#8 怪人
伊月家の食卓で正座をする真夏。スカーレットも横で伏している。
「まったく、あんたって子は何でそう怪人に絡まれるんだろうねぇ」
真夏の前で仁王立ちの女将。
怒られているという訳ではないが、帰った際の女将の圧に自然とこの形になった。
《この群れのボスは間違いなく女将だにゃ。こーゆー時は大人しくしておくにゃ》
《そんな処世術どこで覚えてくるんですか?》
「ほら、そんなとこに座ってないで朝ご飯を食べな。片付かないだろう?」
「は、はひ、いただきます」
椅子に座る真夏。スカーレットもテーブルに跳び乗ると猫用の食事が用意してあった。
「心配してたじゃんね。戦闘が始まるとテレビは映さないじゃん?やっぱりあの後は一色軍曹が怪人を華麗に倒してくれたの?」
先に食事を終えたホルスは配達の準備をしている。
「へ?は、はい、そうですね。大変お世話になりました」
(そうですね。あまり話すと余計心配をかけてしまいます。問題無く助けてもらえたことにしましょう)
「そっかぁ、さすが一色軍曹。…あぁ、直接あの時のお礼をさせてもらいたい…。あ、まなっちゃんは直接会えたりしなかった?」
「へ?直接…?い、いえ、直接はお会いしてませんね」
「そっかぁ…」
うっとりしているホルス。その横で真夏の怪我に気付く女将。
「擦り傷ができてるじゃないかい」
「こ、転んじゃいました」
てへへと笑って誤魔化す。
「気を付けておくれよ。救急箱持ってくるから待ってな」
「は、はい、ありがとうございます…」
(う、嘘は言ってませんよね。半分以上は転んだ時のですし…)
《ご主人、一人で無茶しちゃダメだにゃ。ご主人はボクが守るにゃ》
《ふふっ、そうですね。それじゃあ、スーちゃんは私が守りますね》
真夏とスカーレットは黙々とお喋りしながら食事を済ませた。
昼になり、その日の勤務が終わった一色は若くして手に入れたスポーツカーを乗り回し浅見晶の自宅を訪れた。
「お疲れー、一色君ごめんね、買い出しに付き合ってもらって」
「お疲れ。空いてる時はいつでも声かけていいって」
晶は一色の車に乗り込みシートベルトをつける。
時代遅れとなった飛べない車だが、交通量が空へ分散した結果地上を走る車は少なくなり、近場を走り回る程度ならむしろ走行のストレスなく乗れるとして旧車も一定の需要を保っている。
しかし一色がこの飛べない車を購入したのには別の理由がある。
「ありがと。いや~、やっぱり飛ばない車は信頼感が違うよね」
浅見晶。空を飛ぶ乗り物に抵抗があり、政治家秘書として必須級のエアドライブの免許はまだ取得していない。
「だね。普段仕事で飛び回ってるからプライベートくらいはね」
そういうことにしている。
「でも一色君なら空陸両用車も買えるでしょ?エースパイロットとして結構貰ってるんだろうし」
「給与はそんな変わらんて。まぁ、次買うなら両用だろうけど」
基地内で寮生活を送る一色。寮を出た際の通勤手段は緊急時に備え高速移動ができるエアドライブが防衛省職員として必須とされる。
寮を出る。つまり結婚した際の引っ越しだが、一色は隣の晶をその相手にできないかと試行錯誤している。
「それじゃ、また新車買ったら乗っけてね」
だが残念ながら晶にその気はなく高校時代からずっと友達感覚での付き合いとなっている。
「うん、その時は一番最初に乗せてやるよ」
「いや、初期不良とか怖いし慣らしてからでいいから」
「あ、そう…」
進展のない関係にやきもきする一色であった。
国政党本部駐車場。地方の視察から戻った浅見三子はエアドライブから降りて事務所へ向かう。
「そろそろ晶にも免許を取ってもらわないとね」
エアドライブを運転していた第一秘書の霧島が荷物を持って三子を追いかける。
「晶ちゃんにとってはトラウマですから。まだまだ私が運転しますよ」
幼少期に父親をエアドライブの墜落事故で亡くした晶にとっては空を飛ぶだけで強いストレスとなっていた。そんな晶を庇うように三子と年が近いベテランの第一秘書は腕をまくってみせる。
「ふふ、ありがとう。でもいつかは必要になるものだから、あなたからも勧めておいてね」
「はい、そのうちね」
議員と秘書、しかし友人のような二人。霧島にとっても晶は娘みたいなものだった。
