も方便ってね」

「私!変に思われちゃうじゃないですか!」

「イメージが大便ってね」

 むすぅっとふくれっ面の真夏。

「鷹司さん、お下品です!」

 わちゃわちゃし始めた舞杏と真夏を無視する双連。

「しかし実際、エルドランド生命保険金不払い事件の直接的被害者と遺族を合わせれば数十万人もいます。タングスを特定するには時間がかかるでしょうし、三課が捜査するというのであれば私達は手を引いても良いのではないでしょうか」

「うむ…。現場がそう言うなら我々は怪人事件に専念させてもらおう」

「はい。これまでの捜査資料をまとめて三課に送っておきます」

「あぁ、よろしく。…それから、鷹司主任。例の怪人化ライトの検証実験。進捗は?」

 ブーブーと文句をつける真夏の頬をぶにぶにと撫で回している舞杏。

「もう少し時間がかかる。余計な人にまで我々がこれを所持している事実を知られたくないからね。慎重に進めているよ」

(慎重…?)

 真夏は関係各所で駄々をこねる舞杏の姿を思い出す。

「検証ができるまでは堀田の調査ですか?」

「それについてはこれから報告を受けることになってる。その内容次第で今後の方針を考えよう」

 双連の質問に清水は腕の時計を確認しながら答えた。

「重要な報告かな?」

「あぁ。重大な発見があったらしいからね、そろそろ顔を出す時間だ」

 真夏が飛び込んでから半開きになっているドアがノックされる。

「怪人課、揃っているか?」

「ダーリン!」

 現れた常駐医森永卓志を見て微笑む双連。

「面白い話を持ってきた」

 卓志は課長室に集まる顔を確認する。

「ん?猫が居ないな」

「あ、スーちゃんは鷹司さんのデスクでお馬さんの競争を見てました。呼びますか?」

「そうだな。居た方がいいだろう」

《スーちゃん、会議みたいですよ。こっちに来れますか?》

 小さく頷いてスカーレットを呼ぶ真夏の横で舞杏はそっぽを向き、清水は呆れた表情をする。

《にゃ~ん、お呼ばれかにゃ。すぐに行くにゃ~》

「みゃ~」

 ほんの数秒でドアの隙間からスカーレットが課長室に入ってくると卓志はそっとドアを閉める。

「揃ったな。とりあえずここに居る人間にだけ話しておく。その後の情報展開は任せるよ」

《ボクは猫だけどにゃ~ん》

「それじゃあ、聞かせてもらおうかな。その面白い話とやらを」

 舞杏はリラックスしてソファーに深く座った。



 エルドランド防衛の要、エール駐屯地内の営舎屋上。一色蒼龍いっしきそうりゅうは自身のデバイスと睨み合っていた。

「…!……はぁ…」

 決心したように気合を入れて、ため息をついて気を抜く一色。そんなことを数時間繰り返している。

 下の方から訓練を終えた兵士達が賑やかに営舎に帰ってくる声が聞こえてくる。

 一色がなにかを諦めた様にデバイスから目を離した時に着信が入った。

「!」

 よく知った名前からの着信だが括弧書きで公安端末、と補足されている。

「…はい、一色です」

『あー、よかった。一色君?私、わかる?』

 聞き慣れた女の声。

「…しょう、だよな?」

『うん、しばらくこの端末使うことになったから…』

「…あぁ、聞いてる…」

 浅見晶からの連絡に緊張している一色。

『…はぁ…。だよね、聞いてるよね。連絡ないから知らないのかなって思ってさ』

「…ごめん。連絡しようと思ってたんだけど…。…足は、大丈夫か…?」

『大丈夫、めっちゃ痛いけどね。ちゃんと治るよ』

 暗い一色と対照的に明るい声の晶はあははと笑っている。

「…ごめん…。俺、晶を…傷つけた…」

『気にしないで、とまでは言えないけどさ、仕方がないよ。知らなかったんでしょ?怪人のこと…』

「………」

『…一色君は命令に従ってただけで、悪いことは何もしてないでしょ』

「…それでも、俺は晶を…。大勢の人達を…!」

 怪人の正体はどこにでもいる只の民間人だった。晶のことをよく知っている一色だからこそ、その事実をすぐに理解することができた。晶が怪人に関与することなどないと、自ら怪人と成って人に害することなどないとわかっているのだ。

