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前編


1.


境内にたどり着いたとき、そこには先客がいた。


春の暖かい陽だまりの中で、その女の子は猫を膝に抱いて石段に座っていた。キャリーケースが横にあり。そこから出されて、優しく撫でられ目を細める猫。

何で、神社にわざわざ猫なんか連れて来てんだろ?小野 とおるが最初に思ったのは、ソコだが。

でも、その猫のくつろいだ仕草が可愛くて、ついつい目を奪われ突っ立っていた。


でも女の子は、そんな見つめている視線には全く気付かず、おもむろに立ち上がると、

よいしょっと、抱えてた猫を地面に下ろし、置いてあったキャリーケースを引き寄せ、入るのよと促した。

帰るのかな。残念だな、融が思ったそんな瞬間。

時同じく、

女の子が手を離した一瞬の隙に、その猫はダダッと駈け出した。


「あ、ちょっと、みぃーー!、どこ行くの。

だ、だめ。籠に入りなさい!」女の子は猫の突然の逃走に、焦った声を上げた。


しかし、猫は入りたくないよー、やだやだというように、一目散に走って、

前に立っていた融の横を通り抜け、なぁーご、とひと声鳴くと、

そのまま竹藪の中に入って行った。



「みぃーー、みぃーー!

だめだって。帰れなくなっちゃうよ。どこ行くの、おーい。」


あとを追いかける女の子。でも、竹藪の後ろは石垣。姿は無く、見失ったようで、途方に暮れていた。

融も行きがかり上、心配になって、


「どうしたの?」背後からその女の子に声をかけると、「連れてきた猫が、逃げちゃった」と言葉少なな答えが返ってきた。



「猫のことだから、散歩に行っただけじゃない?行きそうなところ、無いの?」融は、重ねて聞いたが、

・・引っ越してきたばかりで、全く知らない土地だから・・みい、ここには土地勘ないと思うのに、

行くところなんて無いと思うのに・・。たどたどしく小声で答えた。少し涙ぐんで。

そんな心細さが伝わってきて、融は自分の胸までもが痛むのを感じた。



「じゃあ、新しい土地に興味津々でさ。それで駈け出して行ったんじゃないかな。

猫って、チャレンジャーだから。

きっと、一回りして飽きたら戻ってくるよ。しばらく待ってみれば?」執り成して力強くそう慰めた。「う・・ん。」なんだかまだ心配顔の女の子だったが。


「こう言う時は、動いてもしょうがないよ。座ったら?お茶でも、飲む?おなか減って無い?」

と、融はコンビニで買ってきた袋を見せた。一日仕事になるなと思って、思い立って道中でいろいろ籠に放りこんで買ってきてよかった。軍資金はおじいちゃんに先払いで貰ったし。

女の子には温かいお茶を渡し、自分は缶コーヒーを取り出して飲む。まだ少し肌寒い季節。温かい飲み物が喉に沁みわたる。おいしい。

勧められその女の子は、戸惑いながらもキャップをまわして開けて一口飲み、そこで初めて融の姿をしみじみと見あげていた。



・・・自分より少し上?その優しげな瞳、何か見覚えのあるような?

そんなデジャヴを感じていた。なぜだろ?この土地、初めてなのに、と。・・・



「あのさ・・名前は?」「みいって言うの。」「猫じゃなく、君のだよ。」缶コーヒーを一口飲んで融が笑う。「・・あ、瀬奈せなって言います。」ちょっとはにかみながら名乗る。「いい名前だね。僕は、融。」自己紹介をした。


「引っ越して来たの?」「ええ。4月からこちらの大学に行くことになって。昨日、着いたところなの。」「猫も、一緒に?」「もともと私が拾った猫だから、実家に置いてくるわけにもいかなくて。」みい。でも、どこへ行ったんだろ・・思い出して瀬奈はまたきょろきょろまわりを見回す。

「ふーん、同じ大学かな。僕は今度4年だけど。」融は、呟くように言い、少し心が躍るのを感じていた。



おにぎりはどう?って勧められ、一度は固辞したもの、ぐうって鳴った瀬奈のおなか。

「遠慮なんてしなくていいよ。朝ごはん、食べてないんじゃないの?」

押し付けられたおにぎりを頬張って、瀬奈は、

「ありがとう。下宿からここが見えたから。土地の氏神様にご挨拶しなくちゃと思って来たんだけど、

でも、昨日からずっと不安でごはんのことなんてすっかり忘れてた。これ、お金払います。」「いいよー。」そんな・・と融は固持する。

「え、でも。あなたは、ここにずっといても、大丈夫なの?」ん?「時間。」

相手を気遣うような瀬奈の瞳。なんだか、吸い寄せられそうな。


「ああ、僕が、今日ここに来たのは、

おじいちゃんに言いつかって、この境内の掃除するためだし。」


由緒正しき、和邇神社。

大きな鳥居が権威を象徴していたが、今は訪れる人も少なく、普段はご近所さんが犬の散歩をさせている姿くらいしか見ることはない。境内は、静かだった。


「宮司さん?」「うん。おじいちゃんがそうなんだ。

でも、腰を痛めたから、孫の僕に、春休み中アルバイトしろってお鉢が回ってきてさ。

それで今来たところ。これから着替えなきゃいけないんだけど。」


「あの、お掃除、お手伝いします。いろいろお世話になったから、あの・・。」そんな申し出に、融は目を輝かせた。「え?ホント?嬉しいな。一人でずっとこんなところで、退屈な仕事押し付けられたなって思ってたんだ。」


宮司服に着替えた融は・・似合いすぎるくらい似合い、あまりにもハマっていた。袴って動きにくいよね、そんなことを言っていたが、でも、所作が美しい。

きっと育ちがいいんだななんて、瀬奈が見惚れていたら、

「君、巫女さんの服が似合いそうだね。

母が着てたのが家にあるから。今度持ってこようか?」なんて言う。



その日は、みいの姿を探しながら、ずっと一緒に掃除をした。裏の雑草を抜いたり、祠の軒下を覗いたり。

でも、

夕方近くまでそこで待ったが、その日みいは、帰ってこなかった。


残念そうな瀬奈に帰り際、

「僕、春休み中は、毎日ここに来るから。

みいを見かけたら、電話するよ。だから、連絡先、おしえてくれる?」

そうやって、この町にやってきて初めてのメアド交換を、瀬奈は融としたのだった。





2.


「みぃや、みぃや。いないの?ねぇ、どこ?」


瀬奈は、探し回っていた。

このところずっと屋敷に居ついて可愛がっていた猫の姿が見えない。

挙句、押入れを開けたり、御簾を蹴散らし裸足のまま庭に下りて軒下を覗き込む。


「中の君さま、お召物が汚れます。」慌てて飛んできた侍女にとっ捕まり、几帳の陰に引っ張り込まれた。


その声に、乳母もやってきて、

「まあ中の君さま。なんてはしたない。もうそろそろ裳着をなされるというのに、そのなりは何ですか?まあ、髪が埃で真っ白になりあそばして。殿方が、そのお姿見たら、女三宮を垣間見した柏木さまの恋心なんてさにあらず、出たな物の怪と加持祈祷されますわよ。」含み笑いをして、そんな戯言を。

ぷんとむくれる中の君の髪にかかった真っ白い埃を、お付きの侍女がバタバタと叩いた。もう、乳母様は、減らず口で嫌い。お姫様はご機嫌斜めである。


「みぃやがいなくなったの。」


「ああ、前に雨の日に迷い込んできた黒猫ですね。さあ、どこへ行ったんでしょう。猫はいつも気まぐれですからね・・。」道路に飛び出して、牛車に轢かれたかもしれませんね・・と続いた乳母の残酷な言葉に、瀬奈は思わずシンジラレナイと、顔を伏せた。


「やだやだ。」大泣きだった。


「ああ。あの猫。我々よりも自信たっぷりに我が物顔で屋敷を歩きまわっていて、憎たらしいったらありゃしなかったですよ。この前なんて、お膳から魚をかすめ盗ったんですよ。ほんと、ふてぶてしい、あの猫。いなくなった方が、清々しますよ。」

しかし侍女は猫が嫌いなようで、もっと辛辣に、顔を顰めて嫌そうに言った。



「ほら、中の君さま、大人しくお休みになられませ。」

そう言って乳母や侍女は、枕元の絵巻を目くらましのように取り出してきて、

猫の代わりに雛を抱かされ、

瀬奈は、そのまま寝床に押し込められた。むーーっ。


灯りが落とされる。


諦めて瀬奈が、うとうととしだした時

どこからか・・


にゃーー 


か細い声が聞こえてきた。

「みぃや。みぃやなの?」瀬奈はがばっと起きて、声を掛けた。

御簾越しの廊下にみぃやの小さい影があった。

「みぃや。」

その声に、その影は嬉しそうに、御簾を撥ね上げ、どどっと布団に駆け込むと、

瀬奈の体にすりすりした。か、かわいいっ。


「みぃや、どこ行ってたの?

あれ?なんだか、綺麗になってるね。つやつやして、いい香り。どこかで、毛づくろいしてもらったの?」


よかった。かわいそうな目に遭ってた訳じゃなかったんだ。

瀬奈は、ほっとして、みぃやを抱きしめた。


そこでみぃやの首輪に、こよりのような紙が何かが、巻きついてるのを見つけた。


ん?何?

注意深く外すと、見たことのない高級そうな紙だった。

そして書きつけられた文字。え?

ほのかな明かりの下に持っていて、目を凝らす。

ものがたりに出てくる殿方からの恋の文の遣り取りのようで、胸がどきどき高鳴った。



『未だ見ぬ君へ

僕の猫がいなくなって、諦めかけたころ、また戻ってきた。

でも、どうやらお世話になった君のことが忘れられないようだ。

外に出たそうに眺めてばかりいる。

なので、先にこの文を結びつけておくことにする。君の許にこの手紙が届きしならば、

僕のことも思い出すように猫に言い聞かせてくれないだろうか。さて時々は、帰ってくるようにと。 哀れなる飼い主より』



な、なにこれ?

ていうか、みぃや、そうだったの?

「にゃーん」返事するように、みぃやが鳴いた。


「もう。

そっか、そうなんだ。」みぃやの毛並みを触る。ふわふわと気持ちいい。その人に大事にされている感がひしひしと伝わってくる。

「ねぇ、みぃや、あなたの飼い主様って、どんなお方なの?」

瀬奈は尋ねてみたが、みぃやは、首を傾げて、さぁ?と言うように、瀬奈に体を寄せてそのまま寝てしまった。

枕もとには、絵巻や雛。お父様が大切な中の君・・瀬奈のために、手に入れてくださった数々が散らばっていた。


うっとりと憧れる恋歌ものがたり。私も大きくなったら大姉さまのように、愛しき人のもとに嫁ぐのかな。どんなお方に?

まだ恋というものをしらない幼き少女の頃。


そうだ。みぃやの首輪に、私も文をこよりにして結びつけておこう。

こんな・・


『未だ見ぬあなた様へ・・あなたの猫なのに、知らなくてごめんなさい。

でも、私もみぃやに会えなくなるのは嫌。時々は、貸してください。猫待ち人より』


そんなことを思っているうちに、眠りについた。





3.



そしてみぃやを介しての、何度かの文のやりとりがあった。


『猫を飼われている御方の噂を、聞かば、

君のことかと心が躍るよ。』その文を開いた時の瀬奈は、胸の奥が震えるような高鳴りがあった。でも同時に申し訳ない気もして。


飼い主様は、もしかしてもっと素敵な雅な姫君をお考えなのではないかしら。私なんて、髪も伸ばしたまま。裳着もまだなのに。


『がっかりさせてごめんなさい。

私は、そんな男の人の口に上るような素敵な女人ではありません。

みぃやを探して押入れに入り込んで、埃だらけになって、

乳母様にばんばんはたかれて、怒られてます。』正直に書き付ける。


『猫に聞くと、君はとても素敵な女人だって言ってるよ。』


『光栄ですけど、飼い主様って、みぃやの言葉分かるの?』


だんだんに砕けたやりとりの、書簡が溜まっていき、

瀬奈は、それを秘密の文箱に仕舞って、時々取り出しては眺めた。

たきしめた香の残り香に、

どこのどなたなんだろうという疑問は、ふと浮かんだが、

現実感無く、夢で置いておきたい気がして、あえて聞かなかった。

そして、

相手もこちらのことを聞いて来なかったので、きっと同じ思いなのだろうと思っていた。



季節はいつのまにか移ろい、冬から春へ、夏から秋へと。



『猫はいいな。閉じ込められることもない。

ひとの方がよほど窮屈だ。この身が鳥になって、飛んで行ければいいのに。』


ある時、そんな文をもらった瀬奈は、

胸がきゅんと苦しくなった。

飼い主様は悩んでおられる。何かあったのかもしれない。

瀬奈は、

いつものように軽い、それに対する返事が浮かばず、その日から悶々と考え込んでしまった。


ああ・・粋な女の人なら、軽妙洒脱な返しができるんだろうけど、

私は無理。まだ幼くて。

そんな自分の幼さがなんだかすごく悔しい。

寂しそうなこの御方の物言いに、悲しくて悲しくて胸が潰れそうになっていた。

御慰めしたい。でも、何て書けば?



そんな夜だった。

寝床で、抱っこしていた瀬奈の手を、みぃやがすり抜けた感覚に目を覚ました。


最近のみぃやは、夜に忍んでやってきて、また何日か後、夜に抜け出すのがお決まりだった。まるで他の者に悟らせず文をやりとりさせる、文使いの使命こそわが使命と理解しているように。


あ、きっとこれから飼い主さまの所へ帰るのだわと、瀬奈は思った。

でも、次の瞬間電撃が走った。


いけない。まだ、返事を首に付けてない!


姫様は慌てて袷を引き寄せ、走り出た猫の後を追いかける。みぃや、待って!


にゃ?振り返ったみぃやは一瞬気付いて止まると、

ふーん、覚悟あんの、あんた?じゃあおいでよと誘うような眼で、瀬奈を見詰めた。

そんな風に何度か立ち止まり振り返り、

瀬奈が追いつくと安心したようにまた駆け出し、

そして外に出ると、あろうことか、何故か道に止まっていたとても美しい下簾をかけた網代車に飛び乗った。え?


みぃやは、また振り返った。瀬奈も悩んでいる暇はなく、あわててその後ろに飛び乗る。


と、その瞬間、その車が動き出して瀬奈は吃驚した。でも、もう降りられない。引き返せない。

車は暗い道をただ進んで行った。




4.



「みぃや、ダメだよ。車になんて乗ったら・・」しかもこんな高貴な・・どなたのものかもわからないような・・。瀬奈は小声で呟く。どうしよう、こんな。


中には誰も乗って無くて空っぽ。

もしかして、あの物語に出てくる色好みの主人公みたいに、女の人の所に通ってて、朝になったら迎えにまいれって、返された車なのかな、なんて・・夢見がちな瀬奈の頭の中で想像が膨らむ。


とはいえ現実は、どこに行くかもわからない暗く心細い道行き。

瀬奈は、牛車のなかで、みぃやを腕に抱いて、焦っていた。

みぃやの、余裕たっぷりのどっしりした物腰とは対照的に、周りを見る余裕もなく、ただ蹲る。そして、早く止まってとそれだけを願った。

しかし、動かしている御者は、何も気付かないようで、車はそのまま流れるように動いて行くのみ。


しばらく経ち、そしてやっと、とある屋敷の前で車はがくんと、動きを止めた。

瀬奈は、ほっとしたが、また新たな不安が襲う。ここどこ?


しかしみぃやは、

止まるやいなや当然のように顔を上げ、瀬奈の手を振りほどき、外へと出て行った。

瀬奈は慌てて追いかけ車から転がり出た。大きな屋敷の敷地のようだった。通路が迷路のように入り組んでいる。え、どこ?きょろきょろとみぃやを探す。

するとなんと、すぐそばの塀の上にピンとしっぽを立てているみぃやがいた。


その塀は、瀬奈の背の高さ位。まわりに、人の気配は無い。

このくらいならなんとか登れるかと、瀬奈は一大決心をして、よじ登った。そしてみぃやの歩く後を、同じように四つん這いになってついて歩き、屋根が突き出たとこで、みぃやがひさしに飛び乗ると、瀬奈も続いて思い切って飛んだ。

だが、猫と同じように飛べるわけもない。バランスを崩して尻もちをつく。

あっぶっな!でも、普段のお転婆ぶりが役に立って、なんとか落っこちずにひさしの縁にしがみ付くことが出来た。心配そうに振り返るみぃや。

しかしまた何事もなかったように、歩きだし、そして後を追う。


そしてみぃやはそのまま屋根を伝い、ある所で動きを止めると、みゃーと甘い声で鳴いた。

すると、それを合図のように、横にあった明かり取りの窓がさっと開き、

みぃやが当然のように、頭から入っていった。慌てて、瀬奈もその後に続かなくちゃと窓に手を伸ばした。子供が何とかやっと通りぬけられる位の幅の窓。



「あれ、手?って、君?もしかしたら?」


窓から出てきた手に驚きながらも、差し出されたその手を取り、引っ張って中に入れてくれたのは、見目麗しき男の人。目が合った。うわわわと頬が火照る。

そのお方は、高貴な紫の衣を身に纏っていた。ほの暗い灯火がうつし出したのは、憂いを湛えた鋭い目元。怒ってる?警戒してる?それかもしや・・私のこと呆れてる?

瀬奈は、ただぼーーっと見詰めていた。今まで見たことのある男の人や、屋敷の父や兄とは全然違う。選ばれし人のみが醸し出す、張りつめた空気。なんだか異空間に入り込んだような身の置き所の無さ。

でも、そんな冷たい目元が、ぶっと吹き出したのと同時に、一転ほころんだ。すると今度は溢れ出すあまりの魅力に目が離せなくなった。少し幼さすら垣間見える、心からの笑顔に釘付けになる。

自分より、4つか5つ上の、お兄様とお呼びしたいような風情。

もしかして、このお方が、みぃやの飼い主様?



