#15 理想なき信念
『真夏ちゃん、準備はいいですか?』
「は、はい!」
飛行機の上で杖を突き立てて風に耐える真夏。
『現在、時速280キロで飛行中。周囲への被害を抑えるためか予想よりも遅い速度です。高度250、俯角3度。目標まではおよそ5キロメートル。30秒後に仰角3度へ出力補助をお願いします!』
双連の指示が入る。
「はい!」
(飛んでいる高さより高い建物が増えてきました…。な、何か視線を感じます…?)
近隣の超高層ビルに残る人々は高度を下げ続けるEFS331便を嬉々として見ていた。
ハイジャックされた飛行機が落ちていくさまを面白がる者、墜落の瞬間を記録しようとデバイスを構える者、皆一様に人事として軽視していた。
安全なビルからカメラを向ける者達は報道規制も知らん顔でネットに動画を上げている。情報は拡散されてハイジャック事件を知らない人の元まで行き着く。
遠く離れた伊月家の2階、ホルスの部屋では友人2人を招いて学校でだされた宿題を片付けていた。
「あれ…?これって…宇宙人…?」
いち早く課題を終わらせて休憩に入った錘利飾はSNSでハイジャック事件を知る。手元のデバイスでは高度を下げるEFS331便の動画が再生され、飾は飛行機の上に分厚い服装の人間が居ることに気付いた。
「宇宙人?」
その言葉にホルスよりも食いついた竹中平子は宿題を放り出して飾に擦り寄る。
「ちょっとぉ、見せなさいよぉ」
頭を割り込ませて動画を見る平子。遠く離れた場所から撮影された映像は粗く、拡大してもその姿は鮮明には映っていない。
「うん…。ほらここ、飛行機の上、三本足の白いのが居る」
「う~ん?三本足の宇宙人ねぇ…。聞いたことないわよぉ?」
「他の動画も見てみるね」
三本足の正体が気になる飾は他の動画を探す。
「ね~!終わったんなら宿題みせるじゃんよ~!」
「わからないところは教えてあげるから自分でやろうね~、女将さんに言いつけちゃうよ~」
顔も見ずにデバイスを注視している飾。
「なんてことを…!マイマイ、恐ろしい子!」
「…!あった!ほら!綺麗な映像だよ」
「宇宙人…じゃあ、なさそうねぇ…。杖を持った登山家…?登る場所間違えたのかしらねぇ」
半笑いの平子は動画に興ざめしてそのまま頭を落とし、飾の膝を枕に横になった。
「ねぇ、二人してスルーなんて寂しいじゃんさ」
自分を置いてくっついた2人にやきもちを焼いたホルスはのそのそと這い寄って飾の後ろから抱き着くようにして動画視聴に参加する。
「ホルスちゃん、大事件だよ、これ」
「へぇ、ハイジャック…。ってかこれライブ?もう落っこちそうじゃんね」
「ね、警察と防衛省が協力してるみたいだけど、大丈夫かな?」
「ハイジャックなんて気合の入った犯罪者、この時代にもいるのねぇ」
ライブ配信をする動画の撮影者が飛行機上の人物にカメラをズームして焦点を合わせるとその映像に3人の視線が集まる。
「う~ん…なんかこの人…。あの杖!?まなっちゃんの杖じゃんね!?」
映像の中の人物に心当たりがあるホルスは部屋を飛び出し階段から一階に向けて大声を出す。
「おかーちゃーん!!まなっちゃんが宇宙人でハイジャックなんだけどーッ!!!」
動揺したホルスの声が伊月家に響き渡った。
宇宙人に見間違われるほどの重装備な真夏は緊張の面持ちで双連のカウントダウンに備える。
『8、7,6』
ぎゅっと杖を握りしめて集中する。
(杖で飛ぶ時と同じように…。先端をを引っ張る様に…)
『5,4』
集中力が高まり、真夏の周りに魔力が溢れだし薄く光りはじめる。
魔法を行使しようと真夏がすぅぅっと大きく息を吸い込んだ瞬間、突然右側の翼がドン、と大きな音を立てて爆発した。
「ひぎゃっ!!?」
よろめく真夏はなんとかバランスをとって屋根にしがみつく。しかし、爆発した翼が折れて失われ、機体が大きく傾きだす。
『今のは!?まさかバトルフレームが発砲!?主任っ!?』
『私は聞いてないぞ!なにか仕込まれていたようだが、真夏君!やることは変わらない!君が頼りだ!』
『真夏ちゃん!右翼が欠損しました!直ちに魔法の行使と右翼の補助をお願いします!!』
「はいぃぃぃっ!!?」
想定外の状況に混乱しながらも言われた通りに機体をコントロールしようとする真夏。それ以上に機内では爆発による衝撃で乗客たちはパニックになっていた。
「やります!やらなきゃいけないんでしょーーーっ!!」
《ご主人ならやれるにゃー!》
気合を入れて魔法の出力を上げる。機体の傾きは止まるが高度が下がり続けている。
