7-8 7日目
もう嫌だ。
さすがに疲れた。
ラブレターの代筆は今日限りで辞めさせてもらおう。
昨日、先輩と険悪になりかけた事で決意した。
先輩のために頑張ってラブレターを書いてきたが、それで仲が悪くなるなら本末転倒だ。
いつまで続ければいいのか分からないし、そこまで付き合っていられない。
とはいえ一工夫は必要だろう。
先輩と打ち合わせたいのだが、彼女も何か思うところがあったらしく、やたら真剣な顔で便箋に向かっている。
眉間にシワを寄せて、書いては消してを何度も繰り返す。
右手にシャープペン、左手には春日饅頭の構えで、さっきから何個も食べている。
ずいぶんとストレスが強そうだ。
でも真面目に書いているし、邪魔しちゃ悪いから声は掛けない。
大量購入した春日饅頭を減らしてくれるのもありがたいしな。
先輩の湯呑みにお茶を継ぎ足して、黙ったまま自分の考えに戻る。
ただ『辞めます』の一言では会長が納得してくれなそうだ。
あの人が生徒会長だった時、茶道部の活動(相談事の方)に関してかなりフォローして貰ってたから、なるべく穏便に話を終わらせたい。
辞めるにも頃合いってのは必要だ。
でもまあ、頃合いなんて待ってられないから、もう自分で作ってしまおう。
ややこしくなったのは《ラブレターで告白→カップル成立》で終了しなかったからだ。
これは会長だってたぶん予想外だったろう。
納得できる理由があれば会長に文句はないハズだ。
僕の目的はラブレター交換の終了で、そこから逆算的に考えれば——。
うん。別れさせちゃえばいいんだ。
二人が破局してしまえばラブレターを書く理由がなくなる。
これなら会長も納得だ。
ひどい事を言っている様にも聞こえるが、別れるのはジョンとスージーだ。
現実にいる二人とラブレターの二人のズレを無視できないくらい大きくしてしまおう。
よし、今日は別れ話を書く。
意気込んで僕はボールペンを手に取った。
とはいえ女性と付き合ったことなんて無い僕だ。
さすがに今までの様な謎ポエムでごまかせない。
誰が読んでも破局したとわかる様にしないといけないから、実際に書くのは難航した。
半分くらい書いたあたりで湯呑みに手を伸ばそうとしたら、向かいの先輩と目が合った。
ようやく下書きが終わったのか、シャープペンからボールペンに持ち替えている。
なんとなく言葉が出なくて、しばらく二人で見つめ合ってしまった。
それから一緒になんとなく笑う。
「なあ、ポチ。もうすぐクリスマスだが何か予定はあるのか?」
「なんですか、それ?」
たぶん先輩は休憩したかったのだろう。
膝を崩して手元に自分の湯呑みを引き寄せる。
「ああ、昨日はなんだか険悪になってしまってただろ? 少し雑談がしたかったんだよ」
わざわざ僕に気を遣ってくれたらしい。
ありがたい話なので笑顔で返事をする。
「何もありません。キリスト教徒じゃないですし」
「うん、私もだ」
それだけ言うと、先輩は左手の齧りかけた饅頭を口に放り込んでまた便箋に向かった。
「え? 何か茶道部で予定があったるとか、そんな話じゃないんですか?」
「いや、別に何の予定もないが」
そう言った後で先輩は口元だけでちょっと笑う。
「そうだな。君が何かしたいというのなら考えておこう」
□
親愛なるジョン
いつも傍にいてくれて、ありがとう。
短い手紙なので、どうか最後まで読んで欲しいです。
ジョンと出会ってからどれほど多くのモノを貰っているのか、考えるだけで気が遠くなりそうです。
なのに私は、あなたへの気持ちをうまく伝える事ができません。
友人に言わせると私は自己卑下の強い人間らしく、いつも素直になれない事を申し訳なく思っています。
自分に自信が持てず、いつも逃げてばかりな事も本当は謝りたいのです。
怖いからと何もせずに目を逸らし、それでもいつかあなたに気持ちが伝わるのではと期待を抱いています。
あまりにも幼い自分が嫌になります。