「来てくれたんだ。

鳥にならなくても、飛んでこれるなんてすばらしいね。君は。」そう言うと、

「遠路はるばる、ようこそ。」いっぱいの笑顔で迎えてくれた。ああ、やっぱりこのお方が、飼い主様なんだ。


「いつもありがとう・・ございます。首にまだお返事をつけてなくて、慌ててみぃや追いかけてきたら、ここまで来ちゃった・・の。」たどたどしい言葉を瀬奈は、やっとの思いで繋ぐ。男の人の前に無防備に姿を晒すこと、猫のあと 追いかけてくるなんてお転婆ぶりにも程があるだろうということ、いろんな理由でどきどきして、息が整わない。


「じゃあ、今回、返事は無いのか。」猫の首輪を見て、なんだか少し残念そうに言うそのお方が可笑しくて、


「返事は。・・貴方のかわりに、私が飛んできました。です。」瀬奈は慌てて思っていたことを、考えるより先に口にすると、


「最高だ。」そのお方は、楽しそうに極上の笑顔を返してくれた。

「素敵な返事をありがとう。でも、もう危ないから、しちゃダメだよ。」そういうと、屈んで瀬奈に目を合わせて、いい聞かせるように目の前に指を立てる。そんな姿があまりにも眩しくて瀬奈は、思わず俯いた。


でも次に、道中寒かったろと、その方は瀬奈の肩に、衣を掛けてくださった。

ふわっと、そのやさしげなしぐさ。

その瞬間、瀬奈は、顔から火が出そうになった。

わ、わたしったら、なんで格好!失礼にも程が!夜着じゃん!

我に帰って、瀬奈はぴきーんと固まった。


でもそんな瀬奈を気にする風でもなく、

「でも、今日でよかったよ。

今日はさ、重陽の節句で、内裏では宴会中。僕は部屋に早々と戻されたんだ。

よかった警備が手薄な日で、人目につかなくて。

だから、しばらくは、大丈夫だよ。

せっかくだから、遊ぼうよ。何して遊ぶ?」


遊ぶって?瀬奈が掛けられた言葉に、壮絶に戸惑っている隙に、

先にみぃやがごろごろと喉を鳴らして、その素敵な飼い主様にすり寄っていた。


それに気づいて、飼い主様はおどけた様に、

「しまった。まずこちらの機嫌を取らなけりゃ。また君の所に行ってしまう。」

そうおかしそうに言って、クロや、クロと呼んで猫をひざに乗せると、その頭、のど、せなか、おなかをくりくりと、その綺麗な指で撫ぜていた。ふんふんと、満足そうなみぃや。

へぇ、飼い主様は、みぃやのことクロって呼んでるんだとその時、気づいた。


瀬奈は、なんだかみぃやを見詰めてしまった。みぃや、私に対するときと、ちょっと態度違いませんか?う、それに・・ワタシもしやみぃやに嫉妬しているのかな。そのお方の綺麗な長い指から目が離せない。そんな自分に気がついて・・瞬間羞恥に身を染めた。

・・・わたしったら、なんてハシタナイ。


そんな考えに混乱。それになんか二人ばっかりすりすりごろごろしていて面白くない。

瀬奈は、部屋の隅に活けてあったススキの穂を目ざとく見つけると1本とり、

みぃやの目の前に掲げた。


「だめだめ、みぃやはね。こうやって遊ぶのが好きなんだから。

ほら、みぃや、おいで!」


そして、パタパタパタと、ふって、

「ほらほらほらほら、みぃや、おいで!」瀬奈が誘うと、

見る見るうちにみぃやは、野性の血が呼びさまされ、狩りの眼になって、そちらにとびついてきた。「うにゃん」「ほらほら、つかまんないよー」もっと激しくぱたぱたすると、

みぃやは、もっとムキになり、「うにゃん」またとびつき、すかされ、興奮してバッタンバッタン大騒ぎ。


ふと視線を感じ、瀬奈が振り返ると、

その高貴な衣を纏った飼い主様が、瀬奈をまん丸い目で見つめていた。うわっ、しまった。また私ったら、はしたないことを!

瀬奈は深い後悔に襲われたが、


あにはからんや、その男の人は興奮気味に、瀬奈へ捲し立て、

「きみ、すごいすごい。そうか、

みぃやは、そういう遊びをしたくて、君のところに行くのか。知らなかった。」

そう言って、ただ感心していた。


瀬奈は錯乱してテレ隠しに、どーだとまた見栄を切った。墓穴だ。

「そうよ。庭のスズメを隙あらば狙い、いつも礼はいらんよと、私の寝床の横に、獲物の鳥をおいていくの。ねずみの時もあるわ。」きゃーー、中の君さまぁ。それを見て、侍女が絶叫している姿を思い出した。


「そうか・・クロの知られざる一面か。僕の前では、クロでさえも本性を現さないのかもしれないな。」少し寂しそうに言ったそんな一言がまた引っ掛かった。なんで、このお方は、そんなに寂しそうなの?

でも次にその飼い主様は、瀬奈の手のススキの穂を「貸して」と、受け取ると、同じようにみぃやにパタパタして、飛びつかれ。

楽しそうに笑っていた。



だんだんに慣れてきた瀬奈は、その間に部屋を見回していた。興味津々。なんだか今読んでいる物語の中に入り込んだみたいに、珍しい綺麗なものがいっぱいだった。

灯りの下には、漢字がいっぱいの難しそうな本が広げてあった。お勉強中だったのかな?

「あ、貝合わせ!」机の隅に、合わせ貝に綺麗な絵が描きつけてあるものを見つけ、一瞬で目が奪われた。


「ああ。気に言った?それで、遊ぼうか?」

そんな声がすぐ近くに、背後に飼い主様がいる気配を感じた。息がかかるくらいそばで、思わずびくぅっとして、たじたじと。「あ、でもこれは豪華すぎて・・。」遊ぶにはもったいない・・です。瀬奈は、ごにょごにょと呟いて戻した。

瀬奈も貝合わせは、父に与えられて持っているが、それとは、大きさや絵の緻密さが違いすぎる。瀬奈は、ただただその綺麗な貝をじっと眺めていた。


そして、その横に目を転じると。「あれ、これって笛?」そこには、つやつやとした横笛があった。これって、物語に出てくる主人公がよく吹いているっていう、あの?瀬奈は、またまた興奮した。


「あなた、吹けるの?」瀬奈が息せき切って聞くと、「ああ。聴いてみたいのかい?」と飼い主様は、手に取りおもむろに口をつけ、聴かせてくれた。


流れ出した、だんだんに胸を締め付けるような旋律に、

瀬奈は心をかき乱された。こんなことは、初めて。笛の音の素晴らしさも そうだが、目の前で自分の為だけに奏される身に余る光栄。そんな高揚した気持ちに自分の息を吸う音すらも邪魔だと、ただその音をもっと聴きたいと体が欲し て、金縛りにあったように、ぴくりとも動けなくなっていた。

そして次に、瀬奈は体の隅々までその心地良い音で満たされ、徐々に眠気を感じて、

知らず、長椅子の上で体が揺れ、こくりこくりと舟を漕ぎ出した。


それはそう。寝ようとしたときに、屋敷を飛びだしてみぃやを追いかけて、瀬奈の体力もいいかげん限界に・・来ていたのだった。


すーすーと、瀬奈が寝入った時に、

その男の人は、すっと顔を近づけると、そのおでこに唇を付けた。

「僕を慰めに来てくれたんだね。優しい子だ。かわいい。でも、危なっかしい・・な。」



「融様、どうかなされましたか?」何か、ございましたでしょうか?と、

その時部屋の外より、従者からの声が、あったようだった。


「ああ、尾塙か。客人が来てもてなしていた。

クロの恩人だ。」


「ははっ。クロさまの恩人でございますか。」それだけで、従者はもうすべての事情を察したようだった。


「疲れて寝入ったようなのだよ。なので、すまぬが、車を出して、送り届けてくれるか。

場所は、わかるだろう?いつも、クロの出てくる屋敷だ。

それと、大ごとにはせずに、そこの下働きの侍女をなんとか言いくるめてほしい。親には内緒に寝床に戻したいのでな。」

怒られたら、可哀そうだ・・。そう呟いて、尾塙へこまごまと仔細までも漏らさず命じた。




そして翌朝、何事も無かったように目覚めた瀬奈は自分の寝床から起きあがった。


「あ、あれ?」周りを見回す。いつもの風景。

「昨日のアレって、夢だったのかしら?」目をこする。

何も変わりない。眩しい朝日に目を細める。


それに着ている物も、代り映えしない、いつもの夜着。


でも楽しい記憶が鮮明だった。笑っていた飼い主様。耳に残る笛の音。

瀬奈は、思い出して、その嬉しさに、頬を染め、何だかふっとはにかんだ。

絵巻に出てくるような、唐物の調度にかこまれた、高貴な紫の貴公子。



でも、そうね。ありえない。夢だったんだわ。瀬奈は思った。

あんな文をもらって、返事に困ってたから見たのかな。

そういえば、みぃやはどこ?

抱いていたみぃやがいないことに気づき・・あれ。じゃあ、あの時に見たのは、現実のみぃやの帰り姿?

そして立ち上がりよく見ると、自分の夜着の裾が、少し汚れていた。塀によじ登ったりひさしに飛んだように。ひざと胸のところにも土埃がついていた。


そして枕元に見慣れない豪華な一対の貝合わせがちょこんと鎮座して。

え?・・とたんにあたまが混乱した。




5.



その日お昼になるちょっと前。

ご近所の氏神様、和邇神社への石段を瀬奈が急いで上っていると、

姿がお社からも見えたのか、

走り降りて迎えてくれる人の姿があった。あの人だ。


石段の途中で巡り合い、「来てくれたんだ。ありがとう。」

向けられる笑顔が眩しい。

「はい、お弁当です。」瀬奈は、手にしていた袋を渡す。

嬉しそうな融に、昨日はありがとうございました・・と。瀬奈は律儀に付け加え、礼をした。


「うれしい。こんなにいっぱい。ねぇ、一緒に食べようよ?」

そして融は自然に瀬奈の手を取って、また一緒に上へと上がっていく。

融は今日もまた宮司姿。箒を手にしていた。


「今日も、いい天気だから、外で食べよう!」

昨日、出会ったあの縁石のそばにまた腰を下ろす。

そこからは、とても見晴らしがよくて。遠く町が全域見渡せる。

山に囲まれた、狭い町だけど。



昨日、連絡があったのは、なんと先に瀬奈からだった。

その時融は実は、なんだかんだスマホを前に口実を考えていたのだった。

でも、みいが見つかったら連絡するねと言った手前、

まだ見つかって無いのに掛けたらぬか喜びさせてしまうだろうかとか、そんなことも考え、悶々としていた。

それらしい姿を見かけたと嘘を言おうか?いや、でもそれダメだよな・・と逡巡する気持ちとか。

あっちこっちへと気持が振れているときに、

そこに突如掛かってきたもんだから、もう驚くも何も、うれしさに棒立ち、はっと慌てて通話ボタンをスライドさせた。




「おいしい。卵焼き、ふっくらとして。タコさんウインナーかわいい。

昨日のコンビニおにぎりくらいで、こんなお弁当作ってもらって、

僕の方が申し訳ないよ。」嬉しそうに、融は、はしゃいでいた。


「そんな・・。ほんと大したものも作れないのに、却って申し訳なかったかも。

台所狭くて、コンロは1つしかないし。フライパンとなべも1つずつしか無くて。調味料もまだ全然揃って無いし。」

一人暮らしの事情をぶっちゃける。


「だいぶ、この土地に、慣れた?」融は聞く。

まだ1日で・・結構強引なムチャ振りだな。とは思いつつ。


「ええ、なんとか。日常に支障ない程度には。

でも、みいがいないから、何だか気が抜けちゃって。」

そう寂しそうに言った瀬奈に、絶対見つかるよ。元気出してと融は励ました。



「他に、何か困ってることとかない?」そんなことも聞くと、

「アパートの窓に、カーテンついてなくて。仕方ないから窓際に、服をいっぱいかけて目隠しにしてるんですよ。」

なんて屈託なく言って、笑う。


それは、いけないよと、おにぎりを頬張る融の目がマジになった。

「僕、付き合うよ。今から買いに行こう。行きたい店とかある?」

サラリと言ってしまって、融の方が自分の言動にビックリしていた。これはちょっと踏み込み過ぎたかな・・と。




「で、でも・・融さん、お仕事あるのでしょ。そんな私の瑣事に煩わせるの申し訳ないです。それにね。先に、バイト探さないと。お金が心細いから。カーテンは後回しでいいかなって思ってるの。・・あの。ありがとうございます。」そんな瀬奈のやんわりとした拒絶の返答に、

あ、警戒されたと、融は少しさびしくなった。


「でもさ。カーテンは早く買いなよ。丸見えじゃん。変な輩が覗いてたら嫌だし。

あ、なんだったら、作務所からいらない布探そうか?それちょっと縫ってひっ掛ける?」

奥に、もう使ってないでかい風呂敷とかあった気がする。「神社のものだったらさ。ついでに、魔除けになっていいかもよ。」

そんな融の誘い言葉に、「バチあたりですよ。」瀬奈はちょっと困ったように笑った。




「あれ、融、帰ってきてンのか?久しぶりじゃねーか。」


その時背後から掛けられた、野太い聞き慣れた声に、融は飛びあがった。


「トヨキチおじさん!」いつも神社の松の木の剪定をしてもらっている植木屋の豊吉さんだった。

犬を連れて散歩していた。粋な甚平姿にコーギーを連れて。似合わねえっつーの。



「ああ、そうか。融。じいさん入院してンだったな。

そんで来てンのか。

で、早速こんなところで、デートかよ。ほんとお前はよお、昔から手が早えな。

また仕事さぼって。じいさんに言いつけるぞ。」


全く、神様なんて本当にいるのか?いないだろ。

なんでわざわざ今、ここで近所のおじさんにそんなこと言われなきゃいけないんだよ!!

神も仏もないって、宮司の孫が思う言葉じゃないけど。

思わず天を仰いだ。しかも、おじさんの減らず口は止まらねぇ。



「あれ。おまえにしては、地味な子だな。

前連れてた、こう、ボンキュボンってかんじの美人が好みだと思ってたけど。

手を広げたのか?っつーか、守備範囲が広いってことか?」


「おじさん・・人聞き悪いこと言わないでよ!それは、誰のことだよ。」

なんとかそう言い返す。きっとおじさん、誰かと間違えているし、どっか壮絶な勘違いもしている。

融はいつも神社裏に呼びだされたりして、何人もにハデに告白はされたことはあるが、過去誰とも付き合ったことは無い。


おじさんは、そんな融の返答に、

「ああ、そっだな。彼女の前だったな。わりー。」と含み笑いを返した。

いやいや。それちっとも、わかってねーし、悪いとも思ってねーだろーがよー!


そして今度は瀬奈の方を向くと、

「でもあんた。こいつもてるから、ホント気を付けなよ。ほいほいついてっちゃダメ。

ここの神社の巫女さんのバイトは、みんなコイツ目当てで、

100人以上集まったんだよ。」


「おじさん。それって、何か勘違いしてるよ。100人なんて集まるわけないだろ。

結構集まった年もあったけど、あれはあの時流行ってたアニメか何かの影響だよ。巫女さんバイトが人気だっただけだって。それに最近は寂れてバイト募集なんかしてないって。」デマは、やめてくれーー!


「まあでもよ、お前の母ちゃんの巫女には敵わないけどな。

マドンナだったんだよ。和邇神社のカリスマ天女さ。お前の父ちゃんと結婚したときゃ、

みんな泣いたね。号泣よ。そして飲み屋で暴れた暴れた。あの時ぁ、隣町のグループにケンカふっかけて、大抗争で次の日みんな包帯ぐるぐる巻きさぁ。」


なんの話だよ?時代飛んだーーっ!


「だから、血筋だなと思って。あんまり、女を惑わすなよ。

お前もいつも、チャラチャラ夜遊びしてっから、

じいさんが怒って、お前まで家から追い出したんだろ?」


「それは違う。夜遊びで家に帰らなかったわけじゃないし、

じいちゃんの家からは、自分から出たんだよ!」母はもっと前に家を出てしまっていた。

跡取り娘である母は、家に縛られた長年の鬱憤が溜まり過ぎ、じいさんやばあさんやこの家が許せねぇって、ある時に家を出奔。融はそれからは、ほぼじいさんやばあさんに育てられたという事情。


全く・・長年同じ場所に住んでるってのも、たいがいだ。

大昔のほじくり返されたくない事情も何もかも、洗いざらい近所の人は知っている。

それがまた記憶改ざんや、誤解で、変な風にすりかわってたりするし。

突っ込みどころ多すぎて、何から解いていったらいいか、わからねぇ!


融は頭を抱えた。

せっかくのいい感じのデートがぶち壊し。瀬奈は、僕のこと、何て思っただろうか。

どう言ったら、誤解解けるんだろう・・。

動きが取れない。大体まだ瀬奈に付き合ってくれと言ったわけじゃない。友達というほどでもないし、繋ぐのはただここで出会ったことと、猫を探してあげてること位。そんな時に、かけられたとんだ濡れ衣。

あまり違うと反論してもわざとらしいし、しかも俄かには信じてもらえないだろということは予想できる。


でもそんな融の弱り顔に気づいたのか、

瀬奈は毅然と言い返してくれた。


「あの・・おじさん。

なんか勘違いしているようだから言いますけど、

私、昨日この境内で猫逃がしちゃって、融さんは一生懸命探すの助けてくれたの。

それに、昨日おにぎりも頂いちゃったし、

申し訳ないと思って、今日はそのお詫びに、お昼持ってきたの。

なんだかんだいろいろとご助言、ありがとうございます。

でも、融さん、ちゃんとサボらずお仕事してるから、昨日も今日も、ずっと頑張ってるのをワタシ、知ってます。

だから、こんなことで、勘違いしないでください。デートじゃないし。言いつけたりしないでください。お願いします。

私はただ、昨日お世話になったから、今日御礼に来ただけなんです!」


嬉しいような・・でも、私たち付き合っていませんとハッキリ断定され、甘い幻想とは違う厳しい現実を突きつけられるような、複雑な思い。

僕の為にと思うと、少し嬉しいが。痛い。胸が。


「おっそうか。傷は浅いんだな。

でもその親切がこいつの手なんだよ。気をつけなよ。男は狼なのよってな。

よかったよかった。」それでも、おじさんの減らず口は減らない。これは、ビョーキだな。


「あ、ところでさっきあんた、猫逃がしたとか言ってたよな。見つかったのか?」おじさんが今気づいて蒸し返す。

そんな長話に、コーギーが飽きたのか、早く行こうと、足元でわんわんと吠えたてていた。


「いえ・・まだ」と、瀬奈も融も暗い表情を浮かべていると、



「そういや今、家からずっと散歩してきたんだが、

見慣れない猫がカラス狙ってるのを見たぞ。何度か襲いかかっては、逃げられてばかりで。無謀な奴だなぁと思ってたから、記憶にあるんだ。足袋履いたみたいに足が白い、ミケだったけど。」


それは、昨日瀬奈が抱いていた猫の特徴とピタリと一致した。

「え?それ、きっとみいです。どこですか?」瀬奈は、慌てておじさんに聞いた。「ああ、ここの参道降りて行った、お蕎麦屋さんの裏あたりだ。」


瀬奈はその話に、お弁当を猛然と片付け始めた。

「ありがとうございます。そこ、行ってみます。」


「あ、僕も・・。」行こうか?と融は言ったが、


「そんな融さん、お仕事中だもの。

じゃあ、お邪魔しました。いろいろありがとうございました。

私、これで失礼しますね。」


ゴミを片付けてカバンに入れ、そう言うなり、瀬奈は、融をそこに置いたまま、駈け出した。


引き止める暇もなかった。





6.