三子が政治家になってすぐ、中学生だった晶は秘書になるということを宣言してその頃から時折母の仕事について回った。霧島も9年間三子を支え、家族ぐるみの付き合いとなっていた。
人として、政治家として三子を信頼している霧島。政治の世界に携わるうちに正しいことを行う人間に敵ができることも理解していた。三子の安全面にも気を付ける。日頃から頭に入れていた彼女だからこそいち早くそれに気付くことができた。
地上を走る一台の車が国政党本部駐車場へ速度を落とさずに進入してきた。
その車は並び歩く二人に後ろから迫る。
振り返った霧島の目には確かにこちら側を見据える運転手の姿が映った。
荷物を落として三子の腕を掴む。
「あぶないっ!」
三子を押し出すような形で倒れた二人だが、暴走車は二人を撥ね飛ばし、国政党の事務所に激突して止まった。
血を流して倒れる二人。暴走車の運転手も衝撃に気を失ってしまったようだ。
「……ぁぁ…」
霧島は力を振り絞って三子に手を伸ばすが三子は気絶してしまっている。
自身の意識も朦朧とし、力尽きる。
連絡を受けて一色と供に病院に駆け込んだ晶。三子の病室には事務所のスタッフと公安の鷹司舞杏が居た。
「お母さん!?」
意識の無い三子に駆け寄り呼びかける。
「晶ちゃん、大丈夫。命に別状はないって」
晶の肩に手を置いて寄り添うスタッフ。
「私は霧島さんの方に居るから、こっちはよろしくね」
「は、はい…。あの、霧島さんは…?」
「うん、霧島さんも、大丈夫…。何とか一命はとりとめたみたい」
「…よかったぁ」
頷き合う二人。スタッフは舞杏に一礼をして病室を後にする。
「浅見、晶君だね。私は鷹司舞杏。公安六課の捜査官だ」
舞杏は身分証を晶と、遅れて病室に到着した一色に見せる。
「公安、警察…?」
「政治家絡みの事件だからね。…防衛省のエース、キミも浅見先生の知り合いだったのか」
「あなたは…」
舞杏に気付いた一色は私服での敬礼を行う。
「先日はお世話になりました。自分は晶と友人で、三子さんとも面識があります」
「そうか、では今しがた入った情報を含めて二人に少し話しておこう」
舞杏は二人を座らせるとデバイスで暴走車両の運転手の写真を表示させた。
「竹迫元基、21歳男性。エール大学3年、見覚えは?」
「…自分にはありません」
じっくりと写真を見て一色が答え、その横で晶も小さく首を横に振る。
「ふむ、被疑者は事故後病院に運ばれ、意識を取り戻したところで公安の事情聴取を受けた。最初は記憶がないなどと事故や浅見議員殺人未遂について否定していたが、つい先程被害者二人に事故を謝罪する書面を残して自殺した」
「えっ?」
「自殺、ですか?」
「ああ、公安が目を離した隙にね。5階の病室から飛び降りてしまったよ」
「飛び降り自殺…?」
「被疑者についてはもう少し調べてみるつもりだが、この件は事故として処理される可能性が高い。念のために24時間態勢で警官を警護につけるから安心してくれてかまわないんだが、被疑者について何か思い出したりしたら私に連絡してくれ」
舞杏は名刺を渡す。一色は名刺を受け取り一読してから晶に渡す。
「了解しました。その際は連絡させていただきます」
「うむ、では私はこれで。浅見議員の意識が戻ったらまた来るよ。困ったことがあれば外の警官を頼ってくれ」
舞杏は病室を後にする。
「……お母さん…」
三子に寄り添い手を握る晶。
「まさか…人民党の奴等に…?」
「晶、変な考えをするなよ。これは事故だったんだ。三子さんも第一秘書さんも助かったんだから気を落とすな」
「…でも」
「でもでもなんでも。加害者の男の自殺は謝罪する意思の表れだろ、難しく考える必要はないよ」
「そう、なのかな…。もし人民党の陰謀だとしたら、加害者は消されただけなのかも」
「目を離したって言ってても警察の監視下にあったんだよ。そんな工作する隙なんてないって」
「………」
今にも泣きそうになっている晶をなだめる一色。
「落ち着いて、三子さんがはやく快復できるよう祈っていようよ」
「うん…ごめん、ありがとう…」
晶が涙を拭っていると病室の扉がノックされる。
「お母さん…?」
おずおずと扉を開いて現れたのは皛だった。
「お姉ちゃん、お母さんはなんとか無事みたい…。まだ意識は無いんだけど…」
