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#10 怪人化



 浅見晶怪人化事件から一週間が経っていた。

 真夏は舞杏の捜査手伝いを研修として三日間過ごした後自宅待機となり暇を持て余していた。

「結局、いつもの日常に戻ってきた感じですね」

 朝の清掃とパンの陳列を終えたら魔法の練習をする。飛べるようにはなったものの、怪人出現に備えて配達はしないことになった。

《週に一回の出勤であとは自宅待機なんて公安は楽な仕事だにゃ~》

 週に一度の出勤、残りは24時間待機。外出は可能だが行き先を報告することになっている。

「ま、まあ、いつでも出られるようにはしてますが、待機してるだけでお給料がもらえるのは凄いですね」

 待機となって四日目。一度の出動もなく真夏の緊張の糸は切れつつあった。

《ご主人が無職を卒業できてよかったにゃ》

「ふふっ、そうですね。来月からお家賃も払えるでしょうし、気が楽になりましたね」

 公安で国民IDを作ってもらい、通信可能なデバイスも用意してもらえた。

 近々の憂いがなくなった真夏はベッドで横になってぼーっとしている。

《でも…》

《にゃ?》

「…はぁ…」

 ため息をつく。

《晶さん…。まだ意識が戻らないのが心配です…》

《医者が問題ないって言ってたにゃ》

 セーフハウスに移された晶。なかなか意識を取り戻さないことを心配した公安は一度病院にて精密検査を行ったが異常はないとのことだった。

《私…何かやり過ぎちゃったんでしょうか…?》

《確かに必要以上の火力だったかもしれないにゃ。射線上に建物があったら吹っ飛ばしてたにゃ》

「あ、あはは…」

 真夏が誤魔化すように笑うと同時にデバイスの呼び出し音が鳴る。

『デーン!デーン!デーン!デデデ!デデデ!デーン!デーン!デーーーン!!!』

《うにゃっ!?》

「はわっ!?」

 暇を持て余してノリで設定した着信音に飛び起きる。

 さながら暴れん坊なジェネラルが大立ち回りを始めるかのような音楽は丸くなっていたスカーレットまで飛び上がらせた。

《ご主人…やっぱりそれはやめるにゃ…》

「い、いきなり鳴ると迫力が違いますね…」

 デバイスを確認すると発信元は舞杏からだった。

「は、はい!幸谷です!」

 初めての出動かと慌ててでる。

『ああ、お疲れ。私だ。愛しの上司、鷹司だ』

「あ、はいぃ、お疲れ様ですぅ…」

『出動ッ!』

 舞杏の突然の大声にビクッと体が震える真夏。

『と、いう訳ではないのだが。浅見晶君が目を覚ました。今からセーフハウスに来てくれるかい?』

「晶さんが!?行きます!今すぐ行きます!」

 真夏は通話が終わるとスカーレットを抱えて文字通り飛び出して行った。



 真夏は少し離れた所で地上に降りて尾行を警戒しながらセーフハウスに入った。120階建ての高層マンションの一室。ステルス状態で中層の駐車場に入った舞杏と双連は先に到着していた。