もしかしたらすぐ後に、みい見つかったよって、瀬奈がもう一度神社を訪れてくれるかも・・とか、

スマホに連絡をくれるかも・・とか、融の淡い期待はことごとく砕け散って、

陽は傾き夕方になり、着替えて社務所を閉め、

自分も帰り道、ちょっと大回りして蕎麦屋の周辺をまわってみたが、それらしい猫は見つけられなかった。


病院のヘルパーさんから連絡が入り、頼まれ事をされたので、

その日はじいさんの家に帰った。

大きい門構えの横の木戸から入り、鍵を開け土間に座ると、とりあえず融は瀬奈に電話を掛けた。でも、コール音だけがむなしく繰り返される。


・・・出てくれないのか。


「女たらしと思われたのかな。」「誤解とく暇もなかった・・。」

見回せば、散らかった誰もいないがらーんとした殺風景な部屋。

今はじいさんが一人で住む、古い屋敷。


自分も生まれてから高校までは、ここに住んでいた。

母がいる頃の記憶は、断片的に。あの頃は、なんだかんだと諍いが絶えなかった。

カビ臭いにおいや、嫌な思い出を追い出そうと、ありったけの障子や襖、窓を開け放った。

主がいなくても、手入れのされた中庭が見える。トヨキチおじさんが、気にかけてくれてるんだな。多分。



窓にもたれて、ガラス戸に守られた縁に立つ。

庭に向かって母が、古い茶碗をブン投げて・・なによ、跡取りさえいればいいんでしょうよ。融置いて行くわよ。いいでしょ、それで。私の一生は、何だったのよ。

パリーンと割れる音、怒鳴り声が耳を離れない。


なんで、すべてがうまくはいかないんだろう。

家ってそんなに大事なのか。既に壊れかけた家がここにあった。

母には好きな人がいたが、許されず引き離されたと言っていた。

父のいる目の前で狂ったように捲し立てる母。普段から存在感のない父だったが、あの日は何故かちゃぶ台の前に座っていて、はらはらするじいさんやばあさんを後目に、

表情も変えず、黙々とご飯を食べていた。

あれは僕が5歳の頃。

そのあと母は出奔。じいさん、ばあさんが頭をすりつけるほど、父に謝っていた姿が脳裏に残っている。

その父も、ほどなく僕を置いて町を出て、他の人と新しい家庭を築いたと聞いた。会いに行っちゃなんねいぞ。じいさんは、融に強く言い含めた。



「保険の手続き書類が届いていると思いますので、それと通帳を持って来てください。ハンコは、仏壇の中だそうです。」事務的なペルパーさんからの電話。

じいさんも、急に弱ったよな。跡取り跡取りとうるさかったけど、融が家を出てから急になりをひそめた。時代を感じているのかもしれないし、今になってすべてがどうでもよくなったのかもしれない。


ばあさんは、去年心臓まひで急に亡くなり、遺品整理もまだ途中のようだった。

毎日日記を書く人で、何が書かれているか、その昔子供の融が、怖いもの見たさで少し開いたことがあるが、日常の行事や買い物が主で、気が抜けた。

『孫の七五三のお祝い。市場に出かけて、鯛を調達す。』のような淡々とした記述。


にしても、仏壇を調べたが、ハンコは見つけられなかった。

だとしたら、茶箪笥か?

茶の間に行き、取っ手に手を掛けたが、なぜか1つだけ引き出しがびくとも動かない。

そこを力任せにガタガタっと引っ張ると、なんとか2センチくらい開いて、ハンコが見えた。ほっとして、指を突っ込み引き寄せる。


にしても、何で開かないんだ?

ムキになって、その引き出しとガタガタ格闘し、何とか少しずつ動かして取り出すと奥を覗き込んだ。

長年の埃や、虫の死骸。それとどこからか落ち込んだ紙が引き出しの横に挟まって詰まり、それが引き出しの動きを阻んでいたようだった。


紙を取り出して見る。一見すると押し付けられて皺だらけのぼろぼろのゴミだったが、広げると文字が見え・・手紙のようだった。

一度破って、また糊で貼ったような痕もあった。雨漏りでも受けたのが、所々文字が滲んでかすれていた。



・・こんな夜は、ねこをあなたと思って、掻き抱きます。

生きていてくださったのですね。ありがとう。涙が止まりませんでした。でももう会いに来ないで。月日は隔たり、遠くはなれて、もう叶いません。あなたとの逢瀬は、ただ皆を不幸にします。会いたい時は、夢に見ます。どうか、あなたもお元気で。



宛先も差出人の名も無かった。・・これは、誰が誰に書いた、手紙だ?



そんな時、突然ポケットのスマホが鳴りだした。着信先は、瀬奈だった。



「あの。今日、お弁当ありがとう。おいしかったよ。

それでさ、みい、見つかった?」

我に返り融は、何度も反芻していた言葉を、慌てて口にした。


「・・・それが・・。」がっかりとした口調。ああ、見つからなかったんだなと融は思い、


「そっか。じゃあ、迷い猫のポスターでも出す?貼って歩こうよ。いることがわかったんだから、そのうちまた・・」しかしそんな融の能天気な言葉は、勢いよく遮られた。


「違うの。みいは、いたの。

みいって呼んだら、振り返って。

でもね、私に気づいたら、逃げたの。

他のノラ猫と3匹くらい連れだって。じゃれあって、生き生きして。きっともう、私なんていらないんだと思う。」


「え?そんな・・。」どう慰めたらいいのかわからなくて、絶句する。


「確かに・・今まで実家では、全然外に出してやらなかったの。

近所から、文句言われるから、ずっと家猫で育て上げて。

だから・・。こっちに来て、少しは出してあげようって思って。出したとたん逃げちゃって・・。」そうだったんだ。


「だから、ごめんなさい。融さんも、探して下さらなくてもいいですから。

お手数おかけして、気にして頂いて、ごめんね。

じゃあ・・。本当にありがとうございました。さよなら。」


あ、ちょっと待って!

言う間すらも与えられず、電話は切られた。


そんな・・。融は呆然とした。

彼女と自分をつないでいた最後の糸が、ぷつんと音を立てて切れた気がした。


何度か掛け直したが、それからは、出てくれなかった。

泣いていて、気付かないのかもしれないけど。


ああ。これ以上掛けるのは、OUTかな。融は、諦めてスマホを放り投げた。

見上げた空は、重苦しい雲が立ち込めて、

まるで、今の自分の気持ちのような。

これは、一雨来るかもしれない。そう思って、また片っ端から、窓を閉めに回った。


もう、寝よう・・。

帰る気力も失せて、今日はここに泊まろうと決めた。布団を押入れからひっぱりだす。



こんな雲行きの怪しい日はあやかしが入り込むんだよ。でもね、心配することはないさ。

気持ちさえ、しっかり持てば大丈夫。

ばあさんが、幼い融に言ったそんな言葉を不意に思い出した。


「なんで、大丈夫なの?」「入り込むのは、人の心だからね。」


「入ってきちゃったら怖いよ。そんな時は、どうしたらいいの?」そんな融少年に、

「しっかり食べて、しっかりと自分のお役目を果たして、そして疲れて寝るのさ。その時は、布団にすべて委ねてすべて忘れてね。夢が全てを溶かしてくれるまで・・。おやすみ。」


そして、夢を見た。なぜかじいさんが帝として玉座に君臨していた。自分は唯一の跡取りである東宮として、神社の本殿で儀式を受ける。

逃げようもない身の上に、陰謀が渦巻く。政敵同士の追い落とし。呪いの護符。

利用できる間は、大事にされるが、利用できないと知れば容赦無く切り捨てられる、ただの道具として。

そんな全てを諦めた僕に、ある日窓から何かが飛び込んできた。猫だ。そして、その猫は・・幼い女の子へと姿を変えた。

いつもの訳わからない自由変化な夢の世界。笛の音がかすかに聞こえた。


ああ、よく小さい頃、笛の稽古をさせられた。じいさんが師匠で。

篳篥と笙と龍笛。聞き慣れた・・調子っぱずれな旋律。

そういえば、まだ吹けるのかな?

眠れ眠れ。忘れるために。ふわふわと雲のように空へ上れ。

心地良いまどろみにいつしか引き込まれていく。



しかし、それらの眠りもすべて破る勢いで、バリバリバリと、すごい音が・・轟き、天地を揺るがし。


明け方の春雷に、その眠りを一気に破られた。


なんだ?


じっとりした寝汗をふいて、融はぼーっと起きあがった。


かみなり・・?



あっと気づいて、融はスマホを取り出していた。

1コール待たずに、相手は出た。



「ごめん。こんな朝早くに。

でも・・怖がってないかなって・・心配で。」


「・・・ありがと。

怖かったけど、電話もらったから、もう大丈夫。」そう言いながら、瀬奈は息が荒かった。もしや、怖くて泣いてた?


「ねえ・・いいんだよ。もっと頼ってくれて。さびしかったら、いつでも電話かけてよ。待ってるから。」「ありがとう。でも・・。」「でもも、何もないよ。嫌なんだ。君が悲しがってるのに、何もできないのは。」融の声はついささくれた。


「でも、あなたには、関係ないから。」絞り出すように言う瀬奈の言葉。どこまで行っても、やんわりとした拒絶。それがどんな気持ちから来ているのか推し量れぬまま、

線を引く瀬奈の言葉に、融はまたうち沈むしかなかった。



でもその時、瀬奈が何かに気づいて、突然叫んだ。

「え、うそ。酷いっ。」 「どうしたの?」驚いて聞き返す。



「さっきの雷・・神社のご神木に落ちたみたい。木が・・まっぷたつになってる。」





7.



「うわっ、これは・・。」


まだ小雨が降り続く中、傘も持たず駆け付けた神社のお社では、

樹齢千年と言われるご神木の楠が、見事にまん中から真っぷたつに裂けていた。


人など、自然の力の前では無力と、よく言ったものだ。

融は、ただ、見上げていた。


所々焦げている所から、まだくすぶった煙の焦げ臭いにおいが鼻につく。

ただ、落雷直後に大雨が降り、火はほとんどが消し去られて、社の方に被害が及ばなかったのは、幸いだった。



「融さん!」背後から聞き慣れた声がかけられた。

あの電話の後、心配して瀬奈も、参道を上がって来てくれたようだった。


「こんな大きい木が、こんな・・すごい。」瀬奈も間近で見るなり絶句していた。「じいさんが悲しみそうだ。凶兆かな。何か悪いことが起こらなければいいけど。」

そんな融に、傘が差しかけられる。

「でも、悪いことは全部木が受け止めてくれて・・他は大丈夫だったじゃない。これって神様のご加護だよ。」良かったね、そんな瀬奈の言葉に、「ああ・・。」融は、そんな考え方もできるかと感心していた。ものは、考えようか・・。


なんとなく二人は、顔を合わすのが気まずく、1つの傘の下、木を見上げたまま、適当な言葉を交わす。


「千年の木も、一瞬だよな。」融は、ぽつっと言った。


その時だった。



・・・にゃ・・・・にゃ・・


かすかに猫の声が聞こえた気がした。


「もしかして、みい?」瀬奈も気づいたようで、周囲に、視線を巡らしていた。


あ、ここにいるのかも。お社の本殿の軒下を、瀬奈は屈みこんで、覗いた。

そして、奥に向かって呼びかけた。


「みいなの?みいーみいーー。でておいで。」


すると、つむじ風のように飛びだしてくる黒い塊があった。うにゃーー!


そしてその塊は、瀬奈の膝に、ダッシュでとびこんで。みゃみゃみゃと、何だか訴えているような?

「あらあら、見慣れない黒ちゃんね。

どうしたの?雷で、びっくりしたの?」その愛らしさに、つい微笑む。


飛び出て来たのは、見たことのない黒猫で、雨でずぶ濡れ。すこし長めの体毛がびしょびしょだった。というのに、躊躇なく瀬奈にスリスリと甘えて来て、その服に体をこすりつけていた。そして焦ったようにバタバタ動く。


でも、瀬奈は服が濡れるのもお構いなしに、嬉しそうに抱き上げて。「そっかぁ。雷怖かったのね。よしよし。」撫で撫でしてあげた。するとますます嬉しそうな猫。

「すごーい。こんな最初から甘えてくる猫なんて、はじめて。」


「そうだね。珍しい。すごく人慣れしてるね。」融も横で感心していた。かなり昔に、実家に居ついていた猫もいたが、総じてマイペースで、あまり融に甘えてきたような記憶はなかった。


「首輪ついてるから、迷い猫かな。でも何だか古い首輪だね。」そしてその周囲、こよりみたいな紙が付着していたが濡れて貼り付き、瀬奈が指で触ると、ポロポロ取れた。


「そういえば、猫ちゃんって突然雷に遭った時、迷い猫になっちゃうって、聞いたことあるわ。」あの音で驚いて駆けだして、知らない場所に来ちゃったのかな?かわいそうに。瀬奈が黒猫を抱きしめる。


「でも、みいって呼んだら反応したよね。この猫も、もしかしてみいって名前じゃないの?ねぇ、みい、みぃや?」融が、そう呼んだら、


「うにゃ。」とその猫は返事のように鳴き、二人は顔を見合せて笑った。


するとその呼び声を合図のように、黒猫は、瀬奈の手をすり抜けて、今度は融の肩にでんとよじ登った。

「わっ、僕にまで。すごい、慣れた猫だね。」

戸惑っている融におかまいなしに、猫は融の顔を覗きこんでペロペロして、

『おい、かわいがってもいいのよ。許して遣わす。』とでも告げるように長めの毛をさわさわして、ゴロゴロゴロと喉を鳴らした。


「よしよし。猫に懐かれたのなんて、初めてだよ。」

融は何だか嬉しくて、「みぃや、みぃや。」呼んで撫でてあげると、またゴロゴロと猫は、心から満足そうだった。




雷の日に、どこからか迷い込んできた黒猫。


瀬奈が下宿に連れ帰って世話することにしたが、


「うにゃ!」

お昼には、神社のお社を掃除する融のもとに、ピンとしっぽを伸ばした姿を現し、

メジロやハトを追い回し、大捕り物をして大騒ぎをしていた。


「みぃや、みぃや。だめだったら。」そう言って融は、猫を抱き上げる。「オテンバだなぁ、みぃやは。」


融はこの猫をみぃやと呼んでいた。みい・・と呼ぶより、みぃやと呼びかけた方が、嬉しそうな顔をするのに気づいたから。

お昼の休憩に、持ってきたカツオブシを上げて一緒に食事をする。その後膝の上に乗せて撫でていると、時々、じっと斜め上の虚空を見つめて、

何か見えるのかなと、融も見上げると、

「にゃおーん」何だかとっても切なそうな声を上げるのだった。


「元の飼い主が恋しいのかな?なあ、おまえ、どこから来たんだ?」問い掛けても、答えてくれる訳もない。



そしてそんな時刻に、また石段を上がってくる人影が。

瀬奈もまた時々姿を現すようになっていた。

もちろん、融が電話で、みぃやをネタに呼びだしたのではあるが。昼には神社で遊んでるよ。見に来ない?と。


「ありゃ。クロちゃん、ここにいましたか?」瀬奈は、みぃやをクロと呼んでいる。

家出娘みいが帰ってきたら、呼び名がややこしくなるから・・と言う。


でも、猫はどちらの名前で呼んでも、うにゃんと嬉しそうに振り返る。


「クロは、やさしいわ。みいが家出しちゃって、残された私が寂しいと思って、夜はウチにずっといてくれるのね。」

「そうか。用心棒のつもりなのかもよ。怪しいネズミは、私が根こそぎ捕まえますって。

ありがとう、みぃや。でもたまには、僕の寝床に来ない?みぃや?」融が、猫相手に、ふざけて誘っている。

「ダメ。私の。」「だって、僕もさびしいんだよ。そちと朝寝がしてみたいよ、みぃや。」

そんな言葉に、瀬奈の顔が一気に赤らむ。


もう、何よこの人。ドキっとさせるんだから!

・・でも、もしかして、この人のこういう所って、もしや天然?瀬奈は、融をチロっと見上げた。





8.



「ねぇ、昨夜、私って、どこかに行ったということはなかった?」

・・目覚めた瀬奈は、乳母の所へ飛んで行って、

不思議な気持ちをそのままにぶつけてみた。



しかし乳母は、それに対してすごい剣幕で、怒鳴り散らした。流石に姫君様に対して手は出せないが、わなわな震えている。

「中の君様。何を寝ぼけてらっしゃるのですか?

そんな夜に屋敷を抜け出して猫の後を追いかけるような姫君様なんて、

いるわけないでしょう。」その迫力に瀬奈は、後ずさりした。こ、怖い。

「そんな、お話の中じゃあるまいし・・というか、話の中でもおりませんから!

そんな噂立ったら、笑われるだけじゃ済まないですよ。本当にもののけです。呪われし館!

昨日、姫様はずっとここで寝ておられました。間違いないです!」


乳母様は、そして眦をキッと上げた。カンペキ怒って、鬼の形相で睨む。


「わかりましたか?もう、そんなへんな話は絶対どこでも、言わないでください。

縁談にも影響します。家の恥。お恥ずしゅうございます。」

乳母は、けんもほろろに、とりつく島もなかった。


・・・やっぱり、夢だったのかな?瀬奈は考え込んでしまった。

貝合わせのことを聞いてみようかとも思って取り出したが、

これを乳母に見つかったら何だか取り上げられそうな気がして、何も言わず、袂に仕舞い込んだ。



そして夜、寝床で瀬奈がぼーっとした頭のまま、その貝合わせを弄んでいると、

夜の闇に紛れてみぃやがまたやってきた。何事もなかったように、首に文を付けて。

瀬奈が、早速と開くと、


『素敵な返事ありがとう。嬉しくてゆうべは眠れずに過ごしてしまったよ。』と、飼い主様からの文。焚きしめた香の残り香にまた心がふわふわと宙に舞う。

あれ?でも私、みぃやに返事付けたっけ?瀬奈の頭はまたまた混乱した。


だけど、その文面から立ち上る、飼い主様のうきうきした気持ち。それが伝わってきて、自分まで嬉しくなった。


自分もまた筆をとり、返事を書く。

『楽しげに笑うあなた様を夢に見て、覚めた後とても心が震えていました。あれは本当に夢だったのですか?』

見よう見まねで瀬奈は、少し大人っぽく、歌のように問いかけてみた。

そして次の返事を待ちこがれる。

あれは夢か現か。そして私は本当に飼い主様に会ったのか?

