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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第7章 一週間のラブレター
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7-5 4日目

「すまん、遅くなったな」


 和室に来た先輩が開口一番で詫びの言葉を口にする。

 時間を決めているワケじゃないんだから、別に謝らなくてもいいのに。


「さっき会長がこっち来ましたよ。先輩を探してたとかで」

「おや、先にこっちへ来てたのか」


 座布団に腰を下ろした先輩が小首を傾げる。


「あの人はいつも元気だな。ちょっと頼んだだけなのに、わざわざ校内を走り回ってくれてる」

「落ち着きがない、とも言えますけどね」


 お茶の用意をしつつ先輩の方を見ると、今日も便箋を取り出していた。


「そう言うな。君が前に書いたラブレターを確認したいと言うから、回収を頼んだんだ。すぐに動いてくれてるんだから感謝すべきだ」

「そもそも、あの人が持ち込んだ話ですけどね」


 急須にお湯を注ぎながら言う。

 ちゃんと動いてくれるのはありがたいが、感謝する気にはなれないなぁ。


 そのまま二人でラブレターを書いていたら、ふと先輩が顔を上げた。


「君は絢香さんがお小遣いをくれたら、付き合いたいか?」

「え? 何の話です?」


 唐突な話題に、スージーで一杯だった僕の頭がついていかない。

 先輩は机に肘をついて、じっと僕の顔を見ている。


「そのままの話だ。絢香さんが『お小遣いあげるから付き合って』と言われたら、君は承諾するか?」

「そんな、どこ連れてかれるか分からない話は怖いです」


 行く先が校舎裏とか路地裏とか、そんな感じだ。

 ロクでもない事が待ってそうな気になる。


 僕の返事に、先輩は苦笑して湯呑みを手に取る。


「いや、顔を貸せと言う話ではなくてな」


 まあ分かってるけど。

 質問の意図が分からなかったからトボけただけで。


「えーと、こないだのオカ研の話ですか?」

「うん、君も現金を渡されたら、好きでもない女性と付き合うのかと思ってな」


 変なところに興味を持つな、この人。

 

「よく分からないんですが、今の話って、僕が会長を何とも思っていないのが前提ですよね?」

「おや? 君は絢香さんに秘めた想いがあったのか?」


 上目遣いで口元に笑みを浮かべている。

 からかう気、満々だな、この人


「ありませんけど、えーと、あの人って美人じゃないですか。お金なんかなくても言い寄られたら、大概の男は喜ぶのでは?」


 そう答えたら彼女は細めた目を開いて驚いた顔をした。


「そんな意外な話ですか?」

「いや、確かにそうだが、絢香さんを美人と言ったのに驚いたんだ」


 驚くほどの話じゃないと思うのだが、先輩にとっては違ったらしい。


「絢香さんは小柄で童顔だから『かわいい』と言う人は多いが、『美人』と評したのは初めて聞いたぞ」

「だって実際、美人ですよね?」


 身長や表情、立ち振る舞いの雰囲気でボカされてるけど、顔の造作はすごく整っている。

 ちょっと鼻が低いから童顔に見えるが、あの人が美人でないのなら、世の中に美人はいない。


「ふむ。君のそういう所が、絢香さんに気に入られているんだろうな」


 腕組みをして先輩が感心したように言う。


「へ? 僕、会長に気に入られてるんですか?」


 すごく意外な事を言われた気がする。

 むしろ煙たがられてると思ってたのに。


 キョトンとしている僕に向けて、彼女は説明してくれた。


「絢香さんは身長が低いし、パッと見た目が幼いからな。それだけで人から軽んじられたり、侮られたりする事が多いんだ。君はそういう人間じゃないと思われているんだよ」


 それは光栄な話だが、買いかぶられてる気もするな。

 見た目だけで侮られると言われても、いまいちピンとこない。


「人間性と身長はあまり関係ないのでは?」

「誰もがそういう奴なら問題ないんだが」


 そう言って先輩は肩をすくめた。

 そこでふと気がついた事があった。


「今の、肩すくめるのって、もともとは会長のクセですよね」

「ん? そうなのか?」


 先輩は自分の肩に手を当てて確認する仕草をしている。


「会長はよくやるじゃないですか。こないだオカ研部長も同じ仕草をしていたから気がついたんです。仲がよいとクセや口調って伝染りますから」

「ふむ。そう言えばそうかもな」


 独り言の様に呟きながら肩をグルグル動かしている。


「君は私から何かクセが伝染ったりしたのか?」

「えーと、どうでしょう? 自分じゃよくわからないです」


 この『えーと』こそが伝染ったのだが、説明するのが難しい。

 何となく言葉を濁していたら、彼女は口元だけで薄く笑う。


「まあいいさ。今後は君をよく観察してみることにするよ」


 それ、落ち着かないからやめて欲しい。


          □



 ジョン。



 私のジョン。

 あなたに会える喜びを、どんな言葉で伝えればいいのか。

 語ろうにも言葉にすれば、全てが嘘になってしまう。


 ああ、もう何も思いつかない。

 ジョン、ジョン、ジョン。


 私の中は、もうそれだけでいっぱい。

 私の世界はあなただけ。


 かしこ。



          □



 小柄でかわいいスージー。



 いつも愛の言葉をありがとう。

 軽やかな君の肢体は、まるで妖精の様だ。


 ああ、スージー。

 そんなに僕を見つめないで。


 君の琥珀の瞳に見つめられると、僕はすべての罪を告白したくなる。

 栗色の長い髪が風になびけば、古代アトランティスの記憶が蘇る。


 黒い歴史の果てに巡り合った僕らは、いったいどこへ向かうのだろう。

 長い旅路はいつまで続くのか。


 スージー。

 この旅路の傍に、いつも君がいてくれる事を。



 ジョン。



          □


「もう何も思いつかない、の本音から上手い事繋げましたね」

「言うな! 本当に一杯いっぱいなんだよ」


 先輩は僕の手からひったくる様に便箋を取り戻して折りたたんでいる。


 ああ、だから《いっぱい》ってフレーズも入ってるのか。

 芸が細かくて、ちょっと感心しちゃうなぁ。


「ところでポチ。これのモデルは絢香さんとみゆきのどっちなんだ?」

「書いてるうちに僕も分からなくなってきて」


 こんなのでもモデルがいないと書けないあたり、自分の文才の無さがよくわかる。


「これは本人たちに見せて、リアクションを見たくなるな」


 僕が書いた便箋を見ながら、先輩がとんでもない事を言い出した。


 お願いだから勘弁してくれ。

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