第一話『起承転結の起』 脱出
『【短編】スライムライダーな俺~いつか伝説の戦士になる所存』の二年後のお話です。一人前の冒険者となったジャンは、『天職』スライムライダーの加護を持つ戦士。薬師であるジャンヌととともに修行の旅を続けています。
善愚王『ジャン』がポワトゥの戦いに敗北。捕虜となったジャン王は身代金が支払われる迄、連合王国のリンデへと連れ去られた。
王国軍のふがいない結果に対し、両軍の支配下にあった傭兵団は王国の地を戦後荒しまわり好き勝手をするようになる。戦費調達のための重税、傭兵に町や村を荒らされ、農民は支配者である王家・領主ら貴族、その配下の騎士達を襲撃するようになる。
やがて大規模な反乱となった農民たちの蜂起は、王都周辺を中心に王国北部で発生した。
――― 旦那たちを殺せ
農民は指導者となるものを選び、貴族・騎士の城館を襲い破壊し、略奪を行う。領主を殺し、婦女子を凌辱し子供を串刺し焼いた。
王都は王太子ら王族を追い出し、自治状態となる。数百人の貴族とその一族が私刑により命を落とし、また、反乱に加わる騎士・傭兵らも増えたことから、その戦力は五千を数えるほどとなった。
王都の北にある『デセレント』の街。貴族・騎士の城館が襲われ、既に数人の死者が発生していた。
「逃げ損ねたな」
「仕方ないわ。それに、逃げるのも癪じゃない」
男の名はジャン。成人したてだが、既に一人前の冒険者と見做される星二となっている。『グレイブ』と呼ばれる曲剣に似た刃を持つ長柄を武器とする『戦士』を務める。背は並の成人男性より頭一つ高い偉丈夫。未だ、筋肉は十分とは言えないが、魔力を纏った身体強化で、重装騎士も両断するほどの膂力を持つ。
女の名はジャンヌ。駈出しの薬師であるが、乏しい魔力を生かした良いポーションを作る才がある。また、素材採取の為の野営や食料の調達、山歩きの術にも詳しい。羊飼いや猟師から学び、冒険者としての能力もある。また、『羊飼いの斧』と呼ばれる長柄を用いた杖術、スリングを用いた投射も見るべき能力がある。
二人は、ギルドの依頼としてとある貴族の子女を落ち延びさせるための護衛を受け『デセレント』へと足を運んだのだが、依頼人と会っている間に城館を囲まれ、逃げ出せない状態となっていた。
既に、使用人たちは逃げ出している。城館の周りは数十人の暴徒に囲まれており、街のあちこちで似たようなことが発生している。つまり、助けはこない。
館の主は戻っておらず、夫人と幼い姉弟の二人に、侍女が一人。男の護衛などはいない。夜の間はともかく、明るくなれば乗り込んでくるだろう。
「……主人は無事でしょうか……私たちは……」
「奥様。お気を確かに」
「そ、そうですわね……」
侍女に窘められ、黙り込む夫人。両手に子供を抱え、小さく震えている。子どもたちも母親の様子から不安げに顔を見合わせている。
「とうさま……」
「とうさまはぶじなのでしょうか?」
わかるわけがない……と言いたいところだが、ジャンは腰を落として姉と目を合わせながら黙って頷く。肯定ではないが、泣きわめかれてもこまる。
「先ずは、ここから無事に脱出しましょう。そして、おとうさまに会いに行くのよ」
「「あいたい……とうさまに……あいたい」」
嗚咽をし始める夫人。しかし、そんな感情に振り回されている暇はジャンとジャンにはない。
「どうする」
「馬車で門外に脱出するとしても、あれだけ囲まれていたら難しいわよね」
ジャンヌが馬車に親子と侍女を乗せ馭者をする。箱馬車ではなく荷馬車だが、なんとなかるだろう。乗り心地よりタフさ重視でいく。
既に侍女が身分を証明するものや貴金属類をまとめてあるので、城館に残していくものは大したものではない。恐らく、散々破壊された後に火でも着けるつもりだろう。表には松明を持ち、あるいは、武器になる農具を持った男たちが何やら喚きながら気勢を上げている。