「こんにちは…」

 警備に通されて晶が軟禁されている部屋へ入る。

「…?幸谷、さん…?」

 舞杏に簡単な説明を受けただけの晶は真夏の登場に驚く。

「そう、何を隠そう晶君の怪人化を元に戻したのはこの現代の魔女、幸谷真夏君だ」

 デデーンと自分で効果音を付けて盛り上げる舞杏。

「晶さん…!…よかった、目が覚めて…。足は、大丈夫ですか?」

「足?あぁ、これ?めっちゃ痛い。死にそう」

「あぁ…」

 自分にも痛みが伝わってきたかのように辛そうな顔になる真夏。

「骨までやっちゃってるからね、しばらくは安静に。痛み止めを増やしてもらおうか?」

「あ、いえ、冗談というか…。さっき頂いたのが効いてきたので大丈夫です」

「そうかい?それじゃあ、真夏君も来たことだし本格的に話そうか」

 部屋にはベッド上で安静にしている晶と、その横に椅子を置いて座る舞杏。真夏とスカーレット、双連は舞杏とは反対側に置かれたソファーに座る。

「さて、もう一度確認させてもらうが、晶君は自分が怪人になったことを憶えていないんだね?」

「えっ…?」

 小さく声を出して驚く真夏。

「…はい。そんな記憶はまったくないです…。あの、母に連絡を…私、一週間も寝てたなんて…」

「連絡についてはこちらが用意する端末で自由にしてくれてかまわない、監視は付くがね」

「監視…?」

「うん、晶君は怪人から人間に戻った初めてのケース。怪人化が自然的、被害、加害者に加担している可能性。そのすべてを考慮してキミを保護、監視しなければならない。晶君個人のデバイスを自由に使わせることはできないんだ、申し訳ないね」

 双連が立ちあがり公安が用意したデバイスを晶に渡す。

「はい、こちら。浅見議員とお姉さん、勤務先と我々公安の連絡先が入れてあります。先方にはしばらく晶さんがこのデバイスを使うことを伝えてあります」

「盗聴機能付きデバイスですか…」

「すまない、必要なことなんだ。了承してくれ」

 舞杏は申し訳なさそうにあははと笑う。

「警察の人が言うなら従いますけど、私って危険人物扱いされてるんですか?」

「いやいや、キミを守る為の口実でね。我々は晶君を被害者だと思って捜査している。ただ、可能性がゼロじゃない限り警備を付けるには監視もセットになるんだ」

「私が被害者…。じゃあやっぱりお母さんの事故も狙われて…!」

「大丈夫。浅見議員の方もあれから更に警備を増やしてる。手は出させないよ」

「そう…ですか…」

 慌てる晶を落ち着かせた舞杏は小さく頷いて話を続ける。

「…では、晶君。キミの話を聞かせてくれ。キミが憶えている最後の記憶を」

「最後の…。はい、えっと、母の事故の後に党本部に行って、打ち合わせと各種予定のキャンセルと日程調整をして…結局家まで一色君に送ってもらって…」

 晶は記憶を辿りながらゆっくりと話す。

「その後は…えっと…シャワーを浴びようとして…」

 晶の言葉が止まる。

「…?…そこから先は何も覚えてません…」

「…ふむ、一色君はそのまま帰ったのかい?」

「え?はい、連れ込んだりしてませんよ」

「家の戸締りはしっかりできていたかな?」

「そうですね、一応国会議員の家ですしセキュリティはそれなりに。無理に侵入しようとすれば警備会社が来るはずです」

「なるほど…。こちらの調べでは、一色君の車に二人が乗っているのを防犯カメラで確認できたのが19時。その数分後に同じカメラで反対方向に走り去る一色君の車が確認されている。晶君が怪人として防衛省に確認されたのは翌朝5時、つまり約10時間の間に晶君は何らかの原因で意識を失い、怪人化したことになる」

「そんな短い時間で人からこのような怪人に変化できるのでしょうか?」

 双連は今目の前にいる晶とデバイス上で表示しているゴリラ怪人を見比べる。

「えっ!?それが私なんですか?」

 怪人化していた自分を見せられて驚く晶。

「うわ~、ショックだわぁ…。もっとかっこいい怪人に……ていうかこれ……!?」

 ボロボロのドレス姿のゴリラ怪人。

「このドレスって…」

 晶の表情の変化に釣られて真夏の顔も暗くなる。

「は、はい…銀婚式で用意していたドレス、です…」

 緊張した面持ちで真夏が肯定する。

「あ…あはは…。…何やってんだろうね、私は…。ゴリラになってドレス着て走り回るなんて、とんでもない変態怪人じゃないか…」

 力なく笑う晶はおどけた言葉とは裏腹に肩を落として落胆している。

「代々受け継がれてきたドレスをダメにしちゃった…」

 たまらず涙が浮かび泣き出しそうな晶の肩に舞杏が優しく触れる。

「見方を変えれば代々受け継がれたドレスがキミを守ったことになる」

「…?」

「あのドレスが、知っているドレスだったからこそ真夏君は飛び出したんだ」

 晶の視線が真夏に向く。

「あ…はい…。私、お姉さんの皛さんに昔の魔女の話を聞いてて、家紋付きのドレスを着た怪人が現れた時、あれは晶さんなんじゃないかって、助けられるんじゃないかって思ったんです」

