#11 身を切る計画
「まなっちゃん、今日出勤だっけ?」
伊月家の朝食の席に杖を持ち込んだ真夏、久しぶりの制服を着たホルスがあくびをしながら現れる。
「おはようございます、朝から取り調べがあるみたいなので出勤です。ホルスちゃんも中学最後の年が始まりですね」
「う~、もうちょっと寝てたいじゃんね」
「あはは、頑張っていきましょう!」
《ホルスがこの時間に着替えてるなんて珍しいにゃ》
《ふふっ、ですね。きっと楽しみにしてたんでしょうね》
「取り調べとは物騒な話だねぇ」
朝食の支度を終えた女将が席に着く。
「昨日変な人が部屋に来まして…」
「変な人?」
「はい…西園寺さんにしょっ引かれていきました」
「しょっ引き…?大丈夫なのかい?襲われたりしてないだろうね?」
「大丈夫、です。ライトアップされただけですので…」
昨晩の珍事を思い出してえへへと笑う真夏。
「…。本当に公安は安全なんだろうね?…魔女にしかできない、後方からの支援だって言うから反対はしなかったけど、危険なことはさせられないよ」
「そ、そのはずですけど…」
真夏は自身がなさそうに答える。
「今も、見えないパトカーがお店の上を飛んで見守ってくれてますし、出動になっても公安の皆さんや防衛省の方と合同で対処するはず、です…」
餌としてぶら下げられていたことを知った真夏は自分の安全に自信がない。
「真夏ちゃんが決めた道だから邪魔はしたくないけど、危なくなったら辞めてもいいんだからね」
女将の優しい言葉。
しかしゴリラの怪人が晶であったことや、真夏が晶を元の姿に戻したことはまだ報道されておらず、守秘義務を課された真夏も伊月家にそれを話すことができないでいた。
(怪人化した人のことを想えば簡単には辞められませんが…)
「はい、その時はスパッと退職してきます!」
先輩達の態度を考えるとこのくらいで良いのでは、と思った真夏だった。
首都エール高級住宅街の一画、広大な敷地に建つ豪邸。
「総帥、よろしいでしょうか」
早朝から当主の部屋を訪れる使用人が一人。
「……なんだ…?…入れ…」
少し遅れて返事がある。
「失礼します」
使用人が部屋に入ると豪邸の主、宮沢屋洋一郎はベッドで半身を起こしてメガネをかけた。
「どうした?しょうもない話じゃないだろうな?」
宮沢屋が不機嫌そうに睨みつけると、使用人の男は気まずそうに話す。
「はい…。堀田からの定時連絡がなく、MiLのログを確認したところ、例の魔女の怪人化に失敗したあげく現在公安六課で勾留されているようでして…」
「はぁん!?…あんのボンクラ、まともに仕事もできないのか!?」
不機嫌な顔は一瞬で怒りの表情に変わり、宮沢屋は頭を強く掻きむしる。
「MiLは?MiLは押収されたのか!?」
怒鳴るように言い放つ宮沢屋に怖気づく使用人は深く頭を下げる。
「す、すみません!そこまでは、まだ…」
「くそっ!馬鹿がっ!だからいつまでも下っ端なんだよアイツは!」
「し、しかし…。ログを見る限りMiLは的確に使用されたようでして…。堀田の失態とは言い切れず…」
「…なに…?…魔女が怪人化することは同胞達の犠牲のもとに確認されていることだ…。現代に蘇った魔女も例外ではないはず…。となればプロセスの問題か」
一瞬の怒りが過ぎ、冷静に見極める宮沢屋はタバコを咥えて火をつける。
「……ふぅ…。MiLが使用できないのなら、堀田には身をもって魔女の怪人化を成し遂げてもらうことになるやもしれん…。とにかく、一課でも三課でもいい、捜査権を奪ってMiLだけでも確保しろ」