『真夏ちゃん!進路修正!左斜め上に出力を上げてください!』
自由人民党本部まで約1キロ、想定していた高度を下回り正面衝突コースになっている。
「んぎぎぎ~ッ!」
歯を食いしばり力を入れる真夏。魔力の光が飛行機全体を包み込むと機体は下降から上昇へ転じた。
衝突目前となりなりふり構わず魔力を込めると機体は水平になり、次に失われた右翼側が上になってまた傾く。
『真夏君!?反対側に傾いてるぞ!?』
大きく揺れる機内では乗客の悲鳴が上がる。
『いえっ!そのまま全力で!傾きなんて気にしてる場合じゃありません!…本部まで3,2,1!』
「あがれぇえーーーっ!!!」
自由人民党本部にEFS331便の左翼が激突する。
強い衝撃。20メートルの翼が建物の中層階から上層階まで切り裂き、爆発を伴い破壊した。
「ぎゃあーー!」
しかし、EFS331便は両翼を失ったまま宙を舞う。
『やりました!キャビンの衝突回避!真夏ちゃん、EFS331便には推進力がほとんどありません。このまま地上までサポートをお願いします!』
喜びながら次の指示を出す双連。同時に機内でも回避成功のアナウンスがされ、乗客たちは歓喜する。
「は…はひぃ…。頑張りますぅ…」
(あ…あれ…?羽がなくなった方が…軽い…?)
疲労困憊の真夏はふらふらになりながら機体のコントロールを続けた。
機内、コックピット内ではクロムの笑い声。
「はははっ…!いい結末じゃないか」
「違いない!目的は達成されたと思うよ」
同じように笑いながら、ステンは満足そうな表情を見せる。
「それじゃあ、悪いけど…。俺はここまでかな…」
胸を押さえながらクロムに微笑むステンはポケットから薬を取り出してそれを飲み込んだ。
「…あぁ…。供に戦えてよかったよ…」
静かに目を閉じるステン。クロムの言葉に返事はなかった。
翼を失ったEFS331便のコントロールは思いのほか簡単だった。
『両翼の電磁推進機の他にも胴体に電磁推進機がついてるから。主に垂直方向の補助的な推進機だけど、見た目よりも軽くなってるんだろうね』
ゆっくりと国道246号に着陸させる真夏のすぐ近くまでパトカーを寄せる双連。
「は、はぃ~…助かりました…私、もうへとへとで…」
「ご苦労、ご苦労!お疲れちゃん。六課の応援もすぐに来るから、あとのことは任せてゆっくりしてな」
パトカーから顔を出して真夏を労うように微笑む。
機体が安定したことを確認した乗務員たちが乗客の避難を開始し、EFS331便から喜びに満ちた人々が姿を見せる。
「みんな真夏ちゃんが救ったんだよ、よく頑張ったね。被害はEFS331便の機体と自由人民党本部が少し破壊されたくらい。大した火災もないし一件落着だね」
双連が真夏に向けて親指を立てた瞬間、自由人民党本部でドーンと爆発音が鳴った。
「ひぃっ!?」
「……まー、あれは消防が何とかするでしょ」
『気を抜くのはまだ早いよ。今そっちに猫君を向かわせた。合流後すぐに現場から離脱、六課に退避してくれ』
「主任だけで残るんですか?」
『あぁ、キミの言う通り応援がすぐに到着するだろう。今は防衛省の動きが気になる。真夏君の安全を優先してくれ』
「了解」
《ご主人ーーっ!さっきぶりだにゃーっ!!》
避難する乗客の隙間から飛び出してきたスカーレットはぴょんぴょんと跳びはねて屋根まで上がると真夏に抱き着いた。
「スーちゃん、お疲れ様です。大変でしたね」
《うにゃ~、結局ボクはなんもしてないにゃ~》
活躍の場がなかったことを嘆くスカーレット。真夏は優しく頭を撫でてスカーレットに感謝する。
「真夏ちゃん、乗って」
「はい…。鷹司さん、お先に失礼します」
『うむ、よくやってくれた。ゆっくり休んでいてくれ』
「はい」
褒められて上機嫌の真夏を乗せたパトカーが飛び去る。地上に降りた乗客の数人がパトカーに向かって手を振ったのに気づいた真夏は小さく手を振って返した。
「…さて……。これはどういうことかな?アルおばさん?」
乗客が居なくなり静かになった機内。拘束していたハイジャック犯のアルの隣、動きがないブロンの脈を取った舞杏はアルに問いかけた。
「殺すような攻撃はしていないはずだけど?」
「…そうね。彼の死に、あなたの責任はないわ」
「…?」
コックピットから足音がして舞杏は銃を構えて身を隠す。
「警察の女!ひとり投降する。撃たないでくれ」
クロムの声。舞杏が覗き込むように確認すると副操縦士だったハイジャック犯、ブラスが両手を上げて立っていた。
(ひとりだけ…?)
