完全無欠な生徒会長がお困りのようです
我が高校には、博学才英で美人端麗で完璧超人の女子生徒会長が君臨している。
「君の事ばかり考えてしまって勉強が手に着かないんだ……!!」
今、目の前で頭を抱えて苦しそうにしている、陸奥麗華がそれにあたるらしい。
「昨日も羊を数えて眠ろうとしたら、途中から羊が君になってしまった!」
まるで何かに取り憑かれたかのように、目を血走らせて俺を睨みつける生徒会長に、俺は思わず目を逸らした。
「何故だ! 何故なんだ!?」
「お労しや麗華様……」
お付きの眼鏡女子が生徒会長の背中をさすって慰める。重苦しい空気が実に辛い。
「ゴロつき以下の成績、チンピラ以下の運動神経、そしてならず者以下の容姿の君の事を、どうして私なんかが気になってしまうのか……!!」
なんてひでぇ言われようだ……ガチ凹みするぞ?
「うっかり解答欄に君の名前を書いてしまった時は首を吊ろうかと思ったぞ……!!」
何なんださっきから……もう早く帰って寝たい。
「これ以上麗華様のお心を惑わす事があれば、あなたを社会的に抹殺せざるを得ません。お引き取りを」
お付きの眼鏡女子がさらりととんでもない事を口走り、俺は慌てて生徒会室を後にした。
呼び出しといて追い出すとか生徒会はヤクザか何かなのか?
「という事がありまして」
「ふぅん」
中学のクラスメイトである原田飛鳥に事の顛末を話した俺は、自室のベッドに腰を深く下ろした。
「それって……」
飛鳥が結論めいた推測を口にしようとしたが、俺は「んなわけあるか」とそれを遮った。
なんと言おうとしたかは想像に難くないが、全国模試二位で高校生日本記録を持つ生徒会長が、まさかそんな事になる訳がなかろう?
──ピンポーン
「スマン、ちょいと出る。適当に寛いでて」
「うん」
玄関を開けると、そこには笑顔の生徒会長が大量の花束を抱えて立っていた。
「やあ。気分はどうかな?」
貴女のせいで最悪です。
そんな批難をグッと堪え、用件を伺った。
「とりあえず上がらせてもらうぞ?」
「えっ? ちょっと!」
人の話も聞かずに生徒会長がズカズカと俺の部屋へと上がり込む。
「…………」
そして無言。しかもよく見れば鼻から出血をしていたまま白目を剥いている。
「生徒会長!?」
「──ぬはっ! すまん、気を失っていた」
この人本当に大丈夫か。
そんな疑問が過った。
花束を机に置き、生徒会長が俺のベッドを一瞥する。そして潜り込んで寝始めた。
「生徒会長!?」
「──ぬはっ! すまん、気が付いたらベッドに入っていたぞ」
慌ててベッドから出て来た生徒会長は、本棚にあった俺の子どもの頃の写真を見付けた。
「これは?」
「二歳の誕生日に撮った写真です」
「そうか」
と言いつつ生徒会長は写真立てを自分のポケットに滑り込ませた。
「生徒会長!!」
「──ぬふぁっ!? スマン、何故か欲しくなってしまって……」
頭のネジが無い生徒会長の鼻からは、止め処なく血が流れ続けている。
「ちょっとさっきから何をしてるの?」
部屋の隅で漫画を読んでいた飛鳥が、怪訝な顔で生徒会長を睨みつけた。
「ん? なんだ誰か居たのか」
「ずっと居たわよ! 誰だか知らないけれどさっきから失礼よ! 礼儀をわきまえなさいな!」
「失礼。自己紹介が遅れたな。私は陸奥麗華、しがない生徒会長をしている。その制服は他校の物だな?」
「ええ、そうよ」
「すまないが、これから私はこの男と将来を語り合う予定だ。お引き取り願えないかな?」
飛鳥が勢い良く立ち上がった。
「はあ!?」
「君の事が頭から離れない理由が分かった。屋敷のメイドに指摘されて、合点がいったよ」
すっとその指が俺を指した。思わず心臓が跳ね上がる。
「君が好きだ」
撃ち抜かれたような衝撃が胸に刺さる。
確信こそしていなかったが、それが現実となり俺に襲い来るとは……!!
「何の取り柄も無い君を好きになった理由は、恋以外に考えられないだろう」
すっごい微妙な感情が心を染めてゆく。
しかし、俺は言わねばならない。
「すみません生徒会長……実は俺……」
「なんだ? まさか断るのか? この私の告白とやらを……!!」
気迫迫る生徒会長の言葉に俺はたじろいでしまうが、だがそれでも押さねばならないのだ。
「もう……彼女が居ますから」
「そうか。なら私に切り替えるがいい。全国模試二位水泳県大会優勝、ミス揚げ栗饅頭グランプリのこの完璧なる陸奥麗華に、な!」
髪をかき上げ両手を広げる生徒会長。
しかしその手を飛鳥が払った。
「さっきから聞いてればアホくさい! この頭の悪い人はなんなわけ!?」
飛鳥が両手を腰に当てて生徒会長に向かって威嚇をした。生徒会長は笑ってこそいるが、目の奥は笑っていない。
「私が頭が悪いだと? バカは休み休み言って欲しいものだな! 全国模試二位の私に向かってバカとかなんだ」
「私一位だけど」
飛鳥の一言で場が沈黙した。
生徒会長が笑顔のまま止まっている。
「すまない。よく聞こえなかった」
「一位だけど」
「すまない、よく聞こえなかった」
「水泳の日本記録あります」
「すまない。意味が分からなかった」
「ミス沼矛牧場の搾りたて牛乳で作られたなめらかカステラグランプリですけど?」
「──なっ! なん……だと……!?」
生徒会長がふらふらと窓際まで後ずさりをした。
「つまり、あなたより優れてますけど?」
「な、な、な……ぬわーーーーっ!!」
後ずさりしすぎて生徒会長が窓から落ちた。慌てて覗き込んだら、なんとか屋根に引っ掛かっていた。
「ふふ、私の圧勝ね! さ、勝利のキスを頂戴な♡」
「だから俺、彼女居るんだってば」
「は? 全国模試一位なのに?」
「彼女は今アメリカのM大学に飛び級進学してるんだ……」
場が凍り付くのが分かった。飛鳥は笑顔のまま固まっている。
「水泳日本記録……」
「実はオリンピックで水泳金メダルも……」
「ミス沼矛牧場の搾りたて牛乳で作られたなめらかカステラグランプリ……」
「テキサス州のハンバーガー娘グランプリ……」
飛鳥が弱々しく後ずさりしてゆく。先程までの自信に満ち溢れた顔は、もう無い。
「将来は宇宙飛行士になるって……」
「そ、そ、そ、そんなーーーーっ!!!!」
飛鳥が窓から落ちてゆく。慌てて覗き込んだら二人仲良く屋根に引っ掛かっていた。
──翌日。
「「てな訳で、これからは堂々と来ることにした」」
「君達結託するの速くない?」
生徒会長と飛鳥は仲良く肩を組んで家にやって来た。
何度来られても申し訳ないが、俺の彼女への愛は変わらない。いつの日か宇宙から掛かってくる電話を待ち続けるだけだ。