「…ろ、六課には西園寺家や鷹司家の令嬢が所属しており、下手に刺激されますと…」
「…はぁ…。…堀田には時間を稼ぐように言っておけ。…緊急の会合を開くぞ、派閥を召集しろ」
「はっ!」
使用人は深く頭を下げたまま退出していった。
公安六課取調室。
顔ぶれが揃い、真夏をライトアップした不審な男が連れてこられる。安っぽい椅子に座らされた男は悪態をついて真夏を睨みつける。
《な、なんか睨まれてます…?》
《ご主人、ステーキは出ないのかにゃ?》
《え?さっき朝ごはん食べたばっかりじゃないですか。これから取り調べ、お仕事ですよ。大人しくしていてくださいね》
《にゃ~、つまらないにゃ》
「さて、堀田ライン…」
男の向かいには舞杏。間のデスクに一枚の国民IDカードを置く。
「軽く調べさせてもらったが、これ、本物じゃないようだね」
トントン、とカードをつつく舞杏。堀田ラインと呼ばれた男は少しの動揺を見せる。
「良く出来た偽物。いや、本物として使える模造品だ」
(まるで我々が作るモノと同じレベルのIDカード…)
「データバンクにもキミの情報が作られている。…こんなモノどこで手に入れたんだい?」
「………」
堀田はそっぽを向いて黙秘する。
「…。黙秘かい?確かにキミにはその権利がある。どうぞご自由に、と言いたい所だがどうだい?こんなこと早く終わらせて帰りたいだろう?キミの罪状はこの偽造IDカードとうちの真夏君に対するライトアップ容疑…。いや、ライトアップは、まあ、置いといて…。素直に答えてくれればすぐにでも解放することはできるんだ。協力してくれないかな?」
「………」
沈黙を貫く堀田。
「…そうかい、困ったね。私達も辛気臭い取り調べなんてやりたくないんだが…。西園寺君」
「はい」
部屋の壁にもたれかかっていた双連が前に出る。
「データバンクの情報も信用できませんが、堀田ライン。42才独身無職。エール、レッドスロープのタワーマンション在住。20年前にシーナ国から現住所に越してくる。国籍はエルドランドだが幼少期にシーナへ移住し、シーナ国での経歴は不明…」
デバイスに表示する堀田の情報を読み上げる双連。
「ふむ…。レッドスロープのタワマンは家賃が高いだろう。収入源は?」
「………」
「エルドランドでの所得、納税の記録はありません。両親は亡くなられているようですが、相続した財産は3000万円以下、相続税も控除されていますが無収入でタワマンに住み続けられるほどの金額ではありませんね」
「おやおや~?堀田君、何か人には言えない収入がありそうだねぇ…?これは脱税の容疑も追加かな」
ニヤニヤと笑って煽る舞杏だが堀田は動じず黙秘を続ける。
「………」
「なかなか心を開いてくれないね。…それじゃあ、堀田君の経歴は置いといて、何故、真夏君をライトアップしたのか。そのことについて聞かせてくれるかい?」
「………」
《こいつ、ずっとだんまりでつまんないにゃ》
ここまで大人しくしていたスカーレットは狭い部屋の中を目的もなく散歩する。
《スーちゃん、邪魔しちゃダメですからね》
「真夏君のことをキミはどのくらい知っているのかな?…真夏君を魔女と呼んだそうだが、ライトで照らすことと何か関係が?」
「………」
「はぁ…」
全く反応しない堀田に呆れる舞杏。
(なんだろうね、こいつは。弁護士を要求する訳でもなくただ黙秘を続けるなんて…。不気味さを感じるね)
舞杏は無造作にポケットから取り出したライトをデスクに置く。
「…!」
堀田の顔に焦りが見えた。
「このライト、どこにも売ってないようだが手作りかい?」