『でも、誰かがやらなきゃいけない事だった。怪人を野放しにしてれば他の人達が危険になる』

「………」

 解っていることだがやりきれない思いもある。

 これまで怪人は基本的に殺処分されてきた。防衛省に所属し、エース格として活躍してきた一色は多くの『怪人』を処理した。

 晶はそんな一色を心配して学生時代からの友人として連絡してきたのだ。

『一色君は怪人になった人から沢山の人を守ってきた。その事実は変わらないよ』

「俺が晶を傷つけて、多くの人達を殺してきたことも事実…」

 音声だけの通信、晶は一色の声が弱々しくなっていることに気づく。

『…まぁね、今までのことを命令だったからってへらへらしてるよりはマシだけどさ。大事なのはこれからどうするかでしょ?…学生の頃さ、1人でも多くの人を助ける為に、って言って防衛省に進んだ一色君、よく憶えてるよ…。あの頃から気持ちは変わった…?なよなよしてたら救えるものも救えないよ。私、そんな格好悪い一色君見たくないからね』

「ふっ…なんだよそれ、格好悪いって。アプローチしても躱すくせに…。わかってる。ここで立ち止まっても誰も救えないって」

 一色の声に気力が戻るのを感じた晶。

『うん』

「ちゃんと戦うよ。これまで無駄に殺してしまった人たちの為にも…。だから…。今言うのも変だけどさ、晶も…。もし、傷が残っても責任取るから。俺が一生、晶のこと…」

『あ、この通話は公安に監視されてるけど』

「落ち着いたら直接会って話そう」

『うん、快気祝いに一色君の奢りでね』

「了解。どこでも連れて行くから」

『ふふっ、楽しみにしとくよ』

 2人はその後もしばらく他愛のない会話を続けた。



 首都エールから南に約200キロ。人口僅か300名の小さな島、シュープリーム島。

 9割以上を山地が占めるこの島では漁業、林業、観光業で島民達の暮らしは成り立っている。

 週に二度の定期船が運航するだけの古く静かな島。平地が少なく、緊急用に小中併設校の体育館屋上をエアドライブの発着場として使用されることもあるが、あくまで緊急用であり普段から一般開放されてはいない。狭い道に今もなお架空電線が張り巡らされたこの島での移動手段は小型車や小型エアドライブが主流となっている。

 そんなシュープリーム島、北の船着き場に着岸した水空両用型エアドライブから十数名の男女が降りてきた。

「おんや~、珍しいねぇ。私用の船で団体さんとは。観光かい?」

 船着き場で漁具の手入れをしていたベテラン漁師は先頭を歩く若い女に声をかける。

「あぁ?仕事だよ仕事。こんな辺鄙な島好き好んで来たりしねーよ」

 若い女は不快そうに答えて迷彩柄のズボンのポケットから何かを取り出そうとするが、一歩後ろの男に制止される。

「レイナさん、まだ準備が出来てませんよ。今ここでそれは…」

 首を横に振る男はレイナよりも一回りは年上に見えるが、レイナに対して敬語で丁寧に引き止めている。

「…ちっ」

 舌打ちをして小さくため息をつくレイナ。

「あんたらぁ、泊るところはあるのかい?この島には予約なしで泊まれるようなところはねぇからなぁ」

 一団を不審に思う漁師。

 既に怪しまれていることに気づくレイナは数日前のとあるやりとりを思い出す。

『堀レイナだったっけ、新しいの。前回の失敗はまぁ、いいとして。次の仕事はしっかりと頼むよ』

『よ、米さん!今度の仕事、終わったら俺も上役にって』

『あー、わかってるって。まずはしっかり仕事を終わらせてくれよ。大仕事だ。この結果次第でキミを上に推せるかどうか変わってくる。うまくやれよぉ』

 レイナは再びため息をつく。

「はぁ、面倒くせぇ…。用が済んだらすぐに島を出る。心配すんな」

 そう言い残してレイナは一団の先頭を歩き、島唯一の集落へと向かう。



「近年、筋肉の細胞や血液中の白血球とされてきたモノの中からある菌が発見された。プロップバクテリウム。主に腸内に存在する常在菌だが、こいつ等は変異して体中のあらゆる細胞に成り代わることができる特殊な細菌ということがわかってきた」

 公安六課の課長室で卓志は講義をするように説明する。

「最近分かった細菌のことね、確かに面白い。で?」

「人間なら誰しもが持つこのプロップバクテリウム、これは20万年前の人類の化石からも見つかっている善玉菌であることは間違いない」

 卓志は茶々を入れる舞杏を無視して続ける。

「が、人類のボトルネック現象。更新世の気候変動により、人類の祖先が約2000人程度まで減少したと考えられている時代よりも前の化石からはこのプロップバクテリウムは見つかっていない。考古学、人類学の分野では今、このプロップバクテリウムが宇宙からもたらされたモノであると言われはじめた」

