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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第9章 クリスマスプレゼントを君に
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9-4 3つの穴

 先輩の隣を歩きながら、この件について少し考えてみる。


 別に頼まれたわけでもないし、先輩の無聊を慰めるために一緒に歩いてるだけなのだが、やっぱり早く終わらせたいからね。


「いまいち理解できてないんですが、そんなにプレゼントが盗まれてるんですか?」


 今日一日学校にいたけど、それっぽい物を持ち歩いてる生徒なんかいなかった。

 そういう旨を伝えたら、先輩もちょっと自分の記憶を辿ってから僕を見る。


「ほら、そこはプレゼントだろ? 渡す時にサプライズっぽくしたい人が多いんだ。表立って持ち歩いたりはしないが、けっこう多くの生徒がブレゼントを持ち込んでるはずだ」


 なるほど。

 さすがサプライズ好きの先輩だけあって、説得力ある意見だった。


 基本、みんなプレゼントは隠し持ってるわけか。


 ……あれ? 隠してるのに盗まれるの?


「わざわざロッカーに入れて鍵をかけておく人は少数だろう。ほとんどの人がバッグや制服のポケットに入れてる。狙い目と言えなくもないな」


 僕が疑問を口にする前に、先輩が説明を付け足してくれる。

 つまり隙があれば盗めるわけだな。


「先輩、盗難にあったのは《クリスマスプレゼント》だけなんですか?」


 いま気がついたが、僕はそういう基本的な事すら聞いてなかった。

 ちゃんと参加してないから情報が少ないんだよな。


「私が聞いているのはそうだな。全てプレゼントに用意したものばかりだ」


 先輩はごく普通な感じで言っているが、やっぱりおかしい気がする。


「それ、なんか変です。クリスマスのプレゼントですよ。たいがいは箱や袋に入れて、中身がわからないパッケージになってるのに、何でそればっか狙うんですか?」


 僕の質問を受けて、先輩は歩きながら腕の下で腕組みをする。


 ちなみに胸の下で腕組みするのは彼女のクセで、胸の重さを腕で支えられる《楽な姿勢》だったりする。


「ふむ。確かにそうだな。換金目的なら、もっとわかりやすい品物を狙うか」

「中身が目当ても考えにくいし、犯人の動機が想像しにくいです」


 学校の対応はいつもあんなだから、被害届けが出にくい品物を狙ったわけでもなさそうだ。

 一緒に考えながら歩いていたら、先輩が何か思いついた感じに僕の袖を引っ張る。


「なあポチ。犯人はプレゼントが欲しかったんじゃないか?」


 自信たっぷりの笑顔はかわいんだけど、さすがにそのアイデアは頷けない。

 

「いや待って下さい。一度もプレゼントを貰った事がないスラム街の子供じゃないんですから、他人のプレゼントに憧れたりはしないでしょ?」


 まあ中にはそういう人もいるんだろうけどさ。


 いや、しかし。

 先輩は膨れてしまったが、あんがいと間違ってはいないのかも。


「プレゼントの中身より、誰のプレゼントなのかが重要なのかも」


 考えをまとめるために言葉にしてみる。


「えーと、好きな女性がいて、その人が別の男性にプレゼントを贈ろうとしてたら、それが欲しいって思うかも」


 ……いや、思わないかな。

 僕ならそんなの欲しくない、ていうか見たくない。


 歩を緩めて考えていたら、先輩が僕の正面に回り込んで立ちはだかった。


「ポチ、その推理には3つの穴がある」


 僕の顔の前に指を3本立ててから、ふふんと笑う。


「君は人が良すぎるよ。《好きな女性の贈り物が欲しいから盗む》という行為は、かなり高度な精神作業だぞ。言うなれば他人のラブシーンを覗き見して、その相手が自分であったならと思うようなものだ」


 どや顔で先輩は言ってるけど、その例えで合っているのか?