堀田は一瞬舞杏から目を逸らして油断を誘うと突然デスクを押し出し向かいの舞杏を突き飛ばした。
「!!?」
舞杏は倒れるさなかライトを回収しようと手を伸ばすが届かず、そのライトは堀田の手中に収まった。
ズコーっと転げる舞杏。双連は銃を構えて声を荒げる。
「堀田!大人しくしろっ!!」
取調室に緊張が走る。突然の出来事に動けない真夏とコミカルに倒れて動かない舞杏。動き出した状況を楽しむように、にゃにゃっと真夏の元まで駆け寄り守るように立つスカーレット。
自身に銃口を向けられている状況に余裕な堀田。
「黙れ下民共っ!俺を誰だと思ってる!!?」
「あはは、それを聞きたくてさっきから取り調べをしてるんだけどね」
舞杏はそのままの状態で堀田と対峙する。
「目を開けたまま寝てるんじゃないかと心配したよ」
「黙っていろ小娘!家柄だけのクソガキがっ!お前等の警察ごっこには付き合ってられん…!」
堀田は素早い手つきでライトを分解し始め、部品の一部を口に入れて嚙み砕き、残りを床に叩き付けてから何度も踏みつける。
「やめろっ!堀田!!」
分かりやすく銃で脅す双連だが堀田の動きは止まらない。
「はぁ…」
舞杏はため息をつきながら立ち上がるとぽきぽきと指を鳴らす。
「ふははははっ!」
ライトを破壊した堀田は満足そうに笑う。
「!?」
口から血を流しながら笑う堀田に一同の背筋が凍りつく。
堀田が真夏を睨み、たじろぐ真夏。
《ワンパンするにゃ?もうワンパンしていいにゃ!?》
臨戦態勢のスカーレット。
しかし、スカーレットは堀田の身体から出た不自然な白い煙のようなものに気を取られ、その煙の動きを目で追った。
《にゃんにゃ?》
白い煙はふわふわと堀田の体から離れると、真夏に近寄りそのまま真夏の体の中へと入って行った。
《にゃっ?ご主人!?》
堀田はぼーっとして動かなくなり、真夏もまた、ぼーっとしてしまっている。
《ご主人!?ご主人っ!?》
スカーレットの声に無反応な真夏。
舞杏と双連は動きを止めた堀田を注視している。
スカーレットがあたふたしていると堀田はへたり込んで大声で泣き出し、バタバタと痛みに悶えて床を這いずりだした。
「うえ~~~ん!」
子供というよりも赤ん坊のような泣き方。舞杏と双連は顔を見合わせた。
「…はあ?…堀田君…。妙な真似はやめなさい…。西園寺君、ドクターを呼んでくれ」
「は、はい…」
デバイスを操作する双連。
「おぎゃああぁぁあ!」
泣きじゃくる堀田。
その状況にもぼーっとしていた真夏は、一瞬身体がびくっと震える。
「へっきゅっ!!」
真夏の大きなくしゃみは密室状態の取調室の空気をドン、と震わせた。
その瞬間、真夏の中から白い煙が弾き出され、煙はそのまま壁をすり抜けどこかへ消えていった。
「は、はひっ!?…なんだか寒気が…」
《ご主人!》
真夏の鼻から一筋の汁が垂れる。
「風邪かい?悪いが堀田を拘束する、手伝ってくれ」
指示を出す舞杏。
「はひ!て、手伝います」
ずびっと鼻水を吸い込み堀田に近づくが、どこからか異臭が漂い出す。
「ん?なんだ…?」
舞杏は真夏を制止し、堀田の様子を窺う。
「堀田君!?まさかキミ!」
「くっさーぃ!!!」
その異臭が双連まで届き、鼻をつまんでしゃがみ込む。
《こいつ!うんこしたにゃー!?》
堀田、脱糞。
「ドクター!ドクターはまだかーっ!?」
てんやわんやな取調室。
泣きわめき、口から血を流して脱糞する堀田に誰も近づけずに数分が経つと取調室に公安常駐医が到着する。
「何やってんのお前等…」
「ダーリン!」
現れた薄い無精髭のロン毛男に飛び付き背中に隠れる双連。
(ダーリン…?)