「結果として晶君はこの30年間で初めて死なずに人間に戻ることができた唯一の存在となった。危うく一色君に殺されるところだったんだよ」

「そう、か…。一色君、早朝から仕事って言ってたし…。あれ…?この足って」

「一色君の撃った弾丸による負傷だよ」

「ふっ、あいつめぇ~」

 晶の表情に柔らかさが戻ってくる。

「治療費は公安で受け持っているが、慰謝料を請求してみるのも面白いかもしれない」

 意地悪な顔をした舞杏が提案する。

「あはは、あいつだって仕事でやったことだし可哀そうですよ」

「好いた女を傷つけたんだ。おねだりしてやると少しは彼も気が楽になるだろう」

「そんなんじゃないですって。一色君とは友達で…。でも、そっか…。怪人は人間だったって…。それを退治してた一色君も辛いですよね…」

「必要なら一色君の連絡先も用意するよ?」

 舞杏の提言に晶は頷いた。

「しかし、結局重要なところが分からないままですね。浅見家に防犯カメラはありませんし…。怪人化の原因を解明できるかと思っていたのに」

 双連は取っていた議事録を閉じてため息をつく。

「な、なんかすみません」

「あぁ、いえ。晶さんの所為ではないので」

「我々が皛君と浅見家を訪れた時、玄関は施錠されていなかった。家の中も晶君の部屋以外は荒らされた形跡はなく、浅見議員の部屋もきれいな状態だったよ。怪人化に犯人が居るとして、物取りはされていないみたいだ」

「あの、私の部屋は…?」

「まぁそうだね。少し、暴れ回った感じだったね」

 また意地悪な顔の舞杏。

「とほほ、です」

「で、でも良かったです。晶さんが目覚めてくれて。私ずっと心配してたんですよ」

「幸谷さん…。知らないうちに助けてもらってたみたいで、ありがとう」

「いえ、皛さんが魔女のことを調べてくれたおかげです。私も自分がやるべきことが見つかったみたいで感謝してます」

「ふふっ、そっか、お姉ちゃん様様だ。オカルトマニアも鼻が高いだろうね」

「えへへ、頼りになる人ですよ、皛さんは。…でも、もう一週間も怪人はでてないんですよねぇ」

「一週間も?そりゃあ珍しいね」

「想定はしていたことだが…」

 舞杏は難しい顔をして真夏と晶を順に見ていく。

「怪人を生み出してる連中からすると真夏君の存在が目の上のたんこぶなんだろう。連中にとって目障りな人間を怪人化させて社会から消しても、それを元に戻してしまう魔女が現れたんだ。下手に怪人を生み出せば30年隠れ続けてきた自分達の存在が明るみになってしまうと危惧しているんだろう」

「30年も隠れ続けた秘密結社は流石に用心深いですね」

「そう、だからこそ連中は新たに怪人を生み出すのではなく、目の上のたんこぶを処理するために動くと踏んでいたんだが…」

 目論見がはずれてがっかりする舞杏は真夏をじっと見つめた。

「…?…鷹司さんはそんなことまで考えてたんですね、流石です」

「まぁね。エリートだからね。だが残念ながら奴等はぶら下げた餌に食い付きはしなかった」

「…?…餌…?」

 じぃ~っと見つめられる真夏はふと気づく。

「それって!私のことですかぁ!?」

「あはは、フリーにしてるってのに、なんのアクションも起こさないなんて、よほど慎重派のようだ」

 立ち上がって不平を垂れる真夏にいたずらっぽく笑う舞杏。

「とは言えそのまま食わせる気はない。当然だが真夏君にも24時間監視がついてる。透明化した公安のパトカーが張り付いているから安心してくれ」

「…あのパトカーですか…」

 舞杏と初めて会った時のパトカーを思い出した真夏。

(確か、タイヤが外れて戦えるロボットになってましたね。怪人には全然火力が足りなかったみたいですけど、人間相手ならちゃんと守ってもらえる…?)