『主、皆殺し?』
「いや、殺せば後から周りの奴らが集まって来る。正面の門が破壊されて入って来るタイミングで裏門から馬車で脱出。俺が露払いをする感じで逃げ出す事になるか」
『解った。裏門皆殺し』
間違いではない。裏にも少数が回り込んで固めているが、恐らくそいつらは傭兵か傭兵崩れであろう。表にいる賑やかしが暴れている間に、裏から逃れる貴族を捉えて財貨を奪い、あるいは凌辱する……そのつもりで裏門側に伏せているはずだ。
「食料もある程度持って行こう」
「もちろんよ。奥様、ここから馬車迄ご案内します。ジャン」
「ああ、裏門の状態を確認してくる。ちょろっと、数を減らしてくるわ」
ジャンは音もなく部屋を出ると、グレイブを小脇に館の通路を駆け抜けていった。
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小さな城館とはいえ、周囲はそれなりの高さの柵で覆われている。簡単によじ登れないように水路も巡らされている。サイロや倉庫もあり、あるいは鍛冶場なども備わっている城館である。
なので、正面から館は見えていても、中で人が動いている様子は簡単に見通す事は出来ない。
「俺達だけなら館の中で仕留められるかもしれねぇけどな」
脱穀棒や鎌を振り回す農民など、物の数ではない。百人、二百人いてもジャンを倒す事は恐らくできないだろう。だが、今回の依頼は討伐ではなく「領主夫人と子供の護衛・脱出」である。夫人の実家のあるとある街まで逃げることになる。
夫人は『トワレ』の街の商家の生まれではあるが、貴族の子女として育てられている。爵位こそないが街の有力貴族の娘なのだ。ジャン達はトワレの冒険者ギルドの依頼を受けたのだが、その依頼主は夫人の実家からである。
「依頼未達も困るが、自分が死ぬのはもっと困る」
『その通り』
身体強化をしたジャンは、裏門近くから壁と濠を飛び越え、音もなく着地する。並の身体強化では壁を飛び越えられたとしても濠迄飛び越えるほどはならない。『スライムライダ―』というジャンの持つ加護は、従魔であるスライムの『ペーテル』のサポートを受け、更に能力を増す事ができる故の芸当だ。
本来であれば、着地の衝撃で地面が爆ぜるほどなのだが、ペーテルの能力で足の裏にクッションをさせ、音もなく着地するに至る。
裏門正面には数人の完全武装の傭兵がいる。一人は弓兵、今一人は弓銃兵。長柄が四人に、指揮官らしき騎乗の兵士が一人いる。
「思ったよりすくねぇな」
厄介な弓と弓銃を始末するのが先か、指揮する騎乗の兵士を倒すのが先か悩むところだ。魔力持ちは恐らく騎乗兵だけだろう。細身の割に重装備なのは、ジャン同様、魔力による身体強化の効用を持つからだと推測する。
「先ずは騎乗か」
姿勢を低くし、背後を音もなく進んでいくジャン。装備は金具の音を嫌い鎖帷子や板金鎧を用いず、革に金属板を挟み込んだ『ブリガンダイン』を装備し、革の手甲を付けている。足回りは更に軽快に、脛当程度の軽装備だ。腰にはショートソードとダガー。そして、主武器のグレイブだが、ジャンの身長からすれば短めだろう。3m程のものが多いのだが、ジャンのそれは若干短い2m強の長さに詰めている。両手剣に近い使い方をしたいということもあるのだが、何より、これがその昔、倒した魔物から得たものであるということもある。要は拾い物なのだ。
あと10mというところまで音もなく近づいたじゃん。しかし、その存在に気が付いた者がいる。
「背後から敵襲!!」
内心、舌打ちしながらジャンは一瞬で騎乗兵の背後から斬撃を見舞う。が、不意打ちに失敗し、躱されてしまう。先ほどの声が、邪魔をしてくれたようだ。
「何者だ!!」
「囲め!!」
暗闇の中、長柄の四人が騎乗兵の周りに取って返そうとしているのだが、それは叶わない。
SHI!!
SHI!!
