7-6 5日目
「絢香さんが手紙を回収してくれたんだが」
歯切れ悪く先輩の話は始まった。
どうしたワケか、座卓の向かい側で居心地悪そうに座っている。
「何です? 内容にクレームでもつきましたか?」
「そういう事では無いのだが……。説明するより見た方が早いな」
先輩は自分のバッグからすっかり見慣れた封筒の束を取り出して、座卓の上に並べる。
確かめるまでもなく僕らがジョンとスージーに宛てた手紙だ。
何かミスでもあったのか?
なんて思ったけど、よく考えたら僕らのラブレターは最初から全部おかしい。
見ただけでは何が問題なのか分からず、最初の一通を手に取る。
宛名すら書いてない、そのままの封筒で何の変哲もない。
よく分からないなと裏返した途端、息を飲んだ。
「……これ、どういう事ですか?」
意味が分からなくて先輩を見れば、座卓に肘をついて頭を抱えていた。
「見ての通りだ。読んでないんだよ」
「そんなバカな……」
封を切られていないラブレターを手にしたまま呆然とする。
確認すれば全ての手紙が未開封で、読んだ形跡など全くなかった。
「えーと、つまりジョンとスージーは《ラブレターが来た》とか《ラブレターを送った》という事実だけが大切だった、という理解でいいのでしょうか?」
「好意的に考えれば、大切すぎて開封できなかったとも解釈できるがな」
自虐的に笑いながら先輩が言う。
「これを他人に読まれなくて済んだとも言えますね」
僕も笑いながら先輩に言う。
お互い代筆で充分なワケだよ。コレクションしたいだけじゃねえか。
「これ、本人たちに返さなきゃいけないから、いつか読まれてしまうぞ」
「読まれるのは我慢しますが、ネットには晒さないで欲しいです」
そう言ったら盛大なため息とともに座卓に突っ伏した。
腕を枕にして僕の方を見ようともせずに言葉を続ける。
「絢香さんは《誰が代筆しているのか》を隠してくれてるから、そんな事になっても君に迷惑はかからんと思う」
「それはありがたい話ですけど……」
問題はそこじゃなくて。
いま、目の前にある真新しい便箋だ。
「この件、まだ続くんですか?」
文通するのはいいとしても、封を切ってもいない手紙の返事を書き続けろと?
「仕方ないだろ。物事には頃合いってモノがあるんだよ」
「いっそ交換日記とかにしてくれませんね?」
ぼやくように言うと、むくっと先輩が顔を上げた。
「それでもいいが、結局、それを書くのは私たちだぞ」
ごもっともで。
ここで文句なんか言ってもどうにもならない。
会長が終了の笛を吹くまで頑張るしかない。
そのまま僕らは無言になってラブレターを書く。
もう誰のために書いてるのか分からなくて、モチベーションが下がりまくりだ。
書いてる途中で思考がまとまらなくてぼんやりしてたら、ふと閃くものがあった。
いっそ白紙の便箋に封をして渡せば、それでいいんじゃないか?
どうせ開封しないなら白紙で何も問題ない。
そう提案しようと顔を上げたら、先輩が先に声をかけてきた。
「なあ、ポチ」
座卓に向かった姿勢のまま、彼女は菓子皿をボールペンで指し示した。
「最近、君はやたらとこの饅頭を買ってくるが、何か意味があるのか?」
菓子皿の上には僕が買って来た楕円形の白い饅頭がある。
「えーと、先輩がもみじまんじゅうが食べたいって言ってたから」
僕が言うと、先輩は肩を揺らしながら笑った。
「ああ、そういうわけだったのか」
「え? 僕、何か間違ってますか?」
何のことかと聞くと、先輩は膝を崩して坐り直す。
「言いたい事は色々あるが」
そこで言葉をいったん区切って、苦笑まじりにため息をついた。
「君が用意したこれは、もみじまんじゅうじゃないぞ。春日饅頭とか呼ばれる、いわゆる葬式まんじゅうの類だよ」
「え? そうなんですか? でも、もみじマークが付いてますよ」
意外な事を言われて菓子皿を凝視して見る。
「たぶん君はスーパーとかで売ってる《もみじまん》と混同しているんだ。もみじ饅頭とは別物だし、焼き印してあるのはカエデの葉だよ」
ああ、カエデかぁ。
紛らわしいよね。紅葉と楓。
……何でこんなの大量に買っちゃったんだろう。
「すいませんね。勘違いでずっとコレばっか」
ガッカリしている僕に先輩は優しい声を掛けてくれる。
「まあ、君の気持ちは嬉しいよ。私の事を考えての行動なんだろ?」
先輩はもう書き上がっていたらしく、笑いながら便箋を折り畳んで封筒に入れた。
「ん」
そのまま封をせず、僕に向かって差し出してきた。
「先輩、それ、おかしいです」
手紙を受け取らずに疑問を投げかけたら、先輩は膨れっ面になってしまった。
「だって、どうせ読まないんだ。君に直接渡して何が悪い!」
「そりゃそうかもしれませんが、何か間違ってませんか? ちゃんと手順を踏まないと」
こっちの話は最後まで聞かず、身を乗り出して無理やり僕の手に押し付けた。
「いやだ、面倒くさい。これを読んでそのまま返事を書くといい」
□
ジョン
いつもお世話になっております。
君が一緒に遊んでくれるので、毎日が楽しいです。
こんな日がいつも続けばいいなぁと願っています。
それはそうと昨日、玄関の電気を点けっぱなしで帰りましたね。
私もうっかりしていたので君のせいと言うつもりはありませんが、学校側が色々とうるさいので、こういう事が続くと茶道部の活動に支障が出る可能性があります。
お互いに気をつけましょう。
かしこ
□
可愛らしい手のスージー
おおハニー。
うーん、君はスイート。
なんて君の手は愛らしいのだろう。
とても小さくて柔らかく、まるでもみじまんじゅうのようだ。
その手の中に詰まっているのはこしあん?
それとも粒あんなのかい?
僕にも一口食べさ
電気の件、すいませんでした。
消したつもりになっていた様です。
今後はきちんと確認します。
ところで件の春日饅頭なのですが。
近所のお店で半額セールをしていたため、つい買い過ぎてしまいました。
冷蔵庫の中に入れておきましたが、賞味期限のあるものなのでスージーも頑張って食べてください。
ジョン