「AIで監視、六課から遠隔で操作して攻撃行動をとれるからね。普段通り生活しても安全なはずだよ」

「むぅ…。なんか売られた気分です…」

「ふふふ、言っておくけどあのパトカーは高性能で防衛省のバトルフレームよりも高価なものだからね。そんなものに守られている真夏君は我々公安のVIPなんだ」

(だからといっていい気分にはなりませんけど…)

「気を悪くしないでね。パトカーはもちろんだけど、公安本部でも24時間体制で真夏ちゃんを見守ってるから」

 すかさずフォローに入る双連。手慣れている様子だ。

「まあ私にはスーちゃんがいるので大丈夫だと思いますけど、そういう大事なことは言っておいてほしかったです…」

「ははは、すまんて。ただでさえ出動待機で気を張ってるキミに余計なプレッシャーまで押し付けたくなくてね」

 悪びれる様子はない舞杏はすっかり眠ってしまっているスカーレットを見つめる。

「…奴等が動き出さないのはその猫君を警戒してるからなのかもしれないね」

「確かに、真夏ちゃんを襲おうとすればネコちゃんが出てくるって考えれば結構きついですね。防衛省のエースを相手にするようなものですから」

「防衛省のエースって、一色君?その猫が一色君くらい強いってこと?」

 双連の言葉に驚いて寝ている子猫を凝視する晶。

「はい、スーちゃんは私の使い魔になってくれて、実際に一色さんと渡り合ったんですよ」

 スカーレットに代わり誇らしげな真夏。

「さて、今後の話だが。しばらく晶君には六課のセーフハウスを転々としてもらうよ」

「…はい。お世話になります」

「うん。少なくとも足が完治するまでは我慢してもらうことになる」

「我慢だなんて、守ってもらえるだけでありがたいです。どのみちこの足じゃ出歩けないですし、監視付きとは言え連絡が取れるなら入院してるのと変わらないですから」

「ありがとう、協力感謝する。それでは我々は退室しようか」

 舞杏が立ち上がり、双連も一瞬遅れて立ち上がる。

「何か思い出したら私に連絡してくれ。それから、必要な私物などがあれば皛君にでも用意してもらって、真夏君を配達員として使ってくれていいから」

「幸谷さんを?」

「真夏君は今公安六課に所属している比較的暇なエージェントだ」

「え~!?幸谷さん公安に就職したの?すご~」

 ソファーに座ったままえへんと胸を張る。

「はい!ニート卒業です!」

「うむ、では幸谷真夏。しばらく浅見晶のパシリとして働きたまえ!」

「えぇ~っ!?パシリですかぁー!?」

 真夏の叫びにニヤニヤしながら退室していく先輩二人。

 部屋に残った真夏は舞杏が使っていた椅子に移動する。

「ん?何か忘れ物?」

「あ、いえ…。その、すみませんでした。ウエディングドレス、ボロボロにしちゃって…」

「ドレス?画像で見せてもらったけど、あれはもう怪人の姿で着ちゃってる時点でボロボロだったんでしょ?幸谷さんが着にすることないよ」

「でも、私の魔力砲で余計に損傷させたみたいで…たぶん、もう直すことは…」

「いやいや、ビリビリに引き裂かれたドレスを着たゴリラを見れば諦めもつくよ。…ごめんね、気を遣わせちゃって」

 晶が着ていたドレスはボロボロになっているがまだ保管されている。自分が止めを刺したそのドレスを晶に見せるべきか悩んでいた真夏。

「私もお母さんも、命があって良かったよ。守ってくれる人が、助けてくれる人が居たから今こうして生きていられる。何でドレスを着てたのかは思い出せないけど、それはドレスを着た私の責任で、幸谷さんは何を言おうとも私の命の恩人、立派なんだから、ビシッと胸を張って」

