第四話『起承転結の結』 会敵
評価及びブックマーク、ありがとうございます。
また、<いいね>での応援、励みになります。こちらもありがとうございます。
誤字報告、ありがとうございました。
第四話『起承転結の結』会敵
街道から見上げる丘の上。緩やかな斜面を登る林間の先に、半ば崩れたように見える円塔がそびえている。『貝殻砦』と呼ばれる防御施設兼見張塔。木立に紛れて見えにくいが、その塔の周囲を石壁がぐるりと取り巻いているはずだ。
「見つかってるかな」
「たぶん」
ちらりと視線を送った先、どうやら数人の兵を伴い一騎がこちらに向かってくる。さほど気にする様子を見せず、ジャンとジャンヌは街道を進んでいく。
『主』
「わかっている。知っていても知らんふりするのも作法だ」
『作法、わかった』
魔物の類は偽計を用いることはあまりない。死んだふりは弱者の作戦だ。
「ジャンヌ、あいつらビビらせてやれ」
「近づいてくれたらね」
背後には弓をつがえる長弓兵が二人が控える。騎乗の兵は騎士ではないが従騎士かあるいはその見習だろうか、俺達と同世代だろうか。その従卒として二人の長柄兵がいる。装備はスピアヘッドのついた新式のビル。どう見ても、連合王国の兵卒だ。
「貴様ら止まれ!! 何処から来て何処へと行く!!」
俺のグレイブを見咎め、警戒心が高まったようだ。
「これは騎士様、私は遊歴の薬師でございます。この者は荷担ぎの従者、トワレの街でこの先のデセレントで騒動があったと聞き、薬を売りに参るのでございます」
馬を左右に忙しなく動かしながら馬上からこちらを見定めようとする見習騎士。その主の様子をチラチラと伺いながら、穂先をジャンとジャンヌに向ける従卒。どうやら、見習騎士同様二人は若く、背後の弓兵はジャンの親よりは若いが三十手前の熟練兵と見て取れる。
「荷物を下ろし、中を改める。怪しいものがあれば、そっ首叩き落す」
目線で合図を送ると、一人の従卒が長柄を地面に置き、ジャンヌへと近寄って来る。タイミングを計りつつ、ジャンは背中の大荷物を重そうに地面へと降ろす。
『人魔一体』
全力で騎乗兵の横をすり抜け、背後の長弓兵へと走り寄る。
「なっ!」
見習騎士と従卒がジャンに視線を向けたその時
GODONN!!
頭の側面に握り拳大の石が叩きつけられ、昏倒した見習騎士が馬上から転げ落ちる。
「この野郎!!」
「野郎じゃないわよ!」
ジャンヌは素早く『羊飼いの斧』を構え、スピアヘッドを向けて来る従卒と対峙する。しかし、背後からの悲鳴を聞き、途端に悲壮な顔となる。頼りの主人も長弓兵もどうやら倒されたようだと感じたからだ。
事実、距離を詰められた長弓兵は、必殺の射撃を躱され、二の矢も継げずに長弓ごと切り伏せられた。素早く大量の矢を放つことには長けていても、魔力で身体強化した『スライムライダ―』を近距離で射貫くことはできなかったようだ。同じ魔力持ちの騎士であれば可能であったかもしれないが。
首の後ろに切っ先を叩き込み、二人の長弓兵に止めを刺すと、昏倒している見習騎士の首に刃を向けて従卒を脅す。
「おい、此奴の命助けたければ、黙ってその長柄を置いて去れ。こいつは連れて行って構わないが、馬は貰う。あと、此奴の兜と手甲もだ」
「……それ以外は奪わないか?」
「俺が使えないし、身代金替わりに馬と長柄、それと兜と手甲で十分だ。それに、その瘦せっぽちの甲冑じゃ俺は体が入らないしな」
幸い、頭の大きさは何とかなるだろうし、手甲も調整ができるだろう。だが、鎖帷子も部分板鎧も多分かなり小さい。
「そ、それなら……」
「おい」
「けど、若様が死ねば、俺達が生き残っても処刑されるぞ」
「そりゃ……そうだな」
どうやら従卒は若様の御守りも兼ねているようで、家臣の子弟なのかもしれない。貴族の下には貴族ではないが代々仕える士卒がいることくらいはジャンも知っている。
「俺達の目的は、あの砦にいる魔術師だ。だから、あんたらは見逃しても問題ない」
「そ、そうか。そりゃ助かる」
見習騎士の手甲と兜を脱がせると、両脇を抱えて二人は頭を下げながら街道を去っていく。
