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天蚕糸の月 Good luck.  作者: 梅室しば
三章 桑爪を探して
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誰にも見つからない

 利玖が駆けつけた時、ライブ会場はすでに無人になっていた。

 中に入って確かめるまでもない。外からでも、講義室の窓から残らず明かりが消えて、人が出入りしている様子がない事がわかった。

 スイッチを切り替えたみたいに、味気ない共用施設としての外観に戻った講義棟を、利玖は呆然と見上げた。

 やがて、利玖は少しずつあとずさり始めた。そうすれば、まだどこかに明かりのある区画を見つけられるかもしれない、とでもいう風に。

 いくらも後退しないうちに、腰が硬い物にぶつかる。

 さらに後方の、二メートルほど下の地面に作られた駐輪場に降りる階段の手すりだった。ひどく錆び付いているので、これを掴んで昇降する学生はほとんどいない。

 ぶつかって、そこで止まったまま、しばらく利玖はぼうっとしていたが、やがて、今着ている服が遥の物である事を思い出すと、ふらりと体を起こして歩き始めた。


 どこに向かっているのか、初めは自分でもわからなかった。

 前方に高いグリーンのネットが見えてきて、どうやら野球場に行こうとしているらしい、と推測する。

 利用者の多い施設が集まっている区画を避けて作られた野球場は、ナイタでもやっていない限り、夜はほぼ完全な暗闇だ。下手に場内を荒らすと筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)の野球部員を敵に回す事になるので、素行の悪い輩が無断で入り込んで使うような事もない。たまに天文部が望遠鏡を持ち出して、慎ましく天体観測をしているくらいだ。

 あそこで、隅の方にうずくまってじっとしていたら、夜明けが来たって誰にも見つからないだろう。

 何しろ自分は小さいのだから。


 良縁にめぐり会うまじないをかけてくれた、優しい潮蕊の夫婦神。

 夜道を一人で戻るのを最後まで心配してくれた、遥と汐子。

 もし間に合わなくても、ライブに行きたいと思ってくれただけで十分だと、笑っていた史岐。


 今日一日を思い返せば、自分を気遣い、親切にしてくれた人達の顔ばかり頭に浮かぶ。

 それだけに、宇宙の(あな)に繋がってしまったようにぽっかりとして、安堵も哀しみも定かにわからない虚ろな心を持て余す、今の自分が(みじ)めだった。

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