 あと、AVとかエロゲーとかは、少なからずそういう構造になっているので、先輩が考えるほど高度な精神作業じゃない。

 ややこしくなるから黙ってるけど。


「どちらかといえば《好きな人の恋路を邪魔したくて盗んだ》の方がしっくりする。嫉妬による犯行の方が自然だ」

「まあ、そうですね。僕の考えは捻りすぎてました」


 彼女の言う通り、嫉妬や怨恨を動機にした方が分かりやすい。

 素直に認めると先輩は楽しそうに頷いて、立てていた指を一本減らして二本にした。

  

「君の考えだと複数のプレゼントが盗まれている事の説明が付きにくい。我が校の生徒は、本日一斉に衝動に駆られて、そんな犯行をしたとでも?」


 ——あ、そうだった。


 考えすぎてうっかり忘れかけてたけど、被害者多数なんだっけな。


「放課後の短い時間の中で、次々と盗難が発生したんだ。複数犯の可能性が高い。個人的な感情が動機とは思えない」

「確かにその通りです。たまたま同時発生だとしても、全員が同じ動機は不自然ですね」


 僕が頷くと、先輩はまた指を一本減らす。

 

「あともう一つ。君は《好きな女性の贈り物》と言ったが、大間違いだ」


 立てた人さし指をピッと僕の方へ突きつけ、決め台詞のように言う。


「プレゼントを盗まれた被害者は全員、男性だ」


 ……それ、そんな重要な情報なんですか?



          □



 和室の前まで戻って来たら、玄関の引き戸が半開きになっていた。


「なあ、ポチ」


 ごく普通の口調で僕を振り向く。


「どうやら私は鍵をかけ忘れた上に、玄関を開けっぱなしにしていたようだ」


 もちろん先輩は分かってて言ってる。

 僕らがいないわずかな時間に誰かがここに入ったのだ。


 それが誰なのかは考えるまでもない。

 ここの廊下は和室に用事がないとまず通らない場所なのだ。


 なんて事だ。

 僕らは本物の不審者とすれ違っていたのに気がつかずにいた。


 大失態だ。

 あそこで捕まえておれば、もう帰れてたかもしれないのに。


「まだ中にいると思うか?」

「戻ってくるのにちょっと時間かけましたし、とっくにいないと思います」

 

 まあ、そうだろうな、と先輩が呟く。


 三和土に脱いだ上履きはないが、万が一ということもある。


「僕が先に入ります。先輩は後から来てください」


 先輩の返事を待たず、上履きを脱いで中に入った。

 不審者がいるかもしれないと思うと緊張するが、まあそん時はそん時だ。


「どうした、ポチ。何かいたのか?」


 奥の部屋の入り口で立ち止まった僕の背中から肩に手をかけ、先輩が中を覗き込むような仕草をする。


「……えーと、やられました」


 置きっ放しにしていた僕のバッグを指差しながら振り返る。


 閉めていたはずのバッグの口が開いている。


「ポチ、確認しろ。何を盗られた?」


 少し固い声になった先輩が僕に命令する。


 言われるまでもなく、すぐにバッグの中身を確認した。

 案の定で無くなっているものがある。


 しまったなぁ。


 先輩の話を聞いた時にすぐ引き返すべきだった。

 どっかで他人事だと思ってしまってたな。


「おい、ポチ。なんだ、その顔は? 何か盗られたのか?」


 肩を落として座り込んだ僕を、心配そうな顔で覗き込んできた。


 ——ああ、先輩はかわいいなぁ。赤いリボンも似合ってるし。


 こんな時でも、そんな事ばかり頭に浮かぶ。

 心配させてしまっただけに正直に言うのが心苦しい。


「あのですね。プレゼント、盗られました。いつものお礼にと用意してたものなのですが、今日は渡せそうにありません」


 出会ってからずっと先輩からいろんな物を貰ってきたのに、ちょっとしたお返しすら出来ないなんて。

 さすがに情けなくて、自嘲の笑みが浮かんでくる。


 先輩は僕の目の前にしゃがんで少し微笑む。 

 

「そうか、すまんな。私なんかのために用意してくれてたのか」


 その後で、ポンと僕の頭に手を置いた。

 そのままワシワシと乱暴に頭を撫でる。


「ポチ、そんなに気落ちするな。犯人が見つかれば取り返せる」


 励ますように先輩は言うけれど、他人の手に渡ってしまった物を彼女に渡すのもちょっと嫌な気がする。


「こんな事態の中、不用意に君を連れ出した私にも責任がある」


 そう言って立ち上がると、座り込んだ僕の方へ手を伸ばした。


「いちど状況を整理しよう。私と一緒に生徒会室まで来い。何か進展があったかもしれんしな」

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