「うん、よかったねぇ。ほんと、みんな無事で、晶も巻き込まれなくてよかったよぉ」
立ち上がった晶と抱き合い無事を喜び合う姉妹。
「一色君もありがとね、そばに居てくれて。この子一人だと色々考えこんじゃって大変だから」
「いえ、自分は何も」
「そーだよ、変なこと言わないでよお姉ちゃん。私もうそんな子供じゃないんだから」
姉に虚勢を張る晶。一色はにやりと笑う。
「今まで陰謀論を語ってたけどな」
「はあぁ~?なに余計なこと言ってんのよ」
「まったく、そうゆうところだよ晶、なんでもかんでも悪いように陰謀とか結び付けて考えちゃうんだから」
「お、オカルトマニアに言われたくないんですけど」
「私のは趣味、自分を見失うようなことはしませ~ん」
晶を突き放して三子の肩をトントンと叩く皛。
「おっかさんにははやく元気になってもらわないとね。それから晶、あんたは浅見議員が療養するって関係各所に連絡と調整をしなきゃいけないんじゃない?お母さんが休むと逆に晶は休めないでしょ」
「確かに…。どうしよう…」
「とりあえず今日はもう帰って、事務所の人達と今後どうするか話し合いなさい」
「でも、お母さんは…」
「お母さんは私が看てるから、何かあったらすぐに連絡する。心配せずに晶には晶にできることでお母さんを支えてあげて」
「…うん、わかった。一色君、悪いんだけど国政党本部まで送ってくれる?」
「ああ、もちろん」
やるべきことを見出した晶は一色と供に病院を出るのだった。
伊月家。夕食の席で浅見議員の事故が報道されると女将が動揺する。
「浅見議員って、晶さん皛さんのお母さん、ですよね」
箸を落とした女将に真夏は問う。
「そう、浅見先生。前に話したお世話になってる人だよ」
箸を拾いながらも視線がテレビに釘付けになっている。
「命に別状はないみたいじゃん?心配ないじゃんね」
「そうは言っても、この前も政治家の所に強盗が入ったって事件もあったからねぇ…。なにか危ないことに巻き込まれてないなら良いんだけど…」
「その事件って、かーちゃんが『様は無いねぇ』ってにやにやしてたやつじゃん?」
ホルスは母親の真似をして言う。
「うっ…。それはまあ、怪我人もでてないし、人民党の悪徳議員だったからねぇ…。つい…」
珍しく反省した様子の女将。
「あ…」
真夏はふと疑問に思ったことを口にする。
「銀婚式…どうなるんでしょう…?」
「あぁ…延期か、中止だろうねぇ…」
この日、伊月家の夕食は静かなものになった。
夜。一色に送られて帰宅した晶。
「今日は遅くまで付き合ってくれてありがとう」
「ああ、またいつでも呼んで。なにかあったらすぐ連絡しろよ」
「うん、頼りにしてる。明日も早いんでしょ?一色君も気を付けて帰ってね」
一色は頷き、上品なモーター音を立てて暗闇のなかへ消えていった。
それを見送って家へ入った晶は自室へ向かう。
「お母さん…大丈夫だよね…?お父さんみたいに…」
独りになった晶は不安に駆られる。
シャワーを浴びる為にデバイスを外して着替えを準備する。
「でも…お父さんの時とは違うよね…」
部屋には作業が終わり、完成したウエディングドレスがトルソーに掛けられている。
そのドレスをじっと見つめながら、母親がドレスを着て照れくさそうに笑う姿を想像した晶の目には涙が浮かぶ。
「…大丈夫…。きっとすぐに良くなって、銀婚式も…」
『ピンポーン』
インターホンが鳴る。
「…一色君…?」
涙を拭いて部屋を出る。
インターホンに出るよりも直接玄関に向かった方が早いと思い玄関へ。
『ピンポーン』
再度鳴らされる。
「はーい」
ドアを開けると見知らぬ黒いスーツの男が立っていた。
「?」
「こんばんは。これを見てくれる?」
男はおもむろに取り出した機械でライトを点滅させて晶に光を浴びせる。
「!?…なに?」
手をかざして光から目を守るが体の動きがぎこちない。
光は波長を変えて晶を照らし続ける。
「……うぅっ…!」
苦しみだし、崩れ落ちる晶を見て男はニヤリと不敵に笑う。
パチンと機械を閉じてライトを消すと男はふらつく晶を蹴飛ばして転ばせる。
「うぅぅ!あぁああぁっ!!」
もがく晶を残して男はその場を去って行く。
(うぅ…苦しい…だ、誰か…!)
