7-9 ご褒美をください
「姫、まずはこちらをお納めください」
生徒会長の椅子に座る女性に、小判の様に積んだ春日饅頭を差し出す。
「うむ、苦しゅうない。近う寄れ。……って、なんでこんなに持ってきたの? こんないっぱい、いらないから」
「しかし会長。これは——」
僕の言葉を遮って、彼女は机の上に身を乗り出す。
「あのさあ、もう会長って呼ぶのやめて」
「すまんポチ。以後は絢香さんと呼んでくれ」
僕が何か言うより早く、隣の先輩からも呼び名の訂正を促された。
「わかりました。えーと、絢香さん。これは僕らの気持ちですので、ぜひ受け取っていただきたいです」
「饅頭を山にして持ってくるって、どんな気持ちなのよ? 勝手に変なの押し付けてこないで」
どんな気持ちって言われてもなぁ。
余ってるだけだ。
「わかったよ。一緒に食べよう。3人いれば、このくらいイケるでしょ」
絢香さんが一個手に取ってから言う。
もちもん僕らは手を伸ばさない。
「で、本題は何? まさか饅頭押し付けにきたワケでもないんでしょ?」
饅頭を口いっぱいに頬張りながら僕らを見る。
「あの、ラブレターの件なのですが」
「別れたよ、あの二人」
さらっと言ってから、平然とした顔でお茶を飲む。
——ちょっと待って、何それ?
「そんな顔しないでよ。あたしだってさっき聞いたんだから」
僕に湯呑みを渡しておかわりを求めながら、彼女は話を続ける。
「あのね。毎日、手紙が来るのが重くてイヤなんだってさ。最初は嬉しかったんだけど、だんだん気持ち悪くなったみたい」
「それ、おかしいですよ。向こうが要求していたんですよ?」
僕の抗議に、絢香さんは『もっともだ』と言わんばかりに頷いて、二個目の饅頭に手を伸ばす。
「やっぱ自分で書いてない後ろ暗さがあるのかね。昨日が決定打になったみたいでさ。あんたたちは、なんであんなに何通も書いたのさ?」
そんな事を言われてもな。
勢いとノリでつい、としか言いようがない。
苦笑してごまかす僕らを呆れ顔で眺めながら、絢香さんはため息をつく。
「手間かけたのに悪かったね。この埋め合わせはそのうちするよ」
言いながら、また饅頭に手を伸ばしかけ、そこでピタッと手を止めた。
「ねえ、あんたたち、なんで一個も食べようとしないの? ちょっと待って、そこでなんで笑うのよ? これ、何か仕込んでない? 本当に食べて大丈夫なものなの?」
□
「だから怒られると言っただろ?」
和室に戻ってきたら、開口一番で先輩が言う。
「でも、おかげで少し減りました」
持ち帰った饅頭を冷蔵庫に戻しながら答える。
実際のとこ、数を減らしたかったのもあるが『ジョンとスージーは別れました』と言ったら怒られそうだったから、そこをうやむやにしたくて持ってったんだけどな。
「まさか、もう別れてるとは思ってませんでしたね」
冷蔵を閉めながら言うと、真後ろに立っている先輩も頷く。
「君が別れ話をでっち上げる必要なんかなかったな。相手の処理能力を超えた量を送りつけるだけで話は済んでいた」
「……ちょっと気になるんですが」
僕らは一緒に奥の部屋へ戻りながら話を続ける。
「結果的に、僕らが別れさせてしまったようなものですよね?」
前を歩く先輩に聞くと、彼女は僕を振り返って肩をすくめる。
「まあな。だが、それを言うなら私たちの代筆で付き合いだしたんだ。全てを他人任せにして、楽しいとこだけ取ろうとした結果だ。自業自得だよ」
自分たちが代筆した内容を考えると、その発言は少し辛辣な気もするけれど。
「そう言えば、先輩は今日のラブレターに『いつまでも逃げてないで勇気を出そう』と書いてましたね。あれ、そういう意味だったんですか」
二人が読んでないと知っても、なお読む事を前提にしていたらしい。
あれは代筆任せにしている二人へのメッセージだったのだ。
なんて先輩は真面目なんだろう。
もう白紙でいいじゃん、と思った僕とは違うな。
奥の部屋に戻り、出しっ放しになっている座卓を挟んで向かい合う。
いつも通りにお茶の用意をして、先輩の前に湯呑みを置いた。
「あ、そうそう。例の指輪、できたんですよ」