闇夜を矢羽根が切裂いていくが、ジャンの素早さに反応しきれていない。
「をおおぉぉ!!」
穂先は普通のショートスピアのようだが、穂先に|突端(Lugs)が付いている。刺突だけでなく引っ掛ける事も想定しているのかもしれない。が、それは目の前の兵士たちの腕では無理のようだ。
一人目は振り切ったグレイブに腰骨の上あたりから軽く両断された。上半身が勢いあまって飛んでいき、下半身はバタリと倒れた。
「ひぃぃ」
その横の兵士は、振り切ったジャンのグレイブが斜め上から振り下ろされ、受けた槍ごと斜めに肩から切り落とされ、蹴り飛ばされた。
「こ、この野郎!!」
「だ、だめだぁ!!」
逃げ出す貴族の子女を捕まえるだけの簡単な仕事だと考えていた下っ端傭兵は、目の前で同僚が一瞬で斬り倒されるのを見て戦意喪失どころか、槍を放って逃げ出した。
DOSHU !!
「げぇ」
背後から飛来した弓銃の矢が背中に命中。逃げだした兵士はそのまま地面に倒れ伏した。
「う、裏切るのかぁ!!」
弓銃兵に矢を放つ弓兵。だが、腕の差は明らかであった。
「逃げる傭兵を殺して何が悪いの?」
腰のショートソード……いや猟刀を引き抜き、駆け寄り一瞬で弓兵の首を刎ね飛ばす。
その展開の衝撃で動きの硬直した最後の槍兵をジャンはグレイブの石突で腹を打ち、体を折り曲げさせてから、負けじと首を斬り飛ばした。
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「俺の名前はジャン。あんたは?」
「……ミナ……弓銃兵よ」
声からすると女性のようだ。ゼノビア傭兵の弓銃手に女性とは珍しいとジャンは思った。
「で、あんたの目的は?」
「そこの男の生け捕りかな」
「了解。協力する」
ミナと名乗った弓銃兵は、恐らく魔力持ちの騎乗兵と直接やり合うほどの腕が無いと察したか、あるいは、ジャンを利用して捕虜にするほうが効果的だと判断したのだろう。生け捕りは殺すより難しい。まして、夜とはいえ馬で逃げるのは不可能ではない。今は、ジャンとミナを掻い潜らなければ逃げ出す事も出来ない。
「お、おい。こ、降伏する」
「は?」
戦意を喪失したのか、騎乗兵は腰の剣を地面に落とし両手を上げる。
「ほら、この通りだ」
「馬から降りろ。じゃねぇと……」
「撃ち殺すわ」
ジャンの意図を察してミナが言葉を繋げる。
「お、おう。下馬するから……撃つなよ……」
わざとらしいほどゆっくりと馬から降りる騎乗兵。そして、両手を上げたままゆっくりとこちらへと近づいてくる。しかし、降伏する気はなさそうだ。
『主』
「わかってる」
相手は身体強化からの急加速、地面の土を蹴り上げ礫のようにジャンにぶつけてくる。一瞬の不意打ちに、目を閉じ回避するジャン。
「テル」
体の表面に薄っすらと広がるキュア・スライムは、ジャンの皮膚感覚のように周囲の『魔力』の動きを伝えて来る。眼をつぶっていても魔力を持つ物の動きは、手に取るように感じる。
騎乗兵は手甲に仕込んでいた短剣『キドニーダガー』を握り、ジャンの鎧の隙間を狙い突き刺そうと突っ込んで来る。
「あっ!」
思わず漏れたミアの叫び声。しかし、こんな不意打ちは傭兵や冒険者崩れにとっては常套手段でるとジャンは理解している。
「人魔一体!!」
『防御』
スライムのから出される魔力の薄い壁。キドニーダガーの切っ先をジャンの手甲が弾いていく。
「げぇ」
すれ違いざま、グレイブを反転させ、石突で裏太腿を激しく打突する。騎士用の鎧は着座した状態で正面からの攻撃に対応するように作られている。とはいえ、腿の裏まで板金で覆われていない者も少なくない。チェインの隙間を石突の鋭い先が貫き、足に釘を突き立てられたかのような激痛に、騎乗兵は堪らず倒れ込む。
「があぁぁ……」
「それ」
倒れ込んだ男の膝を思い切り踏みつぶすジャン。嫌な音がして、騎乗兵の脚は明後日の方向に膝から折れ曲がった。
「殺さないでくれればいいって問題じゃないんだけど」
弓銃を背負い、ショートソードを構えたミアが背後に佇んでいた。
十八時と二十四時に各一話投稿します。四話完結を目指します!!
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