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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第9章 クリスマスプレゼントを君に
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9-7 お腹すいた!

 疲れ切った顔の先輩が和室に戻って来たのは、すっかり日が暮れてからだった。


「参ったよ。あんな人数を取り調べたのは初めてだ」


 和室に入ってくるなりそう言うと、先輩は膝から崩れ落ちるように倒れ、畳の上へうつ伏せになった。


 そのままピクリともしなくなるので大丈夫なのかと心配になる。

 恐る恐る近づいたら、弱々しい声で先輩がポツリと呟く。


「……お腹すいた」

「ああ、そうですね。僕もです」


 すぐに同意をしてみたが、先輩は起き上がりもせずに不機嫌そうな声を出す。


「すぐ出るつもりだったから、私はお昼を食べてないのだよ。まさかこんな時間まで居残りさせられるとは思ってなかったんだ」


 それは確かに予想外だったけど。

 お昼我慢するほど楽しみにしてたのか。


 なんか申し訳なくなってお茶でも淹れようかと思ったが、春日饅頭の件から何も買ってないのを改めて思い出す。


「……今、茶菓子切らしてるんですよね」


 もう年末なので、買い足しを控えていたのだ。

 その言葉で先輩はようやく顔だけ上げて僕を見る。


「あんまりだ。あいつらだってケーキ食べてたのに」

「えーと、今からどっか行きますか?」


 せっかくだから改めて誘ってみたけれど。

 先輩は、また畳に顔を付けて長いため息をついた。


「先に帰った絢香さんからさっき連絡が来た。行こうと思ってたお店はすごい行列だそうだ。他の目ぼしい店も全て満員で並んでるらしい」


「この際だし、もう並んでもいいんじゃないですか?」

「嫌だ、寒いのは苦手なんだ」


 きっぱり言い切ると、倒れた姿勢のまま動かなくなった。


「あの、先輩?」


 声をかけても何の反応もしてくれない。

 電池切れでもしたみたいだ。


 どうしたものかと考えるが、ちょっと何も思いつかない。

 絢香さんもいないのでは、ポケットのお菓子をたかることもできないしな。


 しかたないから黙っていたら、突然、先輩が動き出した。 


「お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた」


 うつ伏せの姿勢のまま手足をバタバタさせている。


「あの、先輩? その動きはスカートが捲れそうです。落ち着いてください」

「だってお腹すいてるんだよ! 他にどうしろって言うんだ!」


 倒れ伏したまま不満だけ訴えられても困るんだけどな。

 とりあえずお茶でも淹れようかと腰を上げかけたところで、先輩がまた僕を見た。


「ポチ、何か食べるものを持ってこい」

「そう言われても、こんな時間まで校内に残ってる人なんかほとんどいませんよ。生徒会室に何かなかったんですか?」


 あそこにだって来客用のお菓子とかあったはずだ。

 そう思って聞いて見たら、先輩がまた手足をバタバタさせる。


「いつの間にか執行部の奴らが全部食べてたんだ! ちくしょう、あいつら、覚えてろよ」


 ひとしきり呪詛の言葉を吐き終えると彼女はまた動かなくなってしまった。

 夏の終わりに見る、道端に転がってる死にかけのセミみたいだ。


 とりあえず先輩の側に行って、捲れかけてるスカートを直す。


 空腹のあまり先輩が壊れかけてる。

 早めにどうにかした方がよさそうだ。


 彼女の傍に腰を下ろして、どこかに食べ物がなかったか考えて見る。

 いっそ職員室に忍び込んで教師の机を漁ろうかと考えていたら、急に先輩が僕の腕を手に取った。


 何かと思ってされるままに見ていたら、彼女はそのままパクっと僕の腕に噛み付いた。


「……おいしいですか?」


 痛いのを我慢して聞いて見たら、彼女は悲しげな顔で首を横に振る。

 なのに噛み付いたまま離してくれない。


 まあ食い千切る気がないようだから、いいんだけどさ。

 こんなので空腹が満たされるわけもないし、どうしたものやら。


「購買んとこの自販機で何か買ってきましょうか?」


 とりあえず血糖値だけでも上がれば落ち着くだろうと思ったのだけど、先輩は噛み付いたまま上目遣いに僕を見て、


「ふりきれふぁっふぁ」


 とっくにチェック済みだったようだ。

 ……いまの言葉が『売り切れだった』ならだけど。


 しかし、ここでただ噛まれていてもな。

 僕だってお腹すいてるんだし。

 ワリとマジで痛いし。


 春日饅頭を食べ尽くしたのが悔やまれる。

 まあ、そこまで日持ちするものでも無いから——。


「あっ、そうだ。先輩、ちょっと離してください。いや、だから舐めないでって。食べる物ありました。いま取ってきますから」


 なんとか先輩を引き剥がして台所にある冷蔵庫へ向かう。


 大量に買った春日饅頭は、あとちょっとのところで冷蔵庫に入り切らなかったんだ。

 それで一個だけ冷凍室に入れた覚えがある。


 うっかり忘れてたけど、今はそんな自分を褒めたい気分だ。


 冷凍庫からカチカチに凍った饅頭を取り出し、電子レンジに放り込む。

 たぶん、まだ食べられるハズ。


 いちおうスマホで検索して消費期限を確認する。


 ……けっこうギリギリだな。

 いまが夏場だったら諦めてるところだ。


 シャツを捲って先輩に噛まれた所を確認したら、けっこう容赦なく噛みついてきてたらしい。

 クッキリとした歯形が付いていた。


 そりゃ痛かったわけだよ。

 平静を装うのに苦労したもんな。


 ——先輩の歯形ってこんななんだ。

 キレイな歯並びで、何となく感心してしまう。


 こんな事をされて、ちょっと嬉しい自分に呆れる。


 解凍では少し不安だったので、けっこう加熱してから取り出して和室に戻った。


 食べ物がある、と知っただけで先輩は少し落ち着きを取り戻したのか。

 いつものように座布団に正座して、静かに僕を待っていた。

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