 優しい言葉に励まされる。

「…え、えへへ、パシリになっちゃいましたけどね」

「それは上司からの指示でしょ。きちんと働いてくださいね」

「はい!それはもうきびきびとパシらせてもらいます!」

 笑顔になる二人。

「あの!なんで晶さんは銀婚式をサプライズしようと思ったんですか?」

「うん?そうだなぁ…ウチの両親が結婚式を挙げられなかった話はしたよね」

「はい、それは聞いてます。ただ…言いにくいことですけど、銀婚式って夫婦のお祝いですよね…?晶さんのお父さんはもう…」

「…うん。お父さんは15年前、私が6才の時に亡くなってる。普通はこんなお祝いしないのかもね」

 真夏は破綻しかけているサプライズを修正できないか模索している。その気持ちを察した晶は真摯に真夏に向き合った。

「私はね、実を言うとお父さんのことはほとんど憶えてなくて、ただ、四人家族がすごく仲が良かったことはしっかりと憶えてる」

 晶は時折目を瞑って、古い記憶を辿りながら語りだした。



 お父さんもお母さんも、いわゆるエリートってやつでね。お父さんは大学生の時に医者と弁護士の資格を取るくらい優秀で、結局弁護士になったみたいだけど、社会に出ていろんな人を見ているうちに社会の歪さに気付いて、より多くの人を救うために政治の世界に飛び込んだんだ。

 正義感が強くて、お母さんにも私達にも優しかった。応援してくれる人も多くて、勢いのある政治家だって有名だったらしい。

 お姉ちゃんもね、お父さんに似て正義感が強いって言われてた。たぶん、よその姉妹と比べると全然ケンカなんてしてこなかったんじゃないかな。私のことを守ってくれて、いつだって強くて優しいお姉ちゃんだった。

 それから突然事故でお父さんが死んで…。その時のことはよく憶えてる。いつも気丈なお母さんが取り乱して泣いてた。周りの人達に何かを叫ぶようにすがって…。今なら分かるけど、お父さんがそんなことするはずないって、何か裏があるんだって訴えてたんだと思う。検死では飲酒運転って言われてたから。

 お父さんの遺体が戻ってきたのは事故から一週間経ってからだった。それから森永さん、お父さんの古くからの友達がね、別のところで検死をしてくれたんだけど、そっちでも生前に飲酒していたって結果が出て。お父さんは地位と名誉を失って死んでいった。

 それからすぐにお父さんの実家で葬式が行われた。

 その日は雨が降っていて、弔問者はみんな大きな傘をさしてた。

 私はまだ死というものが理解できていなかったけど、泣き崩れるお母さんの横で同じように泣いてた。

 そんな私達を慰めて泣くのをぐっとを我慢してたのがお姉ちゃん。

 お父さんに代わって私達を守ろうと、張り詰めてた。

 葬儀の直前、お姉ちゃんと二人で休憩してる時、私達は縁側から植え込み越しに怪しい人を見つけた。

 道路の向こう側からこっちをじっと見ている黒いスーツの男。男の人達はみんな黒色の喪服姿だったけど、その人は雨の中で大きな傘をさしたままずっとそこに立っていて、気が付いたらお姉ちゃんは走り出してた。

