7-3 2日目
「さあ、君の番だ。思う存分、ラブレターを書くがいい」
僕の目の前に便箋を置いて先輩は楽しそうだった。
「いや、待ってください。なんで昨日の返事を僕が書くんです? ラブレターなんだし、こんなの本人たちに努力させましょうよ」
かなり本気で拒否したのだが。
彼女は気だるそうに長い黒髪を掻き上げると、皮肉たっぷりの笑顔を見せる。
「それを言うなら昨日だったな。自分の身に降りかかってきてから嫌がっても、ただの我が儘にしか聞こえないぞ」
昨日だって嫌だったんですけどね。
なんで先輩が他の男にラブレターを書いてるのを眺めてなきゃいけなかったんだ。
不満が顔に出ていたのだろう。
彼女は慌てた感じで取り繕いの笑顔を作る。
「そう不機嫌になるな。君がどんなラブレターを書くのか、興味があるんだ」
ああ、そうですか。
先輩は僕が誰かにラブレターを書くことは、どうでもいいんですね。
「わかりました。なに書けばいいんです?」
少し投げやりに尋ねれば、先輩は当たり前の顔でハードルが高いことを言う。
「昨日の手紙の返事だが?」
え? ホントに昨日の返事なの?
けっこう電波だったのに、あれの返事を書くの?
どんな内容だったのかよく覚えてないし、たぶん先輩だって覚えてない。
ていうか思い出したくないだろう。
ちゃんとコピーを取っておくんだったと後悔する。
いやね、考えはしたんだよ。……コレクション的な意味で。
さすがにマズイかなと思ってやめたんだけど、予想が甘かったと言わざるを得ない。
ラブレターなんて書いたことないが、覚悟を決めてさっさと終わらせよう。
「ちょっと集中しますから、しばらく話しかけないでください」
先輩にそう宣言して、ボールペンを手に便箋に立ち向かう。
さて、いったい何を書くべきなのか?
昨日の先輩を見ていて分かったことがある。
考えちゃダメだ。
真面目に考えるとドツボに嵌る。
例えば相手が誰なのか分からない。
ラブレター作成において大変な難局であるが、ここは知り合いの女性をモデルにして乗り切ろう。
とりあえず褒め倒しておけば間違い無い、……はずだ。
そんな感じで頭に浮かぶ言葉を懸命に書いていたら、向かいに座る先輩が便箋を覗き込んできた。
「これ、モデルはオカルト研究会の部長か?」
机に頬杖をついてジッと僕の顔を見る。
お茶が足りなかったのだろうかと彼女の湯呑みを確認するが、まだ半分くらい残っていた。
足りないのは茶菓子の方なのかもしれない。
冷蔵庫にまだなんかあったっけかな。
「よくモデルがいると分かりましたね」
「まあね。さすがにこれだけ容姿に特徴があると分かりやすいよ」
湯呑みのお茶をすすりながら先輩は言う。
オカ研の部長は全身真っ黒だったから、書きやすかったんだよな。
「いちおう言っておくと、彼女は髪、染めてるぞ」
「え? そうなんですか?」
思ってもなかったことを指摘されて驚くと、先輩は呆れたようにため息をついた。
「あのな。彼女は長く伸ばしてるのにムラなく真っ黒だったろ? 自分で黒く染めないと、ああはならないよ」
言われて先輩の髪を観察する。
同じような黒髪のロングなのだが、確かにオカ研の部長とは違う。
向こうは墨で塗りつぶしたように真っ黒だった。
先輩の髪は黒いけど、何か色があるように感じる。
「君は気がついてなかったようだが黒のカラコンも入れてる。爪も黒かったが、あれはドアに挟んで内出血しているんじゃないぞ」
「さすがにそれは分かります」
苦笑しながら便箋に向かい直す。
先輩は珍しく自分でお茶を淹れ直して、ついでに僕の分まで淹れてくれた。
「あ、すいません」
「まあ、いいよ。私の罰に巻き込んでるんだ」
たぶん手持ち無沙汰なのだろう。
僕の手元をジッと見ながら、また話しかけてきた。
「君はああいう女性が好きなのか?」
「それ、中村さんの時にもいいましたよね?」
意味わからなくて聞き返したら、先輩は胸の下で腕組みをして憮然とした顔をする。
「ふむ、だが君はオカ研の部長を美人と言った」
「そりゃ言いましたけど。たぶんあの写真、スゴい修正してますよ? ちょっと不自然でしたし」
撮影は写真部だと言ってたしね。
あいつら画像の加工も得意そうだよな。
だけど先輩は納得できない感じの顔である。
「化粧する前の方が自然でいい感じでした。メガネ、かわいかったですよ」
「ほほう、君はメガネ好きなのか?」
余計な事を言ったら、先輩が嬉しそうに食いついてきた。
「あ、それはちょっとあります。メガネが似合う人っていいですよね」
僕の知り合いにメガネの女性はいないけど。
みんなコンタクトだしな。
残念ってほどでも無いんだけどさ。
気がつくと先輩は静かになっていた。
頬杖をしたまま窓の外をジッと眺めて考え事をしていた。
何を考えてるのかわからないが、静かになったのならそれでいい。
いまなら集中して書けそうだ。
□
Hi、スージー
熱烈な手紙をありがとう。
君の熱意溢れる想いは確かに受け取った。
おお、スージー。
君の黒い髪は流れる銀河のブラックホール。
その黒い目は全てを溶かす暗黒魔法。
その黒い爪、黒い帽子、黒い靴下。
君の全てが愛おしい。
闇に飲まれる君を、僕の光で照らしてあげたい。
君が歩いている姿を想像しただけで、僕の胸は不安で乱れる。
ずっと僕の側にいてほしい。
頼むから、夜に出歩かないでくれ。
ジョン。
□
「……なんでスージーは夜に出歩いちゃいけないんだ?」
「ホントに想像するだけで怖いんですよ。あの人、いつか無灯火の自転車に撥ねられますよ」
僕が拳を握りしめて力説したら、先輩もなんの事だか分かったらしい。
「ああ、反射率の問題なのか」
「照らしたくなるのも分かるでしょ? あの人は周りからの視認性が悪すぎます」
力説を続ける僕を、呆れ顔で見ながら先輩は便箋を折りたたむ。
「オカ研の部長も、いつもあの格好で通学しているわけでもあるまい。君は変なとこで心配性だな」
少し楽しそうに先輩が笑う。
手紙を封筒に入れると、長い黒髪を気だるそうに掻きあげて立ち上がる。
「君には手間をかけさせてしまったな。今回のご褒美は考えておくよ」




