今世は「推し」がくる
シリーズ(?)3作目。ですが、このお話のみ単独でも、お楽しみ頂ける、よね?
前世の記憶が、生えた。
かなり強烈な精神的ショックを受け、茫然自失して...気付いたら、ってパターンだね。
勿論、違和感はなかった。欠けていたピースが在るべき場所に嵌る、って感じだ。
そして。
その瞬間から私は、苛烈で容赦ない荒波に揉まれ続ける日々、って奴を送っている。
だから。と言うか、お陰様(?)で、人生経験は相当なレベルで豊富になった、よ。
まだ、十八歳の、ピチピチなんだけど...まあ、人生も二周目になると仕方がないよね。とほほほほ。
しかも。今世の私が暮らす世界は、世知辛い、のよ。超絶に。
いや、まあ。前世も改めてよくよく考えてみると、美麗な建前で隠しきれない醜悪なエゴ社会だった、よ。
うん。米国流の民主主義、あれは、勝者一極集中の超格差社会を美辞麗句で扮装し賛美する似非平和主義的なナニか、だよね。
大多数の平凡な能力しかない一般人は、あの手この手で甘い夢を見るよう仕向けられ。
成功とは、然も簡単に少しの努力と僅かな幸運で得られるモノだ、と錯覚させられて。
けど。
その実態は、宝くじも真っ青な倍率でしか当選者がでない、掛け金は没収が確定した、勝ち目のない無理ゲーだ。
うん。詐欺だよね。
まあ、それと比べれば、今世の方がマシ、かも...。
どこからどう見ても、名実ともに、弱肉強食。
全周囲の三百六十度、余す所なく全て丸ごと、自分以外は敵認定。
うん、分かり易いよね。
はっはっはっはは。
気が休まる暇も、人生の潤いも、何も救いが無いのが標準仕様とされているのだ。
が、しかし。
しかし、だ。
今の私には、「推し」がいる!
そう、なのだ。
人生を潤す、至高の人物が、今世の私にも存在する、のだ!
その名は、カトリーナ様。
我が商会の中で既に定着した感のある愛称は、カナちゃん。
うん。カナちゃんは、カテリーナ様の一般的な愛称とは違う、よね。
けど、良いの。
諸般の事情により、私たちは最初から、彼女をカナちゃんとお呼びしている。
で、実は。彼女、畏れ多くも、高位貴族家の立派なご令嬢、なのである。
光沢あるルビー色の、真っ直ぐな髪。
前はパッツン、左右と後ろは肩上でスッパリ。と、綺麗にカットされた髪型が映える、綺麗な卵型の童顔。
煌々(キラキラ)とルビー色に輝く大きな瞳に、天然っぽさと少し影ある表情を纏う、超絶美形の可愛らしい女の子。
可愛くて、健気で、私の瞳にも優しい、ついつい目が離せなくなってしまう美少女、なのだ。
そして。極々微かに、様々な色彩へとコロコロ変化し遷り変わる、豊かな表情。
目端が利くから、近辺で頻発する各種お困りごとに気付いてしまい、目が泳ぐ。
根の優しさから、さり気無くフォローしてしまいつつも、手柄は誇らず解決だけで満足し。
高位貴族家の令嬢としての立場を厳守すべく、ツンと澄ました態度を繕いつつも、心配げに様子を伺う。
パッと見は分かり難いんだけど、本当に、良い子なんだ!
けど。そんな彼女の可愛さと美徳は、周囲に理解されていなかった。
いや、寧ろ。劣った点であり存在価値を疑う要因と見做され、眉を顰められていた。
そう、なのだ。それが、以前より少しだけ彼女に近付けるようになった私が、嫌でも気付いてしまった事実。
カナちゃんの微笑ましくも微細な表情の七変化が、目聡く抜けめない強者揃いの周囲にはバレバレ、だったのだ。
私だけが密かに気付いている隠し味、などという美味しい代物では無かった、のだ。うん、痛い勘違い。
しかも。
同格で同年輩の狡賢い子供たちからは、格好の餌食となって良い様に利用され。
周りを固める大人たちには、落伍者の烙印を押され冷めた瞳で見下されていた。
まあ、ね。少し考えれば思い至る、ありふれた話、ではあるのよ。
苛烈な弱肉強食が標準装備された、制度上は爵位が一代限りの貴族社会で、高い地位を維持し永続させるべく常に暗躍する人々の感覚が、ヌルい訳などあり得ない、のだ。
そして。当然ながら、そのことに、カナちゃん自身も気付いている。
賢い子、だから。
けど。周囲からの冷やかな視線は、自身が至らないからだと考え、傷付き。
心に深い傷を負いながらも立ち止まらず、努力家の本領を発揮し。
見せ方の技巧向上と振舞いの更なる洗練へと、邁進する。
のだけど...やっぱり、周囲からの評価や扱いは、変わらなくて。
さらに、只管に、より一層の、血が滲むような努力を、続けている。
そう。私には、見えるの!
