8-2 チェリー
生徒会室に入ると、いつもの様に会長の机に絢香さんが座っていた。
「やあ、急に呼び出して悪いね。もしかしたら緊急性がある話かもなんで、一緒に話を聞いて欲しくてさ」
大して詫びれもせずに絢香さんが笑顔で言う。
その視線の先、応接セットのソファにショートボブの女生徒が座っている。
「彼女ですか?」
簡潔に聞くと、絢香さんは満足げに頷く。
この人はこういう省略したやりとりを好む。
悪いとは言わないが、ちょっとした行き違いで誤解が生まれそうな気がして怖い。
「三年の高橋だよ」
会長の椅子から立ち上がって僕らに向けて手を振った。
彼女に促されるまま、応接セットのソファに座る。
僕を真ん中にして左に先輩、右に絢香さんという配置で高橋という女生徒と向かい合う。
なぜ僕が真ん中なのか分からない。
狭いから絢香さん、高橋さんの隣に行って欲しいんだけどな。
和室から持ってきたお茶を淹れる間に、向かいに座る相手を観察する。
切りそろえられた黒髪に清楚感が漂う。
アイメイクがちょっと強いけど下品にならず、むしろ清楚感を強調している。
一見地味だけど、たぶん見た目にかなりのお金をかけてる。
この手のタイプに馴染みがない僕としては、ちょっと食いつかれそうで怖い。
「えーと、高橋さん。聞きたいことが一つあります」
お茶を渡すと、のっけから質問で入った。
目の前に指を1本立てて、大真面目な顔で聞く。
「あなたは絢香さんの友達ですか?」
絢香さんの方から『おい、それはどういう意味だ?』なんて言葉が飛んでくるが、あえて無視する。
「大切な事なんです。よく考えてから答えて下さい」
「あやちんは今日、友達になった」
キョトンとした顔で屈託無く答えた。
「わかりました。ありがとうございます」
頭を下げて礼を言う。
絢香さんを《あーや》と呼ばなかったことからも、大して仲良くなさそうだ。
とりあえず逃げないで、話くらいは聞いてもいいかな。
「ざっくり説明するとね。高橋の彼氏が行方不明なのよ」
スカートのポケットからコンビニで売ってそうな羊羹を取り出しながら絢香さんが説明する。
「連絡付かなくなっちゃって困ってるの」
「えーと、それは高橋さんがフラれただけでは?」
僕が言うと、高橋はテーブルの上に並んだ羊羹を手に取りながら否定した。
「あのね、あたしがフラれるなんてありえないから」
見た目の印象よりキツそうだな。
一旦途切れた会話を、絢香さんが羊羹の封を切りながら引き継いだ。
「高橋が他の男と歩いてるトコを見られちゃってね。その次の日から行方不明みたいなんだよ」
「違うんだよ。あいつの誕生日プレゼント、一緒に選んでもらってただけなのに」
困った顔で高橋が言う。
つまり誤解から生じた話なのかと思案してたら、左隣の先輩が僕の脇腹をつつく。
「なあ、ポチ。世間一般の男性は、他の男が選んだものを渡されて嬉しいものなのか?」
「先輩、その疑問はもっともですが、ややこしくなるから黙ってて貰えませんか?」
ここで彼女の疑問に付き合うと話が終わらなくなってしまう。
あとで説明する、と言ってテーブルの羊羹を一個渡した。
ついでに僕も羊羹を一個手に取って、高橋さんに向き直る。
「えーと、つまり、弟さんかなんかと歩いていた所を誤解されたんですね」
ありがちなオチを予想して口にしたら、高橋さんはあっさりと首を横に振る。
「ううん、元彼」
「ダメでしょ! 元彼とデートとかしちゃ」
思わず突っ込みを入れてしまったが、高橋さんは全く詫びれる事無く、当たり前のような顔で言う。
「別にデートじゃないよ。学校の帰りに一緒に買い物しただけだし」
「いや、それはそうかもしれませんが、色々と誤解されますから」
性的な関係を疑われるような行動は慎むべきだ、と言ったつもりだったのだけど高橋はごく普通のことのように言った。
「あんときは一回しかしてないし」
「してんのかよ! 誤解でも何でもないじゃねーか!」
呆れると言うより、ビックリして突っ込んでしまった。
だけど高橋は臆することなく胸を張る。
「こっちの都合で付き合ってもらったんだから、お礼するのは当たり前でしょ!」
「他にお礼の方法はないんですか!」
そりゃ行方不明にもなりたくなるよ。
しかも『あんときは』と言いやがった。
叩くとホコリがすごく出そうな予感がする。
「高橋は見た目より、男関係荒れてるからね」
右側の絢香さんが羊羹を食べながら笑って言う。
「帰っていいですか? この件、僕の手には余ります」
復縁相談なら見込みがなさすぎるし、行方が分からないのは学校の問題だ。
こんな話、茶道部として出来る事は何もない。
絢香さんは口の羊羹をお茶で流し込んでから、立ち上がりかけた僕の肩を叩く。
「まあ、そう言わないで、もうちょっと話を聞いてよ」
「この手の相談は苦手なんですよ。ヤッたヤらないとか、そういうのはもっと経験豊富な人に頼んで下さい」
「そんな事言われても、あたしだって何の経験もないし、詳しい人に心当たりなんかないんだよ。ポチ君だけが頼りで」
「嘘つかないで下さい。執行部にモテそうな人がいたハズです。あの辺なら――」
僕らが口論をしていたら、高橋が僕の腕を指でつつく。
上目遣いで僕を見て、真面目な顔で質問してくる。
「……チェリーなの?」
「は?」
僕の反応を見てニタッと、いじめっ子みたいな笑みを浮かべる。
「ねえねえ、チェリーなの? チェリー?」
「高橋さん、いまなんの話をしてるんです?」
面倒くさいからスルーしようと思ったのに、高橋は獲物を見つけたような笑顔で逃がしてくれない。
どうやら清楚で上品なのは見た目だけで、中身はかなり下品だぞ。
「チェリーなの? ねえ、君、チェリー?」
「……おかげさまで清らかな生活を送らせてもらってます」
僕が頷くと腹を抱えて笑い出した。
「やだ、チェリー、ウケる」
「ほっといてください。僕は敬虔なピューリタン教徒ですから、一生清らかなまま魔法使いになるんです!」
適当な事を言ったら、今度は僕を指差して大笑いしている。
……もうやだ、この女。