あるギルドメンバーの遺書〜妹〜
本作は、少し前に日間ランキング2位・月間9位をいただきました「あるギルドメンバーの遺書」という短編 https://ncode.syosetu.com/n4695hi/
と、その短編シリーズ https://ncode.syosetu.com/s9750g/
の続きになります。
単体でも楽しめるようになっている作品ですので、お気軽にお楽しみください。
私の兄貴の話をしよう。
・・・・
拝啓 大好きな兄貴の、ギルドの皆へ。
アンタらがこの手紙を読んでいるということは、まぁそろそろ終わりに向かう頃なんだろう。
終焉――私でも世界でもなくて、これを読んでるアンタらがね。
先に書いておくけど、これは別に遺書じゃない。私は自分で死を選び取るような馬鹿はしない。……別に兄貴を馬鹿だと言ってるわけじゃあないが、馬鹿な真似をしたのは確かだ。……これだけはあんたらとも意見は一致するだろう。ここだけは、ね。
そもそも自害なんて、本当なら絶対にあってはならないこと。
生きたくても生きられなかった奴らに対する冒涜だ。
そして遺された者は悲しむ。苦しむ。そういう理由がある。だから自害は禁忌とされている。
兄貴はそんなことも頭からすっぽ抜けてたみたいだが。遺された者の一人である私のこともうっかり忘れちまうくらいに、兄貴は絶望してたんだろうね。
そろそろ、これを書いてるやつが誰だか気になってきた頃だろ? 私はあいつの妹だ。エルザなら覚えているかな。といってもあまり接点はなかったけど、私はずっと覚えていた。
子供の頃のあんたは明るくて、私が一番憧れた人だったのに。こんな形で終わるなんて、残念だよエルザ。
まあとにかく、私はそんな兄貴の代わりとしてこの手紙を書いているってわけ。死んでもうどこにも行けなくなった兄貴の代わりにね。
そしてここでひとつ質問だ。これを読んでいるあんたに質問だ。
今、悲しいか?
苦しいか?
それとも怒りを感じた?
悔しいと思ったか? 少しは後悔の念にさいなまれたか?
たった一人の感情に生死を左右されて、振り回されて試されて、それでも自分の罪に向き合うことが出来たか?
数年間苦楽を共にしたギルドメンバーに……兄貴に手痛い仕打ちを受けて、少しでも反省してくれたか。
私が代わりに答えてやるよ。
正答は「しない」だろう。違う?違わないよね。だって私はよく知っている。加害者の厚顔無恥というものを。傷付けた側はその傷すらすぐに忘れるということを。世界が滅びかけた程度で反省するなら、最初から兄貴は自殺する必要もなかった。
兄貴が死を選んだ理由はあんたらに復讐するためで、そしてリナリーを護るためだ。リナリーが世界の救世主になれば、そう、少なくともあんたらは手出しができない。
そこまで兄貴が見越していたかは知らないが、少なくともそうなった。兄貴が死んでも、リナリーは傷付けられることはなかった。
随分回りくどいことをしたもんだけど、兄貴らしいと思うよ。目に入れたものはなんとしても守り抜く、それが兄貴だった。
だから私は、その遺志を継いでやろうと思ってる。
エルザ、あんたの日記は私が預かった。
ミーシャにオーディン、あんた達の映像記録を見たよ。どこまでも救えないやつらだね。
リナリーはもう一枚を読んで、結局最良を選んだ。どっかの脇役が余計なことして記憶を取り戻す旅に出ちまったみたいだが。そしてアルファルド以外の――残されたあいつらは反省なんてしなかった。
だから私は書き記すのさ。これがアンタたちに向ける最初で最後の言葉になる。
これを読んでいるのが善良なる一般市民のひとりであるならーー事実を伝えるのは本当に申し訳ないけれど、私はそれほどあんたらに思い入れがない。善良な一般市民である君は私のことなんて知らないし、私だって君を知らない。だけどまぁ、善良なんだから多少は大目に見てくれるだろ?