晶は這って自室へ戻る。
「はぁ…うぅぅ……おぇっ…うっ」
苦しみながら部屋に置いた自身のデバイスに手を伸ばすが、倒れて嘔吐を繰り返す晶。
自分の身体がコントロールできずにのたうち回るとトルソーにぶつかりドレスが落ちる。
「はぁ、はぁっ…」
(ウエディング…ドレス…?)
ウエディングドレスを鷲掴みにして抱きしめる。
「う……うぅっ!……おぉううぅぅ………」
(お母さん…!お姉ちゃん…!一色君…)
助けを求めるが身動きが取れない。
晶の体が変化し始める。
身体が大きく膨らみ黒褐色の体毛が生える。そして顔つきはゴリラのように変わってしまった。
「ううぅっ!…うぅ……ウガァアアアアッ!!!」
晶はゴリラ型の怪人に変化した。
翌朝、真夏は朝食前の掃除をしていた。掃除ロボットの手が届かないところをロボットの邪魔にならないように。
雑巾を用意して駐車場の看板を拭きに行く。
国道を走る車にアピールする看板。真夏が背伸びをして何とか天辺に手が届く大きさだ。
(ふぅっ…。ここもお掃除ロボットではできないとこでしたね)
ピカピカに拭き上げて額を拭う。
自分にできる仕事を見つけて満足そうな真夏。しかし充実感を感じている真夏を脅かすようにサイレンが響く。
「ひぇっ!?」
身構えて周囲を確認する。
駐車場にはお掃除ロボットが一台、通りには人も車もない。
『怪人警報、怪人警報。こちらは防衛省です。ただいま、ブラックアイズにて怪人の出現が確認されました。現在地点の脅威判定はBランクです。今後の怪人情報にご注意ください。繰り返します。こちらは防衛省です………』
「ビッビビビB!?と、とにかく避難を…!」
「真夏!」
真夏が動くより早く、伊月パン店舗から貌栖が呼ぶ。
「た、大将さん」
「家の方に、スカーレットも連れてな」
「はひ!」
(スーちゃん、まだ寝てるはずです)
真夏は急いで自室に戻ってスカーレットを抱きかかえると母屋に向かって駆け出し滑り込む。
「はよー。最近怪人も忙しそーじゃんね」
寝ぼけながら真夏を迎え入れるホルス。扉を閉めて防衛設備のスイッチを押すと家のシャッターが下りだす。
「はえ?大将さんは来てますか?」
貌栖は店舗に残っている。
「んー?店も設備があるからダイジョブじゃん」
怪人警報に余裕なホルス。目を擦りながらリビングへ向かう。
真夏も慣れつつあるのか建物の中に居ると安心する。
「そ、そうですか…?」
《うにゃ~ん…ご主人、もっと優しく起こすにゃあ》
こちらもまだ眠そうなスカーレット。
《あ、すみません。おはようございます、怪人がまた出たみたいで急いで避難しました》
《にゃ~ん?怪人にゃ?そんなのボクがワンパンしてやるにゃ》
《えへへ、スーちゃんはにゃんパンですね》
《にゃん?…ワンパンにゃワンパン!一発で仕留めてやるってことにゃ》
《そういえばスーちゃん、でっかい猫パンチしてましたね》
すっかり落ち着いて玄関に腰を下ろして話す真夏とスカーレット。
《にゃ!いつの間にかご主人との間に魔力の繋がりができてたにゃ。近くにいるなら魔法だって使えるにゃ》