しかし来たのは・・



『ああ、素晴らしい夢を僕の為にありがとう。

きみの心延えに、気持ちも晴れた。宝物としてこれからを生きていけるよ。』



・・・この返事だけじゃわからないわ?

瀬奈は、みぃやに向って、溜息をついた。

あの夢が、本当だったという意味にも取れるし、瀬奈が見たただの夢に対してそんな素敵な夢を見てくれてありがとうと言ってる意味にも取れる。

どっちだったんだろう?でも、飼い主様が元気出してくださったのが何よりだから・・どっちでもいいのかな?瀬奈は納得しようとした。

耳にはまだ笛の音が残っていて、いつでも思い出しては、心を震わすことができる。それが、自分にとっても最高に素敵なことに思われた。



それからも、相変わらず文のやりとりは続いていて、みぃやは意気揚々と二人の間を往復していた。

ただ1つ変わったことは、

寂しそうだった飼い主様はなりをひそめて、元気を取り戻したのが、瀬奈にはとても嬉しかった。


そしてある日のこと、

『遂に僕も籠の鳥となる日が来てしまった。ただ前からとても気が重いことありしかれども、クロの大活躍にて撃退できたり。詳しく話せないのが残念だけど。』

飼い主様からの謎の文に、

なんだったの?みぃや?瀬奈は、目の前の猫に聞く。

にゃう。

何だか得意そうに鳴いたみぃやに、よしよし。何かよくわからないけど、よくやったね。偉いよ、みぃや。瀬奈は、にぼしをあげて、褒めてあげた。




「長谷大臣、東宮様が猫ごときに位を与えるなどと言いだして、何バカなことを大真面目に・・と思ったら、そんなことを目論んでおったのか?

大臣も、この一件、ご存知あったことであろう?」


清涼殿 殿上の間にて、左大臣の柳大臣が、頭から湯気を吹いて激怒していた。

右大臣である長谷大臣に対し、東宮様と手を組み共謀して、裏でたくらんでおったとは。そんな含みをたっぷり持たせた物言いをぶつけてきた。


もとより柳大臣は、今度のことで顔を潰されたのみならず、自分の思い描いていた絵が音もなく崩れ落ちてしまった。そういう八当たりも少々入っているのもあろう。


「なんのことやら?」長谷大臣は、それに対して、不思議そうに尋ね返した。



佳日、無事にめでたき東宮様の元服とあいなった。

しかるに元服の夜に侍るという、性教育係。添い臥し役の姫君の選定を柳大臣が恭しく帝より一任されて、

柳家の妻の異母妹にあたる、これぞと思う姫君を意気揚々と送り込んだのではあるが、

全力で排除され、しかも猫にも劣る姫君と、人の口に上るほどの屈辱を味あわされたようである。


左大臣としては、メンツをつぶされた態となり、

その八当たりを、右大臣にぶつけないと、気持ちが納まらぬようであった。

しかし長谷大臣としても初耳で、・・何を、おっしゃいますか。言いがかりでございます・・とおっとりと鷹揚に受け、

して、どのようなことを?と、重ねて問いかけてくるほどの対応に、

柳大臣は、気勢を削がれしぶしぶ恥さらしな説明を行う羽目になった。


「私は、帝から、東宮様の添い臥しの女御を用意するように頼まれた。

しかしその日寝所に女が侍ろうとすると、不気味な黒猫がどこともなく現れ威嚇して、床に近寄らせなかったらしい。」


しかし女も、負けて無くて、猫をどけなさいと侍女に指示したらしいが、

それに対して東宮様は、不敵に笑うと、


「無礼であるぞ。入ってくることならん。

僕の添い寝の君のご機嫌がすっかり斜めになってしまった。遠慮してもらえないだろうか?」


しかし女は、それでは私のお役目がと言い募り、仕方ないと自分が手を出し猫を引っ張り出そうとしたが、今度は引っかかれて、「痛い。」手をひっこめざるをえなかった。

そこに東宮様が、あれあれと面白そうに、「わが君は、少々乱暴者にて、私をもってしても止められないお転婆姫なのだ。これ以上は、どうなるか?君も顔に傷など負いたくないだろう?」と。


「それと、この猫は、先日、命婦の位を賜った。悪いが・・君より位が上だ。引くべきものは、

君の方。無礼であろうぞ?」と。



そして、その位を与えるのを許したのは、右大臣と聞きましたが・・。と柳大臣が付け加える。これで怒りの筋が通った。


「おやおや。東宮様から直々に、

猫が殿上に参っても罰を受けないように位を与えてやってほしいと言われまして、

帝にお願いして、よきに計らってもらいましたが、

そうですか・・。」なるほど東宮様は、そんなことを目論んでいらっしゃったのか・・。組し易い素直な東宮様とお見受けしていたが、なかなかどうして、我を通してくるのだな。


しかし、まあ助かった。柳家からの添い臥しの手練手管に先に東宮様が絡め取られ、面倒なことにならなくてよかった。自分もまだまだ運があるなと、長谷大臣は知られないように、心の中だけで、ほくそ笑んだ。


「しかし、そんなものは、一時のこと。

若いうちの潔癖さがさせたのでしょう。

まあ良いではありませんか。東宮様も、そのうち私たちに叛くのがどんなに手痛いことになるか、わかってこられるでしょうから。また次の手を考えましょうぞ。」


長谷大臣は、ライバル柳大臣の失態に、内心笑いが止まらないのを堪えながらも、

本心を隠し、共に頑張りましょうぞと、執り成すような言葉を口にした。


柳大臣は、それに納得した訳ではないが、まあこたびのことは、長谷大臣に八つ当たりしても仕方ないこと。

それはそれで収め、頭の中は、また別のことを考えていた。


・・しかしよく考えれば邪魔なのはあの猫、たかが一匹だ。所詮畜生の身。どこかにおびき寄せて秘密裏に始末すればよかろう・・そんな姦計を巡らせ始めた。





9.



月日は過ぎる。

瀬奈のいる穂積家では、裳着というほど本格的な儀式ではないが、

中の君の髪上げの儀が行われた。


「これで、中の君も一人前。

いい婿殿と娶せて、穂積家の繁栄に結びつけば良きことだな。」

正六位の、父岩人。亡き祖父の偉功で与えられた位で、殿上人にはあと一歩届かないが、

先の除目では、職を賜い帝の勅の編纂の部署に配属されていた。


ただ身分は低いが、穂積家は子だくさんで有名だった。

一番上の娘である大君はすでに名だたる家に嫁ぎ、中の君以下、まだ赤ちゃんである六の君の姫君までおり、

その間に、息子も2人いる。



瀬奈の髪上げを機に、みぃやの運ぶ手紙も、少し色づいて・・


『素敵な女人の君の姿が浮かぶよ。おめでとう。君の鬢を削ぎたかった。でも叶わぬ。』

そんな手紙が届いた。


『いつも扉をひらいて待ってます。あなた様の訪れを。』

瀬奈は、ちょっとはしたないかなと思いつつ、思い切って書きつけたが、


『すまぬ。最初から会うことは叶わない。でも君のことは、忘れないよ。ずっと、この心に。』



瀬奈は、そんな返事を受け取り、少し涙ぐんだ。でもでも・・、

そうよね。私はあのお方のことなど何も知らない。夢か現か、一度会ったような気になっているけど、それだって都合のいい私の妄想かもしれないし、

もしかしたらすごく色好みで、文の遣り取りを楽しみながら、実は妻が2人も3人もいたりして・・。自分の想像に、瀬奈はくすっと笑った。あのお方が寂しくなかったら、その方がどんなにいいか。


ねぇみぃや・・そして瀬奈は、猫を抱き上げ話しかけた。

「・・私はただあのお方にもう一度お会いしたいだけ。でもそれを口に出すと、

何だかあのお方を追い詰めてしまうみたい。

もう、言わない方がいいのかな・・。」

みぃやがうらやましい・・あのお方のそばにいられるんだもの。瀬奈は、みぃやの頭を撫でた。

みゃう。うれしそうにみぃやが鳴く。


「ねぇ、みぃや。でもあのお方に伝えてね。

私も、ずっと忘れないって。ねぇ、みぃや。」

にゃあ。

みぃやが分かったよとでも言うように、瀬奈の腕の中で、鳴いた。



穂積家に年頃の娘がいるという噂は、

耳聡い男たちの間に、あっというまに広がり、

中の君の許には、あるやなきやの噂を聞きつけて、

世間の例にもれず、殿方からの文が次々と届くようになった。


「あの色好みと名うての中納言兼任さまから、届いておりますよ。中の君さま。

早く、ご返事を・・。」風流を気取ってもみじの枝に結びつけられた文。

それを手にして、お付きの侍女の方が興奮してるのか、瀬奈をせっつく。


『噂に高いあなた様に、ひと目あってから死にたいものです。』


そんな歌が書きつけられていた。

桜色の派手な、いかにもオレカッコイイ?という気取った文面。香もこれでもかと焚きしめられて、みぃやも跨いで通るほど。そのうち、後ろ足で砂を掛けるようなしぐさをしだした。(こら、やめなさい、この猫は!と乳母様が飛んできた。)



瀬奈の心には、ただ、あの飼い主様のことしかなかった。笑い顔。笛の音。不意に思い出しては、心が締め付けられる。紙に書きつけられた文字という所だけは同じだけど、何でこんなに違うの。

嫌。他の殿方なんて、気持悪いだけで。


「中の君さま。こういうのは、すぐ返事を書くことが大事なんですから。

なんでしたら私が代わりに・・。」乳母が喜々として申し出たが、瀬奈は、あわてて断った。

そんなことしたら、どんなことになってしまうか・・。


とはいえまさか、この返事に。そうですか、じゃあ会ってから、死ねばいいですね。・・とは書けないし。

瀬奈は、しぶしぶ筆を執った。


「あなたが奏した笛の音は耳を澄ませても聞こえてこないようですが。思いがあればどこで吹いても、その音は私に届くはずでしょうに。」


さらさらと。そのあたりにあった手習いの紙を拾い上げて書いた。

あの日の飼い主様の笛は時を超えて、どこにあっても瀬奈の胸をずっと響かせていた。でもあなたからは聞こえないんです。そんな気持ちのままに、したためた。


しかしこの返歌は、相手の激怒を誘ったようだった。


瀬奈は知らなかったが、その男は笛や楽器の素養は無く、瀬奈が持ち出した笛を吹ける男が、夢見がちな女にありがちな限られた地位の高い人のことを指しているのだと考え、

つまり“アンタ、笛でも吹けるようになってから(もっと高い地位になってから)、おとといおいで!”という言い草に聞こえたのであった。自分のことをバカにした歌だと。しかも文が書かれた紙も、無粋さの極み。


せっかくこっちが過剰に持ち上げてやってるのによう!と中納言兼任は、沸々とはらわたが煮えくりかえるのが納まらず、

会う人ごとに「中の君、お高くとまった厭な女。」と言触らした。



穂積家の順風満帆さに対して、世間の羨みのようなものもあったようで、

悪口は、面白いようにあっというまに広がり、

本人がどうであるかなどお構いなし。

「穂積家の中の君さま?」「ああ、あの身の程知らずな、高慢な姫さまね」などと人の口に上るようになった。


そうすると、悪い噂にはまた尾ひれがつくもので、

「そういや、呪われし姫なんだって。よなよな出歩いてんだってよぅ。」と、どこから出たか分からない話がくっつき。

「猫と話が出来るとも聞いたぞ。行燈の油を舐めてんじゃねーか。」「猫憑きか?うわー、おっかねぇ!」


男の流した噂に尾ひれ。風評被害が、いっぺんに流布して、駆け巡り、

穂積家の中の君への殿方からの求愛の文は、

ある時を境に、ぱたりと音を立てて途絶えてしまった。





10.




場所は帷子の辻。夜。暗闇の中、長谷右大臣は牛車を急がせていた。

獣の鳴く不気味な声がする。

極秘に手を結んださる高貴な御方との密談に、宴が盛り上がりを見せ、帰宅がこんな刻となってしまった。



「長谷右大臣、うまいことやりおおせおったな。」

ボロボロななりの、妖しい風体の男が

先を急ぐ、立派な網代車の中へと、不躾に声を掛けてきた。


「だれだ!」「あやしいやつ」随身と言われる警護の官人が、わらわらとその男の周りを取り囲んだ。



「ああ、よい。その声は、道満だな。何用だ?」

鷹揚に長谷右大臣は、随身を止め、車の中からその男に声をかけた。

陰陽師崩れの蘆屋道満といえば、

かの安倍晴明と式神対決をして破れ、地方に逃れたと噂の御仁である。また何をしに舞い戻って来たものやら?


「あの上に取り入るのが上手い陰陽師の輩と組んで、前の東宮貞明様を呪詛し、失脚に追いやり。

そして思うがまま、

幼き頃より才気煥発、従順なまだ若き融殿を東宮として立てたのであろう?そんなもの、みんな気付いておるゆえ。」「おやおや、人聞きの悪いこと。」


車の中で右大臣は、にやりと笑った。

「あのお方は、帝の命を狙っておりましたゆえ。排斥しましただけのこと。」軽くいなす。表向き、それで案件は処理されている。


「して、次に狙うは、東宮の正后だろう?おんしには、数えで5つになる姫君がおられる。

入内のちに、そして男児を産み参らして、外戚として君臨か。」


確かに右大臣には、御年5歳、可愛い盛りの一粒種の姫君さまがおられた。名は、高子さまとおっしゃる。


「だが、今東宮は元服の儀を済まされて、もう大人のはしくれのやんちゃ盛りよ。

おんしの姫君はまだ幼い。気を早く迎え入れても、まだおままごとしか出来まいよ。当分孫の顔は拝めまい。」


たしかに長谷大臣の一番のネックはそこであった。なかなか娘が出来なくて、やっと念願の姫が生まれたが今まだ数えで5歳。かわいい盛りではあるが、長男の師嗣が女として生まれていたら、今頃何を置いても東宮の正后であろうことは疑いもないことで、

・・残念に思わざるをえない。


「その為には、おんしとすれば、あと何年か年を稼ぎたいところであろう。

だが、どうする?この前の柳左大臣の用意した添い臥しについても、少し冷汗をかいたであろうし。」


そこまで掴んでいるのか・・。

右大臣は、車から顔を出し、道満という男に、向きあった。


「先ほどから、なにをおっしゃておられますか。

確かにわが姫を、東宮様に嫁がせるのは夢でありますが、それは娘を持つ親なれば、みんな思うことでしょう。そんな悪だくみのように言われるのは、心外です。

そのためには、わが姫を素晴らしい女人に育て上げ、

東宮様に認めて頂く以外、道はございません。その為に、日々精進しておる毎日です。

道満様に心配して頂くほどのことはございませんよ。」

にこやかに軽くあしらい、長谷右大臣は動じなかった。こんな陰陽師崩れに隙を見せては付け入られるだけであるからにして。


「あいかわらず、食えねぇな、おんしは。

だが、その間に東宮に何かがあれば。おんしの娘は、誰にもお嫁入りできなくなるわな。今さら身分低い男などからは、恐れ多くもと尻ごみされるだろうし、それにおんしも嫌だろう?

ああ、それに。

東宮に何かあればその時は、廃された貞明を東宮に呼びもどすしかなくなるな。

詰めが甘いお前らは、出家で許したからな。あの暴れ馬を、縄をつけて檻に入れたからって、安心しているおんしらの気が知れんわ。

その時は、追いおとした張本人のお前の娘など、東宮は目もくれないだろう?違うか?」


道満は、闇の中、いやな笑い顔を浮かべた。


確かに町では流行病は猛威をふるい宮中にいるとて、例外ではなかった。都は禍に満ちている。

一寸先は闇。今の東宮が子供を持たないまま亡くなれば、わざわざ失脚させた家が、また復活になるやもしれない。そうなれば、娘を正后にして外戚として君臨どころか、今度は自分の首が危うい。


だが今、先に東宮に妃を娶らす・・というのも。

ここまで地固めをしたのに、むざむざ他に明け渡すのも、癪だ。

我が娘高子はすばらしい女人に成長することは疑いもないことだが、それゆえに、

同じような身分で、正后の地位を奪い合うという勢力は、極力排斥しておきたいところ。



「まあ、普通に考えれば、

東宮に、女御とか更衣、身分の低い女をあてがっておくのが一番ではないか?

若盛りの東宮に。誰もいないのも体裁が悪いことよ。」


道満は、うっししと好色な笑いをもらす。


「だがしかし、聞いたが東宮は、なかなか堅い男のようだな。真面目なのか潔癖なのか?

少し前、添い臥しの女を嫌って、遠ざけたと聞いておる。もしや、女嫌いかのお?

あんないいものをなぁ。知らんのだろうな。」


道満の下品な物言いを、長谷大臣は、汚らしそうに見遣った。

しかし、確かにそれは新たに生じた悩みの種だった。誰彼と手を出しまくられる輩も困るが、女嫌いも困る。

わが娘の入内までには、なんとか考えを改めて欲しい所ではあった。


「わしが、良い手を教えてやろう。

いい娘がいる。うってつけだ。

この前、猫が耳打ちしてきたのよ。それはな、穂積家の中の君だ。」


長谷大臣は思い出した。・・そういえばこの陰陽師、動物と話が出来るともっぱらな評判だったと。

そして、つい聞き返した。「ほう。どんな娘なのですか?」


「とんだお転婆姫らしいぞ。世間の噂で、猫憑きとか囁かれているが、それはただの悪意ある噂で、別にもののけというわけではない。ただ元気なだけだと猫は言っていた。

小さき頃より、猫を追いかけて軒下に入り込み、埃だらけになって、乳母に怒られたとか、他にも、蛇を振り回したり、猫の真似して木によじ登ったり、川に飛び込んで猫を助けてずぶぬれになり、またまた乳母に怒られたとか。

まあそしてその娘、年頃になったが、色気の方はサッパリで、男に文をもらっても、バッサリ返す返し刀のすげなさがすごいらしくて、今や言いよる男もおらんと。」


「なんと?」長谷右大臣は含み笑いをした。「百年の恋も一瞬で醒めるような姫様でありますなぁ。」


「屋根に上って走りまわったこともあると言ってたぞ。」道満が次々と楽しそうに話す。

「それは、まゆつばではないですか?流石に姫が、屋根に上るなどと・・。」長谷右大臣は、反射的に言い返していた。考えられないことだった。今までもそんな姫、聞いたこともない。

「いや。蝙蝠がこの目で見たと言ってたのだ。」道満は大まじめだった。



「だからか、体はすこぶる丈夫のようだ。もともと穂積家は、何らかのご加護もあるのだろうが、2男6女すくすく育っとる。丈夫で多産だな。

流行病で死んだ者もおらん。そして、身分は、ほどほどに低い。

あてがうには、うってつけじゃないか?

