7-1 指輪の約束
しかし、改めて思うのだが、壺がでかい。
とりあえず部屋の隅から床の間に移動させてみたのだが、存在感がすごい。
しかも中に《恋愛成就の指輪》が大量に入っているから花瓶にもなりゃしない。
これ、どうにかする前に、まず中身から処分しないと駄目そうだ。
□
「あれ? 早かったですね」
和室に来た先輩に気がつき、マスクを外す。
電動工具を使ってたから、物音に気付かなかった。
今日は生徒会の用事で遅くなると聞いていたんだけどな。
「この寒いのに、窓開け放して君は何してるんだ?」
腰に右手を当て、呆れ顔で先輩が言う。
「えーと、指輪、この間、いっぱいもらったから」
窓際から床の間の壺を指さして説明する。
「せっかくだから遊んでみたくて」
簡単な説明と、僕が手にしている工具を見て、先輩はすぐ納得してくれた。
「ああ、絢香さんも『少しは彫金すればいいのに』言ってたな」
「そうなんですよ。それ聞いて、そんな事できるんだと思ったら、やって見たくなったんです」
僕の言い訳じみた言葉に、彼女は感心したような顔をする。
「ふむ。ポチは男の子だな」
「なんですか、それ?」
指輪を彫ると《男の子》なんて言われても意味不明だ。
素朴な疑問に、先輩は当たり前の顔で答える。
「女の子なら指輪は《嵌めたい》なんだよ」
「ああ、そうかもしれませんね。工作好きは男の子っぽいです」
いまどきにしては古い価値観だが、まあそういうイメージだよな。
先輩はちょっと近づいて、僕の手元を覗き込むようにする。
「ずいぶんとユニークな造形になっているが、作っているのは指輪なんだよな?」
やたら遠回しに『下手くそ』と言われてしまった。
僕は肩をすくめて苦笑を返す。
「これ、薄いし柔らかいしで、彫るのが難しいんですよ。ちょっと力入れたらあっと言う間に歪むんです」
オカルト研究会がなぜ指輪に装飾を施さなかったのか、よく分かる。
下手にルータービットを当てると、一瞬で穴が開くのだ。
「そんな工具、どこにあった?」
「釣り同好会から借りてきました。この手の工具は自作ルアーでよく使うんですよ」
先輩はあまり興味なさそうに、ふーんと頷く。
そこで僕の足元にある指輪の山に気づいた。
「ずいぶん多いな。いくつ作るつもりなんだ?」
「それ、全部失敗作です。初心者に電動工具は難しすぎました。棒ヤスリとかでチョットづつ削るべきでした」
貰った指輪を全て使いきりそうだ、と告げると彼女は少し不満げな様子だ。
「せっかくだから、私も一つ欲しかったよ」
昨日は『オモチャ以下』と酷評してたのに、けっこう本気で残念そうだ。
「じゃ、うまくできたヤツをあげますよ」
電動工具を片付けながら言う。
遊びで彫金をしてみたい、程度の話だったけど、先輩が貰ってくれるのなら張り合いが出る。
「……まあ、君がくれると言うのなら、断る理由もないな」
先輩は長い髪を掻き上げて、ちょっと嬉しそうに笑う。
そんなに《オモチャ以下》の指輪が欲しいですかね。
「あんまり期待しないでくださいよ。こんなの初めて作るんですから」
ガッカリさせないように予防線を張ると、先輩は笑ったまま首を振った。
「そんな淋しい事を言うな。せっかく君が作ってくれるんだ。思い切り期待して待つことにするよ」
そう言うと僕に背中を向けて窓際から離れた。
「ポチ、座卓を出したいんだが、手伝ってくれるか?」
押入れに向かって歩きながら、珍しい事を言い出す。
先輩が座卓と呼ぶのは、和室用の足の短い長テーブルの事である。
ここの押し入れには、けっこう色々入っている。
二人で積み上げられた長テーブルを引っ張り出して、組み立てる。
茶道部では使っていない代物なので少し手間取った。
座卓の前に座布団を置いてその上に座ると、先輩は自分のバッグに手を突っ込んで何か探している。
「あれ? どこ行ったんだ?」
「何、探してんです?」
「うん、生徒会室でレターセットを預かってきたのだが、——ああ、あった」
ホッとした表情で薄いピンクの便箋を取り出した。
「ポチ、茶を淹れてくれ」
立ったままの僕を見上げて先輩が言う。
「今から私はラブレターを書くんだ」
堂々とした態度で彼女は僕に向かって宣言した。