「へぇ~、何か証拠が?」

「あぁ、約100万年前に落ちたとされる隕石からこのプロップバクテリウムが発見された。プロップバクテリウムは免疫力を高めたり、知能の発達にも係わることが知られている。つまり、宇宙からもたらされた細菌により人類は身体が強くなり、厳しい環境に耐える知恵を付けることで絶滅を回避し、現在があると言っても過言ではない」

「なるほど。面白い説だね。その細菌が怪人事件に関係しているってこと?」

「現代人はボトルネック現象で生き残った人類の子孫。母子感染、粘膜接触、飛沫感染で人を行き来して人類と相利共生する細菌、プロップバクテリウム。肌の色を問わず血が赤いのと同じように、人間なら皆当たり前に持っている細菌だ」

「ふむ…」

「それを、浅見晶は持っていない」

「ほぉ、晶君がねぇ」

「浅見三子、浅見皛からはプロップバクテリウムの存在を確認し、DNA鑑定で彼女らが家族であることは間違いない事実だった」

「母子感染するのであれば母親と姉が持っている細菌を持っていないのはおかしい、か」

 清水は浅見親子の資料に目を通す。

「ふむ、面白い発見だ」

「いや、面白いのはここからだ。このプロップバクテリウム、持っていない奴がまだ居る。堀田ラインと、そこにいる幸谷真夏、キミもだ」

「はへ?」

 視線が自分に集まり素っ頓狂な声を上げる真夏。

「怪人化した浅見晶、怪人化を操ると思われる堀田ライン。そして怪人化を解く幸谷真夏。怪人にまつわる三者の共通点。ほぼ100%の人間が持ってるはずの細菌を持っていないという事実。怪人化ライトで怪人化しない幸谷真夏にも説明がつく。わからないことはあるが、一つの仮説を立てた」

 卓志は人差し指を立てて自分に注目を戻す。

「怪人化とはこのプロップバクテリウムの暴走である、と。堀田ラインは怪人化ライトを使いプロップバクテリウムに何らかの干渉をした。怪人化した浅見晶は幸谷真夏の魔力砲によって体内のプロップバクテリウムを取り除かれた。変異した細菌は人体を通り抜ける魔力砲に引っ掛かる。ってのが俺の仮説だ」

「真夏君や堀田君がその細菌を持たない理由は?」

「幸谷真夏は自称異世界人だろ?この世界の細菌にまだ感染していないだけの可能性がある。堀田については、…怪人化ライトは光を放つ物、光は反射するからな。自分に影響が出ないように予め取り除いている、と考えている」

「人間と共生する変異細胞…。宇宙からやってきた…?」

「その可能性がある、という話だ。大事な点は二つ。一つは信頼性に乏しい魔力砲による怪人化の解除。根拠があれば信頼度も上がる。死刑囚を使った検証の前と後でプロップバクテリウムの保有を検査し、前にあったものが後に無くなれば、これが関与していることはほぼ確実だろう。研究していけば科学的に怪人化を解除することも可能になるってことだ」

「なるほど、真夏君。リストラの危機だね」

「へっ!?」

「そんなすぐに科学的解除はできないでしょ、当面は居てもらわないと…。それより真夏ちゃんにプロップバクテリウムが伝染した場合、真夏ちゃんも怪人になっちゃうってことでしょ?気を付けないと」

「敵がこの事をわかってやってれば真夏君を怪人化させるためにプロップバクテリウムを伝染させに動く…か?いや、敵にとって真夏君は邪魔な存在。そんな回りくどいことせずに真夏君を排除する方法はいくらでもある…。だとすれば、免疫力や知能を高めるためにプロップバクテリウムを真夏君に感染させるのはアリじゃないか?」

「はへっ?」

「人を怪人化させるほどの力を持つ細菌。うまく取り込めればパワーアップ?」

「粘膜接触でも感染するんだろう?鷹司家由来のプロップバクテリウムでよければ今すぐにでも分けてあげよう」

 そう言うと舞杏は真夏に向かって、ん~っと唇を尖らせて目を瞑る。

「ひぇっ!」

「課長、セクハラの現行犯です。武装の許可を」

「許可する。」

 腰の拳銃に手を付ける双連。

「するなよ!ただのジョークだろ!?悪戯児もほどほどに!」

「ゴホン!話を戻しても?」

 卓志は強めの咳払いをして耳目を集め、清水が申し訳なさそうにして本筋に戻す。

「あぁすまない、話を戻そう。それで、もう一つの大事なことは?」

「もう一つは、堀田ラインがこのプロップバクテリウムを持っていないってところ。持っていない理由は憶測だが、敵側、少なくとも怪人化の実行犯がこれを持っていない可能性は十分にある」