そういう妃も、必要であろう?何かの折には駒として使いやすい。」


「しかし、まあ仮にその姫、身分も体もうってつけだとしても、

東宮様が、寝床に寄せ付けないとなると、どうしようもないでしょう。」右大臣は、そこを突いた。しかし、そう問い返すこと自体、もう既に道満の話術に嵌っていたのだった。


「おや、気づいてないのか?

その姫は、猫を手なづけるのが上手い。その姫が、夜伽に行けば、猫は寝所を明け渡すだろうぞよ。もしあの東宮が、けしかけたとしてもな。違うか?」


道満は、これで決まりだというように、ひときわ愉快そうに笑った。



「そこまで行けば、流石に、あの東宮でも何もなしということもなかろう?

少しは成長せられるのではないか?ここで少しは、大人になってもらおうぞ。」くっくっくと道満はまた忍び笑う。


「それに、先にそんなガサツで女子力の低い残念な妃を入れたら、

そののち正后としておんしの大君さまを一目見れば、東宮様も大君さまのその愛らしさ美しさ雅さに、夢中になり寵愛を注ぐこと間違いなしですぞなもし。」

楽しそうに耳打ちしてきた。これは決定打となった。


長谷大臣は、道満のそんな言葉にぐらりと心を動かされた。


そういえば、この所の柳左大臣の動きも耳に入ってきていた。

猫を秘密裏に葬れば、東宮様も添い臥しを受け入れる気になるのではないかと手を講じているという噂だ。


確かに畜生一匹など、手に掛けるのはたやすいこと。

だが猫はしぶとくてまだ捕まってはいないようだと聞いた。

捕まえて処分できれば、柳家はさっそく自分の縁続きの女人の入内にとりかかるだろう。

そう上手く行くとも思えないが、

しかし手をこまねいて見ているだけというのも・・。


柳家が猫を捕えるより前に、その姫を入内させるのが・・得策か?


動き出した車の中で、長谷大臣はもの思いにふけっていた。


ここは、動く所かもしれん。急がねばならないかもしれないな・・。

なにより、わが娘高子のために、そして自分の為に。




11.



どうしたんだろう?最近みぃやが来ない。


瀬奈は悶々とした日々を送っていた。

今までは、3日にあげずやっていていたみぃやが、

ここ半月というものの、その姿を1度も現わしていない。


仕方なく瀬奈は、そのぽっかりあいた時間、手習いの箏をさらうことにした。

小さい頃からやらされていたお稽古は、そんなに好きじゃなかったが、

あの飼い主様の笛の音を聴いてからは、どうしても共に奏してみたくなった。


それに、心をからっぽにして、無我夢中で弾いていると、

嫌なことは、何もかも忘れられて・・心の中に響いてるあの日の笛の音とともに、ただ心を震わせることが出来る。

最近では、我を忘れてどんどんと、のめり込んでいた。


そして何度も何度も弾いているうち、

パチン。爪が勢いよく音を弾いた・・・その瞬間、不吉にも、弦がパツンと切れた。


あ・・・。

弦は飛び、指が切れて、少し血が滲む。

そして瀬奈は、痛みに指を押さえ、

飼い主様の身に、災いが迫っているような気がして、ゾっとした。



と、その時を、待っていたように乳母が部屋にやってきた。


「中の君さま。大丈夫でございますか?

この所、いろんなことが厄災続きですし。占いで見てもらいましたら、物詣でに参りなさいと言われました。

今日は日もよろしいですし、それではすぐにでも、皆で八幡宮詣でに出かけましょうとの奥様からの言いつけでございます。

気も紛れますし、良い縁が結べますように、祈願いたしましょう。」



外には既に牛車も用意されていた。質素だが大ぶりな八葉の車。

母と三の君と四の君も一緒に乗り込み、わいわいと喧しい。そして、御簾を下げて、しずしずと進んで行った。

その中にいて瀬奈は、

もしかしたら、周りに気を遣わせているのかしら・・と、ひっそりとため息をついた。殿方の求愛が途絶えているとか、変な噂が立っていることについては、自身はあまり気にしてなかったが。

ただ、周りの期待に応えられない申し訳なさは、人一倍感じていた。


でも、今瀬奈の胸を占めている心配事は、

みぃやが来ないことで、飼い主さまに何かあったのではないかということ。そして、何をしてもあのお方のことが頭から離れない自分が、ただどうしたらいいのかわからないだけだった。



「うわぁ、すごい人出ね。」

色とりどりの豪華な網代車があちらにもこちらにもあり、賑わっていた。

人波に押されながら、瀬奈の乗った車も、のろのろと参道を進んでいく。


そんな時だった。

「まてーー。」「すばしっこいな。」「この黒いの、待たんか。」

突然、貧しい身なりの男や女や、子供たち5.6人が口ぐちに何か言い、走って追いかけて、思いっきり車にぶつかった。



「こら、危ない。」「無礼であるぞ。」「何をしている?」瀬奈の車に付き従っていた護衛の者が、声を荒げ、追い払っていた。

「何?」それをひょいっと瀬奈は、御簾の隙間から覗いた。

なんなのかしら?


そんな時、その御簾の隙間から黒い塊が、ぼすっと自分めがけて突進してきて。

「え?」思う間もなく、瀬奈のその手の中に、すぽっと、収まった。



「みぃや!」瀬奈は、大声を出した。それはずっと会いたかった私の猫。こんな所で、会えるなんて。神仏のお導きだわ!「よかった。元気にしてたのね。」瀬奈は、ぎゅっと抱きしめた。

でも・・にしても、

もしや多くの人が追いかけていたのって、みぃやだったの?



「こら。その猫を渡せよ。」その中の一番ガラの悪そうな男が、失礼にも御簾の間近まで来て、瀬奈の前に迫っていた。


中の君さまー!早く、言うとおりにされた方が・・。思いもかけぬ出来事に焦って乳母は、瀬奈にそう訴え、車の中で怖がって頭を押さえていた。



しかし、瀬奈はみぃやを抱いたまま、御簾を開けてその男の前に姿を現した。


「何でよ。みぃやは、私の飼い猫よ。

何か、悪いことしたの?そりゃ、夕餉のお魚を取ったとか、もし、そんなオイタをしたのだったら、弁償しますけど・・。

そんな藪から棒に、渡せって言われて、渡せるものじゃないわ。

私のみぃやが、何をしたっていうの?」


そう怒鳴って逆に詰め寄り、手の中のみぃやを見遣った。その時、みぃやは、瀬奈の指の傷を見つけて、ぺろぺろ舐めていた。


「あんたの飼い猫?嘘だろう?」そのならず者は、瀬奈がそこまでしてもまだ諦めず、

興味津々で姉の横にひょいっと顔をのぞかせたかわいい四の君へも、

「おい。本当のこと言え。飼い猫なんかじゃないだろう?」と脅かしたが、


四の君も怯まず、

「いえ。みぃやは姉さまの猫よ。姉さまの寝所でいつもくつろいで、

庭で鳥を追いかけまくってるのよ。」と、無邪気な答え。


その男は、まわりの使用人にも、本当なのか?と次々に聞いたが、

みんな、中の君の猫だと口を揃えて言った。


「そうよ。私の猫よ。文句ある?」瀬奈はそう言って、周囲を眺めまわした。


それでそのならず者や女子供、追いかけていた者たちは、顔を見合し、

「猫違いだったようだな。」「黒猫を捕まえて持って行ったら、たんまり礼金もらえるって聞いたのにな。」「なんだ、こいつじゃなかったのか・・。」「クロじゃなくて、みぃやだってさ。」口々に呟いて、姿を消した。



「ああ、怖かったよね、みぃや。もう大丈夫よ。」


結局その日は散々、母君が頭を押さえて、もう帰りましょうと、八幡様にも参らずに、

瀬奈はみぃやを抱いたまま、また牛車で屋敷に戻ってくるはめになった。

三の君と四の君は、瀬奈と遊べ猫が触れて、十分楽しそうではあったが。



みぃやは、よっぽど怖かったのか、瀬奈の膝に張り付いて、車の中でずっと離れ無かった。

「かわいそうに、みぃや。大丈夫?」

よしよしと、撫でてやると、みぃやは、みゃうとひと声鳴いて、やっと元気を取り戻した。




しかし帰ってきた瀬奈を、迎えたのは、父君岩人の、嘆きだった。

「お前は、またやらかしたようだな・・。」


「成人したいい年の娘が、人前に姿を晒すなどと・・あるまじきこと・・。」ふぅっと深い溜息までお見舞いしてきた。

もう聞いたのか・・早っ!


「大君の婿取りは、何の問題もなく順調すぎるくらい順調だったが、

お前は・・しょっぱなの歌の返しから、それにより変な噂まで、つくづく運のない娘だ。

今度も、こんな八幡宮の参詣の人が多い中で、好奇の目に晒されるなど・・またもや何を言われるかわからんな。私はもう、お前の婿取りは諦めたよ。」


そんないい分に、瀬奈は、がっくし項垂れた。父に見限られるなんて・・。


「それで・・わが穂積家には、まだまだ三の君四の君も控えていることだし、

お前が縁づかないままでは、体裁が悪い。でも、まさかこの年で出家というのはかわいそう過ぎるし、

それでな。いっそ、宮仕えに出てみる気はないか?」


え?宮仕え?瀬奈は、驚いた。そんな、どこから降って湧いた話?


「ああ、実はな今日。あの長谷右大臣に・・あの今をときめく長谷右大臣だぞ。

そのお方がだなぁ、わしに直々に声を掛けてくださってだな。

そなたの娘、東宮様の更衣に上がる気はないか?と聞いてくださったのよ。」父の顔が紅潮していた。よっぽど光栄だったようだ。


東宮様の?

あまりに意外で、目がまんまるになる。なんで・・突然?


「ああ。なんでわしの娘に?とは思ったよ。わしも。でも、

多分噂でも聞いて、わしの境遇に同情してくださったのだろう。あのお方も、娘がいるようじゃしな。娘を持つ男親として。」父は、あの時めく右大臣に声を掛けられたことだけで、特に深くも考えず、舞い上がって、

目の前の自分の娘の表情がこわばったことなど、全く気にも留めずに、はしゃいでいた。


「しかし。うれしいことだ。

お手がついて、懐妊したら、また我が家運も上向きになろう。

人間万事塞翁が馬なのかもしれん。これは、神仏のお導きだ。」もう。変わり身が早いというか、単純と言うか。これが、わが父のいい所でもあり、悪いところでもあるのかも。と瀬奈は、頭を押さえた。


「では、瀬奈、わかってるな。

乳母様に、男女のあれこれをよく仕込んでもらうんだぞ。

言うことをよく見聞きして、その手練手管で、東宮様に迫るんだ。」


何言ってんの!む、無理です。瀬奈は、真っ赤になった。

なにその、急に女子力が試されるみたいな展開!

それに・・私は、あのお方以外の男の人なんて、嫌・・いやなのに。心が疼く。

「いやいや・・お前の起死回生、逆転はもうそれしかないぞよ。心してかかれよ。」

父のそんな叱咤激励。


瀬奈は・・少し落ち込んでいた。

でも。そうだ。よーーく考えれば、私が東宮様に見染められるなんて絶対無理だから・・考えられないから・・淡々と仕事するだけって考えれば、

案外、アリかもしれない。

ものは考えようだわ。と思いなおしていた。


何してても、あの人のことばかり浮かんで、他の殿方のことなんて考えたくない身なんだもん。夢見てるこのままで、家にいたら邪魔だし、宮仕えいいじゃん。どんとこいよ!

そうやって、気合いを入れた。


なのになのに、

次に乳母様が喜々として、春画など持ってきて教え込もうとするのが、居たたまれない。

もう、やめて!いやいやと抗うも、

「姫様。大切なことでございまする。はい、目をしかと開けて見て。まず殿方と言うのは・・ここがこうで・・。」きゃーーーー!瀬奈は、脱猫の如く廊下を走って逃げた。もう、やだーー!みぃやも、共に一緒になって、逃げる。


家をドタバタと走り回った。

「こら、もっとおしとやかにしなさい。これから宮仕えしようというものが!」

父にまたまた怒られた。

「でも、父様。どうして私なの?」訳わかんない。フツー東宮様を悩殺しようとするなら、ワタシみたいなんじゃないでしょ。おかしいよ!ぶっちゃけ瀬奈が訴えると、

「ああ、東宮様の寝所には猫が添い寝しているという話で、人間の女を寄せ付けないんだと。お前ならその猫に気に入られて、寝所に入れてもらえるんじゃないか・・と抜擢されたようだ。」と、かなり秘密にされている事を、事もなげにぽつりと呟いた。


え?猫?瀬奈は、その話に少し考え込む。

そして父は、こんな話もした。「長谷右大臣がおっしゃっていたのだが。柳左大臣は、その猫がすべての元凶だと、捕まえようとしているらしい。しかし長谷右大臣は、猫に取り入る方が、得策だと思われて、そのためには、お前が最適だと。」




瀬奈の頭の片隅で、いろんなことが結びついて・・。


みぃやを追いかけていた者の言っていた言葉もひっかかっていた。

・・・「クロじゃなくて、みぃやだってさ」

まさかみぃやの飼い主様って、東宮様?・・なんてことは、ないよね。

とはいえ、疑いがどんどん膨れ上がっていく。


あの日、夢じゃ無くて本当に出会っていたのだとしたら・・、

紫の高貴な身なり。笛の音。あ、それに、籠の鳥になったとの・・謎めいた文の言葉。

それに・・貝合わせ!あっと、お守りのように持っているそれを取り出して眺めた。

とても綺麗で、緻密な筆使い。下々のものが手に入れられるものとは思えない。


思い余って、文にさらさらと書きつけて、みぃやの首につける。


「もしかして、飼い主様って、東宮様なのですか?」




12.



夜半過ぎ、無事に御所に帰ってきたクロの姿に、ほっとして抱き上げた融は、

その首に付けられた文を開くなり、力なく呟いた。


「ああ、バレてしまったか。」



・・そうだ。ごめん。もう君とやり取りすることも叶わなくなった。この文で最後にする。今まで、楽しかった。ありがとう。


瀬奈への文には、そう書き付けた。

そして融は、ただ放心していた。思った以上に心が、張り裂けそうになっていた。

本当は、君の為に、もっと早く止めるべきだったのに。

楽しさに、だらだらと決心もつかぬまま。手に入れる覚悟もないのに、ただ他の男のモノになるのが許せなくて、変な噂を流して邪魔ばかりして。自分は、最低だ・・。


そんな融を不思議そうに眺めていたクロだったが、

そのうち、

いつものように、明かり取りの窓に、開けてくれと催促するように前足を掛けた。


しかし見上げれば空は、

一面の暗雲がもくもくと垂れこめ、

こんな夜は、あやかしが入り込むんだよ。昔誰に聞いたのか、そんな言葉が脳裏を掠めた。

融は、はっとして、

「だめだ、クロ、今、行ってはいけない。何だか、嫌な予感がする。」


しかしクロは、納得しない様子で、いつまでも窓を開けてくれない融に焦れて踵を返し、飛び越えた。


「クロ!どこへ行く?」

そのまま逆走して、クロは長い廊下を走り抜け、軒下へと潜り込んだ。違う道筋で外へ出ようとしているようだ。


「だめだ、行くな!」融は追い掛けたが、しかしクロの姿は見えなくなった。


「だれか・・誰か、いないか?」

従者を呼ぶ融の声が、廊下を空しくこだました。



夜半過ぎ、屋敷の屋根を伝い走るクロ。でもよく見るとその周囲、幾重にも注視している影がちらつく。魔の手はすぐそばまで忍び寄っていた。


空模様も、ますます怪しく。月は完全に雲に隠れ、漆黒の闇の中、ただ走るクロの鼓動だけが空気を震わす。雨音は少しずつではあるが、増していき、

クロのその体毛も水を含みずっしりと重い。

しかしその体でも軽快に飛び、てんっと地面に降りると、そこに待っているいつもの侍従の操る網代車に、

一気に飛び乗り、中でクロは、体をブルブルと揺すって水を撥ねとばした。


その音を合図にしたように、その車は、動きだした。

大通りに出、その角を曲がろうとした。と、その時、

ガラの悪い行状の、無頼者が次から次へと現れ、とり囲まれ、

網代車は、その行く手を阻まれた。

「何奴?」

車を操っている尾塙は、鋭い視線で睨み返した。

その時いっそう雨が酷くなってきた。バチバチと、滝のような雨が無頼者や尾塙の服を伝う。


一人が進み出て、尾塙を脅かした。

「黙って、中の猫を渡せ。頼まれたのでな。その骸を持って行けばたんまり褒美がもらえるのよ。お前も、そんな猫一匹に仕えて、楽しいか?黙って渡せば、お前には危害は加えないゆえ、言うとおりにしたほうが賢明だぞ。」


「東宮様の御猫と知っての狼藉か?」「そうだよ。その猫がすべての元凶だってさ。そのせいで、世の中が乱れてンだとさ。」


多勢に無勢。車の後ろの御簾が何人もの手で、乱暴に持ち上げられようとした。


「クロ様・・早く、お逃げください!」

尾塙は、一瞬の判断で、網代車の前を開け、牛の背伝いにクロを急ぎ逃がす。


そしてクロは、もと来た道を、御所へと走った。

「おいっあっちだ!」それを見て、荒くれ者達が、次々後を追う。



クロは、そいつらをあざ笑うように、頭の上を飛び越え、

易々と塀の上に、しっぽをピンと伸ばして立ち、無頼者を十分に引きつけたあと、

庇へと飛んだ。そして、追いかけてくる者たちを避けて、

向きを変え、そのままダダっと裏の楠の木に飛び乗った。



だが、まさにその時。


怒髪、天を衝く・・・どーんと、この世のものと思えない音がした。


駆け寄った尾塙が見たのは、


無残にも、裂けて倒れた木。そしてそこから、めらめらと火が。


無頼者たちも唖然と見遣っていた。



かみなり?しかしそれにしても・・、目の前の光景に、尾塙は眼を疑った。

その音と衝撃、そして飛び散る火の粉。木が火を噴いたように、見る見るうちに、一気に燃えあがる。


「クロ・・クロさまーーー!」

尾塙は叫び、そして自分の叫び声で、我に返った。

衣服を脱ぐと、それで火を叩く。雨の助けもあって、そののち延焼させること無く消し止めたが、

しかしその間、火の中に目を凝らしても、猫の影は目にはせず。あとに残された骸もなく、クロはこの時を境に、忽然と姿を消した。


無事逃げおおせられたのでしょうか?尾塙は、呆然とただ呟いた。



申し訳ありません。クロ様が・・。

仔細を、尾塙は梨壺におわす東宮の融様の許へと、急ぎ報告に走った。


「よい。お前は、最善を尽くした。

もとはといえば、私が悪いのだ。行かすのではなかった。お前が気にすることはない。」


・・・そんなことは・・すべて私の・・融様! 尾塙は、項垂れ、ただ詫びた。


「クロには悪いことをした。僕がした振る舞いによって、狙われて。

僕は、関わるものを、すべて不幸にするのではないか?クロも、瀬奈も。

結局のところ僕に出来るのは、ただ生まれてきた運命を呪い、ずっと自分を殺し、淡々と傀儡の王として諦め、死んだ目をして過ごしていくしかないのに・・。

ただ、そのためには、自分の心が邪魔だ・・。」


そんな融を痛ましそうに見て、尾塙はなおも膝まづき、


「そんな、融様が、ご自分を責められるようなことは、何もありません。

それにクロさまは、骸がみつかったわけでもなく、

きっとどこかに逃れて・・そこで生きていらっしゃいます。あのすばしっこいクロさまのことですから・・。絶対に。」そう言って、慰めた。


「そうだな。

そうであって欲しい。」融は、窓から、ただ遠くへと視線を巡らせた。



内でも外でも、御所の周辺にわかに、上や下への慌ただしい動きが伝わってきた。

御所の裏庭の楠に、落雷。

そんな未曾有の凶事に、

ただちに陰陽師が呼び寄せられ、祈祷の儀式が整えられていた。


「東宮様、すぐに紫宸殿にいらしてくださいとの仰せです。」

急ぎの使者が梨壺へも、やって来た。





13.