「これ、あの塔から見えてるんだろうなぁ」
「さあね。けど、追撃が来ないから見ていないのかもしれないわよ」
確かに。恐らく、あの見習騎士の独断で自分の従卒だけ連れて街道を行く旅人にちょっかいをかけていたのだろう。そのお目付け役がベテラン長弓兵であり、彼らは「魔王」の配下であったのだろう。装備が簡素であり、おそらく「湖西人」の兵士だろうとジャンは推測する。
湖西国は連合王国に服属した『大島』南西部の地方にあった先住民の国であり、百年戦争の前に支配下にはいったと聞く。鎖帷子を好まず、革鎧を身に着け、剽悍さでは類を見ないという。そもそも、長弓兵を重用し始めた理由は、敵対する湖西国や北王国の長弓兵に自身が苦戦したことが端緒であるとも言われるのだ。
「ドルイドに湖西人の長弓兵ね」
「ジャンヌ、お前馬に乗って後からゆっくりついてこい」
「……なんで?」
ジャンが上手く行かなかったとき、自分だけなら身体強化とスライムの能力で逃げおおせることができるだろうが、ジャンヌを連れてなら難しい。故に、離れた場所から馬に乗って周囲を警戒しておいてもらえる方が貝殻砦を襲撃しやすいのだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
街道からさほど入り込まない場所で、ジャンヌは馬の世話をしながら様子を伺う事にする。鞍は上等であるし、ちょっとした細工も珍しく感じるほど精緻なものである。先日の騎乗兵が乗っていた無骨な乗馬とはえらい違いだ。多分、名のある貴族の子弟であったのだろう。
貴族に限らず戦士と自らを頼むものは、自分の誇りと名誉を示すように煌びやかな装備を身に着ける。それは武具だけでなく、従者の意匠や馬具などにも及ぶ。先ほどの従卒は、装備こそビルに似た長柄であったが、意匠は貴族の従者らしい美しい色合いの上着を着ていた。
「ジャンもあんなの着たら、二段も三段も男が上がるだろうけどね」
地味でスタイルも良くないジャンヌにとっては、自分が着飾るよりも偉丈夫のジャンの身だしなみを整える方が余程楽しいのだ。地味な薬師の自分と偉丈夫となり若い冒険者の中ではかなり優秀なジャンがいつまでも一緒にいてくれるとは思えず、いつか年を取って再会した時に、有名になっているといいななどと考えるのである。
とはいえ、鍛冶屋の息子のジャンにセンスがあるはずもなく、武器の目利きこそできるもののジャンヌが放っておけば敗残兵もかくやというボロボロのスタイルも気にしないので、その分、ジャンヌが手間をかけるという事になる。
倒された長弓兵の身包みを剥ぎながら「これは仕立て直したらジャンによさそう」とか、「このマントの裏地は上等だから、ジャンのマントにしよう」
などと皮算用をしている。
長弓兵は爵位持ちではないものの、専業兵に近い身分をもつ『自由農民』という連合王国独自の身分らしい。長弓兵としての軍役を持つ代わりに、多少の特権を有するのだ。なので、日当も高いし装備も良い。
「ジャン、無茶しないでよね」
ペーテルがいれば死ぬことはないと思うのだが、心配なものは心配なのだ。ジャンヌは周囲を警戒しつつ、せっせと長弓兵の身包みを剥いでいくのである。
木立の間を進みながら、ジャンは下から城塞の様子を観察する。ペーテルの能力で足音は消しているものの、既に接近は知られているだろう。
「なんで……こんな時間に霧が立ち込めるんだよ……」
霧が立ち込めるのなら日の出の前後。今は昼近くになっているのだから極めて不自然だ。
「魔術か、加護か」
ドルイドは天候を操ると言われる。それに、この霧ではミナの弓銃による狙撃だって困難になるだろう。
「解ってるってこったな」
相手はこちらの手の内を理解している。そして、最低限の労力でその能力を封じてきている。先見の術か鷹の目の術か、ジャンの接近もどこからか監視されているのだろう。見習騎士を倒したことにも当然気が付いている。
「監視者を俺達をつかって遠ざけたのか」
『昏倒』
ジャンは急激な立ち眩みのような眩暈を感じる。このままでは倒れそうだと感じ、ペーテルの介助を依頼する。
「テル 頼まぁ」