「検査をすれば敵かどうか見極められるってことか」

「怪人化被害者と自称異世界人以外は持っていて当たり前だからな。死刑囚で確認できれば、怪しい奴を片っ端から検査すればいい」

 頷く卓志。

「そのプロップバクテリウムってのは個人情報のデータバンクには登録されてないのかい?」 

 今度は首を横に振る。

「自分の血は赤色です、って登録されてないだろ。それと同じだ。わざわざ登録するようなことじゃない。血液サンプルを手に入れて検査する必要がある」

「…今目を付けているのは国政に携わる自由人民党、竹中派。血液を採取するには骨が折れそうだ」

 やれやれと腕を組んで天井を見上げる清水。しかし清々しい顔つきをしている。

「プロップバクテリウムを持っていないからといって怪人化事件の犯人として捕まえられる訳じゃないからな」

「あぁ、わかっているよ。令状は取れないだろうからね。どうしたものか…」

「楽しそうじゃないか」

 晴れやかな清水にニヤける舞杏。

「進展しているのは事実だからね。30年続くこの怪人事件に我々が終止符を打てるかもしれないんだ。心躍るものはあるよ」

「ははっ、今更名声が欲しい訳じゃないだろう。もう若くないんだから、あまり無茶はしないでくれよ」

「わかってる、実働部隊は君達だ。私はバックアップに徹するよ」

(あれ…?この2人、なんだか雰囲気が…)

 座ってスカーレットを撫でている真夏は公安六課の課長と主任のやり取りに熟年夫婦のような雰囲気を察した。

(いやいや、そんなまさかですよね…)

「さて、面白い話も聞けたことだ。今後の方針を固めよう。西園寺はマークしている議員やその家族が直近にサンプルが取れるほどの治療を受けていないか、もしくは近々そういった治療が予定されていないか調べてくれ」

「了解」

 両手両挙手の独特な敬礼。

「鷹司主任と幸谷さんは検証実験の準備ができるまで、技研の方で魔力砲の性質について調べてもらってくれ。怪人の科学的解除の実現に必要なことだろうからな」

「りょ、了解です」

 頷くだけの舞杏と、双連を真似て返事をする真夏。

「うむ、ではそれぞれよろしく頼む」

 会議が終了する。

 課長室を出た真夏。

《にゃ~、一言も喋らずに会議が終わったにゃ~》

 真夏の腕の中で大きなあくびをするスカーレット。

《ずっと起きてましたね。偉いですよ、スーちゃん》

《話を聞いてるだけでいいのにゃ。ちょろい仕事だにゃ》

《え、えへへ…。私も何も発言してません…。…そういえば、魔力砲の性質って、スーちゃんなにかわかります?》

《にゃ、前にも話した通り魔力砲はただ魔力をぶっ放してるだけにゃ。魔力は有機物を素通りして無機物に引っ掛かるみゃ。もじゃ毛の話から考えるにゃら変質したにゃんとかバクテリアは魔力に引っ掛かる無機物に近いものになってるかもしれないにゃ》

《無機物に…。レントゲン、みたいな…?…それで、変質した部分だけが飛ばされて怪人化が解除されたってことですか?》

《そうにゃ。水を含んだスポンジに洗剤を入れると泡泡スポンジになるにゃ。そこに大量の水をぶっかけてやれば元の水スポンジに戻るってことにゃ》

《なるほど…。つまり科学的に魔力を作りだすことが科学的解除の実現に必要ってことですね。私、頑張ります。幾らでも技研さんが必要なだけ魔力出しますよー!》

《出し過ぎて死にゃにゃいようにするにゃ~》

《はひっ!?そ、そうでした。…魔力の使い過ぎには注意でしたね》

(と言っても、ご主人が魔力切れすることなんてそうそうないにゃ…)

 スカーレットは真夏の腕の中で丸くなって眠りについた。



 シュープリーム島。

 長閑な島におおきな悲鳴が上がる。

「かっ!怪人だーっ!!」

 集落の騒ぎをよそに北の船着き場に戻ってくる集団。

「おいオッサン、仕事が終わったから島を出るぜ」

 そう言いながらレイナはポケットから取り出した怪人化ライトを作業を続けていた漁師に向ける。

「…?…怪人…?この島で怪人が出たのか!?」

 遠くから聞こえてくる悲鳴にただならぬ気配を感じとった漁師。

「ああ、お前もそっち側な」

 蔑むように笑いながらレイナは怪人化ライトを光らせた。



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