「これは、なに故の凶事なのだ。陰陽師を呼べ。」


帝が厳かに命じていた。


突然の暗雲に閉ざされた空。

何を思う暇もなく、その闇の中、空気を切り裂く神の怒りのような雷音が轟き、

雷は、まず御所の梨壺近くの裏庭の楠を、無残にも切り裂いた。


そして、一瞬で飛んで、次に清涼殿の屋根に落ち、柱が吹っ飛び、

その時極秘会議に集まっていた太政官たちを恐怖に陥れた。

ただ、幸いだったのは、散った火の粉で燃えあがった炎だったが、直後勢いを増した長雨に阻まれ、鎮火し、

今はただ黒煙となって、東の空へ、ゆるゆると漂い流れていくのみだった。



紫宸殿においては、慌ただしく、

陰陽頭 賀茂保憲は呼ばれ進み出で、五つの祭壇で五御修法による渾身の祈祷を行っていた。


「東宮を辞退された貞明様の外戚の祟りに相違ございません。あるいは、貞明様の生霊か。」雨はまた激しく降り続き、闇の中に、灯された祭壇の蝋燭が、人々の不安な表情を仄かに照らし出す。


「雷は、梨壺のすぐ近くに落ちております。狙われたのは、東宮様の御身です。もう待つ暇もありません。急ぎ東宮様に妃を娶られますように・・でないと、もっと恐ろしいことが起きると。

時相も星の動きも、それを示しております。」


それはもっともな言い分であった。先の東宮貞明を廃し、融が親王から東宮に立ったが、今の融に子が出来ないと、せっかく移したこの系統は途絶え、混乱は避けられない。

その勢いに乗じて、柳左大臣が、捲し立てた。


「東宮様の身に、災いが迫っております。

ここは何としても、東宮様に早く妃を迎え、そして考えをお改めいただかなくては。」


梨壺より急ぎやってきた東宮融は、そう滔々と述べる柳左大臣を、憎々しげに見返した。


左大臣は、そんな東宮にちらっと目をやり、

これで仇を取ってやったわ。してやったりと満足げに、含み笑った。

うまく雷が落ちたものよ。猫も消えたとか。まあ、あの直撃を受けて生きてはいまい。

消えた・・という報告は、摩訶不思議だったが、特に気に留めることもなく、上機嫌だった。



「東宮様。

もうそろそろ、無駄なことはおやめ下さい。天の差配には、素直に従うが肝要。

東宮様が流れを堰き止めておられるのです。天の流れは、堰止めると下流に水が行きません。水が涸れると、人々が乾き災いがやってきます。

そしてこたびの雷。あの猫が直撃を受けたようですね。天が何に怒っているかは明白。

何を意味しているか、聡明な東宮様がわかられないはずもない。」


東宮はそんな柳左大臣の遠回しの言葉に、悔しいが観念するしかなかった。

もはやこれまで・・。自分一人の思いなど、この大きな枠組みの中では、塵芥にも等しい。


そこで柳大臣が勝ち誇ったようにおもむろに帝へと、再び東宮妃の選定を願い出ようと進み出たが、

それにわずかに先んじて、長谷右大臣が帝の前に出て、ひれ伏した。


「会議には、物忌みで休んでおりましたが、急ぎ駆け付けたところで御座います。」


右大臣は、捲し立てた。

「伝えたいことがございます。夢に見たのでございます。

黒猫が夢枕に立ち、訴えてきました。

私は、東宮様を守る神の化身で、猫に姿を変えていたものであると。

しかし、誰かの謀略によって、私が守ることは、もはや叶わなくなったので、

しからば、

ある姫君を、身代わりとして東宮様の妃に召し上げてくださいませと思し召しておりました。」それは次なる長谷大臣の一手だった。猫も姿を消したと聞き、長谷家としては後れを取った。

なので、一計を案じ、夢枕という口実で、道満の言っていた姫をごり押しで入内させようと目論んだのだった。


「黒猫は、災いの元ではございません。

東宮様をお守りする・・厄災を及ぼさぬために付き従っていたもの。

こたびも、厄災をその身に受け止め、東宮様をお守りしたと・・私の八卦では、そのように出ています。」

長谷大臣のうしろには、白装束の上品な男が控えていた。今をときめく陰陽師 安倍晴明その人だった。



「では、その姫君とは誰じゃ?」帝が尋ねた。

「畏れながら申し上げます。穂積家の中の君様と伝え聞きました。

父は穂積岩人正六位。東宮様をお守りできるのは、この娘しかありませぬと、申しておりました。」

口から出まかせだったが、

融はその話に驚きで目を見開いていた。なぜ・・ここで?瀬奈の名が出る?



「東宮様の御猫様は、だれの差し金か存じませんが、悪い奴らに取り囲まれ追い詰められ、姿を消したとかお聞きしました。

それできっと、その誰かに物申せる私のことを信用できる者と頼りにして、最後の力でお告げに来たのでございましょう。」

長谷右大臣はそういうと、柳左大臣を挑戦的な目で見遣った。ハッキリ口に出さなくても、伝わるバトルの熱。バチバチっと火花が飛んだ。


柳左大臣にしてみれば、その提案は、青天の霹靂。自分の縁続きの姫を入内させるつもりが、水を差された格好となった。

そうか。読めた。柳はそのとき初めて長谷右大臣の計算が閃いた。

愛娘の大君を后に入内させるための時間稼ぎか・・。思い切った手でくるものよ。

考えたな。

先んじられたのが悔しく、くくっと唇をかみしめる。



「その娘は、もののけと人の噂に上るような女人と聞いておるぞ。妃にするなど持ってのほか!それに、一人である必要もない。わが柳家からも、ぜひ。」左大臣は、気色ばみ言い放ったが、


そんな時、突然目の前で太政大臣の大伴が、何かに操られたように立ちあがり、そして、ぴょんと、猫のように飛んで、柳大臣に飛びかかって来た。


「ひっ!」柳大臣は、驚きで後退った。にゃーん。太政大臣が、手をペロペロとなめるようなしぐさをする。そして、柳大臣の顔にも、ベロベロと舐め出した。


「猫憑きか?」「やめろーーー!」柳大臣は、のしかかられ、気持悪さで、のたうち回っていた。


そして、時同じく白い紙が部屋いっぱいに、一斉に舞い上がった。そして激しく飛び回った。もののけか?みんな腰をぬかし、恐怖におののいていた。


後ろで控えていた安倍晴明は、そこで、おもむろに帝に詰め寄った。

「猫が、騒いでおるようです。このままでは、もののけと手を結ぶと。

今すぐ、ご決断をくださいますよう。今、鎮めておかないと、厄災は繰り返される。

穂積家の中の君さま、お一人を入内されますように。」


「そうか。わかった。」帝の声を合図に、


それで、いいか?猫よ?晴明がそう部屋全体に問いかけると、

それらは、一斉にただの紙となり、ひらひらと地に落ちた。



そして同時に祈祷の火がパチンと爆ぜ、まばゆい火が皆を包み込み、そして一瞬で消えた。

「これは、吉兆でございます。

帝の決断に、この国は救われましたでございます。」晴明が落ち着いた声で告げた。


「そうか。」帝がそれを見て、大きくうなずいた。


長谷右大臣は、そのやりとりを見て、内心にやりとほくそ笑んでいた。

うまくいった。道満の入れ知恵の後に、急ぎなされた陰陽師との密談。すべて天の差配だ。

これにより、柳右大臣に、むざむざ正后の地位を取られるのは避けられた。

あとは、東宮様に、ほどほどに、成長相成ってもらうことだ。

そのためには、少々のことは目を瞑ろう。

そうしなければ、我が娘を入内のちに男児を産み参らすという、わが野望も画餅に帰すのでな。



「では、よろしいでしょうか?東宮様。」長谷大臣は、したり顔で今度は東宮に問いかけた。



「だめだ。そんなことは・・許さぬ。」東宮は、事の成り行きに、呆然としていた。

そして取り乱していた。

自分のそばに置くことは、彼女を不幸にすることだと、はじめから分かっていた。

だからせっかく・・もう自分から、離れようと決めたのに。なぜ、今なのか。そして、なぜ、こんなことに?まだ混乱していた。


・・それは、もう一度、諦めずに立ち向かえということなのか。

先に地獄が待っているとしても、今ここで、わずかな幸せに心を委ねろということなのか?

あとで引き裂かれ、大事にしている小さな思い出すらも残せなくなる傷を負うに決まっているのに。

自問自答が、遥か世の果てにまで届くほど、ぐるぐると引いては寄せてうねる波のようだった。


「東宮様。これは、決定事項です。

従っていただかなければ・・。」意地悪くまた長谷大臣が繰り返す。



「ああ・・あいわかった。」東宮は、不承不承の態で、そう言って、黙りこんだ。


その一言により、猫憑きの太政大臣は、はっと正気を取り戻し、

祭壇の火は、勢いを増して、ますます燃え上がった。



・・・全く、この期に及んでも、東宮様には困ったものだ・・言葉にださないまでも、周囲からは、そんな囁きが、漏れ聞こえるようであった。

しかし、東宮である融は、その時全く違ったことを考えていた。

瀬奈・・君はこれでいいんだろうか。でも、僕だって本当は君に会いたい。そして掻き抱きたい。心が震えて、どうしようもない。

だけど僕は籠の中にいる鳥だ。そして君も、その籠の中に入れられようとしている。

逃げ出すこともできない。息の詰まるこの中に。


覗きこまれたあの日の無邪気な明るい笑顔が浮かぶ。君からあの笑顔を奪うのが、自分だとしたら、僕はそれからどんな気持ちで生きればいいんだろうか。

何が起こっても・・ただこの中で・・君と僕は、どうなっていくのか。



「では、入内は、明日の夜だ。

いそぎ呼び寄せて参れ。」帝が立ちあがった。



そして紫宸殿では明け方まで、祈祷の声は、続いていた。

東宮は、それを耳にしながら梨壺に帰り打ち伏し、まんじりともせず夜明けを迎えた。

躍る期待と絶望の、相反する自分の気持ちが、ずっとせめぎ合っていた。

しかし、どんなに考えても、答えは出なかった。




14.




みぃやの訪れも無く、返事も無く、東宮様の謎もとけないまま。


「でも・・行けばわかるよね。一目見れば、見間違うわけもないもの。」

突然急かされた入内。なんと今日の夜に参れと言われ。

身辺をめぐる慌ただしさの中で、瀬奈は心を決めた。



でも、もしそうだったら?

何から話そう。あの日の笑顔で笑いかけて欲しい。




御所は、昨日の惨状から一夜明け。うって変わったお祝いの色に、染まっていた。


緊張で、バリバリになっている穂積家の姫君 瀬奈。

・・別世界だわ・・なにこれ?

それに、なんだか、悪意ある視線が刺さる。今度も無理だろうとか、あれがもののけと噂の娘か、なんて。知らないわよ、全く。

そして通された藤壺の間。入内の儀が執り行われる。


目の前にあらせられるは、衣冠束帯姿の東宮様。

そのお姿は、やや不機嫌に、口を引き結び、無表情だった。そして瀬奈を見下ろしたその切れ長の目が、細められた。その瞬間、ドキっと胸が。瞳の奥に沈められてしまいそうな、抗いがたい魅力に絡め取られるような。この御方は・・。

凛々しい姿、わずかに首を傾げる所作さえも艶めかしい。えも言われぬ風情だった。

でも、チラ見した瀬奈の目には、確かに、あの日の飼い主様と重なる面影を見て取った。

やったー!瀬奈は、心の中で喝采を叫んだ。そして同時に、はしたないと顔を赤らめた。



「本日より、お部屋を賜わり、仕えることになりました、瀬奈と申します。幾久しく・・」なんだか少し弾む声で、瀬奈は、頭を下げる。

十二単に身を包み、おすべらかしの長い髪は、侍女たちにより念入りに結われて、つやつやと床へと流されていた。



しかし、顔を上げると、すぐそばに東宮様のお姿があり、瀬奈は吃驚して悲鳴を上げそうになった。



「待ちかねた。」

東宮様は、瀬奈のその顎に躊躇なく手をかけ、顔をもっと見せてくれと言わんばかりに、持ちあげた。



突如立ち上がった東宮様の姿に、周りは、ただ呆然としていた。

そして、そんな戸惑う人たちをますます驚かせるように、つかつかと瀬奈の許へと歩み寄り、目の前に膝まづき、そしてそんな言葉。




「どうしてだ。君に吸い寄せられてしまった。」へ?あっけにとられる瀬奈。


「巷の噂では、猫娘と聞いたが、喉を鳴らさないのか?

そういう風情は、かわいい兎のようだな。」少し謎めいた言葉を掛けると、


そのまま腰を浚い抱きあげて、


「このまま、寝所へ行く。あとは、よしなに。」


周りは、ただ騒然。

そして、戸惑った侍女たちが、あのでも・・まだ儀式が・・と、

慌ててバタバタと焦る姿を背に、

東宮様に抱えられて、瀬奈は、閨へと姿を消した。





「やっと、邪魔者が消えた。」

閨の敷布に瀬奈を下ろすと、「他に知られたくないゆえに、手荒な事をしてすまなかった。

まさか、こんな形で会える日がくるとは。」東宮様が、耳元で小声でそう囁く。

「私も、驚きました。」

瀬奈はやっとの思いでそう返事した。心臓に悪い、この人。


「すまぬ。まだ混乱している。

君はここに来ない方が良いと思っていた。でも一目見たら、もう手放すことなんて考えられない。

だが、僕は翻弄される身の上。そんなくらしがいつまでも続くとも思えない。きっと君を幸せに出来ないだろう、それでも・・いいのか?」

苦悩のあとが、ありありと。疲れのにじむ目がそれを示していた。


「飼い主様。先のことは、誰にもわかりません。わかることはただ・・何より今お会い出来ること叶って、私は、幸せでございます。ずっとお会いしたかった。

それに・・そこまで悩んで頂いて、身に余る光栄です。」

それは本当に本心からわき起こった言葉。心から訴える。瀬奈の体は、喜びに打ち震えていた。


「それに、

こたびのことは、何の思し召しか存じませんが、私はここであなた様といられる幸せを与えられて。たとえ限られた時間であっても、あなた様といられることは、我が身の喜び。難しく考えること無いですよ。」瀬奈がまたそういうと、

そこでやっと、

東宮は破顔して瀬奈の手を取り、「にしても、遠路はるばるようこそ。」「そのお言葉を賜るのは、2度目ですね。」瀬奈の胸の鼓動が高鳴る。

「ああ、あの時は、驚いたな。」そんな言葉に、

「やっぱり、夢じゃなかったんですね。」「あれが、夢であるものか・・。」

二人は、秘密を共有している心安さに、顔を見合わせた。


「不思議だ。あんなに思い悩んでいたのに、

君の顔を見ただけで、私の心の闇は、すべてどこかへ飛んで行った。

もしや君は、妖術でも使うのか?君のことはもう自分の体の一部のように感じる。何故なんだ?」

そんな言葉に、目がテン。瀬奈は胸がぐっと詰まり、ごほごほと咳き込んだ。(なんなの、この飼い主様って・・?)


「もう。妖術なんて使えませんよ。もう、私のことなんだと思ってるんですか?」プンと怒って横を向いた顔に、

「君はなんて、可愛い・・。」ぽつっと東宮様の呟きが、漏れた。えええっーーー!


そして抱き締められて。お互いの心臓の音が、煩いくらい高鳴った。


「あ・・悲しいことを伝えなければいけない。クロ・・みぃやが・・。」「え?」「ゆくえ知れずなのだよ。」雷に撃たれたということまでは融は、口にできなかった。


「だから・・あのあと、帰ってこなかったのですね。」瀬奈がぽつりと。


そして二人は・・黙ってしまった。

クロ・・みぃや・・心の中で、同じ猫のことを思って、悲しみの時が経つ。



「そうだな。まだまだ話したいことは数あれど・・」「え?」「それはまた、あとでよいか?」東宮様が、何かを感じて、言いにくそうに横を向いた。

「といいますと?」瀬奈が不思議そうに聞くと、

「まずは、床に入ろう。それから、私の名は融という。これからは飼い主様と呼ばないで、名で呼ぶように。」東宮は、几帳ごしに外の様子をチラッと見て、そう言うなり、瀬奈の十二単を乱暴に解いた。自身も束帯を緩める。



「よいか?君のこの体を、今夜掻き抱いても・・。」

あの飼い主様が、瀬奈に向かってそんなセリフを吐く時が来るとは!瀬奈は、信じられない思いに、恥ずかしさで、真っ赤になった。あの時、みぃやを撫ぜていた指で、今宵私の体を・・解いて開かせて・・その先は?


そして、そのまま敷布に引っ張り込むと、東宮様は手枕を差し出してくれた。

顔がすぐ隣に。チカチカする。


「もっと近う・・おいで。」

引き寄せられ、瀬奈の体は、居たたまれ無さにガタガタ震え出した。恥ずかしさのあまり逃げ出したい気持ち。

でも、ダメ!いけないわと、瀬奈は、はっと我に返った。

口酸っぱく言われてきた自分の使命を思い出して、自分を奮い立たせた。


「はい。閨のことは乳母から聞いて、一通りのことは、仕込まれてきました。

私のお役目は、東宮様の御子を産み参らすこと。

この体、どうぞ東宮様の、お好きにして下さいませ。」

胸に手を置き、そう言えと言われた口上を述べたが、しかしそんなセリフに融はつまらなそうな表情を浮かべた。


「お役目・・なんて気持ちじゃ嫌だ。

君も、他の女と同じで、僕を誑しこんで、家の繁栄の為にしてやったりって、裏で舌を出すのか。」なんだか突っかかる言い方。


「はぁ?何ワケワカンナイこと、言ってんですか!」

・・私は、ずっとあの日のあなた様の笛の音が耳を離れないし、夢にあなた様が毎日勝手に現れるし、他の男の文もらったら罪悪感でいっぱいになって、気持悪くって吐きそうで、あげくカンチガイ女って、詰られて。責任取ってよー。誰にも言えないし、こんなこと。いつもいつもみぃやだけが、話相手だったの。ああ、みぃやー!

そりゃ、お家だって繁栄すれば父は喜ぶし、姉だって兄だって妹だって、みんな喜べば私も嬉しいし、考えないことはないけど。でも、飼い主様に会いたかったの!

なのに、なによ、その言い方って。

東宮様のバカ!罪つくり!にぶちん!鈍感!

思いつくままの、悪口をぶつけていた。あの、東宮様に・・。わぁ。私って、何やってンのかしら・・後悔したが、もう遅い。


「え?」


融の驚きの目に。次に、しっ・・声が大きい。そう言って、融はひとさし指を口の周りに、立てた。


仕方なく融の耳元に縋り、小声で、瀬奈は、恨み事を述べた。

「だって・・そのうち、みぃやの首輪じゃなくて、

改まった求婚の文でも下さるかと思って、

ずっとずっとずっとずっと・・お待ち申しあげていたのに。」そうだった。私はずっと待っていたんだ。口に出して、自分の気持ちがやっと分かった。



「そうか・・

すまなかった。身分ゆえに、自分の好きに振舞うことは罪と教えられ、

呪縛にがんじがらめになって、動けなかった。

そんな風に思われているなどと、露ほども考えてなかった。」

虚空を見遣る、寂しそうな融の目に、胸がきゅんと締め付けられ、あああああ・・もう、このお方は。ほんと、わかってない。

でも、大好き。何、この気持ち?



「あの・・でも融様。ごめんなさい。先ほどは、言い過ぎました。

詰る権利なんて私には無いのに。

あの時は、ただあなた様が誰だか知らなくて・・」無礼をしてしました・・と続く言葉だったが、


「あの日の君は、まるで昇り来る朝日だった。

僕の世界に色をくれた。本当は別の人と、幸せになってほしかったのに・・僕の許に呼び寄せることになってしまって、ごめん。」


「東宮様!それは違う。

私は、あなたがいいんです。貴方しか嫌。」また始まった堂々巡りをぶった切った。はっと見る融。


「僕だって・・君がいい。

では、いいかな・・。君の仕込まれたという手練手管を、伝授してもらおうか。」


そう来たか!

「意地悪っ!もう、融様って、信じられない。」



「ちょっとからかいすぎたか?そういう所が、可愛い。

もうよい。

では。瀬奈、今から、はじめよう。」そう言って、融は、

あの日のような晴れやかな笑顔を見せて、

瀬奈の唇へと、近付いてきた融の唇が、ゆっくり重ねられた。

甘いついばみが繰り返される。

そして、次にまさぐる指先に、瀬奈は知らず体のどこがか疼くのを感じた。


長い夜は、まだまだ始まったばかりだった。





15.



「明日、入学式だよね。いよいよ大学も始まるね。」何気なく融が、瀬奈へ、ぽつっと言った。

思いもかけず楽しかった春休みが、終わりを迎えようとしていた。


「じいさんのリハビリも順調だし、僕のバイトもお役御免かなぁ。」


「じゃあもう、ここには来ないの?」瀬奈が問いかけた。何だか少し残念そうな響きを感じるのは、僕のうぬぼれかな?なんて、融は思いつつ。でもみぃやの遊び場所の心配かもな、なんて思い返したり。

「まあ、時々は来るけどね。

だけど、後を継ぐ気はないし。ただ、家には戻ろうかなって思ってる。じいさんの介助の手もいるし。」

いつものヘルパーさんは通ってくれるが、じいさんが普通に歩けるようになるまで

しばらくの間、家の人の介助の手も必要だと言われていた。


「そうだなぁ。じいさんももう年だし。」


そして、みぃや、お前も来るか?なんて、融は猫に声を掛けていた。みぃやは、嬉しそうに、にゃーんと鳴いた。




鬱陶しくて出た実家だけど、ばあさんが突然亡くなりじいさんが一人。

自分の就職もほぼ決まったし、卒業単位もあとゼミの卒論のみ。悩んでいたが、神社を掃き清めているうちに、心境の変化がかなりあって、

あと1年をじいさん孝行で過ごしてもいいかなという気になっていた。


それに、父と母のことをもうちょっと聞いておきたかった。

今じいさんに聞いておかないと、知らないことだらけで、後悔しそうな気がしたから。



そして瀬奈とのことも・・。

つかず離れつ。みぃやを介したことにより何とか繋がったふわふわした関係も、居心地はよかったが、春休みが終わり切れてしまいそうな不安があった。

なので、融は思い切って口にした。


「ねぇ、瀬奈。僕はある日突然君と縁が切れるのは嫌だ。だから、お願いだから、僕とちゃんとつきあってほしい。」交際を申し込んだ。


「それは、あの・・無理。」瀬奈が顔を赤らめて答える。「どうして?」「このままじゃ、だめ?」「このままって?」「ねこをシェアしている。にゃんこシェア友達。」



「でもさ。もしも・・もしもみぃやがいなくなったら、

僕たちの関係はどうなるの?」融は真剣に尋ねたが、「かつてのにゃんこシェア友達と呼ばれます。」そんな答えに、・・もう、ふざけないでよ、瀬奈。脱力した。


そのあたりは頑なで、瀬奈は、yesの返事をくれなかった。

「無理って、何でさ?原因は何?」少し苛立って融は聞く。「だって、大学で勉強するためってまわりを説き伏せてここ来たのに。

学校が始まる前に、そんなことって、無いし。想定外。考えられないの。だから・・。」


「そんなの。ここで出会ってしまったんだから・・。早いも遅いもないよ。

そんな理由じゃ、到底僕は、納得できない。

ねぇ。お願い。こんな気持ちは初めてなんだ。」融は掻き口説いたが、


「だって、融さんほどになれば、

わざわざ私なんかじゃなくても、いいでしょ・・。」

そう、このビジュアル。自分に対するこなれた振る舞い。瀬奈はずっと蟠っていた。

「本当は恋人が、大学とかいろんな場所にいるんじゃないんですか?」

実のところ最初会ったときから、融の一直線に踏み込んでくる気持ちが信じられなくて、

この疑いが消せなかった。



「違う。いないよ。僕は、君じゃなきゃ嫌なんだ。」こんな気持ちは、初めてなんだよ。最初見たときから・・。もう、なんで分かってくれないんだと、言い続けたが、

頑なな瀬奈を溶かすことは出来なかった。糠に釘。

融は、言葉がすり抜けていく、虚無感に襲われていた。


「それに・・怖い。」そこで、ぽろっと瀬奈の本音が零れおちた。 「え?」



「帰れなくなっちゃうから・・。」「どこに?」

そう聞かれて、瀬奈は複雑な顔をした。「元の場所。引き返せなくなって悲しみたくないの。」


「私が連れてきた、みいみたいに、自由を手に入れたとたんに飛びだして、

飼い主のことも忘れてどっかに行っちゃって、

今頃、お腹すいてるんじゃないかしら。行き倒れてないかしら。

自分がそうなってしまいそうで、怖い。」


「でも、みいだって、どっかでちゃんと生きてるよ。大丈夫だよ。

みぃやだって、元の飼い主からはぐれちゃったみたいだけど、ここでこうやって元気にしてるだろ?深く考えることなんて、無いよ。

ねぇ、瀬奈。引き返すことって、そんなに大事かな?

頼むから僕と一緒に来てほしいんだけど。僕はもう引き返せないんだよ。だから・・。」そんな真摯な眼差しで見つめるが、瀬奈は首を振るばかりで。


いつになっても交わらない2本の平行線のようで。

「でもさ、ここで、その気のない君を無理やりさらってしまうことは出来ないし。

それは・・許されないことだろう。

僕は君のこの手を取って、一緒に歩いて行きたいんだ。僕を信じて・・ねぇ。」でも、また融の言葉はすり抜ける。



「ご、ごめんない。まだ・・。あなたのこと何も知らないし。私・・無理。」

瀬奈は、俯いた。クロが膝の上から、にゃーんと、そんな瀬奈の顔を見上げた。少しさびしそうに。


「じゃあ、知ってよ。もっともっと僕のこと。」少しむくれた様に融が言う。

「その理屈、よく、わかんないよ。

でも、君がその気になるまで・・待つよ。待つくらいは、許してくれるだろ?」


そういって融は、膝の上に飛び乗ってきたみぃやを、やさしく撫でた。みぃやは、瀬奈の代わりのつもりなのか、なぁーごと、返事のような声を出した。





16.



新入生歓迎会があり、瀬奈は、隣に座った可愛らしい女の子 長谷高子と言葉を交わしていた。

瀬奈が自分は一浪で、年が一つ上なのよと打ち上げると、

「やっぱり。何だかしっかりされていると思いました。

じゃあ、おねえさまとお呼びしてもいいですか?」と早速、懐かれた。


そして話しているうちに、

猫の話になって、私も猫飼ってますよ。アメリカンショートヘアーのみるきーです、と高子から写メを見せられて、

瀬奈も、神社で撮った、クロの写メを見せた。


「あれ?これ、小野さまですよね。お知り合いなのですか?もしや、お付き合いされてるとか?」


そこで目ざとく、その後ろに写りこんでいた宮司姿の融を見つけられて、そんなことを言われた。


「違う違う。たまたま、クロと出会ったのが、神社で・・それがご縁で知り合って。」慌てて否定。

雷の日にクロと出会ったいきさつやなんだかんだを喋る羽目になった。こっちに来てすぐに逃亡したみいという猫のことなども。

それで、融さんとは、にゃんこシェア友達なのよ、といったら、「なんですか、ソレ。おかしい」と、高子はくすくす笑った。


「でも、高子こそ、小野さんのこと、よく知ってるんじゃなの?

こんな片隅の写真だけで、わかるなんて。」気づいてそう指摘すると、


高子は戸惑ったようにはにかんで、

「あ・・だって有名ですよ。和邇神社の宮司さまは地元の名士だし、そのお孫さんといえば小さいころから有名で。この大学に通ってて、今、4年生であることも、近所の人は誰だって知ってることですよ。」地元、舐めんなと言われているようである。


「そうなんだ。」「ええ、

おじい様、昔は市議会議員などもやられてて、大きいお家ですよ。」


そんなことを話している間にも、

先輩や、先生、いろんな人が高子に目を止めて、

「あれ。長谷家のお嬢様。ここ、入学されたの?」「まあ、おじいさまは、御壮健であられるかしら?」「今年は、五節舞の舞姫、やらないのか?」などと、次々に話しかけられていた。


うーん、この高子も、かなりの名家のお嬢様みたい。



でも高子は、他の人へと如才なく返事を返しながらも、

器用に瀬奈との話も忘れず続けて、

「そうなんですか。でも、小野さまが猫好きというのは、初耳でした。

あの、差支えなかったら、今度神社で小野さまにお会いする時は、私のみるきーも紹介して頂けませんか?きっと仲良くなれると思うので。

呼んで下されば、馳せ参じますから。」

かわいい、猫のような目で、お願いをされた。


そして、瀬奈が、こっちに引っ越してきてから、二人目となるメアド交換となった。




「今度、神社に行く日はいつですか?」


大学からの帰り、

そんな瀬奈からのメールを見つけ、融は心が高鳴った。

お互い大学が始まり忙しいのも手伝って、前に交際を申し込み断られた時から、会う機会無く過ぎていた。そんなときにあっちからのお誘いのメール。これを喜ばない訳はない。

早速返事を打つ。


「週末の土曜日、天気が良かったら、例大祭の準備に、倉庫を開けて、中のものを干さなきゃいけないんだ。だからその日行くよ。

朝の9時には行ってる。1時間もあれば、中にある物外に出して干せるから、そのあとは暇だよ。取り込む夕方までいなくちゃいけないし。」

そう返事した。

「お弁当作って行きますね。」そんな返事で、

週末にはまた会える。そう思うと、融は嬉しくて心が躍った。


実家に戻った融と、じいさんとの二人暮らしは、思ったほど角突き合わせることもなく、穏やかに過ぎてた。

昔は、ガンガンやりあったものだが、

もう今や家なんて、後を継ぐほどのものでもないわいと、迫力のないじいさんに拍子抜けもしつつ、ああじいさんも年食ったなと少し痛ましく思ったりもした。


父と母のことも聞き出したいと思うが、

なんだかんだ話の糸口のタイミングを逃して、先送りになっていた。

そういえば、あの箪笥の中から出て来た手紙のことも、気になるが聞きそびれたままだ。



そして、土曜日がやってきた。天気は快晴。


お社で、待ちかまえていた融だったが、

やってきた瀬奈は、その隣に、友達なのか?少し幼く見える女の子を伴っていた。


一人で来ると思っていた融は、少し、面喰らった。

「あれ?誰か一緒?」「あのね。同じクラスの子なの。猫好きで、盛り上がっちゃって・・。猫遊ばせたいって言われて、お社の杜がいいかなって。」

少し言い訳がましく、そう紹介された。


「はいっ。朝からお疲れ様。」瀬奈から渡された缶コーヒーを、「ありがとう。さすが、気が利く。」って、受け取りながらも、

融は、すこしガッカリした気持だった。

・・・せっかくまた瀬奈と過ごせると喜んだのに、他の女の子を連れてくるなんて。

結局、僕のことなんて、たいして思ってくれてないってことなのかな・・。



「小野さん、こんにちは。お会いするのは初めてですよね。光栄です。」

その女の子は、緊張の面持ちでそう挨拶した。


紹介された、その名には聞き覚えがあった。去年、融の神社の総本社での五節舞奉納の舞姫に選ばれて、踊っていた子だった。そこの祭りはいつも人気で、信心など無くても、みんな出かけていくという代物。

「ああ、そういえば、去年友達が、かわいい子がいるって騒いでたな。そうか、うちの大学に入学したの?教えたら、あいつら狂喜乱舞するよ。

で、今年も、踊るの?」融は、何気なく聞いた。


「いえ。遠くてなかなか練習にも行けないから、今年は、お断りしたんです。」

この質問は、新入生歓迎会のときから何度もされていて、

いちいち丁寧に答える高子も大変だなぁ・・なんて瀬奈は横で思っていた。

実際は、変なストーカーに付きまとわれて、親から禁止令を出されてしまったのと、裏でペロっと舌を出して打ち明けられていた。


「でも、小野さん、この和邇神社でも、例大祭に神楽舞を復活させる気はないんですか?」


「え?」意外なことを言われて、融は高子を見返した。「やってたこと、覚えてるの?」

「小さい頃、あれを見て、子供心に、自分も絶対やりたいって思ったんですよ。」

高子は、口を尖らせていた。

「なのに、自分が大きくなったら、無くなってるとか!」抗議の気持ちなのか、ぶんぶんと首を振る。


「昔は踊り手も多かったらしいけど、今は踊りを伝える人がいなくなっちゃって、

それでも地元の人の要請もあって、ほそぼそと続けてたけど、

確か、僕が中学生くらいの時に止めちゃったんだよな。」


「ひどいですよ。小さい頃からずっと憧れてたのに!

だからせめて、巫女のバイトだけでもしたいって思ってたのに、

中学の時は親に許してもらえなくて、高校になってやっと許可が出たら、

今度は、神社自体がお祭り行事とか取りやめで募集しなくなったなんて。

もう、ひどすぎですよ。」

悔しそうに、そんなことを口にした。


「神楽舞、復活するときは、絶対教えてくださいね。」高子が、やけに力を込めて言う。


「おばさんになってても、絶対踊ります。」そんな口ぶりに、融は、ちょっと吹き出した。


そんな時、高子が、はっとして、

「あ、ごめんなさい。おねえさま、こんな地元の人にしかわからない話してて・・。」

気付いて謝った。でも謝られてなんだか却って、疎外感を感じてしまった。

あなたは、違うと言われているようで・・。





17.



そんな時、

カリカリと音がして、高子が持ってきたキャリーケースの中の猫ちゃんが騒ぎ出した。

そうだ。ごめんね、みるきー!