 私も玄関までお姉ちゃんを追って走ったけど、傘をさして外へ飛び出したお姉ちゃんを私は自分の靴が見つけられなくて追いかけることができなかった。

 玄関からお姉ちゃんと黒いスーツの男が対峙するのが見えた。

 男の顔は大きな傘に隠れてどんな人なのか私には分からなかった。

 お姉ちゃんが何かを言って、男は少ししゃがんでお姉ちゃんの肩に手を置いた。

 何を言ったか分からない、何を言われたのかも分からないけど、それまで一切泣くことがなかったお姉ちゃんが大声を出して泣いたんだ。

 男はゆっくりと立ち去り、お姉ちゃんが泣く姿に私もまた声を出して泣いて、異変に気付いた大人たちが駆け付けるまで、お姉ちゃんは雨の中一人で泣いてた。

 結婚してから25年、お父さんが亡くなってから15年。

 お父さんが居なくなってからの時間の方が長くなって、私も学校を卒業して社会人になって、うちの生活は落ち着いたけど、お母さんは毎日お父さんに手を合わせてる。

 お姉ちゃんはあれから元気になったけど、怖い思いをしたのか政治には係わらないようにしてるみたい。それどころか私がお母さんの秘書になるときも、お母さんが政治家に立候補する時もすごく反対してて、少し私達と距離ができてるみたいで…。

 だから、お父さんはいないけど、銀婚式っていいタイミングかなって。

 お姉ちゃんと一緒に企画してお母さんにサプライズして、また仲が良かったころに戻りたいなって思ったんだ。



「仲が悪いわけじゃないんですよね」

「うん。今でも優しくて頼れるお姉ちゃんだよ。…でも、今回のことでお姉ちゃんが心配してた通りになっちゃった。こういう時あんまり表情に出したりしないけど、きっとすごく心配してると思う。怒っちゃったかも…」

「晶さんが公安で保護されることになったって伝えた時、凄く安心した顔をしてました。この怪人化事件を解決して、安心して銀婚式ができるように私も頑張ります」

「ありがとう。企画もやり直さなきゃだから、また手伝ってくれると助かるよ」

「はい、私も何ができるか考えます」

 晶が頷き、真夏は立ち上がる。

「では、何かあったら遠慮なくパシ使ってください」

 真夏は慣れない敬礼をしてみせた。



「収穫はありませんでしたね」

 セーフハウスを出て離れた所で双連はパトカーの透明化を解いた。

「そうとも言えないさ。あれほどの変化が短時間で起こったんだ、脳への負担か別の要因か、何にしろ怪人化している時とそのいくらか前の記憶は失ってしまうんだろう。その程度の成果だが、進歩だよ」

「わからないことが解っただけですけどね」

「30年膠着状態だった怪人事件だ、簡単じゃないさ」

 火のついていないタバコをくわえて唇で転がしている舞杏のデバイスに連絡が入る。

「何かきっかけがあれば一気に動きそうですけどね」

「そのための真夏君だよ。敵さんが動かないうちにこっちはこっちで守りを固めるとしよう。kks-300の調整が完了したみたいだ」

 ニヤリと笑う舞杏。

「kks-300?…使えない失敗メカじゃないですか」

「いや、真夏君しだいかな。欠点を魔法で補えれば使える、はず…。魔法とテクノロジーの融合だね」

「他力ですね。今から技研に?」

「ああ、このまま受け取ってから帰ろう」

 双連はハンドルを切って進路を公安六課と協力する技術研究所へ向けた。



 夜、風呂上がりに髪を乾かしながらスカーレットと会話する真夏。

《え?…今何と?》

 耳元で鳴るドライヤーの音で聞こえなかった訳ではなく、単純なことに気付かなかった自分の浅はかさに思考が止まり聞き返してしまった。

《にゃから、ドレスくらい魔法で直せばいいにゃ》

 セーフハウスではほぼほぼ寝ていたスカーレット。ドレスの話になり助言を受けた。

(何故そのことに気付かなかったのでしょう…)

《ドレスを直す魔法…》

《いらない服を破ってから直す練習してみるにゃ》

《はい、透明化の練習の合間にドレスの修繕魔法も練習しましょう》

 舞杏から待機中に透明化魔法の習得を命じられていた真夏。ドレス修繕魔法の習得に意気込みを見せる。

 そんなパン屋の倉庫二階の部屋からこぼれる光を密かに見つめる男が一人。

 時刻は夜9時を回り男が歩き出す。横断歩道のない道路を渡って伊月パン駐車場に足早に入る。営業が終了していて暗い駐車場と店舗を無視して裏手に回る。

「忌々しい魔女め…!」

 音を立てないように動く男の顔には苛立ちが見える。

 店舗の陰に一旦身を潜め、周囲を確認する男。

 男は上空を透明化してホバリングする公安パトカーの存在に気付いてはいない。しかしパトカーのAIは既に怪しい男の存在を六課に報告し、男が銃火器を所持していないことまで把握していた。