《そう、なんですね。…皛さんが言ってた、魔力の繋がり。スーちゃんはもう正真正銘私の使い魔になってくれたんですね》
《そーにゃ!魔法使いと使い魔は家族だにゃ。ご主人がママでボクが子どもにゃ》
《えぇ~…そこは姉妹ってことにしましょうよぉ》
そこへドタバタと顔を出すホルス。
「ねえ!まなっちゃん!来て来て見てよオモシロ怪人!」
手招きされてリビングへ。
テレビでは防衛省の緊急報道番組。
ゴリラ型の怪人がびりびりに破れたウエディングドレスを着てご近所を逃げ回っていた。
「ウエディングゴリラじゃんね」
「ウエディング…?」
怪人はそのドレスを無理やり身に着けたみたいで上半身部分は引き裂け原形をとどめていない。辛うじて残ったスカートも破れてしまっている。
「へぇ…。怪人も服を着たりするんですね…」
「珍しいじゃんね。普通あんなサイズの服なんてないじゃん。あのドレスもちゃんとは着れてないし」
「そうですね。専門店でもなかなか置いてないサイズ…」
逃げ回る怪人を追い続けるドローンカメラ。一瞬だけすれ違うように急接近して怪人をアップで映した。
「……!?」
その怪人が着ているドレスに違和感を覚える真夏。
ドレスは破れ、原形をとどめていないがその一瞬で真夏は気付いた。
「…七宝に花菱紋……?」
逃げ回る道中に汚れてしまい、裾に描かれたその家紋が見えやすく浮かび上がっていた。
「花菱紋?」
首を傾げるホルス。
「え?…えっ?……?」
ホルス以上に困惑して目を丸くする真夏。
《…ご主人?どーしたにゃ?》
「か…怪人って…誰なんですか…?」
「誰って…怪人は怪人じゃん?」
「お、女将さん!」
真夏は朝食の準備をしている女将の元へ駆け寄る。
「きょ、皛さん…いえ、晶さんに連絡してくれませんか」
「どうしたんだい急に、こんな朝早くに連絡したら迷惑だろう?」
「お、お願いします!緊急事態かもです!」
「かもってそりゃあ、随分とあやふやだねぇ」
女将は逡巡するが珍しい真夏の勢いに押されてデバイスを手に取る。
「晶ちゃんでいいんだね?」
「はい!お願いします!」
晶に連絡するが繋がらない。
「……う~ん…まだ寝てるのかもねぇ、繋がらないよ」
「……」
(もしも、あの怪人が晶さんだったら…)
真夏はゴリラ型の怪人が防衛省のバトルフレームに撃破されるところを想像する。
「あの、皛さんの方にもお願いします!」
「まあ、いいけど。皛ちゃんだね」
続いて今日に連絡を入れる女将。
数秒で皛が通話に出る。
『女将さん?おはようございまーす。どしたんですか?』
「ああ、朝早くにごめんね皛ちゃん。真夏が連絡してほしいって、代わるよ」
女将からデバイスを受け取る真夏。
「あ、あの、皛さん!今晶さんはどちらに居ますか!?」
『え、晶?家に居るんじゃないかなぁ?』
「皛さんは家ですか?晶さんは一緒じゃないんですか?」
『おぉう、朝からどしたの元気だね。私は病院だよ、お母さんの付き添いでね』
「そ、そうですか…」
(晶さんは連絡が取れない…。皛さんは無事で、二人のお母さんは入院中…?皛さんの感じだと怪人とは関係なさそう…。あのドレスを着てるってことは、怪人は晶さん!?)
