8-5 それは外宇宙からやってきた
とりあえずアッシーの無事を確認したいところなんだけど、名前もクラスも分からない。
入手できた写真は加工が酷すぎて宇宙人みたいになっている。
「えーと、まずアッシーの本名からですかね?」
「そうだね。聞き込みをしたいとこだけど、この写真で誰だか特定できるかなぁ」
僕が言うと、絢香さんが腕組みしながら考え込む。
「高橋さんの彼氏と説明すれば分かる人もいるのでは?」
聞き込みは簡単だという僕の予測に、絢香さんは首を横に振る。
「あたし高橋の今彼、全く知らないんだよ。春から付き合ってるらしいのに、全く顔が分かんない。他の人もたぶんそうだよ」
「だって絢香さんは高橋さんとは今日、友達になったんですよね?」
そんなの知らなくて当然では? と思ったのだが
「こいつの元彼なら全員、クラスと名前まで分かる」
そう言って絢香さんは肩をすくめた。
「ああ、男関係、荒れてるって言ってましたね」
仲良くなくても、その程度の事は知っているのか。
なのに今彼のアッシーだけは分からない、と。
「そういう意味で高橋は目立つんだよ。去年まではいつも男と一緒に歩いてて、しかも月替わりで男が違ってたから」
「いやいや、あたし、そこまでじゃないよ」
月替りはさすがに、と高橋が手を振って否定するが、絢香さんは冷めた口調で付け加える。
「二股がバレて修羅場になったのだって一度じゃないじゃん? いい加減、男に夢見んの、やめようよ?」
最後の方は詰問口調になっていた。
「あの、絢香さん。いま、その話は関係ないです」
絢香さんは生真面目というか、男性不信的なところがあるよな。
妙に男女交際に厳しい気がする。
「えーと、高橋さん。重ねて聞きますが、アッシーってホントに実在の人物なんですよね? もう一度、写真を見せて貰ってもいいですか?」
「うむ。ダーリンの素晴らしさにひざまずけ」
謎の呪文を発しながら、高橋はスマホの画面を僕らに向ける。
小柄でアゴがとんがってて、やたら目がデカい。しかも何だか顔色が悪い。
何度見てもSFに出てくる宇宙人にしか見えない。
この写真から、リアルな男子を思い浮かべるのはかなり難しい。
こんな手がかりだけでアッシーの本名を辿るのは困難だ。
とりあえず先輩の意見も聞いてみたい。
「どうでしょう? 先輩はこの写真で個人が特定できると思いますか?」
さすがに無理だ、と先輩が言ってくれるのを期待してしまう。
面倒くさがりの先輩から『調査不能だから手を引く』と、高橋に宣言して欲しかった。
なのに先輩はちらっと画面を眺め、つまらなそうな顔で僕を見る。
「これ、二年の芦田アツシだろ。隣のクラスだから知ってるよ」
彼女は画面を指差し、事も無げに言ってのけた。
へー、そうなんだ。年下の彼氏なんだ。
二年生なら、僕も絢香さんも知らなくて当然かも。
高橋は物欲強いし『包容力のある男性が好き』とか言いそうだから、間違っても年下は無いと思ってたが意外だな。
――って、そうじゃなくて。
「先輩、知ってたんなら最初から教えてくださいよ」
いったい今までの話は何だったんだ?
文句を言うと、先輩は膨れっ面になって僕を睨む。
「だって君が黙ってろと言うから、口にしていいのか迷ったんだよ」
ああ、そうですか。わかりました。僕が悪いんですね。
思わずやさぐれた言葉が出かけるが、なんとか飲み込む。
「よくこの写真でわかりますね? ホントに芦田という人物で間違いないですか?」
「君がどう思っているのか知らないが、ワリと写真のまんまだぞ。本当にこういうヤツなんだ」
「え? この写真、加工してないんですか?」
ものすごい衝撃を受けてる僕に、高橋からクレームが入る。
「さっきからチェリーは人の彼氏に失礼すぎるってば!」
「ま、まあ確かにそうですね……」
実在の人物に対して『こんな顔の男はありえない』と言い続けたようなもんだからな。
ちょっと酷いことをしてたと思う。
「ちなみに、うちのクラスでのニックネームは《宇宙人》だぞ」
見たまんまのニックネームだ。
しかし、そうか。宇宙人か。
そりゃ、どこにでもいる地球人の僕とは度量が違うワケだ。
うん、僕の度量が狭いんじゃない。
外宇宙からやってきた生物だから、そもそもの価値観からして違うのだろう。
「ちょっと待って。あたし、二年にこんな奴がいたなんて知らないよ?」
絢香さんが右隣から体をひねって、並んで座っている僕の足を跨ぐように上半身を乗り出し、左隣にいる先輩の顔を覗き込んだ。
その姿勢のまま『こんな目立つ顔、あたしが知らないわけがない』と力説している。
――この人、小柄なだけあって、頭も小さめだな。
目の前にある絢香さんの頭頂部を眺めながら、そんなことを思う。
余談だが、絢香さんは細いのでこんな姿勢になっても、僕と接触してない。
ここら辺は、先輩と大きく違うところだ。
――主に胸のサイズの話だが。
「絢香さんが言ってることは分かりますが、芦田は極端に存在感が薄いんですよ。クラスの男子はステルス迷彩とか呼んでいました」
淡々とした口調で先輩が答える。
「言われて思い返してみると、先月くらいから芦田の姿を見た記憶がないです。学校には来てないと思います」
そう言った後で、
「まあ、ステルス迷彩なので見えてないだけかも」
と先輩は付け加える。
「えーと、つまり。アッシーは実在してて、たぶん不登校なんですね」
ちょっと話をまとめてみた。
これだけ長く話して、分かったのはこれだけと思うと、げんなりする。