大丈夫、私は兄貴と違って絶望していない。
それに私の一族は代々魔力がとても少ない――兄貴以外はね。兄貴だけが特別だった。だからどっちみち世界を終わらせる魔術なんて作れはしないさ。まあそもそも、もう私に魔力はないんだけどね。
戦士のアルファルド、私は兄貴の遺書とあんたの雑な手記からあんたの気持ちを知った。兄貴が死んでから、あんたは一応反省はしていたみたいだったね。実際に会ったときも、泣かれたのを覚えているよ。
右腕は誰かに斬られたと聞いたが、自分でやったことを私がわからないとでも思ったか?
今更腕斬ったくらいで――と、まあ思わないでもないよ。いや、違うな。思ったよ。
戦士としてのあんたは死んだ。けれどあんたは生きてる。随分落ちぶれたけれど、呼吸ができる。歩ける。何かを考えることができる。もうどこにも行けはしないだろうけど、どこにも行かないという決断が出来る――兄貴はそれを奪われた。ちょっと腕痛かった程度で許せるもんかって思ったさ。
僧侶のミーシャ。読んでいるかなミーシャ? 綺麗な顔がなくなった今、中身が多少は詰まっているといいね。頭の話じゃない、心の話だよ。
映像見る限り頭もダメそうだったけど……まあ頭がダメなだけならさほど罪はないさ。心がダメならどうしようもない。あんたはもう復讐のことしか考えていない。
……結局あんたは変われなかった。残念だ。
勇者のオーディン。ミーシャにベタ惚れだったんだって? 女は顔で選ぶもんじゃないって教わらなかったのかな。
兄貴の言ってた通り、あんたはミーシャによくお似合いのようだった。ミーシャのご機嫌を取るためにいつでも必死、らしかったね。実際に見た時もそれがよくわかったよ。そんなあんたが足を失って廃人になったのは皮肉なもんだね。
でもね、今名前を挙げた奴らなんかどうだっていいのさ。アルファルドもミーシャもオーディンも、結局は器の小さいやつらだった。アルファルドはただの贖罪者気取りで、ミーシャは自分を棚に上げた傲慢、オーディンはいまやただの傀儡だ。
こんな手紙を書く理由になんかならないのさ。そもそもあんた達が全員、本当に反省と後悔をしているなら、この手紙は意味をなさないものになる。
エルザ。
そう、あんただよ。
魔導師エルザ。といってももう目は見えないようだし、誰かが朗読してるだろうから心して聞いてくれ。
エルザ、あんたはこの手紙を「聞いて」どんな顔をしている?
恐怖に怯えているだろうか。プライドを傷つけられた怒りに打ち震えているだろうか?
当ててやるよ。歓喜で笑っているのさ。
この世界で魔力があるのは今やあんた達四人だけだ。加えてエルザは一流の魔導師。
目は見えなくても、そこいらの魔導師なら軽く一捻りだろうねーーそれに気付いたあんたは暗い喜びに打ち震えたはずだ。自分を虐げた者達に復讐できると。
私がこれを書いているこの瞬間でさえ、エルザ、あんたは復讐の狼煙を上げようとしているだろう。
私がこれを書いているのは、四月の第二週。リナリーが兄貴のもう一枚の遺書を破って終焉魔術が一旦中止になった頃だ。
すべての人間に宿る魔力は、喪失魔術によってエルザ達四人を除いて消失した。終焉魔術は人の魔力を媒介に発動するから、兄貴はそれを失くすことで世界を救済させたんだな。――あんた達を除いて。
だがそれは逆に、あんたたち四人だけに「力」を与えることにもなってしまっていた。
エルザ。あんたは魔術の構築理論は高いレベルにあった。眼なんか見えなくたって、魔術で周囲を認識することも可能だっただろう。復讐は不可能ではなかったはずだ。
だけどあんたには、心を改めることも本当は不可能ではなかった。
つまりね。あんた達には選択肢が与えられたのさ。
ひとつは後悔と反省をし、心と行動を改めるか。
ひとつは逆恨みからまた誰かを傷付けるか。