「わ、私、行って来ます!」
デバイスを女将に返す。
「ちょっと、行くってどこに!?怪人警報が出てるんだよ!?」
動きだす真夏を制止する女将。
『え?なに?どーゆーこと?』
「今行かないと、私後悔するかもしれません…!」
真夏の強い意志を持った目に女将は揺らぐ。
「何ができるかまだ分からないけど、私にできることがあるかもしれないんです!」
「…そう…。魔女のあんたが言うんだ、なにかあるんだろうね。無茶だけはするんじゃないよ!」
女将は真夏の尻をパシンと叩いて気合を入れる。
「は、はひっ!」
再び動き出す真夏。
「スーちゃん!お願いします!」
《うにゃーっ!お供するにゃー!》
母屋から駆け出す真夏とスカーレットを見送る女将とホルス。
「ど、どこ行くじゃんね!?」
真夏は自室から杖と三角帽子を持って飛び出していった。
『つまり、どゆこと?』
通話状態の皛は困惑気味。
「なるほど、これが蚊帳の外ってやつじゃんね」
杖の先端にスカーレットを乗せてスーッと高度を上げていく。
《ご主人ご主人、場所はわかるにゃ?》
「はい!ご近所なのですぐに見つかるはずです!」
《うにゃー!腕が鳴るにゃ!ゴリラ怪人なんてボクがぶっ殺してやるにゃ!》
「だっ!ダメですよ!?あの怪人は晶さんかもしれないんですから!」
《晶…?地味メガネかにゃ?》
「いえ、妹さんの方です。七宝に花菱紋、あの家紋が入ったドレスの関係者で今連絡が付かないのが晶さんなんです」
《連絡が付かないから怪人に変身したかもにゃ?…でも、ゴリラの怪人に浅見家が襲われた可能性もあるにゃ》
「そ、それはそれで大変なことです……が!今は怪人の方を、防衛省のロボットに殺されないようになんとかしないといけません!」
眼下に見下ろす街にウエディングドレスを身に着けたゴリラを発見し、接近する。防衛省のバトルフレームはまだ到着していないようだ。
《なんとかするって言ってもにゃ、ボクはただブッ飛ばすだけのつもりで来たのにゃ、ご主人何か考えはあるのかにゃ?》
「考えは…。…無きにしも非ずんば…です。…皛さんが調べてくれたことで、昔の魔法使い達がモンスターを『解放』したって話があったんです。もし、当時現れたモンスターが今で言う怪人と同じようなもので、魔法で解放、人の姿に戻すことができたのなら、私にもできるはずです!」
《魔法で…。確かに、人から怪人に変化したのにゃら逆の手順を踏むことで元に戻すことはできるはずにゃ》
「やっぱり!できるんですね!」
《でもにゃ!どうやって人が怪人になるのか理解しないと、逆の手順を組み立てることはできないにゃ》
「うぅ…それは、そうなんですけど…」
(昔の人は人が怪人になる仕組みが分かってた…?分かっていたから魔法を組み立てることができた、はずですよね…?)
「…魔法に詳しいスーちゃんでも怪人のことは分からないですよね…?」
《わからない、知らないにゃ、怪人を人に戻す魔法なんて》
走るゴリラ怪人を追って飛んでいた真夏は、怪人の向こう側から防衛省のバトルフレームが接近しているのに気付く。
「き、来ちゃいました…。赤い機体、確か、一色軍曹さんの部隊です…!」
《ヤバいにゃ、あいつならほんの一瞬で怪人を殺してしまうにゃ》
「ど、どどどうしましょう!?」
《落ち着くにゃ!ボクが時間を稼ぐから、ご主人はゴリラを元に戻す方法を考えるにゃ》
言って杖から飛び出しゴリラの頭を踏み越えたスカーレットは迫るバトルフレームに向かって突っ走る。
怪人はスカーレットに気を取られて足を止めると真夏の存在に気付く。
「晶さん!あなたは晶さんなんですか!?」
大声で問いかける真夏に怪人は胸を平手で叩き、咆哮で答える。
「うがぁああああぁーーっ!!!」
その姿はとても話が通じるものではなかった。
『軍曹!怪人の所、魔女です!』
『またアイツ…。怪人と何か関係があるのか?……!?猫!?回避!!!』
先頭を行く一色の機体よりも大きな前足が突然現れて猫パンチを繰り出す。
スカーレットの右から左に振るったでっかい肉球の前足は逃げ遅れた1機のバトルフレームを吹き飛ばして建物に激突させる。
『なっ!コイツ!』
《スーちゃん!!?それはやり過ぎですよぉっ!?》
《ご主人!こっちは任せて怪人を何とかするにゃ!》