「ドドドドォクトァー!ほ、堀田君の救護を頼む!」
言い残して開いたドアからとび前転で逃げ出す舞杏。
「主任が一番に逃げますか!?」
ダーリンと呼んだ医師を堀田の方に押し出して舞杏を追って退室する双連。
「何だこの状況…?お前等何やってたんだよ…」
顔をしかめながらも職務を遂行する医師。
逃げ遅れた真夏。
真夏が逃げないから逃げられないスカーレット。
「ダーリン…?気を付けてね…」
廊下からひょっこり様子見する双連。
「これは…幼児退行か…?…口の出血は…いや、食道まで傷ついてる…?…鷹司主任!医務室まで連れて行くが問題ないか?」
医師の呼びかけに廊下から匍匐前進で顔を出す舞杏。
「問題ない、連れて行け」
「お前等も手伝えよな」
匍匐後退する舞杏。
「メーデーメーデー!課長!六課取調室にて緊急事態発生!直ちに応援求む!」
応援を求めておきながら自身は蛇行しながら腹ばいで後退を続けて取調室から離れていく。
「まったく…。何であんなのが主任やってんだか…」
じたばたあわてもがく堀田を抑えながら血を吐き出させて気道を確保する。まるで生き方を忘れたように振舞う堀田は本物の赤ん坊のようだ。
(これは…とても演技とは思えんな…。だがこの徴候…。成人がここまで退行するのか…?)
処置をじっと見つめる真夏。
「ああ、お前達ももう行っていいぞ。取り調べどころじゃないだろ」
「へ、あ…はい…。で、でもいいのでしょうか…」
大変な状況に気が引ける真夏。
「応援が来るみたいだからな。ここはもういい」
愛想がなくぶっきらぼうな医師の言葉に従って退室する。
取調室の入り口に張り付いて医師を見つめる双連は乙女の顔をしていた。
「あんな赤ちゃんおじさんにまで優しく処置するダーリン…ちゅき…♡」
「あ、あのぅ…。私はこれから何をすれば…?」
先輩に尋ねる真夏。
「ん?そうだね…。とりあえず主任を捕まえようか」
「捕まえる?」
「敵前逃亡は重刑だからね」
ニコッと笑って舞杏が消えて行った方にスキップして行く双連。
《ボクはこの部屋から出られればなんでもいいにゃ…》
真夏は疲れた様子のスカーレットを抱き上げて先輩の後を追う。
取調室から離れ、角を曲がってもまだ堀田の泣き声は聞こえてきた。
舞杏のデスクに到着した双連と真夏、スカーレット。
「いませんね」
「ねー。ここに戻ってると思ったのに…」
舞杏の姿をきょろきょろと探す双連。その右手が腰のホルスターに触れていることに真夏は気付いたが見なかったことにした。
「課長に怒られたりしたないかな?」
ちらっと課長室を見る双連はそのドアの隙間から舞杏が手招きしているのを見つける。
「あれ?課長室にいるけど怒られてはいないみたい」
「そうですね、行ってみます?」
「手招きしてるからね、行ってみよう」
コンコンコンとノックすると、どうぞーと舞杏の声。
「あれ?課長、もう起きてたんですか?」
入室するとデスクに頬杖をついて眠そうにしている清水の姿があった。
「ああ、おはよう。もう来てしまったからね。寝ていると何をされるかわかったもんじゃない」
「想定していたより酷い状況になってしまったから仕方ない。堀田君、女子に囲まれて興奮したのかな。脱糞までするなんて、堀田君、相当気合が入っているよ」
「…西園寺、現在の状況は?」
「はい、取調室のカメラに繋ぎます」
双連はデバイスで現在の取調室を表示させる。
「ダーリン指揮のもと数名の出入りがあったようですが、現在は無人です」
取調室には汚れた床の上に散らばったライトの残骸がある。
