8-8 本音を言えば指を舐めたい
結局のところ大した問題でもなかったのだが、毒気に当てられた先輩たちは二人がそのまま帰るのを許さなかった。
「学校を欠席していたのはともかく、校内で高価すぎるプレゼントはどうかと思う」
と先輩が言って生活指導部の先生に引き渡してしまった。
「まあ、高橋は少し絞ってもらった方がいいよ。あのままじゃ、そのうちパパ活とかしかねないし」
絢香さんも肩をすくめて笑っている。
生徒会室の窓を開けて先輩も笑う。
入ってくる冷たい風が彼女の長い黒髪を揺らす。
「生臭い話だったな」
「釣り同好会のメンバーはみんな生臭いですけど、アッシーは魚の油が腐ったような匂いでしたもんね」
「うむ。いくら冬でも着替えは大事だな」
軽口を叩く僕の隣で絢香さんがソファの上で大きく伸びをして、ああ疲れたと呟いた。
「ホント、ゴメン。こんなに話が小出しで出てくるとは思ってなかったんだよ。学年主任とか『個人情報だから教えられない』なんて言ってたけど、たぶん知らなかっただけだし」
これだから体育教師は、とまたボヤくように言う。
なにか恨みでもあるのだろうか?
「それはいいんですけど、大真面目な顔でUFOとか勘弁してくださいよ」
「あれ言い出したの、あたしじゃないし」
僕の手に積まれたミニ大福を一つ摘んで口に放り込む。
そろそろ面倒くさいから、テーブルの上にミニ大福を戻しとこう。
「大真面目な顔で相づちを打つから、吹き出しそうになりましたよ。絢香さん、分かってて言ってましたよね」
「……ええと、ね」
空の湯飲みを手で玩びながら、上目遣いに僕を見る。
「あれ、芦田の持ちネタだと思う。自分の顔をネタにして笑わせて、色々うやむやにしようとしてた意図が見えてて。あそこは淡々と話に付き合うしかなかったの」
絢香さんから湯飲みを受け取り、淹れ直したお茶を注ぐ。
「それ半分以上、嘘でしょ? わざわざ《UFO》とか《宇宙》なんてフレーズを復唱して強調したのは、僕らを笑わそうしてたからですよね?」
この人は絶対に途中から遊んでた。
事件性がないのに気づいて、僕らのリアクションを見て楽しんでたハズだ。
湯飲みを手渡しながら絢香さんの目をジッと見る。
彼女はフイっと目を逸らし、右手でテーブルの上のミニ大福を取った。
半分だけ齧って、左手のお茶を飲む。それから僕に視線を戻してニコッと笑った。
「あのね、絢香さん。そうやって――」
苦言を言おうと口を開いた瞬間に、素早く齧りかけのミニ大福を詰め込まれた。
意図が分からず困惑してたら、またテーブルの上のミニ大福を一口齧って、僕の口に押し込もうとする。
「ちょっと待って下さい。意味分かりませんよ?」
左手で口元を隠しつつ、右手で絢香さんを押しとどめる。
「……もしかして絢香さん、奇行に走って、色々うやむやにしようとしてませんか? 怒ってませんから変なことするのやめてください」
「だって説教する気満々じゃない?」
「そりゃしますよ。だって変なアベックのラブシーンを無理やり見物させられたんですよ。急に呼び出されたことを考えたら、説教くらい我慢して――」
「なあ、ポチ」
不意に後ろから先輩に肩を叩かれた。
「何ですか、先輩――」
不用意に振り返った僕の口に、先輩の細い指が突っ込まれた。
「……あの、先輩?」
口の中に押し込まれたミニ大福を飲み込んでから、先輩に意図を確認する。
彼女は拗ねたような顔で、僕から視線を逸らした。
「だって楽しそうだったから……。私も仲間に入れて欲しかったんだ」
「僕は別に楽しくない――。だから何で先輩まで一口齧ったモノを口に入れようとするんです! 待って、先輩の指、噛んじゃったら大変だから! 無理やり入れるのは勘弁して!」
「へー、あたしの指なら噛んでもいいんだ?」
「絢香さんも一緒になって押し込もうとしてないで止めてください!」
結局、大騒ぎしたあげく何もかもうやむやになってしまい、僕らは生徒会室を後にした。