足を止めた一色ともう1機の前に立ちはだかり睨みを利かすスカーレット。でっかい尻尾が大蛇のようにうねり一色を威嚇する。
「おい魔女!どういうつもりだ!?この猫をどうにかしろ!」
「あっ、えぇ~っと…。じゃれてるだけじゃないですかねー。猫さんですしぃ…」
苦しくも言い訳を吐き出す真夏。
真夏の意識が逸れた隙を狙ってゴリラ怪人はバレーボールをアタックするかのように真夏を襲う。
「あひゃっ!?」
ギリギリのところで攻撃をよけて距離を離す。
《ご主人様に近づくなー!!》
スカーレットはうにゃーんと飛び付き、また1機吹飛ばして行動不能にさせた。
「コイツ!」
一色は銃を構えてスカーレットに狙いを定めるが、小さな体で素早く移動し、接近したところで巨大な攻撃を行うスカーレットに苦戦する。
《ご主人から魔力供給を受けたボクは最強にゃーッ!》
しかし一色も防衛省のエースパイロットとしての実力を見せる。
街を立体的に活用して縦横無尽に動く。
《流石!ホルスが認めるだけのことはあるにゃ。だけど、ここは通さないにゃ!》
怪人の方には行かせないように、遊びのような追いかけっことなってスカーレットはどこか楽しそうだ。
《スーちゃん、もう手遅れかもしれませんがほどほどでお願いしますよ》
夢中で一色とじゃれ合うスカーレットには真夏の声が届かない。
(あぁ…。逮捕ですかね、これ…)
「はぁ…」
真夏はため息をつくがすぐに切り替える。
「いえ、今はスーちゃんが防衛省のエースと渡り合えるくらい強いってことが分かったことを喜びましょう…」
真っ直ぐにゴリラの怪人を見据える。怪人も真夏をじっと睨んでいる。
(これだけ暴れているロボットとスーちゃんを無視して私だけを警戒してる…?人間だけを襲うってスーちゃんが言ってましたし、今は私が最優先ですか…。でも好都合ですね、ロボットの方に行っちゃったらスーちゃんが邪魔してても攻撃されちゃいます)
怪人の注意を引きつつ適当に距離を空けて動き回る真夏。
(スーちゃんと離れ過ぎもいけませんね。魔力供給がどこまで届くか分かりません)
スカーレットの動きを見ながら自分の位置取りも考える。
(まずはこのゴリラさんが晶さんだと仮定して、私のことも分からない、呼びかけにも応じないってことはやっぱり思考まで怪人になってるってことでしょう…。だとすると怪人になったのは晶さんの意志とは思えません。怪人になった原因…。なにかの薬?怪人になる薬を飲まされたとか、そんな感じでしょうか…?だったらその薬の効果を打ち消す魔法を……)
真夏はあれこれ考えながら飛行する。
(薬の効果を打ち消すってどうやるの?さすがにこれは効果が分かってないと実現できない気が…。でも、大昔の魔法使いはモンスターを『解放』していた。現代でも謎ばかりの怪人の成り立ちを昔の人は理解していた…?)
「いい加減にしろよッ!!」
思案する真夏をよそに一色は高く飛び上がり、スカーレットと怪人を越えて真夏の前に出ると14mmガトリング砲を怪人と、その向こうに置いて来たスカーレットに向けて撃ち放つ。
「や、やめて下さい!」
真夏が慌てて止めに入るが数発が撃ち出され、一発が怪人の足に命中して怯ませる。
「邪魔をするな!」
荒い口調の一色。
(た、大変ご立腹です)
「最初からこうするべきだったんだ…。魔女!お前を逮捕す…」
一色の剣幕に気圧された真夏だがすぐにポカンと気の抜けた顔になった。
「…魔女?」
固まった真夏を気にかける一色。
(最初から…?そうだ、昔の人だって原因とか分からなかったはずだ。もっと単純なこと、そもそも最初は怪人、モンスターを倒そうとしたはず。その過程で偶然『解放』できたとしたら…!)
真夏に一つ考えが浮かぶ。
《スーちゃん!純粋な魔力は生物を素通りする、ですよね!?》
《うにゃ!?》
駆け寄ってくるスカーレットは答える。
《ちゃんと憶えてたにゃ、その通りだにゃ》
真夏が怪人に杖を向けると危険を感じた怪人は力を振り絞って逃走する。
「何をする気だ?余計なことはするなよ!?」
真夏を制止しつつ銃を構え直す一色だがスカーレットが追いつきまた邪魔をする。
「このッ!」
真夏の杖の先に白い光が集まり始める。
(人の中にある魔力は人を素通りする。もし、怪人になっている部分が人にとっての不純物なら、これで取り除けるかもしれません…!)