この一週間、合間を見て彫金し続け、ようやくそれっぽい物が作れた。
クリスマスプレゼントにしようかとも考えたが、プロポーズするワケでもないんだし、早めに渡した方がいいだろう。
「ほほう。君の力作なんだろ? それは楽しみだ。」
「ホントに欲しいですか? 素人工作なんだし、デザインや出来映えに期待しないでくださいね」
床の間のツボに手を突っ込みながら、ガッカリされない様にいちおう予防線を張って置く。
僕が作ったのは『細い二本の指輪がクロスしている』ように見える代物だ。
正式になんて言うのか知らんけど、ネットで見て真似したのだ。
こういうのなら、シンプルで僕でも作れそうだったからね。
削って磨いて、ちょっと見にはアルミパイプに見えないくらいにはなったと思う。
あまり元の写真には似てないのは、まあ仕方ない。
大した手間はかけてないけど、失敗作多数という意味ではたしかに力作だ。
ツボから完成品を取り出して、先輩のところへ持っていく。
「もう一度聞きますけど、これ、本当に欲しいですか?」
「ん」
念を押して聞いたら、先輩は僕の前に両手を指し出した。
どうやら僕に嵌めてくれと言いたいらしい。
まあ、そのくらいはしてもいいんだけど。
柔らかい素材だし、加工でさらに強度が落ちていそうだ。
慎重にしないと、指に嵌めるだけでも壊れちゃうかもしれない。
あと、最近知ったのだが《指輪にはサイズがある》んだ。
合わない指に入れたら千切れる可能性がある。
目の前にある先輩の手をジッと観察してみた。
……たぶん、薬指がジャストサイズだ。
で、どっちの手にすればいいのかであるが。
さすがに僕だって左手を選ぶほど世間に疎くない。
左薬指の指輪には特別な意味がある事くらいは知っている。
迷わず先輩の右手をとって、そっと薬指に入れる。
関節でちょっと引っかかったけど、わりとスムースに入ったし、回っちゃうほど緩くもなかった。
うん。僕の見立てはたぶん正しい。
「ポチからご褒美が貰えるなんて新鮮だ」
右手の指輪を眺めながら先輩が呟く。
何に対するご褒美なんだよ?
つい突っ込みたくなるが、嬉しそうにしているからやめておく。
しばらく指輪を眺めながら『えへへー』と緩んだ顔で笑ってたが、ふと思いついた様に僕を見た。
「私も何かあげた方がいいか?」
真面目な顔で先輩は言うが、僕は即答で断った。
「もうパンツ貰ってますから」
ただ工作したかっただけで出来た代物だ。
お礼の品なんて必要ない。
なのに先輩は少し悲しそうな顔をした。
「そう言わないでくれ。君が喜びそうなモノを考えとくよ」
「ホント、気を使わなくても結構ですから」
何気なく言いながら自分のバッグに手を入れたら、先輩が素早く僕の手首を掴む。
「ちょっと待て、ポチ。いまバッグに入れたものを出せ」
一転して厳しい命令口調だ。
さりげなく動いたつもりだったのに、とてもごまかせそうにない。
仕方なく観念して『今日のラブレター』をバッグの中から取り出した。
「君はこれをどうするつもりだったのかね?」
「えーと、記念に持って帰りたいな、と思いまして」
「捨てろ、こんなの持って帰るな!」
「だって先輩の書いたラブレターですよ!」
「だから、それで何をする気だ? 私を脅すつもりなのか?」
「こういうのって取っとくと価値が出るんです! 10年後とかにサプライズで見せようと思ったんですよ!」
正直に言ったら、先輩の動きがピタッと止まった。
「君は10年後も私と一緒にいるつもりなのか?」
「……いけませんかね?」
恐る恐る聞いたら、先輩は面倒くさそうに長い髪をかきあげる。
それから僕の顔を見て微笑んだ。
次の瞬間、先輩は奇声とともにラブレターを引きちぎる。
「うわあぁっ!」
「待って、先輩。ごめんなさい。僕が間違ってた。謝りますから、それ茶菓子じゃないから口から出して! そんなの食べたらお腹壊します!」
謝り倒して、なんとか食べるのだけは思いとどまってもらった。
耳まで顔を真っ赤にした先輩が涙目になって僕に叫ぶ。
「私は書いた。君は読んだ。この話はこれで終りだ!」
もったいないけど、頷くしかない。