高子は、慌ててキャリーケースを開けて、自分ちの猫を披露した。


「前に、おねえさまの猫の話を聞いて、

私のみるきーも、一緒に遊んでほしいなって思って・・。ほら、おいで!」中に向って呼びかける。


みるきーは、アメリカンショートヘアーの血統書付き。ふさふさと良い毛並みだけど、ちょっとおでぶ。振り返ると、頬の肉が盛り上がり、

首輪が首に埋まっているようなところが、なんとも愛くるしい。



「運動不足みたいだから、広い所で走らせたらって思ったんだけど・・。」

高子がそう言って抱き上げ、地面にとんとおいたが、


「にゃ!」と一声言って、高子の後ろにささっと隠れた。「あれ、あれ。恥ずかしがりなのね。」

瀬奈が、手を出したが、すすすすっと引っ込む。

うー、触りたかったのに、瀬奈はちょっと残念そう。



「そういえば、みぃや、来ないね?」融が周りを見回すと、「あ、クロならあそこにいるわよ。」

瀬奈が指さした先、木の陰から、じっと見ている二つの目。


「ほら、みぃや、おいで。」融が呼ぶと、黒い塊がダダっとやってきて、安心しきったように、うるにゃん。その手に収まる。


「みぃや、かわいいな。」すりすりと体をこすりつけ、にゃにゃにゃとお話をするようなしぐさ。

そんな様子に、

「小野さんが、猫好きだなんて、ちっとも知りませんでした。」と、高子が言った。



「いや、猫好きというより、みぃや・・この猫だけどさ。このみぃやが、僕のこと好きみたいで、みぃやに、選ばれたっつーか。たびたび纏わりつかれて。最近は、僕の実家まで知ったみたいで、来るんだよ。ごはん食べて、時々泊っていくし。」


「え?そうだったの?最近クロ、ぷいっていなくなるから、心配してたの。

そっか・・クロ、融さん家、行ってんだ。」ちょっと意外そうに、瀬奈。


「ねぇ、せめて呼び名だけでも統一しない?他の人には、話通じないし・・。」

融が瀬奈に笑い掛ける。そんな親密さ全開の言い合いに、


「なんだか、二人の子どもみたいですね。」

高子は、笑いながら、そんな茶々を入れる。言われて一瞬で瀬奈は、真っ赤になった。


「そうだよ。みぃやのために、一緒に暮らそうよ、瀬奈。」そこに重ねて融は悪乗りしてそんなこと言いだす。


「やだ。ふざけんのやめてください。高子が本気にしちゃうでしょ!」

瀬奈のバッサリの拒否にあい、融はなんだか少し傷ついて、


「あーあ、そうですか。わかりましたよ。おかあさんは、冷たいな。

みぃや、慰めてよ、僕を。」そう言って融は、また手の中にいる猫を撫でる。



高子は、そんな2人の仲の良さに、ちょっと戸惑いを見せながらも、含み笑って、

「なんだか、小野さん、イメージと違う。それに、二人のその親しさは、絶対恋人のソレですよね。」


「違うの。ただのにゃんこシェア友達。」瀬奈が言ったと同時に、

「違うよ。ただのにゃんこシェア友達。」融も同じセリフを、悔し紛れに口にしていた。


「残念ながら・・この瀬奈姫は、僕をちっとも受け入れてくれないんだ。

みぃや姫に、慰められる毎日だよ。」

にゃうん。みぃやがかわいく鳴く。融は、抱きあげて、膝の上にのせて、遊んでいる。


「じゃあ、そのにゃんこシェアに、私も入れて頂けますか?」高子が何気なく言った言葉に、

瀬奈は一瞬心に水を浴びせかけられたような気になった。


でも、そんな戸惑いを気取らせないように・・「もちろんよ。でも、それにはクロが、いっぱい通わなくてはいけなくて、大変かも。まるで平安時代の通い婚みたいね。」


融は、そんな瀬奈を一瞬見遣ったが、何も言わずに下を向き、ただみぃやを撫で続けていた。


今日は他に訪れる人影もなく和邇神社の境内は、高い木々の隙間から時々チラチラとのぞくお日さまに照らされて、

穏やかで、静かな時が流れていた。



しかし、しばらくのち、そうされるのにも飽きたのか、みぃやは、融の手を振り払い、

高子の後に隠れたみるきーに、ちょっかいをかけに行った。

あそぼーよと言ってるようにも見える。

でも、ぷいっと軽くあしらわれて、ふーん。別にいいもんとでも言うように、

その辺りに何か見つけた虫でもいたのか、追いかけて、弾いたりしだした。


「ああ、みぃや行っちゃった。」融が、残念そうにそう言って瀬奈を見ると、

何だか瀬奈は、その時雑木林の向こうに気を取られていた。じっと見て。

そっちに融も目をやると、動く白い影が目に入った。



「あれ?今のも猫?」「うん。もしかして、いなくなった、みい?かな」

瀬奈は、立ち上がった。そして、横切ったというその白ネコの後を追いかけた。

「ちょっと見てくる。みいかもしれない。」


瀬奈は、慌てて石段をとんとんと降りて行った。



残された、融と高子、そしてみぃやとみるきー。

みぃやは、いつのまにかみるきーにアプローチ成功。

しっぽで遊びだし、見る見るうちに、じゃれあう仲になっていた。


いいな。動物は、素直でわだかまりもなくすぐ仲良くなって。融はそんなことをふと思ってしまった。

瀬奈とは、だいぶ仲良くなったけど、あと一歩というところで、コレだ。


高子とは、まん中にいた瀬奈がいなくなったので、ベンチの端と端に座り2人。なんか少し気まずい。



「あの・・神楽舞てさ。」融が何か話の継ぎ穂をと、声を掛けた。さっき話の続きだ。

「え?」と高子が嬉しそうに、すこしにじり寄る。


「よかったよね。僕も子供のころ見るの好きだった。」「お祭り、楽しかったですもんね。」「夜店もでてたね。」「くじひくのが楽しくて。でも当たるわけなかったんですね。今思えば。」思い出して、高子がふふふって笑う。

「お稚児さんとか、選ばれた?」「7歳の時かな、一度やりましたよ。」「僕は、5歳と10歳の時にやらされたけど。10歳の時は、結構大きい祭りで、網代車に乗って引きまわされて恥ずかしかったなぁ。友達にからかわれて。白塗りオバケってさ。

他にも、祭りのたびに笛だの踊りだの、いろんなことさせられてさ。サッカーの練習に行けずに、泣いてたよ。」


「サッカー、高校では夏に県大会の4強まで行かれましたよね。今は、もう続けてないんですか?」と高子の言葉。

ん?「そんなことまで、知ってるの?」融は、吃驚して尋ねた。そこまで知られているのは、ちょっと怖い気もして。


「そりゃ知ってますよ。知らなきゃ、この町じゃモグリですって。

小野さまと、ずっとお会いしたいと思ってたのです。」

そう言って、高子ははにかんだ。「願いが叶いました。やったー!」


みぃやとみるきーは、バタバタと目の前を二匹で走っていた。じゃれあって。


「あの・・小野さん。記念に、メアド交換してもらってもいいですか?」そう聞かれ、

融は少し困ったが、

連れてきた瀬奈の真意もイマイチよくわからなかったし、

他でもない瀬奈の友達だからここで急につれなくするのも拙いかと、OKしてしまった。


「わぁ。ありがとうございます!

そっだ。神楽舞復活の時は、ぜひ1番に教えてくださいね!」スマホをかざしながら、念を押す。やっぱり、それ?なの。


「だって、小さい頃からの夢なんですよ。」「面白いね。ずっとそんな夢を忘れないって。」


「小野さんは、何かありました?」「え?」「小さいころからの夢って。」

そんな風に尋ねられる。うーーん、しばらく考えこむ。

何かあったかなぁ。ああ・・でもちょっと口に出せないな。自分の中だけで、苦笑いを浮かべた。



結局みいを、また見失って、瀬奈がとぼとぼベンチに戻ってくると、

そこでは、

クロとみるきーが、楽しげに駆け回り、すぐそばのベンチでは、融と高子が談笑していた。

何だか楽しそうに笑っていて、美男美女・・絵になる2人。別世界のようだった。

それを目の当たりにして、瀬奈は、

なんだか自分の入る余地なんか無いみたいと、声をかけようかどうしようか躊躇し、そこに立ち止まってしまった。


「あれ?瀬奈。みいは、結局いなかったの?」

ふと目を上げだ融は、そんな瀬奈の姿を見つけて、立ち上がって駆け寄ってきた。


「う・・うん。」ぎごちなく返した返事。


「どうかしたの?なんかまた落ち込んでる?大丈夫?」融は心配そうに尋ねる。「また・・そばまで寄ったけど、逃げられちゃった。」瀬奈としては、まさか、融が高子と仲良さそうで、ショックを受けましたとも言えず、みいの話にすり替えた。

「でも、元気だったんだろ?心配すること無いよ。」

融の手がすっと伸び、瀬奈は頭を優しく撫でられて、なんだか涙が出そうになった。



高子は、そんな2人を前に、さっさと帰りじたくを始めていた。何となく、用は済んだみたいな?

「じゃあ、私、帰りますね。家から連絡入って、午後から出掛ける用事忘れてたの。

お邪魔しちゃってごめんなさい。楽しかったです。おねえさま、じゃあまた大学で。」


「みるきー、帰ろ。」と嫌がるみるきーをキャリーケースに押し込んで、

「神楽舞のこと、お願いしまーす!」しつこくまた融にそう言うと、石段を下りて行った。


みぃやは、ちょっと寂しそうに、その姿を見送っていた。






18.


高子が姿を消すと、

融は、急にむっとした顔になり、瀬奈に詰め寄った。


「あのさぁ。なんで友達なんて連れてきたのさ?」

瀬奈は、その剣幕にたじたじとなり。「彼女が融さんにぜひ、みるきーを紹介したいって頼まれたの。」

融は、その言い草にも腹が立った。

何だよ。君のあのメールもそのせいか。喜んでいたのは僕だけだったんだ、という気持ちが、当たり所無く苛立ちに拍車をかける。


「君は、それで平気なの?」「だって私たち付き合ってるわけでもないし、

別に・・猫好きだから楽しいかなって。それに、高子ってかわいいよね。 融さんと二人でいる姿、お似合いだったよ。融さんだって、鼻の下のばしちゃってさ。会ったこと無いなんて信じられないほど盛り上がってたじゃないの。 なんだかんだ有名で、お互いよく知ってるんでしょ。話も合うし、いいじゃない。

私なんかじゃなしに、高子の方が、彼女にするにはいいと思う・・よ。」ああ、なんだか瀬奈も、心にもない方向に、暴走しだした。


「いいかげんにしろ!」

融は、力任せに、ベンチを叩いた。

ガーンとすごい音がして、みぃやが、びっくりして、飛び退いた。


「君の友達だと思うから、愛想よくしてただけだよ。

僕の気持は、前に言ったから、知ってるだろ?

なのに。

残酷だよ、瀬奈。自分がやってること、わかってる?」今までにない、荒々しい態度で詰め寄った。

瀬奈は身の危険すら感じて、逃げようと体を翻したが、それより融の手が、瀬奈の腕をがっちり掴んだのが先だった。


「ねぇ。もしかして、さっき君が機嫌悪かったのって、そのせい?

だとしたら、自分のやってること棚に上げて、変だと思わない?」

掴まれた手の強い力とは裏腹に、

急にそんなやさしく諭すような口調で、融は瀬奈の目を覗き込む。



「ごめんなさい。」瀬奈の、妙に素直な瞳がそこにあった。


何だかそれに安心して、融は、瀬奈を腕に抱え込んだ。

「僕は君がいい。君じゃなきゃ嫌だ。信じてよ、僕の言葉を。」

「うん。」瀬奈が、頷いた。「だから、付き合おう。」

そう言うなり融は、瀬奈の顔を自分の方に向かせた。

そして、少し強引に唇を重ねた。彼女は、もう抵抗しなかった。


甘い感覚が体中に広がる。抗いがたく二人はそのまま動けなかった。

瀬奈は、戸惑っていた。なんで?こんな・・やだ、怖い。自分が自分じゃない感覚があった。導かれて、どこかに連れて行かれるような。怖いけど胸が痛いほど苦しくて甘やかで。




そんな時、現実に引きもどされるように、冷たい水が落ちてくるのを感じた。みれば、木の間から見える空がいつのまにか暗くなっている。


え?雨? にわか雨か?突然の黒雲に気づくのが遅れた。


「あ!干してるもの入れなきゃ!」「ヤバイ!」二人は、はっとして大慌て。

社にとって返し、

とりあえず軒先から本殿に運び入れた。干していたのは例大祭に使う、のぼり、衣装。祝い膳や神器の数々。

みぃやもついてきて、そんな融と瀬奈の周りを、焦ってバタバタ走り回っていた。(猫の手も借りたい程だけど、やっぱり猫の手は役に立たないね。みぃや。)



「あーあ。また干しに来なきゃ。サイテーだ、この雨。」融は、本殿の中でボヤいた。

しかも雨は勢いを増し、外はザーザー降りへと。融は、雑巾を探しだして、お社の中で、少し飛沫のかかった膳や神器を拭いていた。

それにしても・・瀬奈とせっかくいい雰囲気になった時に降り出すとか。なんてタイミングが悪いんだよ。と思ったのもあった。


でも、サイテーだと言う言葉を耳にして、瀬奈は少し傷ついた。

なんだか自分とこうなったことがサイテーって言われているような気になって、

膳を拭くのを隣で手伝いながら、

「ごめんね。あんなメール送らなければ・・こんな。」

「それは関係ないよ。そういう意味じゃないって!」融は、またこじれ掛けてる瀬奈に気付き、

苦笑いをして、おいでよと、引きよせた。そしてそばにいるみぃやに、このお膳で爪研いだらダメだよと、真顔で注意しつつ、

「ところで。雨で、中断を余儀なくされましたこの試合、再開してもよろしいでしょうか?」

そんな戯言を言って、


本殿の中で、また唇を合した。

瀬奈は、さっき以上に、どきんと胸が鳴った。だって、そんな。本殿の中で二人っきり。(みぃやは、いるけど)罰あたりだし。

慌てて、体を押しのけて、離れようとしたが、


「おいでよ。怖がらないで。

これ以上、何もしないから。ただ君をそばに感じていたいんだ。みぃやのように、体を寄せてくれないか。」


そんな言葉に、瀬奈は戸惑いながら、ぎこちなく融の服をひっぱって、しずしずと体に触れ、

「だって・・後悔してるんじゃないの?融さん。

私なんて選んで。だって私のこと、まだ、何も知らないでしょ・・。」と言った。


もうっと呆れたような顔で、融は、また1つ1つこじれを解きほぐしにかかる。

「後悔って何のことだよ。してるわけないよ。

でも、知らないって言うなら、教えてよ。今・・言えば。何?」なんだか突っかかった言い方だ。

もっとやさしくしたいのに。融はそんな自分に少し腹が立って。さっきのだって、そう。本当はもっと優しくしたかったのに・・。

噛みつくようなファーストキッスって。


「私ね、家が壊れちゃったの。一家離散。家業が、倒産して、父親は自己破産して、母と弟はそれぞれ違う所にいて、バラバラ。

受験の時期で、合格したけど学費払えないって、結局その大学見送って就職したの。

でも何だか自分の気持ちがうまく折り合いつかなくて、伯母に相談したら、

少しなら助けてあげるからって言われて、まわりに無理言って再受験させてもらったの。

だから、大学に行ったなりの成果を出さなくちゃいけなくて。いい所就職して、お金貯めて、借金返して、またみんな呼び寄せて、また家族みんなで楽しく暮らせたらいいなって、

そんなこと思ってたのに・・。」


「それで、僕の返事を渋ってたの?」・・うん。と瀬奈は、小さく頷いた。

「それに・・誰かに縋りたくなる弱い自分も嫌だったの。だから・・そんなにやさしくしないで。私・・そんな融さんが思ってるような、いい子じゃないよ。

なんだか、そんなの買い被りだし、辛い。」


融は、そんな瀬奈をまた後からやさしく抱きしめた。


「そうか。でもそんなこと聞かされても、それがどうしたのって思うんだけど・・。

家族がいるんでしょ。今はダメでも、また一緒に暮らしたいなんて、そんな風に思えるから、本当の意味では、壊れてないんじゃないかな。君は素敵だよ。

・・そんなこと言うなら、僕の方が、母に捨てられ、父にも見捨てられ、

育ててくれた祖母も亡くなり、祖父と2人。壊れているのは、僕の方だ。」


瀬奈が吃驚して、融を見上げた。ちょっと困ったような目とぶつかる。でも、優しいまなざし。近づいて、二人は、また何度目かのキスをした。今度はお互いに慰め合うようなキス。

外の雨の音と、胸の鼓動が煩いくらいの音を立てている。

融は瀬奈を引き寄せて、そのままお社の真ん中に横になり、組み敷いてまた抱きあった。


「何を言ったら、君の気が治まるのかわからないよ。

僕を信じて。」そう言って、また唇を重ねる。

「そういう君が好きだよ。」「他でもない、君が。最初見たときから。変わらない。好きだ。ずっと。・・」


そんな呪文を唱え続ける。

恋は、まじないに似てるかも。大丈夫大丈夫と言ってるうちに、大丈夫になる。きっと。


雨の音はまだ続いていた。今年は、なんだか異常気象だ。雷と言い。

そういえば、みぃやは、どこに行ったのかな。

奥の方から物音が聞こえてきて、そっちにいるのか?


「ねぇ、融さん。

捨てられたなんていってたけど・・それって、本当?何か事情があったとかじゃないの?」


「ん・・詳しいことは、わからないんだ。

物心ついた頃にはいなくて・・じいさんとばあさんが、すごく気を使ってるのだけはわかって・・聞いてはいけないことなんだと子供心に思っていた。

でももうこの年だし、そのうち聞こうとは思ってるんだけど。」


「そう。」「うん。」「よかったらまた教えて。」「ああ。」


そのまま二人、社の広間に寝そべったままで、時間の感覚を無くしていた。悠久の時を漂っているようだ。風が吹いた。戸がパタンパタンと音を立てる。

こんな年は、夏の雨が少なく、日照りになると聞いた。


・・はらへどのおおかみたち もろもろのまがごとつみけがれをあらむをば はらえたまえきよめたまえともうすことを きこしめせと かしこみかしこみももうす・・


融は、無意識に口にしていた。どうか皆が何事もなく平穏無事に過ごせますようお聞き届けください。小さいころからの癖。


「何、それ?」瀬奈が不思議そうに聞いてきた。

「ああ。祝詞。小さいころに、覚えさせられてさ。」まさに、三つ子の魂、百だよね。融は、自嘲気味に呟く。


祝詞を子守唄のように聞いて育った。

何を言ってるか、分からなくても、もうずっと刻まれている。



そんな時、みぃやがトントンと、何かを蹴り飛ばして遊んでいるのに、気付いた。


「ん?」融は、起きあがり、そちらに手を伸ばした。拾い上げると、それは笛?

立派な龍笛だった。

「なんで、こんなものが?」「どこから出てきたんだ?」

みぃやに聞くが、にゃあと言うばかりで。

祝詞を唱えたから、賜ったのかなぁなんて思ったのは、長年の刷り込みの所為だろうか。


・・古そうだけど、すごく立派な横笛ね。瀬奈も体を起こし、興味津々に聞いてきた。


「あなた、吹けるの?」


その声に、融は何だか、はっとした。


「ああ、聞きたいか?」そう言うと、笛に口をつけた。



最初は低く、くぐもった音が・・そして次第に、神社の周りの木々にまで広がる荘厳な音が。昇って行く。遥か天まで。

横笛を吹くのは久しぶりだなと融は思った。中学生以来?

音域が広い。その音、一気に昇っていく龍を想起させるので、龍笛という名がある。


瀬奈は、息を止め、目を閉じた。胸に沁み渡り、目を閉じないと、涙が溢れそうだったから。何だろう。どうしてだろう。

そんな音に意識が・・次第に遠くなって、

部屋に白い靄が広がる。空気が薄い。


融も、自分が吹いているはずなのに、まるで吹いてるのは自分じゃないように次第に音が遠のいて、遥か彼方から聞こえてきて。


真っ白い世界の中で、体から抜け出した自分の魂が、

上の方から見下ろしている感覚。


ねぇ。あれは、私と融さん?ああ、僕と、瀬奈だ。





中編へつづく

===


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