「オーケー、ゆっくりこっちに歩いてきな」
ブラスは指示に従い、舞杏はブラスを拘束する。
(あと2人、制圧するのは簡単だが、どうするかな…)
「キミはどうするのかな?もう応援がやってくる。さっさと投降して楽になりなよ」
「そうだな、もう終わらせよう…。アル!タングスがやってくれた。計画は成功したぞ!」
その言葉に表情がやわらぐアル。
「そう…私達、少しは報われたのかしら…?」
懐から薬入りのケースを取り出すクロム。
「それで?投降してくれるのかい?」
「いいや、我々は理想なき革命家。…憶えておけ、理想とは未来あってこそなのだと…」
クロムは薬を飲み込み、膝をついてその場に座り込む。
「我々にはこうする権利があるのだ……!」
「…うん…?演説会は終わりかい?」
静かに目を閉じたクロム。不自然に固まったクロムに違和感を覚える舞杏。
「…は?…おいおいちょっと待ちなよ…!」
銃を構えたままクロムに近寄る。舞杏はクロムの腕を拘束するように掴むが、すぐに脈がないことに気づく。
「死…んだ…?」
一瞬思考が止まるが、まだひとりハイジャック犯が居ることを思い出し、警戒しながらコックピットに入る。しかしそこに生きた人間はもういなかった。
伊月パン母屋2階、ホルスの部屋では途中から合流した女将も一緒になってネットの動画に釘付けになっていた。
「はぁ…。どうしてあの子はこんな危険なことに巻き込まれるのかねぇ…」
「魔女の性ってやつじゃん?」
女将は安堵の表情で胸を撫で下ろす。
「ふ~ん…魔女、幸谷真夏ねぇ…」
興味をなくしてごろ寝していた平子は上層階が燃える自由人民党本部をを見てニタニタと笑う。
「面白いことやってくれるじゃない…」
「…うん?どうかしたの?」
自分の膝の上で薄気味悪く笑う平子に違和感を覚えた飾。
「別にぃ~…あんな魔女見たことないなぁって思っただけよぅ…」
「そうだね、真夏さん、凄い魔女さんだったんだね」
「ホント、凄い活躍じゃん!こりゃあ、ウチのまなっちゃん、隠し切れないくらい有名になっちゃうじゃんね!」
「警察に所属できて不法入国者として逮捕はされなくなったけど、あんまり目立ってほしくないねぇ」
真夏を娘のように思う女将は異彩を放ち人の目を引く真夏が気がかりになっていた。
EFS331便の周辺は慌ただしく、警察、消防、救急、防衛省の関係者たちがせわしなく動き回っていた。
駆付けた六課の応援に生存するハイジャック犯を預けて舞杏はひとりコックピットの操縦席に座る。
(結局このハイジャック事件、ただの陽動だった…?)
隣の席にはハイジャック犯、ステンの死体。
(だが、単なる陽動作戦に命を懸けるのか…?…武器を持ち込むために自分の腹を切った老婆…。まるで死ぬことが前提にされている作戦。他の3人も、何故自ら命を絶つ必要があった…?)
