先輩とみゆき 6
「なんでセクシーショットをポチくんに送る必要があるの?」
すっかり日の落ちた公園で、みゆきは友人に聞き返す。
さっぱり意味が分からないから、言われたそのまんまを聞き返すしかない。
「迷惑なのは分かっているが、約束してしまったので撮ってくれないと困るんだよ」
言っている友人の顔は確かに困っているのだが。
「あんたは、なんでそんな約束したのよ」
あられもない姿の写真を送って彼を自分の虜にしたい、などと言い出したら説教しようと思っていた。
だけど友人は眉間にシワを寄せて胸の下で腕組みをした。
「……私はポチの写真が欲しかったんだ」
「はあ……」
ちょっと予想していなかった方向の返事だった。
みゆきの困惑には気付きもせず、友人は一人で話を続けていく。
「だけど、そんな話どうやって切り出していいのか分からないじゃないか」
「普通に『写真くれ』でいいんじゃない?」
他にどんな言い方があるのだろう?
当たり前のことを言ったつもりなのに、友人は激しく首を振る。
「そんな事、恥ずかしくて言えるわけないだろ! 話をどう切り出そうかと悩んでいて、互いの写真を交換しようと思いついたんだ。これなら『何に使うの?』と聞かれたって『君と同じ使い方だよ』て言ってしまえば誤魔化せる」
むしろ、ややこしくなりそうなんだが。
わかってて言ってるのか、こいつ?
「たが提案する直前になって気がついたんだ。私はポチの写真が欲しいのだが、彼にとって私の写真はそれだけの価値があるのだろうか? そう考えたら急に不安になって、もっと彼が喜んでくれそうな写真にするべきだと思ったんだ」
「それでセクシーショットなの?」
確認のために聞くと、友人は大きく頷いた。
「ああ、男の子はみんなそう言うのが好きらしいからな」
「はいはい、あんたは物知りだね」
胸を張って答える友人に、みゆきはぞんざいな返事をする。
さすがにバカバカしくなってきた。
「あんだけ一緒にいて写真の一枚も持ってないの? イベントとかの記念で一緒に撮ったりしなかったの?」
「そ、そんなはしたない真似は私には無理だ!」
ちょと聞いただけなのに、友人は顔を真っ赤にして否定する。
どんなイベントを想像したんだ、こいつ?
「まあポチくんだって、あんたの写真くらい欲しいだろうから、いいんだけど」
手渡された友人のスマホを手に、みゆきはため息をつく。
「……あたし、セクシーとか、よく分からない」
「実は私もだ」
なんで、こいつは分かっていないのに、変な約束をしてくるのか。
思わず説教をしたくなったが、早く終わらせたいから我慢する。
何とか記憶をたぐって《弟が読んでるコミック雑誌のグラビア》を思い出す。
「じゃあ、とりあえず水着になろうか?」
——なんか、みんな、水着だった。
みゆきの理解はその程度である。
理由はさっぱり分からないが、とにかく水着を着るハズだ。
何しろ真冬の雪山でも水着を着ていたのだから、それは必要な要素なのだろう。
「待ってくれ、みゆき。水着なんか持ってない」
友人は切実な声で訴えるが、他に知らないので譲れない。
「セクシーと言ったら水着よ」
「……そうなのか? いや、なんか違う気がするのだが」
きっぱりと断言してみたが、みゆきだって全く自信がない。
渋り続けている友人を納得させるため、二人で《水着 セクシー》とスマホ検索したら、思ったよりも過激なモノが並んでしまった。
「いや、これはダメだ。私がこんなの着たらはみ出てしまう」
驚いた顔で友人が拒否する。
みゆきも、こんなのを着た友人を撮影するのはとても嫌だ。
「それに私は今日のうちにポチに写真を送りたいんだ。こんなモノを注文している時間はない」
「あんたはどうして準備もなしに、あれこれ思いつきだけで——」
つい説教を始めてしまったみゆきの言葉を、友人は大きな声で遮った。
「あっ、思い出した。衣装はセーラー服がいいと言っていた!」
両手の拳を胸の前でギュッと握りしめ、満面の笑顔になって叫ぶ。
「ポチはセーラー服が大好きなんだ!」
おそらく彼は『普段のままの君がいい』という意味で言ったのだろうが、こいつが言うと特殊な性癖に聞こえる。
「そういうの、最初に言いなさいよ」
「だって、みゆきが水着って言うから」
「ああ、わかった。それ以上は言うな。長くなる」
話を打ち切ると、友人は自分の制服の胸のあたりをマジマジと見つめ、
「こう言う場合、制服は着崩した方がいいのか?」
——だから聞かれても分かんないんだってば!
言いたくなる気持ちをグッとこらえる。
こいつが制服を着崩したら、えらい事になるのは分かりきってる。
夜とはいえ公園である。
露出の多い格好で撮影なんかしてたら、誰が寄ってくるか分からない。
「あのね、そういうのはセクシーじゃなくてエロ」
「なるほど。そうなのか」
セクシーとエロの違いをみゆきは説明できないが、友人はそれで納得したらしい。
腑に落ちた顔をして満足そうだ。
友人が思いとどまってくれた事に、みゆきはホッとして薄い胸をなでおろす。
「とりあえず、その辺で撮ってみようよ。いっぱい撮って、その中からセクシーっぽいのを選べば……」
手近なブランコを指差しながら振り返って絶句する。
友人がバッグから目出し帽を取り出したからだ。
「ちょっと待って、何、それ?」
「だって、セクシーな写真を撮るんだぞ。顔なんか恥ずかしくて出せるわけないじゃないか!」
「あんた、水着はないのにこんなの用意してるの?」
「さっき駅前で買ってきたんだ。探してみるとなかなか見つからないものだな」
喋りながら当たり前のように目出し帽を被っている。
もう、セクシーとか全然関係ない。
ただの不審者である。
「あー、うん。とりあえす何枚か撮ってみようか?」
下手に説得するよりは、その方が早い。
そう思ってブランコに座らせてみたら、あまりの絵面に笑えてきた。
「あー、いいね。うん、思ったよりいいよ。すっごいセクシー。そのままブランコ漕いでみようか。アハハ、そのまま目線こっちに。すごーい! ウルトラセクシー! アハハハ。よし、今度は滑り台に行こうか! アハハハハ」
変なツボに入ってしまったのだろう。
笑いが止まらなくなったみゆきは、あれこれで一〇〇枚近く撮影してしまった。
撮り終わった写真は、案の定で酷いものばかりだった。
これがセクシーなら、そこら辺の不審者だってセクシーだ。
もう選ぶのも面倒くさいので、笑いすぎてブレた写真とか、ちゃんと写ってないのを除いて全部送ってしまった。
正直、ポチくんには悪かったと思っている。