妄想なんかじゃない、よ?
全身あまねく輝き「私を見て」と訴え掛ける、カナちゃんの雄姿が、ばぁ~んと見えるのだ。
当然。そんな、カナちゃんを、放っておける、訳がない。よね!
だ・か・ら。
私は、私の全精力をもって、カナちゃん「推し」活を推進する!
ほぉほっほっほほ。
カナちゃんが進む道は、私が全力で、必ず平坦に均して見せる!
といった諸々な各種の事情や経緯もあって、今。
私は、カナちゃん援護の次なる一手を準備すべく、全力でお仕事に取り掛かっているのだった。
* * *
派手さは無いけど高級品を惜しげもなく使われた重厚な雰囲気の建屋にある、質実剛健な趣の執務室。
うん。流石は、王立魔術学院の重鎮が部屋の主なだけある。
何と言うか、威圧感が半端ない。
何故だかアポが取れたので、思い切って訪れてみたのだが...早まったか?
「本日は、急な申し出にも拘わらず...」
「ああ、堅苦しい挨拶は、不要だ」
「...」
「早速だが、単刀直入に本題に入ろう」
「はぁ」
「魔法陣付き水濾過布に続く新商品の話、と聞いているが?」
「はい」
「で。プロトタイプか試作品の現物は、持って来たのかね?」
ははははは。
何だか、どエライ前のめり、だね。
銀髪の温厚なイケオジが魔術師ルックの装備を纏った、といった雰囲気の初老の男性が、おめめキラキラな
モードで迫ってくる。
う~ん。どうやら、我が商会が広めた使い捨て浄水器ならぬ魔法陣付き水濾過布などなどに、強い関心を持って下さっていた御仁に当たったようだ。
これは、イケるか?
いやいや、急いては事を仕損じる。慎重に進めるべし、だよね。うん。
慌てない、慌てない。一休み、一休み。
ゆっくりと、深呼吸。
...。
水道哲学の実践、と言うには微妙に方向性が違う、かな。
水道ならぬ水筒、というか、使い捨て浄水器ならぬ魔法陣付き水濾過布と、その応用系である水筒や漏斗や簡易濾過装置などで、私は一財産を築いた。
まずは、長期間の行軍や野営もあり得る、騎士団や裕福な商隊をターゲットに。
高性能版を収支トントンで売り込んで、手っ取り早く知名度を得る戦略を遂行。
次に、裕福な商家や貴族家などの市場を狙う。
料理やお茶など屋敷で調理する用途で、美味しい水を造れる高級版をカスタマイズありの受注生産し、利益を荒稼ぎ。
そして。その実績を元に、一般向けの汎用版を大々的に販売。
主要な商談相手は、国や王都と主要都市から地方の村々まで含め幅広く、行政を司るお役所とし。
使用回数に制限ありでコスト抑えめの簡易版を全力で拡販し、お墨付きと売上高をガッツリ確保。
こんな私と我が商会の背景については、一時期は話題を集めたようで、知っている人も割と多い。
ただし。魔術関連の人々からは、別の意味での注目を集めた、らしい。
この魔法陣付き水濾過布の肝は、既知の基本的な技術をいくつか組み合わせて使ったところ。
そう。魔法陣に組み込む魔術としては、既知の基本的な技術をいくつか使っているだけで、模倣の難易度は高くない、のだ。
ブランド戦略というか、商品のレベルと販路の開拓が良い具合に合致したので、先行者利益を十分に得られたのが勝因、だったりする。
勿論。水だけ通すのは当然として、不純物や細菌などは濾すのではなく軽く弾き返す、等々のちょっとした工夫も色々あったりするのだが...。
と、少し話が脇道に逸れた、が。
つまりは。
魔術研究の成果を、実用的な生活必需品に落とし込み、魔術研究の有用性を世に示した、という点で我が商会は注目されている、という情報を入手したのだ。
だから。そんな風聞を上手く活用し、王立魔術学院からの関心を得る!
