7-4 3日目
放課後になり和室に行くと珍しく先輩が先に来ていた。
すでに座卓を出して、その上にお茶セットが並んでる。
「ああ、ポチ。待ってたよ」
メガネを掛けた先輩が僕を見て微笑む。
「……えーと、お待たせして申し訳ありません」
先輩が先に来て準備していると、何かあるんじゃないかと思わず警戒してしまう。
和室の中を見回して、何か《仕掛け》は無いか探している僕を先輩は笑う。
「そんなに構えるな。たまたま私の方が先に来たから一人で準備しただけだ」
先輩に手招きされて座卓の向かい側に座る。
奥行きが狭いテーブルのせいか、いつもより先輩が近くにいる気がして緊張する。
僕が席に着くのを待ってから、先輩は少し危なっかしい手つきで茶を淹れる。
「ラブレターの二人は付き合うことになったそうだよ」
「じゃあ、これで終わりですね」
笑顔になって先輩に言うと、彼女は申し訳なさそうに便箋を差し出す。
「それがな。もうしばらく続けたいんだそうだ。どうやらラブレターの交換が気に入ったらしい」
……え? あれ、気に入ったの?
あんなので付き合い出すのも理解に苦しむが、気に入って続けたいとか正気を疑う。
先に来て準備してたのは、このせいか?
思わず先輩を猜疑の目で見ると、彼女は慌てて言い訳をする。
「言いたいことは分かるが我慢してくれ。筆跡や文体が変わるとさすがにバレる」
「バレたっていいじゃないですか。いつまでも隠し通せませんよ」
まあ先輩が言うのなら、なんだってやりますけどね。
やる気なくラブレターの文面を考えていたら、先輩が僕の前にそっと湯呑みを置く。
「あ、ありがとうございます」
礼を言いながら視線を上げると、先輩は何か言いたげに僕の顔を見ていた。
「……なんでしょう?」
先輩は僕をジッと見たまま、右手でそっとメガネのズレを直す。
……やはり、コメントしないとダメなんですかね。
そりゃ最初から気がついてましたけど。
どうコメントとしていいのか分からなくてスルーしてたんだけどな。
先輩は僕から視線を微動だにせす、また右手をメガネに添えて必要もないのにズレを直す。
とにかく何か言って欲しいようだ。
早くしないと、いつまでもメガネのズレを直し続けていそうだ。
「えーと、そのメガネ。昨日言ってた今回のご褒美なのでしょうか?」
僕がメガネ好きと言ったから、わざわざご褒美に用意してくれたのだろう。
他に理由が思い当たらない。
なのに先輩はキョトンとした顔をしてこっちを見ている。
「……違ってましたか?」
恐る恐る聞いたら、先輩は慌てて両手を顔の前で振る。
「あ、いや、合ってる。そ、そうなんだ。ポチがメガネ好きと聞いてな。たまには君にそういうサービスをしてもいいだろうと思ったんだ。ところで他に何か言うことはないのか?」
グイッと顔を僕の方へ向けてくる。
ああ、そうか。大事な事を言い忘れてた。
「わざわざ僕のためにありがとうこざいます」
先輩に向かって深々と頭を下げた。
メガネを掛けた先輩の姿を見れたのは、けっこう嬉しい。
僕のためにしてくれたのなら、ちゃんと礼を言わないとね。
だけど先輩は何か不満そうな顔で腕組みをした。
「ふむ。まあ、そこまで頭を下げる話でもない」
言いながらメガネを外そうとしたので、とっさに声が出た。
「あっ、待って、先輩」
「ん? 何だね? もうサービスはいいだろ?」
訝しむ様子の彼女に、精一杯の真面目な顔で僕は言う。
「先輩はメガネかけてもかわいいですね」
「……ま、まあ、君がそう言うのなら、もうしばらくこのままでいるよ」
力説したら、少し引かれてしまっただろうか。
でも、かわいいと思ってるのは本当だしな。
まあ先輩はいつもかわいいけど。
□
私のジョン
愛を受け入れてくれありがとう。
私の心は青空の彼方からブーメランの様に戻って、私の胸に突き刺さりました。
あなたは全くひどい男。
いつか私もブーメランになって、ジョンのところへ飛んでいきます。
愛があなたの首に突き刺さるまで、この広い大空をいつまでも回り続けるでしょう。
二人の愛はブーメラン。
かしこ。
□
かわいいメガネのスージー
君のメガネは電撃ビリビリ。
こんなにもかわいらしいメガネは初めて見た。
赤いフレームに薄いレンズ。
テンプルの細工がセクシーだ。
細くて華奢なメガネは壊れ物だね。
スージーの顔の上で、いつまでも大切にしてほしい。
ああスージーのメガネ。
なんて言う名前なのか。
いつか僕にも掛けさせてくれ。
ジョン
□
「何だか、謎ポエムになってきましたね」
やる気のなさが、そのまま文面に出ている感じだ。
「仕方ないだろ。何の情報もないんだから、こうなるに決まってる」
封筒に便覧をしまいながら先輩がぼやく様に言う。
「それにしたって、かわいいがメガネ本体の話だとは思わなかったぞ」
ため息をついて彼女はメガネを外した。