1-8 イケメンて胡散臭いよね
池目は『やれやれ』と言わんばかりの態度で両手を広げ、呆れたのポーズを作る。
見事なくらいに胡散臭い奴である。
薄笑いを浮かべたまま堂々と素っとぼける態度に、先輩の目がスッと細くなる。
「何をいまさら! 分からないワケがないだろう!」
先輩から本気の怒気を浴びせられても、彼は全く動じることはない。
「あのな、お前は頭が弱そうだから教えてやるけど」
両手を広げたままゆっくりと立ち上がり、偉そうな態度で先輩を見下ろす。
「女子更衣室に入っていたという事実で、下着を物色していた証拠にはならないだろ? 人には色んな事情があるんだよ」
「な、なんだと! ふざけるな!」
先輩は気色ばむが、まあ当然の理屈だ。
僕らが張り込みを始めた頃、すでに彼は女子更衣室の中にいた。
そこで何をしていたのか、誰も確かめていない。
「じゃあ、どんな事情であなたは女子更衣室にいたんだ? そこまで言うのなら私たちが納得できる立派な理由があるんだろうね!」
硬さを増した声で先輩が言うと、彼はさも《我が意を得たり》と言わんばかりの顔になり、右手の人さし指をピンと立てた。
「そう、そこだ」
まるで推理を披露する探偵みたいに気取ったポーズだった。
「お前たちは《俺が女子更衣室から出てきた》と言うが、本当にそうだったか?」
彼はさも当たり前の事実を語るような口調で更衣室を指差した。
「見ての通り、更衣室の出入り口は男子も女子もすごく近いんだ。お前たちは、俺が男子更衣室から出てきたのを見間違えている。濡れ衣だよ」
ずいぶんと面の皮が厚いなぁ。
とても僕には真似できないぞ。
あまりにも堂々と捏造発言をするので、いっそ感心したくなる。
「馬鹿を言うな! この状況で無罪と言い張るだと! ……おい、ポチ。何を笑っている!」
激高した先輩の怒りが行き場を求めて、黙って成り行きを眺めている僕の方へ向かってきた。
とばっちりもいいとこだ。
「あ、すいません。とぼけっぷりが面白くて、つい」
「遊んでんじゃないんだ。真面目にやれ」
ヘラッと笑って答えたら、先輩も少し冷静さを取り戻したらしい。
「証拠なんて言われてもなぁ……」
髪をかき上げ、ボヤくように言い出した。
「……でも池目先輩が女子更衣室から出てくる所は、あたしも見ました」
堂々とした態度でシラを切る池目を見つめながらから、沙織さんが口を挟む。
だが彼は動じる事も無く、余裕たっぷりに人さし指をチッチッと左右に振った。
「人は事実より願望を優先させたがる生き物だ。まして、お前たちは思い込みが激しそうだからな。証言の数は問題じゃないよ。俺が女子更衣室から出てきたって言う証拠がどこにある?」
「そ、それは……」
証拠と言われて、あっさりと先輩は言葉に詰まってしまった。
「なんだ? 証拠も無しに俺を犯人だと決めつけていたのか?」
「……スマホで動画とか撮っておけばよかったなぁ」
ぽそっと呟く沙織さんの言葉に、池目はうんうんと頷く。
「その通りだ。そうすれば俺もこんな下らない誤解を受けずに済んだんだ」
「いくら何でも白々しすぎるだろ!」
苛立った先輩が即座に叫ぶ。
この人、煽りに弱すぎやしないか?
僕らを無視して池目は『俺のメガネはどこに行った?』と床を這って探し始める。
そんな彼の姿を沙織さんはうっとりと見つめている。
「……こんなに顔がいい人が、本当にブラジャーを盗むのでしょうか?」
「うーん。でも……」
沙織さんに聞かれ、先輩も急に自信を失ったようだ。
歯切れの悪い言葉しか出て来なくなってしまった。
「なあ、沙織ちゃん」
床を這う池目から急に優しい声をかけられて、彼女のお下げ髪がピクッと動く。
「君だけは俺を信じてくれるよね?」
彼がさわやかに微笑むと、沙織さんは真っ赤になって頷いてしまう。
「……はい」
その返事を聞いて池目は自らの勝利を確信したのだろう。
気安い口調で沙織さんに語り続ける。
「今日はさすがの俺もまいったよ。問答無用で蹴られるし、ワケの分からない容疑をかけられたんだ。沙織ちゃんの友達を悪く言いたくはないが、仲良くする人間は選ぶべきだな」
その物言いに、先輩はまたカチンときたらしい。
「池目先輩、それは一体どういう意味だ?」
低い声で詰め寄るが、彼はそれを軽くいなす。
「なあ、自分たちの主張が間違っていると理解できたなら、俺に言うべき事があるだろう?」
「くっ……」
池目の発言に、先輩が短く呻く。
「……つまり、私たちに頭を下げろと言うのか?」
「いいや、俺のメガネがドコヘ行ったのか教えて欲しい」
どこまでも素っとぼけた奴だな、こいつ。
このまま先輩に任せていたら、次の授業もサボるハメになりそうだ。