「さてと、堀田はライトを破壊する方に動いた。プランはBに移行し進行中。さあ、相手はどう動くかな…?」
あくびをしながら目を擦る清水。
《ご主人ご主人、あれはさっきいた部屋かにゃ?》
デバイスを注視するスカーレット。
《?…そうですよ。さっきわちゃわちゃしてた部屋です》
《録画はしてるにゃ?》
《どうなんでしょう…何か気になることでも?》
《あるにゃ、気になること!アイツ、おかしくなる前に体から白い煙みたいのが出てたにゃ》
《白い煙…?そんなもの出てましたっけ…?》
(…その後白い煙はご主人の中に入っていったにゃ…)
《きっと何かあるはずにゃ!確認してほしいのにゃ》
スカーレットの圧に押される真夏。
《わ、わかりました…聞いてみます》
「あ、あのぅ…」
授業中にトイレに行きたくなった生徒のような挙手をする。
「幸谷さん、何か?」
「は、はい…。その…あの人がおかしくなる前に、体から何かが出てたみたいでして…確認とかできますか…?」
「あやふやな言い方だね」
「おかしくなる前ってのはライトを食べる前?赤ちゃんおじさんになる前?」
双連は分割表示して現在と過去の状況を映し出す。
《赤ちゃんおじさん?になる前にゃ》
「赤ちゃんおじさんになる前だそうです」
「ふ~ん、それは猫君の意見かな?」
「は、はい、スーちゃんが何かを見たそうで…」
「はーい、再生するよ」
定点カメラで映された赤ちゃんおじさんの一部始終が再生されるが、そこに白い煙のようなものは確認することができなかった。
《…にゃ…?》
何度か繰り返し再生させるがやはり確認はできない。
「あ、ありませんね…」
「猫君の見間違え…かな?」
《うにゃ~…》
「す、すみません…」
スカーレットの代わりに頭を下げる真夏。しかし清水は非難することなく微笑んでいる。
「いや、スカーレットは魔女の使い魔。私達に見えないものを見ていた可能性はある。大事な意見として心に留めておこう」
《…このハゲ、なかなかいいやつだにゃ》
《やめて下さい》
双連がさらに動画を拡大したりして検証していると、現在を映していた部分が真っ暗になる。
「おや?」
「西園寺、取調室入り口の監視カメラは?」
「…ダメです、こちらもNo Signal、公安全体のカメラが止められています!」
《ど、どうしたんでしょうか…?》
《わからんにゃ~》
公安の監視カメラが停止する状況。しかし双連は焦ったりしておらず、清水と舞杏にいたっては満足そうにしている。
「さて、しっかり食い付いてくれるかな?…西園寺君、例の仕掛けは?」
「……はい、動き出しました」
舞杏と双連は顔を見合わせてにんまりとする。
「あ、あのぅ…。何がどうなっているんでしょうか…?」
おいてけぼりとなった真夏。
「幸谷さんには私から説明しよう。しかしその前に謝罪を」
清水は軽く頭を下げる。
「昨晩はキミを正しく保護できなかった。申し訳ない」
「へ?…保護…?」
「私達の想定で怪人化は薬物によるものだと決めつけてしまっていた。しかし堀田の言動、態度から察するに幸谷さんの部屋を訪れた彼は怪人化のプロセスを完了させた様子だった。つまり、キミに向けて放たれたライトの光、これが人を怪人に変えるものだった可能性が高い。奴等が手っ取り早く邪魔者である魔女のキミを排除するには、キミを怪人化させてしまえばいい。と、幸谷さんが襲われる可能性を考慮しておきながら堀田を止めることができなかった。私達の失態だ、許してほしい」
(怪人化?)