『回復』
徐々に頭がスッキリし、手足に力が入るようになる。とはいえ、近くから聞こえた詠唱は、気のせいか。
「周りに人はいないよな」
『いない。けど、魔力が飛んできた』
「遠隔魔術か」
『風』の精霊魔術の応用で、詠唱を風に乗せて遠隔で発現させる技術がある。霧で方向感覚を失わせ、遠隔魔術で安全な距離から無力化し一方的に攻撃する。その昔、ドルイドに率いられた先住民の戦士団を、あの古帝国の軍団兵は大いに恐れたというが、こんなまねを集団でなされたなら、一方的な蹂躙しかない。
「けど、助かった」
『問題ない』
頭を振り、視界をはっきりとさせる。
ジャンは、木立に足をかけ、木々の間を飛ぶように移動する。何か地面に仕掛けがある可能性を踏まえた移動に切り替えた。
「みつけた。やっぱあったな」
霧を発生させて足元を見辛くすれば、罠にかかりやすくなる。簡単な括り罠から大規模な仕掛け罠迄、獣道らしき踏み跡のある場所にはしかけられている。ジャンヌを連れてこなくて幸いだ。
ジャンは、ペーテルの能力で足の裏で木々を掴まえるように歩くことができる。さすがに壁登りは無理だが、勢いを付ければ……5mくらいまでなら駆け上がれるかもしれない。壁や塀を足場に高いところに飛び上がるのも得意なのだ。
なので、見えない足元を気にするよりも見通しの利く木々の幹や大枝を足場に移動する方が良い。
『主』
向かう廃城塞の方向から何かが迫って来る気配がする。魔力持ちらしく、ペーテルの捜索に引っ掛かったようだ。
「なんだろうなテル」
『フェンリルとその配下の狼の群れ』
「フェンリルって何だよ」
ペーテルの伝えるイメージからするに、王国に棲まない太古の狼の種で、寒さに強くまた適応するために体格は大柄、毛皮の色も灰褐色ではなく銀灰色に近い明るい体毛を持つ『魔物』であるという。
その接近は足音と振動で伝わって来る。手近な枝に足を下ろし、その来る方向をじっと見つつ、グレイブを構える。
『来た』
「なんだありゃ」
白銀色の狼は、小型の馬ほどもある大きなものでその背中には、似た色の毛皮を持つ一回り小さな影が張り付いている。
その背後には数頭の狼が続き、その左右を、狼の毛皮を被った人らしきものが短槍を掲げて走っている。
「やべぇ」
『風の如く』
先ほどの眠気を誘う呪文と同じ声。それが、狼の背中から聞こえた。さらに加速する狼たちが、ジャンに向かって飛び掛かって来る。
ジャンは舌打ちすると飛び降りつつ、ペーテルに指示を出す。
「テル、アコの花の毒だ」
『了』
アコナの花の毒とは、狩人が大型獣を相手にする際に使う毒で、皮膚から入る事で心臓マヒを起こしたり、呼吸困難を起こす神経毒である。
ペーテルはグレイブを伝わり、その切っ先の部分に己が体に取り込んでいた『アコ毒』を塗り付ける。というよりも、自分の体の一部に毒を表出させて刃に張り付く。
「これでもくらえ!!」
頭上に飛び掛かる狼の鼻っ面にグレイブを叩きつける。
GANN!!
GANN!!
アコ毒を鼻を中心とする顔に擦り付けられた狼たちは、途端に苦しんで転げ回り始める。効果覿面。死に至るにはやや時間がかかるが、既に戦力とは言えない。
そこに、槍持が襲い掛かって来る。簡素な貫頭衣に荒縄の腰紐を結わいつけた装い。その肌は枯れ枝のようであり、動きもやや緩慢だ。
「うらぁ!!」
突き出される穂先を払いのけ、体が流れるところをJの字を描くように下から斬り上げる。
BASHI!!
グレイブから伝わる感触は、人間の体でもなく、鎖帷子を切裂くような感触でもない。しいて言えば、薪割りに失敗した刃で木を斬り損ねた感覚であるだろうか。
『主、それ、木人』
ペーテル曰く、ウッドゴーレムに似た魔法生物であるという。つまり、あの狼の背中の上に乗っている奴の使役物であるということだ。ジャンは、「これ、弓銃じゃ倒せねぇな」と一人で戦う決意をするのである。
あと一話、続きます。今週末までに投稿したいと思います!!
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります。