第五話『起承転結の末』 邂逅
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第五話『起承転結の結の末』邂逅
視界が霧で俄かに覆われた時、ミナは待伏せに失敗したことを悟る。女ドルイドは天候を操る能力を持つ太古の『巫女』であるという話を聞いたことを思い出していた。
「まずいわ」
廃城塞の中も見通せなくなり、何かが動いている様子は見てとれるのだが、それが何かはわからない。
弓銃を背負い、ミナは狙撃地点から砦の門へと向かう途中で、廃城塞から何か大きな獣と、それに追従する小型の獣、そしてぎこちない動きだがその動きに追走する二人の武装兵の陰を捉えていた。
下っていく方向にはジャン一人がいる。伏兵・奇襲・強襲の失敗。そして、ジャンが蹂躙され『魔王』が逃げ去られる未来が想定される。
「急げ私!!」
全力の身体強化、そしてショートソードを抜いて城塞と街道の中間点、ジャンが到達しているであろう辺りに見当をつけ走り出す。
『大丈夫だ。あの男はかなり腕が立つ』
「そんなの……わかんないじゃない!!」
監視されているとは想定していた。しかしながら、砦から飛び出し逆襲することは想定していなかった。『魔王』がこちらを少数と看破したのであれば、一当たりして逃走するという手段も当然選択できた。
ジャンとジャンヌが砦の兵を蹴散らしたので、少々油断していた。むしろ、足を引っ張りかねない監視兵をジャン達に始末させ、その後に油断をついて突撃してきたというところだろう。
恐らく一分もあればジャンの元にたどり着けるだろう。しかし、一人であの巨大な魔物らしき存在とその従卒たちに立ち向かえるかと言えば不可能としかおもえない。
偶然出会った年若い男女の冒険者。前の戦場では最年少のミナを逃がす為に、同郷の大人たちは戦ってくれた。二人の冒険者に、それを為す者はミナしかいない。
「死なないでよ」
枝でパシッと顔面を弾かれながらもひるむことなく、全速力で斜面をかけ降るミナであった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「狼は大したことねぇ。けど……」
『木人は火に弱い』
「って、言ってもよぉ」
正面にフェンリル、左右に木人、背後には狼。ジャンはぐるりと囲まれていた。
GAW!!
日頃吠えない狼が、猟犬のように吠えているのは、毒でのたうち回りいまわの際の仲間に対する思いが零れたものか。あるいは、ジャンへの強い害意の表れか。
木人の刺突を躱しながら、背後から飛び掛かる狼の襲撃を躱す。
『稲妻』
PASHIINN
中空から小さな稲妻が走り、ジャンの足元を掠める。金属の防具がメインであれば、恐らく致死の危険すらあっただろう。雷に金物は禁忌である。
「天候を操るって、稲妻もありかよ」
魔力の余裕はまだある。が、倒しきれるとは思えない。背後の狼は毒を警戒してか容易に飛び掛かることはない。フェンリルと呼ばれる大狼も背後のドルイド……ドルイダスの呪術を妨げないように威嚇以外は行っていない。
主な攻撃は木人。その攻撃は緩慢だが、反撃の効果が無い。立ち木に剣で斬りかかるようなものだ。斧か槌、あるいは魔力を纏る武具でなければ、容易に斬り倒す事が出来ない。
「火だよ火」
『テル、火は無理』
「だよなぁ」
燃えるスライムなんて存在しない。脂でも事前に飲ませて、毒薬のように張り付けさせて、火種でもつければあるいはだが、今はその準備もない。
GONN!!
木人に石が叩きつけられ、地面へと倒れ込む。
「ジャン!!」
「馬鹿お前、逃げろ!!」
「い・や・だ!!」
ジャンヌが肩で息をしながら背後にいた。狼が飛び掛かるも、『羊飼いの斧』は伊達ではない。頭を叩き、胴を薙ぎ払い、致命傷にはかなり足らないが、襲うのを躊躇させるくらいにはダメージを与えている。
「何あのデカい狼」
「背中の女が魔王だ」
「女?」
白銀色の大狼の背中に、似た毛皮を纏う人影が張り付いている事に気が付く。
「なんで、苦戦してるの」
「その二人、木のゴーレムだ。斬り殺せねぇ」
「うへぇ」
たった二人と狼如きにジャンが苦戦するのはおかしいと思っていたジャンヌだが、斬れないのだから仕方がないと理解する。
「ジャンヌ、脂をかけて燃やすしかねぇ」
「ちょ、ちょっと待って」
そうして準備している間に狼の一頭にドスっと弓銃の矢が刺さる。
「ジャン!! ジャンヌ!!」
弓銃を背負い直し、剣を携えたミナが木人の背後にいた。
「これ、木のゴーレム。死なねぇ!!」
『精霊の護り』
ジャンヌの攻撃でダメージを受けていた狼が回復する。耐久力を底上げする魔術をドルイダスが唱えたのだろう。ジャンが思うに、先ほどの稲妻の魔術以外、攻撃が行われていないこと、木人や狼の護衛をそれなりに連れていることから、攻撃手段はさほどないと判断する。
ジャン側が三人、ドルイダスは木人二体と大狼、狼が残り三頭であり、木人さえ倒せばこちらが有利となるだろう。
ミナは懐から油球を取り出し、木人に接近し、槍をショートソードで往なすと近づいて油球を頭から掛けた。
「! なにこいつ……」
近寄ったミナの目には、その木の皮のような皮膚の上を百足やハサミムシのような生物が這いまわっている姿である。まるで、木の洞の中のような塩梅だ。
『小火球』
貫頭衣に十分油が回ったタイミングで、木人にミナが火をつける。
パッと離れる三人。木人は手足をめちゃくちゃに振り回しつつ、森の中へと走り出した。
「こっちも準備完了!!」
油ではなく『脂』しかなかったジャンヌは、『羊飼いの斧』にその脂を載せて、木人の貫頭衣に塗り付けるように振るった。べちゃべちゃと広がり、いい感じで貫頭衣は脂にまみれた。
『小火球』
先の木人のように炎が立ち上る。先ほどは気が付かなかったが、ボトボトと木人から蟲の類が落ちて逃げていく。
「げぇ」
ミナがそれを見て気分を悪くするが、ジャンヌは「ああ、素材がぁ」などと想いを巡らせている。薬の素材になる虫もいるからだ。
PHII!!
甲高い笛の音が鳴る。どうやら、ドルイダスが吹いたようだ。その音に大狼と狼が反応し、背後の街道に向け一目散に駈出していった。
「……逃げられちまった」
「戦力的には無理だったでしょ。けれど、相手の能力と戦力も把握できたし、討伐そのものの報酬は貰えないかもだけど、情報提供に対する対価は安くはないわ」
「そうそう。それに。ジャンはあの見習騎士から兜と手甲巻き上げたじゃない」
「剣は奪わなかったんだ。あれは、紋章入りだと後で奪われた家が買い取りに来るから、高く売れるんだよね」
ジャンは傭兵の経験が無いので、その辺りの知識に疎い。故に、今回はとりっぱぐれてしまったというわけだ。
「いいさ。あんな駈出し倒して金をせしめてもなぁ」
「お金に色はないんだから、いいじゃないもらえるだけもらっておけば。旅費の足しになるんだから」
「交渉するのも専門家に手助けしてもらう必要があるから、まあ、実際は貴族同士でないと簡単じゃないから。恨まれて後で殺されるよりはマシだったかもね」
「「……」」
名誉を傷つけられた貴族や騎士が復讐に来る可能性は当然ある。駈出しの二人は、そこまで思い至らなかったというわけだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
恐らく既に廃城塞には何も残っていないだろうと思われる。ミナを先頭にジャンヌとジャンが続く。
『主、魔力の気配無』
「ありがとなテル」
ペーテルの魔力を察知する能力は屋外限定である。砦の内部、特に地下には届くことはない。故に、完全に安心できるわけではないが、凡そ、想定通りであろう。
ドルイダスと護衛の使役獣、そしてその従者の弓兵、監視役の見習騎士とその従者が砦の戦力のすべてであったのだろう。
「何してたんだろな」
「さあね」
ジャンとジャンヌが言葉を交わす間に、ミナは既に砦の入口を確認している。特に罠などもなく、何やら潜んでいる風でもない。
「一応安全だと思うわ」
「了解」
周囲を確認しつつ、砦へと入る。
「何これ……」
そこには二本のリンゴの木であったろう黒焦げになった樹木が生えている。城砦内には、薪と非常食を兼ねた果樹が植えてあることが多い。中でも、林檎は比較的多い品種でもある。
「ドルイドが好む木でもあるわ」
「そうなのか」
「その通りね」
ミナの言葉にジャンとジャンヌが言葉を返す。リンゴは『再生』を意味する特別な木であるという。とはいえ、その黒焦げの木の根元には数えきれないほどの蟲の死骸と、小動物の死骸が散らばっている。
「ドルイドは、生贄を捧げて力を得るというのは、本当みたいね」
ミナはその黒焦げの木に近寄り、地面を観察している。黒焦げの木は幹が大きくえぐられており、何やら出てきたようにも見える。
「あの燃えた木人って、ここから出てきたんじゃねぇだろうな」
「出てきたんじゃない? 生贄捧げてさ」
「うげぇ」
生贄を捧げるという習慣は今では廃れているが、聖典の中にも我が子を捧げようとする話がある。神が代わりに山羊を与えてくれるのだが、試された親子はたまったもんじゃないと思わないでもない。
貝殻砦以外を一通り確認した三人だが、やはり、中に何か残されていないか確認する必要があると考える。
「狭いから、ジャンヌはここに残って周囲の警戒。危険があれば大声を出して教えて」
「わかったわ」
罠を確認するにはミナの方が腕が上だが、恐らく何もないだろうとジャンが前を受け持つ。狭い砦の中には生活の道具以外は何も残されていないようである。
「何かしら書類なんかあるかと思ってけど、流石に残してないか」
「必要なのか」
ドルイドを討ち漏らしたということで、依頼は失敗なのだが、一先ず街道の安全は確保されるので、完全な失敗とはならないようだ。
「何か証拠になるようなものがあれば、説明が楽って話」
「なら、この兜と籠手は使えないか?」
見習騎士を倒したときに手に入れた道具。確か、馬の馬具にも紋章が施されていたはずだ。ミナはそれを聞き「問題ないわ」と答える。名の知れた貴族の子弟がいたのであれば、十分証拠となる。
螺旋階段を戻り降り、一応、地下の倉庫らしき場所も確認することにする。この手の砦の場合、水場である井戸を掘り、と食糧庫を備えていることが少なくない。
『小火球』
ジャンは魔術を発動させ、先頭に立って階段を下っていく。そこには、多少の食品と、何やら檻のようなものが設置されている。
「地下牢……何かいるわね」
小火球を檻の中まで入れると、中には小柄な人間らしきものが蹲っている。
「さ、さいごに……エールが飲みたかった……」
「「……土夫……」」
歩く樽などと揶揄される種族で、優秀な戦士であり鍛冶師・山師がおおいとされる。鉱山のある山の周辺に集落を築いて棲んでいるはずであり、王国ではあまり見かけない。
「一先ず、檻から救出しましょう。私たちは王国の冒険者。この砦を占拠していたドルイドの討伐に来たの。ドルイドはもうここにはいないわ。救出するけど、抵抗しないでね」
「……助かる……」
器用に鍵をあけると、ジャンとミナは土夫を檻の外へと引きずり出した。
『主』
「そ、そうじゃ、中に大事な……」
土夫のいた場所には、白銀色に輝くスライムが飛び跳ねていた。
【了】
これにて『ビギニング』完結です。中編の連作という形で不定期に投稿していきたいと考えています。
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