卑怯にも私は肝心な言葉を一度も口にしていません。
このままではダメなことは分かっています。
なのに、本当の気持ちを伝えようと決めた今も、逃げ出したくて仕方ありません。
あなたに嫌われるのが怖くてずっと口に出せずにいました。
ポン、私はあなたが好きです。
嘘偽りなく、あなたを愛しています。
いつも、本当にありがとう。
あなたへの感謝は忘れた事がありません。
これを読み終えても、いつもと変わらない笑顔を見せてください。
心から愛しています。
スージー
□
ここから旅立つスージー
君と出会ってからの日々は眩しいばかりだった。
毎日が楽しく彩りに溢れていた。
君と僕の二人がいて、それで世界が成り立っている気がしていた。
だけど全部間違いだった。
昨日のやりとりで気がついたんだ。
僕たちは自分の気持ちを押し付け合っているだけだって。
このまま一緒にいても、僕たちは傷つけ合うばかりだ。
君の悲しい顔なんで見たくない。
スージーを愛してる。
心からそう言えるうちに、離れた方がいいと思う。
きっと君には、もっとふさわしい人がいる。
ここで別れよう。
僕らはいまから別の道を歩いて行くんだ。
いつか振り返った日に、間違えた事を笑える未来のために。
今までありがとう。
君が幸せになる事を願う。
心はいつまでも君と一緒だ。
ジョン
□
……ポンて何?
書きあがったラブレターを交換して読み、内容に困惑する。
今日の先輩は大真面目なラブレターを書いていたのだが、最後の方に出てくる《ポン》というフレーズが意味不明だ。
もしかして効果音なのだろうか。
愛してますの直前にツヅミでも鳴っているのか?
僕が知らないだけで、最近は太鼓を抱えて告白するのが流行っているとか?
とりあえず頭の中でギャルっぽい女子を思い浮かべてイメージしてみる。
『あのね、聞いて。あたし前からずっと《はっ、ポン!》君の事が好きなの』
歯切れはいいかもしれないが、告白に歯切れの良さって必要か?
変な事を考えたせいで余計に混乱してきた。
「先輩、この『ポン』って——、あの、先輩、どうしました?」
顔を上げたら先輩が、僕の書いたラブレターを握りしめてボロボロと大粒の涙を流していた。
「大丈夫ですか? えーと、饅頭食べ過ぎてお腹痛いとかなら保健室に——」
膝立ちになって先輩の顔を覗き込むと、彼女は僕と目を合わせ絞り出す様な声を出した。
「……コタツは」
「は?」
先輩は、座卓についた僕の手に自分の手を重ね、泣きながら懇願する。
「コタツはちゃんと用意するから、別れるなんて言わないでくれよ」
「あの、先輩? これはジョンとスージーの物語ですよ。しっかりしてください」
どうも先輩はスージーに感情移入しすぎてたらしい。
ラブレターを書き始めてもう一週間だもんな。
いつの間にかスージーに思い入れが出来てても不思議じゃない。
「まいったな。ホントに君から別れ話をされたような気になったんだ」
落ち着きを取り戻した先輩が恥ずかしそうに言う。
「昨日のやりとりで私はラブレターを書くことに誠実さが足りないのではと思い、大真面目に書いたら、このザマだ」
僕が渡したタオルで目元を拭いながら恥ずかしそうに笑っている。
「別れ話もなにも、僕ら付き合っていませんし」
「うん。まず、そこまでたどり着かないとな」
タオルを僕に返しながら先輩はしみじみと頷いた。
「しかし、終わらせるために別れ話を書くのなら、最初にそう言ってくれよ。大真面目にラブレターを書いていた私がバカみたいじゃないか」
「いえ、むしろ二人の温度差が出て、よかったと思いますよ」
僕が言うと、先輩はグッタリと座卓に倒れこむ。
そんな彼女をねぎらおうと新しいお茶を淹れていたら、ふと気がついた様に顔を上げた。
「……ところでポチ。さっきから私だけが春日饅頭を食べているんだが、一緒に頑張ろうの話はどこへ行ったんだね」