逃走する怪人は高く跳んで建物を越えていこうとする。
「晶さんごめんなさい、痛いかもしれないけど我慢してください!」
光が収束して解き放たれる。
「魔力砲です!!!」
ズドン、と轟音を立てた魔力の光はしっかりと空中の怪人を捕らえた。
バチバチっと音を立てながら光の中へと消えた怪人。
強力な魔力の光は視覚的に一瞬の闇さえもたらした。
光の柱が消えるまではほんの数秒だった。
魔力砲の軌道から、よりボロボロになったウエディングドレスを纏った晶が現れて落下する。
「!?…何をした…?」
一色は怪人が居た場所から現れた人影に銃口を向ける。
「待ってください!あれは人ですよ!」
真夏は飛び出して落下する晶をキャッチする。
抱きかかえた晶は人の姿を取り戻してはいるが、所々怪人だった面影が残っている。特に弾丸が通過した右足が酷く血を流し、その太ももの一部は怪人だった時の色黒さと体毛が残っている。
気を失っている晶をゆっくりと地上に下ろす。
スカーレットは駆け寄り、真夏と合流する。
《うにゃ~ん、本当に地味姉妹妹だったのにゃ》
大人しくなった魔女と猫に銃を下ろして近づく一色。
「お前達はいったい何を……!?」
真夏の後ろから覗き込むように機体を近づけた一色は動揺して固まる。
「……晶…!?」
怪人だったのが晶だと気付いた一色は数歩後ずさる。
そんな一色と入替るように覆面パトカーがすっと真夏のそばに停まる。
「まさか、本当にこんなことが…」
覆面パトカーから降りてきた鷹司舞杏は険しい表情をしていた。
「主任、この女性は…」
続いて降りた西園寺双連の表情も同じように険しい。
「ああ、浅見議員の秘書で娘の浅見晶君だね」
「負傷していますが、我々で保護すべきかと」
小さく頷く舞杏。
見覚えのある2人の警察に緊張が解ける真夏。
「あ、あれ?え~っと、酔っ払い刑事の…」
「やめなさい、そういうの。鷹司舞杏だ、憶えてくれるとありがたいんだがね」
「す、すみません。鷹司さんでした」
「おはようございます。公安第六課の西園寺双連です。早速ですが、今回の件についてお話を伺いたいのでご同行をお願いします」
「た、たたっ、逮捕ですか…!?」
「私達にそのようなつもりはないけど、ここに残ってると防衛省に捕まっちゃうぞ」
茶化すように言う舞杏。
「浅見晶さんの治療と保護も我々が行いますので、急いでパトカーにお願いします」
アシンメトリーの奇抜なファッションながら難しい顔を崩さずに真面目な双連。
《捕まるのかにゃ?ご主人、追っ払う?》
《い、いえ。晶さんを、保護…?するそうです…。私達も付いていきましょう》
「よ、よろしくお願いします」
舞杏は晶を抱きかかえてパトカーの後部に寝かせる。双連が共に乗り込み足の止血を始める。
「真夏君は助手席に」
促されて助手席に乗り込み膝にスカーレットを抱える。
「ま、待て…!どこに、晶を連れて…」
歯切れが悪い一色。コックピットから出てきてパトカーに近寄る。
「落ち着きたまえ、一色君」
一色を遮り遠ざける舞杏。
「か、怪人事件は、防、衛省の管轄、で…」
「この子は怪人か?」
「……!」
言葉を失い、意気消沈した一色の肩に手を置いて冷たく笑う舞杏。
「よかったじゃないか。殺さずに済んで」
脅かすような舞杏の言葉に一色は膝から崩れ落ちた。
舞杏は運転席に乗りパトカーを飛び立たせる。
独り残された一色。手が震えているのに気付く。
「あ、あぁ…」
震える手で頭を抱え込む。
「俺は、晶を…!?…俺は、今、まで…どれだけの人を……。うぅ…」
一色は地面に突っ伏して苦しむように涙を流した。