9-3 不審者がいっぱい
先輩が和室に戻って来たのは、けっこう経ってからだった。
「すまん。待たせたな」
ちょっと疲れた感じの声で言うと、まっすぐに僕のところへ歩いて来て、目の前の座布団にストンと腰を下ろした。
「適当に顔を出したら、すぐに戻って来ようと思ってたんだ。だけど執行部の奴らが帰してくれなくて、私はそんなのどうでもよかったんだが」
そのままグダグダと言い訳じみた事を勢い込んで喋り出す。
だいぶストレスが溜まっているようだ。
「いいんですよ。待ってる時間も楽しいものです」
お茶を渡しながら言うと、先輩はゆっくりと大きなため息をつく。
一口、お茶を飲んだら少し落ち着いたのか、いつもの口調が戻ってきた。
「校内で盗難事件が複数あって、その対応に引っ張られてたんだ」
しょんぼりと肩を落として言う姿は、頭の赤いリボンと不似合いすぎてちょっと笑える。
「そんなの執行部とは関係ないのでは?」
警察のお世話になるような話は明らかに学校——教師の取り扱いで、生徒が関与する余地なんかない。
不思議に思って聞いてみたら、その通りだと先輩が頷く。
「そうは言っても執行部に連絡があったから、さすがに対応はしないとな」
「盗難の対応って、執行部にそんな届け出の用紙があるんですか?」
まさか犯罪捜査なんかするわけない。
執行部にできることなんて、そのくらいしか思いつかないぞ。
ちょっとした疑問を口にしただけだったのだが、それで先輩は深いため息をつく。
「何か見かけたらよろしく、というヤツだよ。今は執行部の全員で見回り中だ。申し訳ないがそれが終わるまでは帰れない」
つまり先輩は見回りの途中でここに顔を出したらしい。
サボってる、と言えなくもないが、先輩にやる気がないのはいつものことだ。
「まあいいですよ。ゆっくりしてもお店は逃げませんから」
自分のお茶を淹れるべく、急須に手を伸ばす。
実際、僕はココでゆっくり待つつもりだったのだが。
急須を取るよりも早く、先輩は僕の伸びた腕を掴んだ。
何事かと顔を上げると、彼女は小首を傾げてにっこり笑う。
「君もここで待っているのはヒマだろ? 私に付き合え。一緒に校内を見回ろう」
要するに、一人で見回りがつまんないんですよね?
□
クリスマスイブとはいえ、放課後も校内に残っている人はそれなりにいた。
僕らが和室を出たところでも、一人の男子生徒とすれ違う。
「珍しいですね。この廊下に人がいるの」
「まあ、イブだからな。あちこちの部室でパーティーみたいなことをしてたりするんだ。むしろ普段より人が多いかもしれん」
一緒に廊下を歩きながら、先輩が面倒くさそうに言う。
「楽しそうでいいじゃないですか」
何気なく言うと、先輩はまたため息をつく。
「部活だからな。強制参加のところもあるんだよ」
……それは辛そうだ。
「部室に居場所がなくて、その辺の教室や廊下で時間を潰している奴がゴロゴロいるぞ」
「じゃあ、いまの校内は不審者だらけですか?」
いますれ違った男子生徒を振り返ると、もうどこかに行ってしまっていた。
そんな僕を見て、先輩は苦笑する。
「あれを不審者というのは、さすがに可哀想だよ。私たちが声かけするのも申し訳ない感じなんだから」
彼女が言うには《中途半端にクリスマスのコスプレした生徒》が所在無げにスマホをいじっているのだそうで。
いちいち声をかけてくのが面倒くさくて仕方ないらしい。
とは言え、ヒマを持て余した生徒が大勢校内に残っていることは確かだ。
盗難事件が発生するだけの余地はあるよな。
そこまで考えた時、ふと気がついた。
「……先輩。僕ら、和室の鍵、掛けましたっけ?」
階段の前で横を振り向くと、先輩は足を止めて考え込む。
「……しまったな。こんな話の最中なのに開けっ放しだ」
「一度、戻った方がいいですかね?」
肩をすくめて彼女は答える。
「盗られるような大した物もなさそうだけどな」
「あの壺なら、盗られても歓迎ですけど」
オカルト研究会から貰った《恋愛成就の壺》はずっと床の間に鎮座しているのだが、正直なところ持て余してる。
「まあ用心に越したことはない。いったん戻ろう」
肩をすくめて先輩は踵を返した。
「そう言えば、どんなものが盗まれたんですか?」
和室へ戻る道すがらで先輩に聞いてみる。
盗難はよくないが、すでに起こってしまったことだ。
執行部全員で見回りなんて、ちょっと大げさな感じがする。
先輩は『ああ、説明してなかったな』と言って僕を見る。
「盗まれたのは全てクリスマスプレゼントなんだ」
めんどくさそうな顔で、中身を言わずに使い道を教えてくれた。
「えーと、高級ブランドのバッグですか?」
先週の話を思い出して混ぜ返すと、すぐに意味が通じたらしい。
「さすがにそれはないな。高校生として常識の範囲だ」
「ああ、ちょっとしたアクセサリーとか、そんな感じのものですね」
確認のために聞くと先輩が頷く。
アクセサリーは隠すの簡単だから、探すとなると難しい。
となると不審者を探すべきなんだろうけど。
あいにく今日の校舎は不審者だらけだ。
先輩は少し悩ましい感じのため息をつく。
「困ったことに学校は真面目に取り合ってくれないんだ。それなりの金額の品もあるのに、学業に関係ない物を持ち込む方が悪いと言われてな」
いまに始まったことではないが、うちの学校はかなり事なかれ主義だ。
こういう事件に『どっちも悪い』と平気で言うし、警察を呼ぶと怒られる。
「ああ、それで執行部に持ち込まれたんですか?」
「そうなんだよ。そんなの持ち込まれたって、執行部にできることなんか何もないのに」
先輩の言い分はもっともで、嘆く気持ちはよく分かる。
僕だって放課後デートっぽい感じを邪魔されたから、あんまり愉快な気分じゃない。
一緒に廊下を歩いてるだけでも結構楽しいんだけどさ。
どうにも、だんだん贅沢になってくる。