「真夏君の部屋を訪れる不審者だ。敵側の人間だと判断はしていたが…」
「すまない」
丁寧に頭を下げて頭頂部を見せる清水に真夏は慌てて手を横に振る。
「い、いえ。そんな謝罪するようなことじゃないですよ。私、怪人化してませんし」
えへへ、と笑って頭頂部から目を背ける。
「いや。それは結果論だ。何が原因か、たまたま幸谷さんが怪人化しなかったから良かったものの、万が一キミが怪人化していたら私達、いや、この世界にとって多大な損失となっていただろう」
《そ、そんな大ごとですかね…?》
《ご主人が怪人になったら誰もご主人を元に戻せないにゃ。ボクにとっても多大な損失にゃ!》
「ま、課長もこう謝っていることだし、許してやってくれないか」
「飲んだくれて朝まで連絡がつかなかった人は黙っていてください」
双連のちくちく言葉に反応して舞杏が双連の脇腹を小突くと、それを皮切りに狭い課長室で二人の小突き合いが始まる。
慣れた様子の清水は二人を無視して話を進める。
「とにかく、決定的瞬間を押さえようと粘った私達の判断ミスだ。今後このようなことがないように努めることを約束するよ」
「あ、はい…。私としては気にしてませんし、そう言ってもらえると安心できますので、よろしくお願いします」
微笑んで頷く清水。
《にゃるほどにゃ、今後ご主人にライトを向けるヤツがいたら容赦なくぶん殴って良いのにゃ》
《それは早計ですよ。ライトと言っても、あの変なライト…!》
「あ!あの!堀田さんが持ってた変なライト!壊されちゃったけど大丈夫なんでしょうか…?」
破壊されたライトを思い浮かべる真夏。
「安心してくれ。それがプランBだ」
双連を羽交い締めした舞杏が得意気な顔で言う。
「昨晩あの変なライト、仮に怪人化ライトと呼ぼうか。怪人化ライトを押収した我々は提携する技術研究所の研究員を叩き起こして、見た目だけは同じ、良く出来た偽物を作らせた。怪人化ライトに入っていた通信装置はそのまま移植したが、堀田君が我々に向けて怪人化ライトを使っても決して怪人化することのないライト。本物としては使えない模造品だ」
「課長のアイデアですけどねッ!」
舞杏の拘束を振りほどいてアシンメトリーな身だしなみを整える双連。
「プランAとして、わざと隙を作り堀田に偽怪人化ライトを持たせて反応を見る。私達に向けて偽ライトを使えば怪人化ライトが本当に人を怪人化させる道具であるということを裏付けることもできる。状況証拠としては上々。そしてプランB、私達がずさんに管理した偽怪人化ライトを堀田の仲間に回収させ、その行方を追うこと」
双連はデバイスを確認する。
「現在、偽怪人化ライトは公安三課に移動しています」
「まあ、一課か三課だろうな」
渋い表情の清水。
止まっていた監視カメラの映像が復旧して取調室が映し出される。
「あ!あのライトがなくなってます!」
床の上に散らばっていたライトの残骸が消えていた。
「さて、奴らがこのままライトを廃棄するか、堀田の上役へ届けるか…」
「届けてくれたら面白いんですけどね、あれだけ破壊されてたら捨てちゃうかな?」
「西園寺は偽ライトの追跡をしっかりと。鷹司主任は怪人化ライトの実証実験の準備を」
「へ?か、怪人化ライト、使ってみるんですか…?」
怪人化ライトを使用することに納得がいかない真夏。
「ああ、技研にも準備を進めさせてる。最終的には人に使って怪人化することを証明する必要があるからね」
「で、でも…。そんな酷いこと…。怪人になるなんて、可哀そうです…!」
「何を言っているんだい?怪人化を証明出来たら、真夏君が元に戻すんだよ」
「…へ?」
「対象は死刑囚、司法取引をして実質終身刑になるよう取り計らう。相手の意志を確認して、強制したりしないから安心してくれ。元に戻れない可能性もなくはないが、成功すれば対象にとっても社会にとっても大きな利があることだよ」
「そ、そうです…か?」
「幸谷さん、必要なことなんだ。気持ちは分かるがのみこんでくれ。私達が相手してるのはこの国を裏で操っている権力者たちだからね。迅速に行動していかないとどこから横槍が入るか分からない。現にこの公安組織にも奴等の息がかかっているだろう?」
