9-1 約束の日
ここんとこの先輩は忙しそうだ。
毎日和室に顔を出してくれるのだが、しばらくすると呼び出しがかかって、そのまま『今日はこれで』となってしまう。
何をしているのかよく分からないが、それを言い出したら生徒会執行部という組織が何をしているのかさえ、いまだによく分からない。
まあどんなものでも外から見てると、何してるのか分からんよな。
茶道部なんか、その最たる例だし。
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「執行部って何してるんですか?」
今日も目の前で正座している先輩に聞いて見たら、キョトンとした顔で僕を見る。
「なんだね? その質問は?」
「いや、いまさらっぽくて聞けなかったんですけど、執行部ってどんなことをしているのかと思って」
先輩は手に持っていた湯呑みを置いて、長い髪をめんどくさそうに掻き上げた。
「本当にいまさらだな。何を聞きたいのか知らんが、一からとなると生徒会の組織編成から解説する必要があるぞ?」
本当に長い説明を始めそうだったので、慌てて僕は訂正をする。
「いえ、そんな難しい話ではなくて、いま忙しそうだから何してるのかなと思っただけです」
「なんだ、そんな話か」
先輩はつまらなそうに呟くと、湯呑みを取り上げてひとくち啜る。
「この時期、大した仕事はないんだよ。事務的な話はあるが、執行部の内輪で済む話ばかりだな」
「へ? そうなんですか?」
先輩はちょっと意外なことを言いだした。
「部活の予算折衝も終わったしな。文化祭みたいなイベントや、校外の活動となると調整事項が多くなって面倒だが、この時期はそれもあまりないんだ」
じゃあ何で毎日、先輩に呼び出しがかかるんだろう?
「ここんとこ先輩、忙しそうだったけど、執行部の仕事じゃなかったんですか?」
「ああ、それは絢香さんと——」
そこまで言って急に口をつぐんだ。
手にしたままの湯呑みからまた一口お茶をすすって畳の上に置き、右手で長い髪を掻き上げる。
「だから何で途中で話を止めるんです?」
「いいだろ? 私だって色々あるんだ」
まあ、そうだろうけど。
プライバシーに立ち入ったことを聞いたのは悪かったけど、何だか信用されてない感じがして悲しくなる。
「ん? どうした? ポチは私がすぐ帰るから寂しいのか?」
からかうような笑顔で先輩が僕の顔を覗き込む。
「えーと、僕が先輩のプライベートを縛るのはなんか違う気がしますし、先輩だってやりたい事がいっぱいあるのは理解してますので。僕の都合で先輩に何か言うつもりは全然なくて——」
しどろもどろに答えていたら、先輩は少し意地悪な感じの笑みを口元に浮かべる。
「なんだ? ポチは寂しくなかったのか? 私は君との時間が少なくなって、とても寂しかったのに。私だけだったとは残念だよ」
——この人って、僕が困るとホント楽しそうにするよな。
生き生きとした先輩の笑顔を眺めながら、しみじみと思う。
「正直に言ってもいいんだよ? 私がいないと寂しくて死にそうだって」
「子供じゃないんだから、そんなの恥ずかしくて言えません」
思わず言うと、たちまち先輩は嬉しそうな顔になる。
「おや? 寂しいのは認めるのかい?」
「そりゃ……まあ……、寂しいですよ」
しぶしぶ僕が認めると、先輩は苦笑しながら湯呑みを手にする。
「まあ、しばらく我慢してくれたまえ。その代わりと言っては何だが、クリスマスは一緒に過ごすと約束したろ?」
いや、飯食いに行くだけの約束だったはずだけど。
先輩の中では違っていたらしい。
まあ僕も文句はないから黙っておく。
他に確認したいこともあったしな。
「あの、先輩。その約束なんですが、本当にクリスマスなんですか?」
「何だね? 今からヤメたいとか言うのは無しだぞ」
睨むような目になって先輩が言う。
そんな怖い顔しないで欲しいんだけどな。
「えーと、いちおう確認したいのですが、一緒に行くのはクリスマスなんですよね? 前日のイブじゃなくて」
今年最後の登校日が25日なので、そこ合わせで話をしているとは思っていたのだが。
念のためで聞いて見たら、先輩は湯呑みを中途半端に持ち上げた姿勢で固まってしまった。
「……あの。先輩?」
声をかけたら彼女は突然ガバッと顔を上げて僕を見た。
「うん、イブにしよう! イブがいい。よく考えたら25日は終業式しかないから午前中で終わっちゃうし、お店もまだやってない時間だ。イブの方がずっといい!」
よく考えなきゃ気がつかなかったのか。
変なトコで抜けてるよな、この人。
「てっきり『開店直後のお店が空いてる時間がいい』からだと思ってましたが」
「ああ、それはそうだな。あまり遅い時間になると混みすぎる。行列に並ぶのは趣味じゃない」
僕も行列は嫌いだが、先輩と一緒なら楽しそうだけどね。
「ではポチ。クリスマスイブはホームルームが終わったら、すぐにここへ集合だ」
「あんまりお腹空いてない気もしますけどね。先輩はそれで平気ですか?」
「そこら辺は成り行き任せでいいだろ。お店の混み具合とかを見ながら時間調整しよう。不測の事態については、ちゃんと考えてくれてるから大丈夫だ」
え? いま『考えてくれてる』って言った?
言い間違いでなければ、誰が考えてるんだ?
疑問を口にする前に、先輩が傍に置いていたスマホが鳴る。
「ああ、ポチ。すまんが今日はこれで失礼する。絢香さんを待たせているんだ」
「もしかして待ちくたびれての連絡ですか? 結局、絢香さんと何してるんです?」
先輩は何だか言いにくそうな顔をして、胸の下で腕組みをする。
「私がちょっとした頼みごとをしてるんだよ。それに付き合ってもらっているから、あまり待たせるワケにもいかないんだ」
「いや、それ、待たせてる時点でダメですよ。片付けはやりますから、早く行ってください」
何の話だか知らんが、頼んだ方が待たせては失礼すぎる。
僕が促すと、先輩もすぐ座布団から立ち上がった。
「うん、すまんな。イブの日にはちゃんと時間が取れるから」
和室を出るまで、何度も振り返っては繰り返し僕に言う。
僕も笑顔で手を振って彼女を見送る。
「わかりました。楽しみにしてます」
先輩が一緒にいてくれないのは寂しいけれど。
いま僕一人の時間がたっぷりあるのは、けっこうありがたい。
クリスマスのプレゼントを選ぶ時間が欲しかったからね。
 