王立魔術学院は、魔術に関する教育機関というか研究機構であり、成果を競い誇るために公表する機会と場所が備えられた王国の公的組織だ。
名声と富を求めて研究一筋の飢えた猛者が、うようよ居る、筈。
そして。地道な研究には、時間と金がかかる。
つ・ま・り。スポンサーの需要、あり!
そこで。
我が商会の次の商売に向けた共同研究を餌に、王立魔術学院の教授陣に喰い込む。
と言うのはブラフ、です。はい。
本命は、当商会は若い女性ばかりの組織なので、と煙幕を張り、カナちゃんを勧誘して王立魔術学院に入学させるよう誘導する目論見、です。はっはっはっはは。
共同事業の立ち上げに際して王立魔術学院の側の窓口に求める要件は、当然の帰結として、こんな感じになる予定。
魔術に関する豊富かつ柔軟な知見と、高位貴族家の感性と思考回路への理解を持つ、私と同年代の女性を希望する、と。
うん、完璧だね。
さあ、私のライフワークである「推し」活のお時間、だぁ!
* * *
マリさんが、金髪碧眼でキリリとした糸目が印象的な知的美女である有能な美人秘書官様が、髪を振り乱して一心不乱に戦略立案と調整に邁進し。
クララちゃんが、茶髪にグレーの瞳を装備した儚げな外見の美人さんである事務方筆頭の剛腕実務家様が、目を血走らせて膨大な書類の山を片っ端から処理し。
アリスちゃんが、緩いウェーブが掛かった水色の髪をショートカットにした蒼い大きな瞳の清楚系美少女さんである商会諜報部門エースのボクっ子様が、昼夜を問わず暗躍し。
私と私の商会が、上から下までテンヤワンヤの総力戦で臨み、はや七週間め。
何とか、王立魔術学院の理事長補佐であるリアム理事の関心を惹きつけ続け、我が商会との共同研究も実現間近かと...。
しかし、何だね。
やっぱり、超高性能な頭脳を持つ研究莫迦様とお付き合いするのは、ハード過ぎる。
流石に、私も、我が商会の精鋭たる幹部の皆様も、この状況がこのまま続くと潰れる。もう無理。
とほほほほ。
今世の私の生活圏は、中世ヨーロッパ的な文明レベルの世界なので、食料と水の確保が至上命題。
そこで。運良く汎用的な魔術の応用で魔法陣を造れる目途が付いたので、水の濾過を選んで成功した訳だ。
更なる躍進には、新たな一手が必要なんだけど...さて、お次は?
と、以前から温めていた腹案を、少し準備不足の嫌いはあったけど思い切って切り出してみた。ものの、やっぱり無理があった、ような気がする。痛切に。
既存の販路を活用できる商品が、一番手っ取り早いし、ポータブルな照明には絶対に需要がある。
うん。普及すれば、生活水準が更に向上するし、時間に余裕が生まれれば結果的に子ども達への皺寄せと貧窮が改善する、筈。
ただ、まあ。一番の大きな問題は、技術的にと言うか魔術で解決しなければ為らない課題に、いくつか目途が立っていないこと、なんだよね。
だからこその、王立魔術学院との共同研究、なんだけど。チート能力も高性能な頭脳もなくて貧乏人からの成り上がりで魔術に対する素養も十分ではない私では、少し荷が重かった、かも。
しくしくしく。
残念ながら、カナちゃんを王立魔術学院に三顧の礼で招聘するという私の崇高な目的は未達だが、もう限界のようだ。
ここは一旦、仕切り直し、だよね。
痛恨の極みだが、私は兎も角、我が商会の最高幹部とこのプロジェクトの主戦力の皆様が屍となってしまっては拙い。
下手すると、我が商会が傾く。というか、そろそろヨロシクない状況、だね。
たぶん、もう潮時、なんだろうなぁ。
今後の戦略と体制の立て直しについて、疲労と過労と酷使で朦朧とし始めている思考回路に鞭打ち、作業は止めずにボヤぁと考えていると...。
コン、コン、コン。
と、ドアがノックされた。
ので。シャキッと姿勢を正し、ダレてた外見を一気に立て直す。
「はい、どうぞ」
深緑色の長髪ストレートを一纏めにした純和風な外見を持つ超肉食系女史であるソフィアさんが、静々と入ってきた。
もう顔馴染みとなってしまった感のあるソフィアさんは、王立魔術学院の事務方、理事室に所属する新進気鋭のお姉さま、だ。
当商会は若い女性ばかりの組織なので応対は出来るだけ女性を前面に、という私からの当初の申し入れ。
それを、リアム理事が実直に叶えようとしてくれた結果、ソフィアさんが抜擢された。
いや、まあ。この人、かなり前のめりでアグレッシブかつ貪欲に喰らい付いてくるタイプなので、隙あらばとギラギラに狙っていた感はあるのだけれど...。
「エリザベス様?」
「あ、はい」
「今、お時間、よろしいでしょうか?」
何故だか、私の周りには、姿かたちと主義趣向にギャップが巨大な女の子が集まってくる、ようです。はい。
ただ、まあ。彼女たちの擬態は、ほぼ完璧。なので、平常運転中は外見そのまま、だったりする。
あはははは。
「エリーさん!」
「あ、はい、はい。大丈夫、ですよ?」
「...」
「で。ソフィアさん、どうされました?」
「...」
ジトー、という擬音付きの目付きで私を見る、ソフィアさん。
いや~、素を垣間見せて頂けるほど、馴染んで頂けて光栄です。はい、本当に。
考えている事などお見通しだぞ、という表情を一瞬で引っ込め、真顔になるソフィアさん。
「本日は...」
お、お、お、お、おおおおお?
き、キター!
ソフィアさんの後ろから、紹介を受け、ゆったりと優雅な仕種で前にでて、華麗な挨拶を披露する。
その姿が、私には、煌々しいエフェクト付きのスローモーションで映っていた。
念願の、ね・ん・が・んの、「推し」が来た~。
なまカナちゃん、どわぁ~。
やった!
やっと、だよ。
ようやく。漸くの、ご対面。
いや、まあ、ここまで間近でなくても。もう少し離れて距離があっても良かった、けど。
はあ~。やっと、カナちゃんのご尊顔を、シッカリと、目に焼き付けられるよ。
感無量、だよ。
ここまでの道程は、長かった。
ホント。七難八苦の、修羅の道だったよ。
よく頑張った、私!
王立魔術学院の理事室に所属する有能女史として完璧外面を、公爵令嬢たるカナちゃんに猛烈アピールすべく、お淑やかな笑顔と仕種でカナちゃんについて説明を続けるソフィアさんは、完全スルー。
微かに何か言われたような気もするけど、完全シャットアウト。
意識に霞が掛かり、ソフィアさんの声はホンワカ世界の遥か彼方で微かに流れるビージーエムと化していく。
私は、一心不乱に、目の前で可憐に微笑んでいる、二次元や妄想世界の住人でなく実在する、至高の存在であるカナちゃんの姿を、愛で続けた。
唐突に襲ってきた、ガツン、という衝撃で、私は、その場にペシャンと潰れる。
新進気鋭の敏腕肉食系女史であるソフィアさんの話を右から左へと華麗にスルーし、ただ只管に憧れの「推し」であるカナちゃんの勇姿を満喫し堪能していた私は、強烈な物理の衝撃で、現生へと戻ってきた。
厳重に猫を被りお淑やかな有能女史として我慢に我慢を重ね懇切丁寧な態度でカナちゃんを紹介していたソフィアさんが、とうとうブチ切れ、手近にあった分厚い本を両手で持って振り上げたかと思うと私のド頭に向けて天誅を加えたのだった。
ははははは。
気を失いそうな程に痛い。けど、幸せ!
カナちゃんが、私の手を取り心配そうに、私と目を合わせ、私の顔を見詰めている。
いや~、生きてて、良かったぁ。
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