「公安三課、ですか?」
「ああ、この状況でわざわざ六課の取調室から偽怪人化ライトを持ち出すなんて…。ようやく繋がりを証明することができたよ」
「奴等は我々が通信装置を利用してることを知らない。堀田君の上役に怪人化ライトが届けばそれが偽物だと分かるだろうからね、通信装置をこちらが利用していたこともバレるだろう。そうなれば証拠隠滅に動くはずだが、我々からしても奴等の正体を突き止められる好機。それまでに怪人化ライトの実証をしたいんだ」
(怪人化ライトの実証を進める間にも関わる人は増えて、情報が拡散する。そうなるとどこにいるか分からない、スパイみたいな人に水を差されるということですか…。私の知らないところで皆さんしっかり働いていたんですね)
「わ、分かりました。私にできることは何でもやります!」
《元から怪人化した人を元に戻すのがご主人の仕事だにゃ。やることは変わってないのにゃ》
「うむ、その意気やよし!では真夏君に指令を与える」
舞杏はパンパカパーンと効果音を付けて課長のデスクにズドンと何かを置いた。
「KーKーS、300~!」
「…kks-300?…こ、こけし…?」
高さ300ミリ、直径100ミリの円柱状のそれはこけしのような形だが、顔にあたる部分には小さな液晶画面がついている。
「そう!言うなればハイテクこけしだ!」
「失敗メカだけどね」
ドヤ顔でkks-300を紹介する舞杏に水を差す双連。
「超高性能演算処理装置を搭載したAI小型ロボだ!」
舞杏がkks-300を起動させると、首元から三方向にカシュっと音を立ててプロペラが張り出される。プロペラが回りだしkks-300は飛び立ち真夏の目前に迫る。
「ひぇっ!?」
身構える真夏。kks-300はピタッとその場で停止すると液晶画面に表情が映される。
「マスター、初めまして。私は公安六課配属備品kks-300、こけさんと申します。以後お見知りおきを」
丁寧に自己紹介するこけさん。
「こけさんは我々の捜査補助を目的に開発された小型ロボだがとある事情によりずっと眠っていたんだ」
「は、はぁ…」
「データベースにアクセスできる高性能AI搭載。最高速度300キロで飛行し、頭から突っ込み暴徒を鎮圧することも可能。現場では重宝する、はずだったんですが…」
舞杏に代わりこけさんの仕様を説明する双連が浮かない顔でこけさんを見つめると、ピピッと短い音が鳴りこけさんはゆっくりと垂直に床に着地した。
「あれ…?動かなくなりました…?」
「超高性能演算処理装置、衝撃に対する強固なフレーム、それらの重量を飛ばせるだけの飛行装置。残念だけど満充電から15分程度で電池切れする失敗メカなの…。って言うかまだ充電完了できてなかったのね」
「それは…失敗メカですね…」
「そう!だからこそ真夏君に新たな指令だ!」
固唾を呑む真夏。
「魔法でこけさんに給電できるようになってくれ」
「魔法で、充電するってことですか?」
「名付けて、マジカルワイヤレスチャージング!」
こけさんを拾い上げて高く掲げる舞杏。
「必要だろう?魔法の名前!」
「な、なんだか嬉しそうですね…」
「ふっ、ガキだからね」
双連は小型ロボに浮かれる舞杏をチクリと突き刺した。
エルドランドの同盟国、コメリッカ合衆国首都ワッシートDRO国際空港。
エルドランドに帰国する為に保安検査を受ける五人組の旅行客、その内の一人、車椅子の老婆が係員の手を借りて非金属性の車椅子に移され、金属探知機を通過するがアラームが鳴る。そこへ先に検査を受けた老婆より一回り若い女が係員に近寄る。
「すみません、彼女は人工関節が入ってまして…これ、証明書です」
女はエルドランドの医療機関が発行した証明書を係員に見せる。
「はい、了解しました。では申し訳ございませんが、接触検査をさせていただきます」
女性の係員が老婆のボディチェックをする。
「問題ありません、どうぞいってらっしゃいませ」
どこか他人行儀な五人はお互いに頷き、笑顔の係員に見送られながら飛行機へ向かって行った。