その二つ。
あんた達がどちらを選んだかは知らない。それは私にとっても、誰にとっても重要なことじゃない――だが確かなことは、あんた達がこの手紙を開いていること。それだけだ。
この手紙があるのは私の家の私の部屋のデスクの奥。
つまり、私の家にあんた達が押しかけて来たってことにもなる。
私がこの手紙を書く少し前に――エルザ、あんたは深夜、ある魔導師に火を放った。それはあんたの視力を奪った魔導師だ。
焔は眠っている魔導師を包み込み、部屋ごと炭化するはずだった。
だが魔術は発動しなかった。出るはずの炎は出ることはなく、肩透かしの結果に終わった。
高名な魔導師であるアンタが魔術が使えなくなるなんて、プライドが傷付いたはずだ。そしてこの期に及んでアンタは、兄貴のせいだと思ったわけだね。
そしてエルザ、あんたは私のことを思い出した。思い出して、私なら何か知っているはずだ――とわざわざ家探しに出向いてくれた。人の目を搔い潜ってきたのは、さすがとしか言い様がないよ。
そして私の部屋でこの手紙を見つけた。そういう経緯のはず。
魔術が使えない秘密が書いていなくて落ち込んだ? 安心してくれ、それはちゃんと書いてあるから。
けどその前に、ひとつ話に付き合ってくれない?
なに、すぐ終わるから。
世界の人間は魔力を使えなくなった。けれどそれは、リナリーが遺書を破るまでの間だ。それまでの間なら、私でも魔術が使えた。
簡単な……ちょっとした空間魔術だよ。代わりに私は色々と失ったけれど、魔術の「先」を指定できる、そういった魔術だった。少しためらったけれど、それを使う意味はあると思ったよ。
兄貴は最後まで、アンタらの善性を信じていた……と思う。
だから私もあんたらに最後の賭けをする。
つまり、あんたらが善性に従ってくれるのか、それとも本能のままに逆恨みを晴らすのか、どちらかという賭けだ。簡単だよ。何もしなきゃいい。誰も傷付けなきゃいいだけなんだ。
結局、なんだかんだ言っても兄貴が慕った連中なんだ。きっと理想的なメンバーだったんだろうね。何かがかけ違ってこうなっただけで、本当はみんな悪い奴らなんかじゃないって、きっと兄貴もそう思ってただろう。
私もそう思いたいよ。あんたらの善性を信じたい。後悔――してくれていただろう。
兄貴は言っていた。「皆はまた違った道があると思う。後悔しろとはいわない、でもせめて反省はしてほしい」と。
その思いを叶えてやってほしい。あんたらは罪を犯した。けれどそれを償う機会もある。まだ今は、生きているんだから――
これは私の最初で最後の願いさ。願いを聞いてくれるとは思えないけど、あんたらにもそれぞれ大切な人がいるんだろうし、その人達の為にも聞き届けてほしい。
聞き届けてくれると思ってるよ。
あぁごめん、魔術が使えない秘密、だったね。
実は魔術は本当は発動していたのさ。ただその「先」が違っていただけで。
あんたらが誰かにした攻撃は、この手紙を読み終わった瞬間のあんたら自身にすべてが振りかかる。何もしていなきゃ何も起こらない。誰も傷付けていなきゃ傷付くこともない。
簡単な話さ――そうだろう?
ああ、あんたらを救う唯一の善性が、あんたら自身の手で消滅していないといいけれど。
お読みいただきありがとうございます。
面白かったと思っていただけたら、画面下部の☆☆☆☆☆を星で評価いただけると作者がとても喜びます。
あと、今後作品を作っていく上での大きなモチベーションにもなります!
また、ブクマしても良いぞ、という方がいらっしゃいましたら是非いただけると幸いです。
これからも作品づくり頑張ってまいります。
よろしくお願い致します。
※長編第一話を投稿しました。
主人公は妹です。
当初の予定に反し長くなってしまいましたが、もう少々、お付き合いのほど宜しくお願い致します。