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第1話 次の年号は……令和です

「創ー? 早くご飯食べちゃいなさいー」

「わかってるって、今行くからー」


ガレージに響く母親の声。それは夕飯時に聞こえる世の中にありふれた台詞だった。


俺の名前は『元創一はじめそういち

昭和末期に生まれたアラフォーに足を突っ込んだ、実家暮らしのしがないおっさんだ。

彼女も作らず……いや、作りたい、欲しいのだが……真面目に青春時代を青春時代として謳歌してこなかったタイプの人種だ。

彼女が居た事がなかったわけではないが……現在の自分の置かれている状態が、何よりも現実を物語っているといっても過言ではない。


と、場面は戻り現在の状況を精査する。

今は実家のガレージに勝手に増設したサブガレージにて、趣味であるジャンク(ガラクタ)いじりの真っ最中である。

何を作っているかって? 答えは簡単だ。


<わからない>


正確には何が起こる物か、はたまた起こらない物なのかもわからない、そんな曖昧な物だった。


そんなこんなで、折角夕飯だと声をかけてくれた母親に感謝をしたいのだが……今は手を離す事が出来ない。


俺の手に握られているのは、有線で繋がれた、真っ赤なボタン。

何処かのクイズ番組で使われているいるような、ありふれたボタンだ。

そんな大した事のないボタンに、俺の心臓は早鐘を鳴らし、ドクンドクンと、決して頑丈とはいえない体を、通常よりも早い速度で、血液が巡っているのを感じる。

頭に巻きつけたタオルは汗と油で汚れ、年季の入ったツナギも、ところどころ汗が滲んでいる。

こんなガラクタを前にしているというのに、俺は酷く興奮をしていた。


土曜日の夕方、降り注ぐ夕日の光をさえぎるサブガレージの床には、なんとも奇怪な装置が、”唸り声”をあげている。


「あの動画を見てから、これを作り出すまで1年もかかったけど……ついにこの時が来たんだ!」


静かなガレージに響く、独り言にしては少し大きな声。



一年前、動画投稿サイトにアップされた一つの動画。

投稿から一日とたたずで削除され、その動画を見た人も数千人程度。

『神隠し』と題されたその動画の中身は、一つの機械の動作映像だった。


始めに設計に必要な材料と、大まかな動作原理。

どういった手順で、どういった構造で製造されたかなどの情報はなく、ハイクオリティなネタ動画だと、当時の動画コメントでは絶賛されている。

しかし、俺の目にはそうは見えていなかった。


機械屋、この場合はジャンク好きな彼の『ジャンキー魂』が、これは何かあると、そう語っていた。



動画の中盤からは、起動された『神隠し』というなの機械から発せられる、チェレンコフ放射光のような青白い光が絶えず放たれている映像が始まる。

そしてその光の中へ、”何か”を構えた人が歩み進み、画面全体がホワイトアウトして動画は終了していた。


これだけを見ていれば、海外の動画投稿サイトなどで見つかる自宅で核融合装置を作っている動画の模倣にも見えなくもない。


ただ一点を除いては。


「この日本刀……じいちゃん家の蔵にあったやつだけど……」


錆びもなく、ギラリと妖しげな光を放つ、鞘から抜かれた日本刀。

美しい刃紋の煌きが、彼の目に眩しく映る。

この日本刀が、装置の材料の中にあった、謎の品物。

何のために必要なのか、どうして材料の一つとしてあったのか。

まったく理解はできなかったが、入手しないことには先に進むことは出来ず、子供の頃、母親方の実家で見た日本刀の事を思い出したのだった。


これといって名刀というわけでもなく、きちんと登録、保管された三百年ほど前に創られた、一振りである。

それをお盆休み、母親の実家へ墓参りに行ったとき、釣竿の袋にこっそりと入れて、拝借をしてきた代物だったりするのだ。


「見つかったら大目玉間違い無し……なのはわかってるんだけど……ね」


子供の頃に習っていた剣道の真似事よろしく、右手に構えた刀は、この機械の前では、とても異質な存在感を放っていた。


右手に刀、左手に押しボタン。

この刀を創ったであろう、当時の刀鍛冶は、このような光景など、思いつく分けもなかっただろう。


「って、今更持ってきたものをどうこう考えたってきりがないし、さっさとはじめちゃうとしましょうかねぇ」


ニヤリと口元が歪むのを感じる。

作り上げたこの装置、まだテストも行っていないが、何故か俺の中には、一度目で成功する。

そんな確信があった。


「あの動画の通りなら、まずはスイッチを押して……」


あらかじめ待機状態まで起動しておいた『神隠し』の、最終起動スイッチを押す。

唸り声を上げていた装置はさらに異音を放ち、中央の筒に取り付けられていたシャッターが、ゆっくりと上がり始める。

同時に、青白い光がゆっくりとあふれ出し、床から壁へと、光のカーテンをかけ始めた。


「綺麗だ……」


青白い光は、一瞬核反応などという言葉が脳裏をかすめるのだが、制作に至る部品群の中から、そのような大それたものなど何もない。

しかし、なぜかどうしてか光っている、構造からは想像しえなかったこの光源を気にしつつも、次の動作へと心が躍ってしまう。


装置が正常に稼動したという喜びを忘れ、俺は『神隠し』から放たれる光に、目を奪われていた。


その時だ。


キィィィィィィィィィィン……


右手に構えられた刀の刃が、まるで光を断ち切っているような、そんなイメージの手ごたえと振動が、耳鳴りのような音を発している。


「え……なんだ、この感じ」


手に伝わるその振動が、俺の手から腕、肩、体へと伝わりながら、ゆっくりと青白い光が、体全体を包み込んでゆく。


「え? えっ?? な、なに!?」


自分の置かれている状況に理解が追いつかない。

おおよそ想定していただろう機会の挙動とはあからさまに異質な現象に、挙動不審に周りをキョロキョロと見回す。


青白い光に包まれたガレージの景色がゆっくりと後ろへと流れ出し、放射線のように景色が加速していくのを感じた。


「ま、まさか、ね、召喚されたってわけじゃないんだし、異世界に吹っ飛ぶなんてことは……」


今となってはありふれた異世界転生。そんな数あるゲーム、アニメ、漫画の類で見たことのあるこの光景。

俺がその現象の当事者になろうとしている現実に、俺の頭は”否定”の二文字しか浮かんでこなかった。


「いや、ないない、だってほら、これ、ただの実験だよ? ね?」


誰がいるわけでもないのに、つい答えを求めたくなり、語りかけるが、もちろん返事はない。

さらに加速する光の先には、真っ白な、ただ真っ白く明るい光があり、俺はその中へと、吸い込まれていく。


「ないから! こんなの! ちょ、まってええええええええ!!!!!」


音も景色もすべてがホワイトアウトし、ゆっくりと俺の意識は遠ざかっていくのだった。

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