思案する舞杏の元へ六課の捜査員が現れる。
「鷹司主任、幸谷真夏を報道陣の前に立たせろと指示がきてます」
「報道?」
「はい、防衛省を通して今回活躍した彼女を称えたいと」
「真夏君をヒーローに仕立て上げたいのか…。機体を攻撃しておいて、ずぶとい奴等だね。却下だ。真夏君の安全が最優先だ」
「しかし、上の方から圧力が…」
「魔女は疲弊し動けない、とでも言っておけ」
「了解、なるべく時間を稼いでおきます」
捜査員が立ち去り、コックピット内で再びステンと2人きりになる。
(…機体への狙撃、課長経由で抗議しているが、どう説明するか見ものだな…)
「主任!」
「わあーーーっ!?びっくりした!なんだよ出て行ったんじゃないのかよ!?」
突然戻ってきた捜査員に驚く舞杏。
「ハイジャック犯の女が意識不明の心肺停止状態!現在救急隊が対応中ですが、恐らく…」
「アルおばさんが!?」
ばッと立ち上がる舞杏。コックピットを出て外へ向かう。
「ハイジャックのリーダーは私の目の前で毒か何かを飲んで自害した。アルおばさんも自害を!?」
「拘束された状態でした。自分で毒を飲むのは難しいはずですが…」
「副操縦士は?」
「別の場所で拘束中です」
「保安検査、身体検査をして常時監視を!ふざけた真似はさせるな!」
「了解!」
飛行機を降りて二手に分かれると舞杏はアルの元へ急ぐ。
「アルおばさん!?」
しかし、舞杏が駆付けた時には既に救急隊員は心肺蘇生を止め、アルは静かに目を閉じていた。
「……。いったい何が…?キミにはまだ聞きたいことが沢山…」
舞杏の呟きに対応にあたった救急隊員がゆっくりと首を横に振って答える。
「わかりません…。突然苦しみだして、持病の悪化…?何か薬物の過剰摂取のような反応も見られて…」
「そう…ですか…」
(薬物の過剰摂取…?やはり毒物か…)
舞杏がアルの所持品をチェックすると見覚えのある小さなケースがポケットから出てくる。
(…これはハイジャックリーダーが持っていたケースと同じ…?)
手に取って軽く振ってみるとカラカラと音がする。
(中身は残ってる…。死因は毒じゃないのか?)
「…。ありがとうございました。あとはこちらでやります」
舞杏は救急隊員に礼をしてその場を引き継いだ。
EFS331便着陸の数分前、首都エール隣県のカムナの廃倉庫内。
「大泉政権下にて行われた郵政民営化。経営の効率化と活性化、国民の利便性向上と多様なサービス提供を謳って行われた改革は一見国民を想う政策とされたが実態はどうだ…?」
パイプ椅子に縛られた大泉鈍次郎はタングスから冷たい視線を向けられる。
「………」
「…郵政弱体化、郵政銀行と付随するエルドランド生命の資産減少。裏では外資系企業が優遇され、国内で回っていた数十兆円の金が外国へ流れることになった。…その後も政府による郵政への攻撃は終わらず、結果として民営化から20年経った去年、郵政は崩壊、エルドランド生命も破綻した…」
「そ…それが、私を殺す理由だと言うのか…!?せ、政治は社会情勢を見て舵を取るものだ!当時民営化は国民に支持されて決定した政策!郵政崩壊は競争に負けた郵政経営陣の責任であり私の責任ではない!」
「国営時代、郵政は国民の為にあり法で守られてきた。しかしコメリッカファンドの要求と自由人民党への多額の献金により国民の資産は切り捨てられることになった…。大泉…お前の懐もだいぶ潤ったんだろう?」
「ち、違う!そんなことは…!」
「献金という名の賄賂。国民の為と偽った売国政策。民主主義と謳う独裁。…俺達理想なき革命家は、郵政崩壊により破綻したエルドランド生命保険金不払い事件の被害者だ…」
「エルドランド生命の…?待て、それは政府が…」
「事件から3か月後に政府が税金を投入して被害者の救済を行った…」
「そ、そうだ…政府は被害者に手厚く」
タングスの感情が昂ぶっていく。
「3か月だぞ!…病苦に耐える人間に3か月待てと!?病状は政治を待ってはくれない!その時治療が必要な人間が適切な治療を受けられず、どれだけの人間が人生を狂わされた!?4000人だぞ!それだけの人間が命を落とし、治せるはずだった病気を諦め、終末期医療に送られた!」
「……!」
「お前は、俺達に殺されるだけの政治をした…。俺達は自分自身を、家族を政治に殺された…。俺達には政治を殺す権利がある…。知っているか大泉…?理想とは未来にあるものだ。…俺達に理想はない…。だが俺達の行動は革命になる。俺達は悪徳政治家に鉄槌を下す。この国は独裁政権から民主主義へ戻されるだろう…」
タングスはゆっくりと銃口を大泉に向ける。
「しかし、革命は結果であり信念ではない…。俺達はただの…復讐者だ」
「!?」
連続した銃声が13回鳴り響く。
急所は狙わず、決して楽には死なせないように。
しかし必ず死に至るように、タングスは引き金を引き続けた。