 ポケットから機械を取出し、壁に向けてライトを点灯してみる男。

「…よし…」

 足元を照らす為のライトではないようで、すぐに消灯してポケットに機械を戻す。

 男は小走りに倉庫の階段を上がり、真夏の部屋のチャイムを素早く二回押した。

《こんにゃ時間に、ホルスかにゃ?》

「誰でしょうね…?」

 タオルを首にかけて来訪者の元へ向かう真夏。

「はーい」

 守られているという油断からか、真夏は無防備にドアを開けてしまう。

「…魔女…!」

 男はおもむろに取り出した機械でライトを点滅させて真夏に光を浴びせる。

「ひぇっ!?…な、なんですか…!?」

 眩しい光を遮って目を覆う真夏。

 光は波長を変えて真夏を照らし続ける。

(な、なんでしょう?何故私はライトアップされてるんでしょうか…?)

 男の顔がニヤつく。

(そもそも誰なんでしょう、この人?…悪戯?突撃タイプのジャーナリスト!?ここに魔女が居ると知って取材に…?…でもこれカメラじゃないですよね…)

 光に慣れてきた真夏は薄目を開けて男を見るが光の向こう側の男の顔はよくわからない。

(まさか…!変態…!?光を浴びせる変態さんですか!?)

 ニヤついていた男の表情が曇りだす。

「………!?」

 手元のライトと真夏を交互に見つめて狼狽する男。

「あ、あのぉ…そうゆーのはやめてもらってもいいですか…?」

「……はぁ…?」

 真夏がそっとドアを閉めようとするとスカーレットが前に出た。

《いや不審者だにゃコイツ!》

「ひっ!?」

 スカーレットの登場に男は慌てて逃げ出し階段を駆け下りる。

「何しに来たんでしょう…?」

《あーゆーのはとっちめてから話を聞くにゃ》

 ぴょん、と飛び降りたスカーレットは男に巨大な猫パンチを喰らわせて押し倒すと、倒れた男の上に四つ足で立ち威嚇をするが男はとっくに気絶してしまっていた。

「ス、スーちゃん!?」

 真夏も慌てて追いかける。

「こ、殺したりしてないですよね…?」

 動かない男に風呂上がりの真夏は冷や汗をかく。

《優しく押さえつけただけにゃ》

(…猫パンチでしたよ…?)

 ホバリングしていたパトカーが高度を下げてステルスを解除する。

「どしたの真夏ちゃん?」

 パトカーから双連の声。

「その声は、西園寺さん?…どう、というか。私にもなにがなんだか…」

「知り合いじゃないの?武器とか持ってないみたいだから、一応通したんだけど」

 真夏は男の顔を再度確認する。

「知らない人です…」

「ふ~ん…何だろねー。とりあえず車に乗っけてくれる?後ろの席。しょっ引いて明日朝一にでも取り調べしよっか」

「あ、明日です?」

 着陸して後部のドアが自動で開く。そこへスカーレットが男をぽんと投げ込んだ。

「うんー。私も家でパジャマだし、主任はもう飲んでるだろうし、不審者のびてるし、明日で良いんじゃね?」

 雑に扱われる男は小さなうめき声を上げている。

「そ、そですね…」

「んじゃ、ちょっくらパトカー離れるから、しっかり戸締りして寝るんだよ」

 パタン、とドアを閉めたパトカーはスッと飛び立ち、伊月パンから離れると赤色灯を回して去って行った。

「変な人でしたね…」

《もうすっかり春だにゃ~》



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