表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第7章 一週間のラブレター
77/154

7-6 5日目

「絢香さんが手紙を回収してくれたんだが」


 歯切れ悪く先輩の話は始まった。

 どうしたワケか、座卓の向かい側で居心地悪そうに座っている。


「何です? 内容にクレームでもつきましたか?」

「そういう事では無いのだが……。説明するより見た方が早いな」


 先輩は自分のバッグからすっかり見慣れた封筒の束を取り出して、座卓の上に並べる。

 確かめるまでもなく僕らがジョンとスージーに宛てた手紙だ。


 何かミスでもあったのか?

 なんて思ったけど、よく考えたら僕らのラブレターは最初から全部おかしい。


 見ただけでは何が問題なのか分からず、最初の一通を手に取る。

 宛名すら書いてない、そのままの封筒で何の変哲もない。


 よく分からないなと裏返した途端、息を飲んだ。


「……これ、どういう事ですか?」


 意味が分からなくて先輩を見れば、座卓に肘をついて頭を抱えていた。


「見ての通りだ。読んでないんだよ」

「そんなバカな……」


 封を切られていないラブレターを手にしたまま呆然とする。

 確認すれば全ての手紙が未開封で、読んだ形跡など全くなかった。


「えーと、つまりジョンとスージーは《ラブレターが来た》とか《ラブレターを送った》という事実だけが大切だった、という理解でいいのでしょうか?」

「好意的に考えれば、大切すぎて開封できなかったとも解釈できるがな」


 自虐的に笑いながら先輩が言う。

 

「これを他人に読まれなくて済んだとも言えますね」


 僕も笑いながら先輩に言う。

 お互い代筆で充分なワケだよ。コレクションしたいだけじゃねえか。


「これ、本人たちに返さなきゃいけないから、いつか読まれてしまうぞ」

「読まれるのは我慢しますが、ネットには晒さないで欲しいです」


 そう言ったら盛大なため息とともに座卓に突っ伏した。

 腕を枕にして僕の方を見ようともせずに言葉を続ける。


「絢香さんは《誰が代筆しているのか》を隠してくれてるから、そんな事になっても君に迷惑はかからんと思う」

「それはありがたい話ですけど……」


 問題はそこじゃなくて。

 いま、目の前にある真新しい便箋だ。


「この件、まだ続くんですか?」


 文通するのはいいとしても、封を切ってもいない手紙の返事を書き続けろと?


「仕方ないだろ。物事には頃合いってモノがあるんだよ」

「いっそ交換日記とかにしてくれませんね?」


 ぼやくように言うと、むくっと先輩が顔を上げた。


「それでもいいが、結局、それを書くのは私たちだぞ」


 ごもっともで。


 ここで文句なんか言ってもどうにもならない。

 会長が終了の笛を吹くまで頑張るしかない。


 そのまま僕らは無言になってラブレターを書く。

 もう誰のために書いてるのか分からなくて、モチベーションが下がりまくりだ。


 書いてる途中で思考がまとまらなくてぼんやりしてたら、ふと閃くものがあった。


 いっそ白紙の便箋に封をして渡せば、それでいいんじゃないか?


 どうせ開封しないなら白紙で何も問題ない。

 そう提案しようと顔を上げたら、先輩が先に声をかけてきた。


「なあ、ポチ」


 座卓に向かった姿勢のまま、彼女は菓子皿をボールペンで指し示した。


「最近、君はやたらとこの饅頭を買ってくるが、何か意味があるのか?」


 菓子皿の上には僕が買って来た楕円形の白い饅頭がある。


「えーと、先輩がもみじまんじゅうが食べたいって言ってたから」


 僕が言うと、先輩は肩を揺らしながら笑った。


「ああ、そういうわけだったのか」

「え? 僕、何か間違ってますか?」


 何のことかと聞くと、先輩は膝を崩して坐り直す。


「言いたい事は色々あるが」


 そこで言葉をいったん区切って、苦笑まじりにため息をついた。


「君が用意したこれは、もみじまんじゅうじゃないぞ。春日饅頭とか呼ばれる、いわゆる葬式まんじゅうの類だよ」

「え? そうなんですか? でも、もみじマークが付いてますよ」


 意外な事を言われて菓子皿を凝視して見る。


「たぶん君はスーパーとかで売ってる《もみじまん》と混同しているんだ。もみじ饅頭とは別物だし、焼き印してあるのはカエデの葉だよ」


 ああ、カエデかぁ。

 紛らわしいよね。紅葉と楓。


 ……何でこんなの大量に買っちゃったんだろう。


「すいませんね。勘違いでずっとコレばっか」


 ガッカリしている僕に先輩は優しい声を掛けてくれる。


「まあ、君の気持ちは嬉しいよ。私の事を考えての行動なんだろ?」


 先輩はもう書き上がっていたらしく、笑いながら便箋を折り畳んで封筒に入れた。


「ん」


 そのまま封をせず、僕に向かって差し出してきた。

 

「先輩、それ、おかしいです」


 手紙を受け取らずに疑問を投げかけたら、先輩は膨れっ面になってしまった。


「だって、どうせ読まないんだ。君に直接渡して何が悪い!」

「そりゃそうかもしれませんが、何か間違ってませんか? ちゃんと手順を踏まないと」


 こっちの話は最後まで聞かず、身を乗り出して無理やり僕の手に押し付けた。


「いやだ、面倒くさい。これを読んでそのまま返事を書くといい」



          □


 ジョン



 いつもお世話になっております。


 君が一緒に遊んでくれるので、毎日が楽しいです。

 こんな日がいつも続けばいいなぁと願っています。


 それはそうと昨日、玄関の電気を点けっぱなしで帰りましたね。

 私もうっかりしていたので君のせいと言うつもりはありませんが、学校側が色々とうるさいので、こういう事が続くと茶道部の活動に支障が出る可能性があります。


 お互いに気をつけましょう。


 かしこ

 


          □



 可愛らしい手のスージー



 おおハニー。

 うーん、君はスイート。


 なんて君の手は愛らしいのだろう。

 とても小さくて柔らかく、まるでもみじまんじゅうのようだ。


 その手の中に詰まっているのはこしあん?

 それとも粒あんなのかい?

 僕にも一口食べさ


 電気の件、すいませんでした。

 消したつもりになっていた様です。

 今後はきちんと確認します。

  

 ところで件の春日饅頭なのですが。

 近所のお店で半額セールをしていたため、つい買い過ぎてしまいました。

 冷蔵庫の中に入れておきましたが、賞味期限のあるものなのでスージーも頑張って食べてください。



 ジョン

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