8-1 押入れは秘境
「結局、コタツはどうなってるんです?」
もう年の瀬も近づいて来た放課後。
ずっと気になっていた事を口に出して見た。
先輩は僕の向かいに座って、最後の春日饅頭を食べていたが、黙ったまま手元の湯呑みに手を伸ばして、ゆっくりとした所作でお茶を飲む。
「ふむ。コタツか……」
何だか遠い目をして彼女が言う。
「検討するって言ってましたけど、入手するアテとかあるんですか?」
先輩は少し考える様に胸の下で腕組みをする。
「まったく心当たりがないわけでもないのだが」
「どっかに余ってるコタツがあるんですか?」
そこで先輩はちらっと押し入れの方を見る。
「あの奥にあるような気はするんだが……」
「え? そんなのありましたっけ?」
記憶をたぐるが、まったく覚えがない。
ここの押入れにコタツなんてあったっけ?
「前に布団を出した時があっただろ? 君が青木さんちのラッシーと寝た時だ」
「僕はラッシーと寝てませんよ?」
僕が訂正すると、先輩はあの時の事を思い出したのか、楽しそうにクスクスと笑う。
「ああ、そうだった。君はベッドイン直前に逃げられたんだっけな。まあ、それはともかく、押し入れから布団を引っ張り出している時に、コタツ布団も出て来たんだよ」
「なるほど。興味深い話です」
僕が言うと、先輩も笑いながら頷いた。
「だろ? コタツ本体もたぶんある。もちろんとっくに壊れて捨てられ、布団だけが残っている可能性もあるがな」
結局のところ、先輩もコタツの姿を見たことがないのだ。
本当にあるとしても、けっこう広い押入れの奥の方に入り込んでいるだろう。
コタツを探すためには押入れの中を全部出す必要がある。
「年末大掃除をしてみる価値がありそうですね」
「その通りだ。布団も干した方がいいし、私たちはここの管理にも責任がある」
面倒くさがり屋の先輩だから断られるかと思ったが、案外とやる気に満ちている。
こういうとこ、真面目なんだよな、この人は。
「ていうか、僕としては押入れの中に何があるのか確認しときたいです」
この部屋に入り浸る様になってけっこう経つが、いまだに押入れは未知のエリアだ。
ここは水屋や炉があるのだから、探せば茶道の道具だってあるかもしれない。
そんなつもりで言ったのだが、先輩は全く違う事を考えていた。
「そうだな。探せば私たちが遊べるものもあるかもしれん」
真剣な顔で先輩は言った。
やる気の源はそこにあったようだ。
「……あの、僕は茶道部の役に立つものがあったらと思ったのですが」
「あっ、ああ。もちろんだ。別に私だってゲーム機とかを期待していたわけじゃない」
……したいんですか、ゲーム?
僕の視線を無視して、先輩は座布団から立ちあがつた。
「さて、それでは始めようか」
「え? 今からやるんですか?」
とても今日中には終わらなそうだが、先輩は意に介さず押入れに向かう。
「こんなの1日で終わるわけがないだろ? 執行部の仕事が入る前にやれるところまでやってしまおう」
「わかりました。年明けにはコタツですね」
僕も立ち上がって押入れに向かったところで、先輩のスマホが鳴る。
二人して足を止めると、彼女は面倒くさそうにスカートのポケットに手を入れた。
画面を見てため息をつく。
「執行部から呼び出しですか?」
分かりきった事を聞いたつもりだったのに、先輩は首を横に振る。
「絢香さんからだ。至急、二人で生徒会室に来いと言ってる」
「あの人、受験終わってホントにヒマなんですね?」
呆れながら言うと、先輩は肩をすくめる。
僕まで呼び出しなんてロクな用事じゃないに決まってる。
「すまんが、ポチ。お茶の用意をしてくれ。春日饅頭はまだあったか?」
「さっき先輩が食べたので最後です」
ようやく全部食べきったので、明日、新しいのを用意するつもりだった。
何もないと知った先輩は長い髪を掻き上げてため息をつく。
「仕方ないな。茶菓子は絢香さんにたかる事にしよう」